11.スラストの噂


「クソッタレ!」


 ギシリと脳を軋ませるような、重苦しい空気を破ったのは、テーブルを殴りつける鈍い音だった。シズマは苛立ちをぶつけるように、更に二度拳を叩きつけた。


「とんだ間抜けだ。ピエロの方が役割ってもんを弁えてる」


「テーブル殴っても、何にもならないよ」


 イオリが沈んだ声で言う。


「僕が悪いんだ。僕が、もう少し」


「似合わない反省は辞めろ。余計に腹が立つ」


「でも僕があんた達に付いてこなければ、エストレはまだあんたと一緒にいたよ」


「お前がさっき、ニンジャもビックリのアクロバティックで避けたとしても、レーヴァンは誰かしらを脅しに取った。だからお前のせいじゃない。悪いのはアイスローズを信用した俺だ」


 傍の椅子に腰を下ろしたシズマは、先ほどから黙り込んでいるマサフミのことを思い出して顔をそちらに向けた。今しがた起きた出来事に腰を抜かしているとばかり思ったが、意外にもマサフミは微動だにせず、銃を組み立て続けていた。


「俺の店を勝手にリフォームする作業は終わったのか?」


「あぁ。オープンテラスだ。素敵だろう」


 シズマの言葉に、マサフミは鼻で笑っただけだった。


「あんたらが何に巻き込まれているかは大体理解したよ。そしてあのお嬢さんのこともだ」


「それにしちゃ落ち着いてるな。修羅場の数が多いのか?」


「このあたりでチャイナフード店をやるには、度胸が必要なんでね。それにこの銃を触って死ねるなら、それも悪くはない」


 最後のパーツを嵌めると、マサフミは引き金を何度か引いて結合を確認し、シズマにそれを差し出した。


「それでどうするんだ?」


 その問いに、シズマは肩を竦めながら銃を受け取った。

 常にするように、銃の側面に並んだ歯車を一つずつ回して動きを確認する。滑らかに動く歯車は、マサフミの腕の良さを物語っていた。


「どうするって? 俺の明日の予定でも聞きたいのか」


「見たところ、あんたはあのお嬢ちゃんと何かの取引をしていた。レーヴァンによってそれが阻止され、契約は解除された。違うか?」


「前半は正解だ。だが契約は解除されていない」


 シズマは上着を脱いでテーブルの上に広げると、銃をそれに向けて構えた。

 歯車を親指で弾き、銃口の形状と弾丸の種類を変更する。引き金を引くと同時に赤いレーザーが放射状に放出され、衣服を包み込んだ。そのうちの一本が急に軌道を変えて、服の裾へと向かう。そして、一瞬だけ色が白く変化して、何か金属を破壊するような音が聞こえた。

 アイスローズが仕込んだ発信機が壊れたのを確認すると、シズマは銃を腰のホルダーへ入れた。


「エストレは「破棄しておいてくれ」と言った。どうするかは俺の考え次第ってことだ」


「じゃあお嬢ちゃんを取り返しに行くのか」


「それと、あの腹の立つ野郎に一発お見舞いしてやらなきゃ気が済まない。……お前も異論はないだろ、イオリ?」


 急に問いかけられてイオリは驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。


「僕、借りは返さないと気が済まないんだ」


「奇遇だな、俺もだ。すぐに出かけよう。もう時間がない」


「待て」


 腰を上げかけたシズマを、マサフミが制止した。


「なんだ? 修繕費の話なら、今度にしてくれよ」


「そうじゃない。話しておかなきゃいけないことがある。「スラスト」のことだ」


「あの女がどうした? 今、関係ないだろう?」


 マサフミは険しい表情で首を左右に振った。

 傍らの蒸気パイプを手に取り、口に咥えて煙を吸い込むと、それを天井に吹き上げた。


「関係なら大アリだ。恐らくだが、あんたの銃のメンテナンスをしていたのは「カンベ・ストラ・マリアベル」。天才、カンベ・オウリの養女にして愛弟子。そして、あのお嬢ちゃんの母親だ」


「……何だと?」


「スラストってのは歯車の摩擦を軽減するための道具のことだ。カンベ・オウリは自分の作った銃器を長生きさせるために不可欠な道具を、養女への愛称として用いた。俺たちのような、カンベ製を愛する連中にとっては常識的な話だ。だが誰もその姿を見たことがなく、十八年前にカンベ工房が閉鎖された後は、一度妙な噂が流れたきりだ」


「妙な噂って……まさか」


 マサフミは大きく頷き、シズマに言い聞かせるような口調で続けた。


「こういう噂だ。『歯車を愛したスラストは、』」


episode7 End and Next...

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