第165話フローゼ姫の決意

 街を敵兵から取り戻した事で、住民も路地に溢れ互いに笑みを浮かべています。

 僕達が戻って来た時には静まり返っていた街も活気を取り戻したようです。

 徹底抗戦を敷いた子爵軍を数の暴力で押さえこんだ事で、街の住民からは嫌われていましたからね。そんな笑顔を浮かべている人々とは対照的に、瞳には涙を浮かべ互いに花を持ち寄って街の中央にある噴水にそれを手向けている人達もいます。

 今回の貴族派の侵攻で大勢亡くなった兵に所縁のある人達です。

 その脇を僕達は馬車に乗って通り過ぎます。御者席にはフェルブスターさんが座り、僕達は全員、箱馬車の座席に座っています。


「それであの騎士さん達はどうするにゃ?」


 ミカちゃんがフローゼ姫に尋ねます。

 あの穴に閉じ込めたのは子爵城の奪還を邪魔されない為でした。

 子爵城を取り戻した今となっては、このまま監禁しておく訳にはいきません。

 このまま放置すれば遅かれ早かれ餓死してしまいますからね。

 当初の懸念事項だった皇国にフローゼ姫の事が漏れる事についても、元第二騎士団団長のルケス・ハンドレイクに逃げられた今となっては意味をなしません。

 皇国に僕達の情報が伝われば、このサースドレイン子爵領に皇国の本隊が攻め込んで来るでしょう。

 監禁した騎士達がその時にまた敵になるなら、いっその事今始末した方が後々の為になります。ミカちゃんは常に平穏を望んでいますからそんな物騒な事は考えないでしょうけど……。


「敵である貴族派の子弟を釈放するのは考えられない。だが――騎士は皆が皆貴族の子弟と言う訳では無いのだ。平民から努力を積み重ね騎士になった者も大勢いる」

「それじゃ貴族派に忠誠を誓っていない者だけ解放するんですか?」


 貴族派の連中に尻尾を振って手柄を立てようと参加したのに、貴族の子弟ではないという理由だけで釈放していいのか、僕が問いかけると――。


「それしか無かろう。貴族の子弟であれば貴族派と争っている以上は、釈放しても敵に回る可能性が高いが、平民出身の騎士であれば国に忠誠を誓うのが一般的なのだ」

「フローゼ姫のいう国って貴族派が治める今のこの国の事ですか? それとも旧アンドレア国の事ですか? あの騎士達の忠誠はどっちにあるんですかね……貴族が治める今の国に忠誠をたてているのなら――釈放しても敵に回るんじゃないですか」


 それならいっそ皆殺しにした方が……。

 僕がそう提案すると、ミカちゃんが、


「子猫ちゃんは自粛するにゃ。この先、アンドレア国を取り戻すにしても戦力は多い方がいいにゃ。フローゼ姫が皆を説得すれば騎士達も心変わりするかもしれないにゃ」


 それはどうなんでしょう。

 ミカちゃんが決めた事なら僕に否はありませんが、今のフローゼ姫に彼等を説得できるとは思えません。

 国の盾と呼ばれた騎士団長が説得を試みれば騎士達の気持ちも動くかもしれませんが、今のフローゼ姫からは覇気を感じられません。自分を責めたくなる気持ちは分かりますが、敵に回った元仲間も殺せない様ではいずれ今の仲間をも苦しめてしまいます。優しさと甘さは似て非なる物です。


「前にオードレイクの兵がこの街に攻め込んで来た時に、僕は教えてもらいましたよ。国家反逆罪を犯した者は皆死罪だと――フローゼ姫の父である亡き国王が決めた事なのに何でフローゼ姫はそれが出来ないんですか?」

「――っ」


 フローゼ姫は僕の話に返す言葉を失います。

 生まれつき体が弱く、それを克服させる為に国王はフローゼ姫に剣を覚えさせたと以前聞きました。王は騎士道をフローゼ姫には覚えさせましたが、帝王学は学ばせていなかったのでしょう。そういえば――処刑されたお兄さんが魔法の研究をしていた所、王から帝王学を学ばせられたと言っていましたね。

 筋肉脳のフローゼ姫をその気にさせるならここですね。


「フローゼ姫は無き国王様の遺言を無駄にするんですか?」

「……父上の遺言」

「そうですよ。汚名を返上出来るのはフローゼ姫しかいないんですから」

「父上の汚名……」

「民から集めた税を民の為に使うんでしょ。なら反逆者を成敗して国を取り戻さないと出来ませんよ!」

「国を取り戻す……」

「そうですよ。それが国王様が望んだ事ですから」

「そ、そうだな! 父上も侮辱されたままではあの世で肩身が狭かろう。皆すまなかった。妾はもう迷わない。父上の様な立派な王に妾はなるぞ!」


 はぁ。ここまで長かったですね。

 フローゼ姫が立ち直れば、戦になった時の戦況も大きく変わってきますからね。


「それで騎士達はどうしますか?」

「あぁ、やはり貴族の子弟は拘束した方がいいだろう。平民から成りあがった騎士に関しては、妾が説得する。父上の汚名を返上する第一歩だからな」


 結局、最初と何も変わっていませんでした。

 フローゼ姫が決意してくれただけでよしとしましょうかね。


 僕達がそんな会話をしている最中にも馬車は走り続け、


「お嬢様、この穴は一体――」


 巨大な穴を見てフェルブスターさんが驚き声をあげます。

 行方が分からなくなっていた間に覚えた魔法ですから知らなくても当然です。

 これが迷子にまでなって取得した魔法だと教えると、この魔法があれば更に子爵領が潤いますなと返され、行使したのがフローゼ姫だと話すとフェルブスターさんは上げて落とされた面持ちを浮かべていました。


「わたくしも沢山魔法を覚えたのですよ」


 落ち込んだフェルブスターさんを励まそうとエリッサちゃんが珍しく自慢します。


「おお、それはどの様な……」


 エリッサちゃんが自慢顔を浮かべて旅で覚えた魔法の説明をすると、


「殆ど防御と拘束系の魔法じゃないですか!」


 あれ……フェルブスターさんを元気付けようと説明すれば更に気落ちしてしまいました。エリッサちゃんが覚えた魔法はこれからの戦の戦局を大きく変える程のものなのにおかしいですね……。

 そんなフェルブスターさんを放って置いて、馬車から降りて穴に近づきます。


 どんな風にフローゼ姫が説得するのか楽しみですね。

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