第166話騎士を説得。その1
僕達が穴に近づくと穴の中からはここを抜け出そうと提案する小男の姿が……。
「人の背丈の5倍の深さなど、我等が知略を巡らせば抜け出す事は簡単だ」
この男は懲りないですね。両腕が無い人がどうやってここから這い上がろうと言うのか……。万一穴から出られても子爵領には両腕を治せる魔法師はいませんよ。
懲りない小男にミカちゃんが2度も慈悲を掛けるとは思えませんしね。
男は部下の騎士達に組み体操の要領で皆が力を合わせれば、ここから抜け出せると力説していますが、部下達の方が余程力の差を思い知っている様で誰一人として動く者は居ませんでした。
僕達が穴の淵に顔を出すと――。
「お前達がモタモタしているお蔭で奴等が戻ってきてしまったでは無いか!」
そんな恨み言を漏らしていますが、両腕の無い騎士団長に言われてもね。
騎士達は小男には目もくれずにただフローゼ姫の動向に注視している様です。
「妾達は当初の予定通りサースドレインの街を奪還した! ルケス・ハンドレイクは逃走を図ったが――ここに来ていないとすると部下を置いて1人で逃げた様だな」
フローゼ姫が現在の状況を説明すると、それに噛みついてくる男が1人。
「何を馬鹿な事を――ハンドレイク将軍が逃げるなど。お前達、フローゼ姫の言葉に惑わされるな!」
事実を言い聞かせてもそれを認めようともしないとは、本当に愚かですね。
それともそれが作戦なのでしょうか……。
そんな小男の言葉とは裏腹に、他の騎士達の反応は冷静なものでした。
フローゼ姫と同様に、以前からハンドレイクを知っている者は彼の性格をよく分かっていた様です。
「それで我等はどうなるのでしょうか?」
騎士の中でも利発そうな面持ちの男が尋ねます。
フローゼ姫は話の流れに逆らわず、騎士達の処遇を言い渡します。
「妾は皇国よりこの国を取り戻す。その為の枷になる貴族派に連なる者を今、解き放つ事は出来ないがそうでない者は好きにするがいい。妾に付いてくると言うなら歓迎しよう。この地を去るというのならそれも良かろう。だが――次に戦場で相対した時は覚悟してもらうぞ」
あれ……元国王の汚名を返上する為に説得するんじゃ?
このまま貴族派の子弟以外を釈放して本当にいいのでしょうか……。
これがフローゼ姫の決断だと言うのなら、否はありませんが。
僕達が固唾をのんで見守っていると、先程の騎士が口を開きます。
「フローゼ姫、私は民の為に民を守る為に騎士になったのです。民から集めた税で私腹を肥やしていた王の娘が、この国を取り戻して何をすると言うのです」
この騎士は声を震わせ絞り出すようにそう語りました。自分達の置かれた立場を考えればたった一つの失言で首を切り飛ばされても文句が言えないこの状況で。
「ふふっ、そなた名は何という」
騎士の、国では無く民の為に騎士になったと言い放つ心根に思う所があったのでしょう。フローゼ姫が名を尋ねます。
「はっ。私は元第二騎士団のアランと申します」
「性を告げないという事は――平民あがりの騎士か」
「はい。左様で御座います」
フローゼ姫が気に掛けていた平民から騎士に抜擢された一人の様です。
どうりで国の為では無く、民の為に騎士になったと畏れながらも言う筈です。
「この場にいる皆に宣言しよう。妾の父、先王は民の税で私腹など肥やしてはいない。民がこの先路頭に迷う事が無い様に集めた税は先日妾がこの目でしかと確かめた」
「何を馬鹿な事を――皆、惑わされるな! フローゼ姫の話は出鱈目だ」
フローゼ姫が先王の汚名を返上しようと答弁していると、小男が口を挟んできました。本当に碌なものじゃないですね。
「嘘では無い。サースドレインに来る前に立ち寄った王都で詳しい仕組みはまだ話せないがその資金を効果的に運用し、――孤児院の運営やスラム街の住民の様な末端に至るまで路頭に迷う事が無いようにしてあったのを確認しておる」
「この場でその仕組みとやらを話せないのが何よりの証拠。皆騙されるな!」
小男がちゃちゃを入れてきますが、騎士は真剣にフローゼ姫を見つめています。
他の騎士達も真剣な眼差しでフローゼ姫の様子を観察しています。
皆、フローゼ姫が嘘を言っていないかその真偽を確かめようとしているのでしょう。
僕達が小男とフローゼ姫の様子を静観して見ていると、平民出身の騎士よりも一際豪華な彫り物が入った鎧を纏った男が声をあげます。
「俺はグースドレイク家4男のオルケンだ。父が王城に踏み込んだ時にフローゼ姫が言っている様な資金は無かったと聞いているぞ」
ここに来て小男を擁護する者が現れました。
しかもその男は貴族派の重鎮グースドレイク家の者です。
役付けの上では小男の方が上ですが、家柄ではグースドレイク家の方が上なのでしょう。騎士達の視線は今発言を行った騎士へと向けられます。
雲行きが怪しくなってきましたね。
「国をわが物にする為に皇国を引き込んだグースドレイク家の者か……アンドレア国の富を皇国に投げ渡しその見返りに国の代表になった気分はどうだ?」
騎士の間からはアンドレア国の富って何だ?
皇国は悪政を敷く君主から民を救う為に介入してきたのでは無かったのか?
などなど騎士達はフローゼ姫には聞こえない様に小声で会話していますが、僕には丸聞こえですよ。
騎士達には鉱山で採掘された金銀は全て皇国へと流れている事は知らされていなかった様ですね。
「何を! 民を苦しめるアンドレアの娘が!」
オルケンは顔を真っ赤に染めながら声高々に罵声をフローゼ姫に浴びせてきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます