第171話皇国の魔法師

「それで旧アンドレア国を守護するあなたが何でここにいるのかしら?」


 腰まである黒髪を肩の辺りで丸めた所謂、ドリルに形作ったその女性は跪くハンドレイクを睨むでもなく、面白がる訳でもなく、ただそこに転がっている石でも見るような視線で見つめます。

 ハンドレイクはこの不気味な少女にこれ以上の不興を買う事を恐れ、恐る恐る話し出しました。

 旧アンドレア国を平定する為に赴いたサースドレインで敵対勢力に襲撃され騎士、兵士を失い城も奪われた事実を如何にも自分に否はありませんと嘘を交え。

 敵の中に魔法師が混ざっていた事が敗因だと強調します。


「ふぅ~ん。それで帝に泣きついてきたのかぁ~馬鹿みたい。これだからあの国の騎士なんか役に立たないのよね。最初から皇国軍を出していればこんな事は無かったのに――分かったわ。あなたには私の弟子を貸したげる。その子を使って城を取り戻しなさい」


 ハンドレイクは一瞬何を言われているのか訳が分からずに固まりました。

 優秀な魔導師でさえ弟子を取れば育成に数十年の歳月を要します。

 見た目10代の女性の弟子などいかなるものか?

 なぎさが迷い人特有の能力を持っている事など知らない彼は、問いかけてしまいます。


「あのお言葉ですが……兵は貸しては頂けないのでしょうか?」


 女性は何こいつ、不服なの?

 出来の悪い指揮官に預けられる兵なんて皇国には無いわよ!

 そんな内心を体現するかのように瞳を座らせると、その黒い瞳を部屋のドアの横に立っていた少女に移動させます。


「今の聞いた? 貴女じゃ不服だってよ」


 いつからそこに立っていたのか……。

 冷たい口調で吐き出すように告げられた言葉を耳にした少女は、不機嫌そうな面持ちで口を開きます。


「私もこんな男の面倒を見るのは真っ平御免っす。こんな奴と行動を共にするなら1人の方が気楽っすから」


 年の頃は10代半ばのその少女は、本当につまらなさそうにそう言います。

 ハンドレイクにも多少の自尊心はあります。

 男尊女卑の貴族社会で育った彼は、ここまで自分よりも若い女達に馬鹿にされた事は生まれて初めてです。黒髪の女性には流石に恐ろしくて言い返せませんが、この立っている少女はそんな脅威には思えませんでした。

 そんな思いがつい口を滑らせます。


「こんな小娘1人借り受けた所で、フローゼを倒す事など出来ぬぞ!」


 ハンドレイクが 暴言ともとれる言葉を吐くと同時に、少女は後ろ手に持っていた杖に魔力を通します。 


 すると――。


 ハンドレイクの髪の毛に突然火が灯り、一瞬で焼き尽くしました。


「あはは――男のロン毛って嫌いなのよね。いい気味だわ」

「私を馬鹿にするって事は、お師匠様をも馬鹿にするのと同じっす」

「孤児だった貴女を育てるって決めた時は、不安だったけど貴女も言う様になったわね。アッキー」

「おっ師匠様、アッキーは止めて欲しいっす。ちゃんと名前を読んでっていつも言っているっす」


 頭皮が焼けただれ、苦悶の表情を浮かべているハンドレイクを無視して姦しく笑い合う女2人。

 ハンドレイクはこの時、皇国に助けを求めた事が間違いであった事に漸く気が付きますが既に遅かった様です。


「話を戻しましょうか。それで行方が分からなかったフローゼ姫が突然現れて貴方の軍は全滅した。だったわよね。私の知り限りではチャンバラ好きな姫様のイメージしかなかったけれど――」


 なぎさがアンドレア国で拘束軟禁されたのは今から5年以上前です。

 丁度、亡き国王がフローゼ姫に剣を与えた時期だったのでしょう。

 その当時を思い出し、頬をぴくりと動かすと冷たい声音でハンドレイクに問いかけます。

 ハンドレイクは身の危険を声音から感じ取り、後ずさりしながら口を開きました。


「そ、それが――フローゼ姫の剣の腕はアンドレア国では2番手、姫騎士の異名を持つほど強く……」

「そう。もういいわ」


 何処がなぎさの癇に障ったのか、人差し指をなぎさが真横に振るうと言葉の途中だったハンドレイクの首は胴体から離れ吹き飛んでいました。


 ミランダと仲違いをした原因が納豆の匂いによるもの。ただそれだけの事だった様に、なぎさの性格は短気。その一言に尽きるような気がします。

 ただあのミランダと行動を共にしていた時と比べれば――苛烈さが際立っていると言っても不思議では無いでしょう。

 現代日本から転移した割に、道徳感が欠如している様にも思われました。


「アッキー気が変ったわ。私も行く」

「えっ、お師匠様はあの国が嫌いだったんじゃ――いったいどうしたんっすか?」

「王族の生き残りがサースドレインに現れたのよ? また雲隠れされる前に捕まえなくちゃいけないでしょ」


 黒い瞳は何を映しているのか……虚空を見つめながらなぎさは昔自分を拘束した国王の娘と兵達の顔を思い出していました。

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