3.嘘つきなおしゃべり
ミドルギア > ウッドペッカーの監視カメラから見ていたの?
フォックスN > 正解。盗難防止のあの監視カメラの映像を使えば、大通りを歩く間抜けのくしゃみ顔までばっちり見れるからね
ミドルギア > でもそれだけじゃ、私たちが玩具店に行ったとはわからないわ。裏通りにウッドペッカーはいない
ミドルギア > つまりそれだけ、あなたがACUAの使い方に慣れているということ
相手からの反応はない。こちらの出方を伺っているようだった。歯車の中で遊んでいたキツネは、いつの間にか丸くなって「Z」の文字を吐き出している。
「エストレ」
「試しているわ。私を」
銀色の髪をザラリと掻き上げたエストレは、チャットのログを睨みつけるように見回す。そして唇を一度噛み締めてからキーボードに指を置いた。
ミドルギア > おしゃべりをしましょう?
フォックスN > OK
ミドルギア > スポーツは好き?
フォックスN > 生産的じゃないから嫌いだね。まぁ最近は雨が多いから助かるけど
ミドルギア > 今日の天気は知っている?
フォックスN > 君のいる場所は雨だよ。当たっているだろう?
ミドルギア > この前、貴方についての噂を聞いたわ
フォックスN > それもボクが書き換えたものかもしれないよ
ミドルギア > あら、自分で書き換えてあんな噂を流すの。面白い人ね。覚えておくわ。となるとチョコレートドーナッツのことも馬鹿に出来ないわね。あなたよりは節操があるもの、穴が開いている分。
画面のキツネが目を覚まして、歯車の上へ飛び乗った。
フォックスN > どんな噂?
ミドルギア > 知っているくせに。
エストレは一度チャット画面を画面の隅に押しやると、依然として後ろで動き続けていたチャットウィンドウの群れに目を向ける。そして都市伝説を語り合っているルームを中央に持ってくると、適当な名前でそこにログインした。
キツネ狩り > フォックスXについて
キツネ狩り > 友達のいないハッカーは雨が上がるのも気付かない
その途端、画面の隅に退けられていたキツネが大きくジャンプをした。怒っているのか毛を逆立てて、歯車に歯を立てている。エストレは再びシングルチャット画面を開いたが、そこには大きな文字で同じ言葉が書き連ねてあった。
フォックスN > 嘘つき
フォックスN > 嘘つき
フォックスN > 嘘つき
フォックスN > 嘘つき!
ミドルギア > 嘘なんてついていないわ
ミドルギア > 雨が止んだの知らないの? 体育の授業に出なきゃだめよ、坊や
その時だった。隣の個室と接する壁に拳を叩きつける音が聞こえた。シズマは咄嗟に立ち上がり、パーティションの上から隣を覗き込む。右手に銃を握りしめたまま見下ろした先には、小柄な少年が一人座っていた。
明るい茶髪は癖があるために四方八方に跳ね、小動物を思わせる。しかしシズマを睨みつける目は鋭い光を帯びていた。
「あら、意外と近かったわ」
遅れて立ち上がったエストレは、少年を見下ろして手を振る。
「こんにちは、フォックスX。頭は良いけど、子供っぽいのね」
「どういうことだ、エストレ。こいつがハッカー?」
「そうよ。恐らくジュニアハイスクールの二年生ってところかしら」
「十三歳か」
オレンジ色の蛍光パーカーを着て、同じ色の眼鏡を掛けた少年は、苦々しい表情を浮かべているものの、幼さが強く残る顔立ちのせいで拗ねているようにしか見えなかった。しかし、それでもどうしても反論したかったのか、声変わりが終わったばかりのような不安定な高さの声で返した。
「十四歳だよ」
「どっちでもいいだろ、別に。なんでこっちにちょっかい掛けてきた」
少年は仏頂面のまま、自分が腰を下ろしているフラットシートを手の平で叩く。こちらに移動しろという合図だと気付いたシズマは、エストレを見やった。
「どうする?」
「彼は私よりACUAに慣れてるみたい。話を聞いてみましょう」
三人の話し声が響いていたのか、近くの個室から苛立ったような舌打ちが聞こえた。シズマは眼帯キットの入っていたゴミを丸めると、そちらに向けて投擲した。
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