第146話ミカちゃんの人助け

 ――その日の晩。


 皆が寝静まった頃に動き出す気配を感じて僕は目を開きます。

 気配の主はこっそりと馬車から降りると、魔法で姿を消します。


「ミカちゃん、こんな真夜中に何処に行くの?」


 僕が馬車から外に出たミカちゃんに声を掛けて尋ねると、


「ちょっとした人助けにゃ」


 姿は見えませんが、ミカちゃんを追って馬車から出た僕を見つめ、ばれた事の気恥しさからはにかみながらそう話します。


「フローゼ姫は助けないって言っていたのに……何で?」

「別に奴隷から解放する訳じゃ無いにゃ。ただ昼間見た時に怪我人が多かったのが気になっていたにゃ」


 僕がミカちゃんに付いて行こうとすると、この場所が安全か分からない為、エリッサちゃんとフローゼ姫を守っていて欲しいとお願いされます。

 ミカちゃんは魔法で姿を消していますし、人に見つかる事は無いと言えます。

 魔物に関しても、アンドレア国に入りこの鉱山にやって来た時から魔物の気配を感じる事も無く、心配しなくても問題はなさそうです。

 僕が首肯すると目の前から香っていたミカちゃんの匂いが消えます。神速を使って一気に鉱山へ向かって駆け下りて行った様ですね。


 僕は暗闇の中、ミカちゃんが向かった鉱山をジッと見つめていました。


 子猫ちゃんと別れたミカちゃんは、岩山をひと思いに駆け下り、鉱山へと続く道を駆けています。鉱山は馬車を停車させた場所から見えた事からも左程離れてはいませんが、途中に山間部を挟む為に一度下山する必要がありました。

 昼間であれば馬車が行きかう道を、音を立てない様に駆け、鉱山施設があつまる集落へと辿り着きます。施設の入口には木製の櫓が建ち夜間であっても見張りがいますが、姿を消したミカちゃんを視認する事は出来ません。

 ミカちゃんは木の柵をユニークスキルの跳躍で飛び越えると、目的の場所に忍び足で近づきます。

 既に明かりは消されていて中の人を見る事は出来ませんが、昼間馬車から奴隷達の収容されている場所の見当は立てていたので問題はありません。それでも一応聞き耳を立てると中からはうめき声や、微かに嗚咽を漏らす女性の声が聞こえてきます。

 病気になった者、怪我をしている者、健康な者も一緒の大部屋で就寝している様で、うめき声を煩わしく思ったまだ健康な奴隷が怒鳴り散らしている声も時折聞こえてきます。

(酷いものにゃ。怪我の治療も満足にして貰えずに患部が腐ってきているにゃ)

 ミカちゃんの嗅覚は人のそれとは違い発達しています。

 小屋の隙間から覗いただけで、その臭いも嗅ぎ分けた様です。


「奴隷から助ける事は出来ないにゃ。でも一時凌ぎにはなるにゃ」


 ミカちゃんはボソリと小声で呟くと、掌に魔力を纏います。


「聖なる癒しにゃ」


 ポツリと言葉を漏らした瞬間――。


 掌から上空に打ち上げられた朧気な青い光は瞬く間に小屋を包み込むと、小屋の中にいた人々の体内へと浸透していきます。

 今まで痛みからうめき声をあげていた者の傷は一瞬にして治り、小屋の中では驚きから小さく叫ぶ者もいます。また疲労していた者はその疲労が回復し、暗闇の中で隣り合って寝ていた者同士、驚愕の表情を見せています。中には神の奇跡だ、などと言い出す者もいます。精神的な疲労や苦痛は和らげる事は出来ませんが、周囲が口々に噂する神の奇跡に微かな希望を感じている者も出始めます。


「私に出来るのはこれ位にゃ。ごめんにゃ」


 ミカちゃんは小さく言葉を残すと来た道を引き返していきます。

 助けた事で今まで以上に苦痛を伴う仕事をさせられるかも知れない。それでも生き延びて居ればきっと助けは来るのだと。希望を持って欲しいと願いながら。


 僕はミカちゃんが魔法を行使して何を行ったのかを高台の馬車からずっと眺めていました。やっぱりミカちゃんは女神様みたいですね。今回初めて見ましたが、大勢の疲労した人、怪我をした人達を一瞬で治してしまいました。

 でも後で問題になったりはしないんでしょうか……。

 ミカちゃんが戻ったら聞いてみましょう。

 ミカちゃんが戻ってくるのに左程時間は掛かりませんでした。

 馬車の近くまで来ると透明化の魔法を早々に解除したミカちゃんに気づき、僕は声を掛けます。


「ミカちゃんお帰り! あれが新しい回復魔法ですね。それで首尾はどうでした?」

「子猫ちゃんただいま! 怪我をしていた奴隷さんと疲労していた奴隷さんは回復したにゃ」

「怪我人を大勢治して、後で騒ぎになったりは?」

「その辺は心配ないと思うにゃ。皆、神様の奇跡と思い込んでいる様だったにゃ」

「やっぱりミカちゃんは女神様ですね」

「子猫ちゃんに言われると気恥しいにゃ」


 ミカちゃんは頬を薄っすらと赤らめています。

 馬車の外でそんな会話をしていたからでしょうか?

 僕達の話声に気づいたフローゼ姫が、馬車の扉を開け外に出てきます。


「こんな夜中に何をやっていたのだ?」


 フローゼ姫が訝しげな視線を僕達に向けてきます。


「それは――」

「ミカちゃんは怪我をした奴隷さん達に回復魔法を行っただけですよ。あの人達を助けないと決めたフローゼ姫にはどうでもいい話でしょ」


 助ける気が無いという事は、見殺しにしても構わないという事です。

 助けられる力が無くて助けないのと、その力があるのに行動を起こさないのとでは天と地ほどの差があります。

 ミカちゃんが言い淀んだ事で、僕が多少嫌味を挟んだ言葉をぶちまけます。

 すると――。


「……すまない」


 フローゼ姫は泣き出しそうな面持ちで小さく言葉を漏らすと、俯いたまま馬車へ戻っていきました。


「子猫ちゃん、言い過ぎにゃ。フローゼ姫にもきっと考えがあるにゃ」


 何故かミカちゃんに僕が叱られますが、なんか釈然としませんね。

 王女という力が無くなった途端に、弱気になるなんて。

 ミカちゃんも僕も今まで目の前で困っている人が居たら助ける。その後の事はその時考えるでやってきましたよ。お金が必要なのは分かります。逃げた先で食事すらとれませんからね。力が無いから追手からも、魔物からも逃げ切れない事もわかります。だからと言ってこのまま一生死ぬまで奴隷でいいんですかね。

 漠然とそんな事を考えながら、僕とミカちゃんは馬車の中に戻り朝まで眠りについたのでした。

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