第3章 動乱編

第145話国王派の奴隷

 ――アーガスレイン鉱山


 ドレイストーン国国境との境にあるこの鉱山は旧アンドレア国最大にして大量の鉱石の採掘で賑わう鉱山です。

 現在ではエルストラン皇国の鉱山として、採掘された鉱石は全て馬車に積み込まれエルストラン皇国へと送られていきます。


「おら、しっかり持たねぇ~か! こんな物も持てない奴等に今まで俺達は高い税金を支払って来たのか。何が国民が困った時の貯蓄だ! 結局自分達で私腹を肥やしていやがっただけじゃね~か!」

「そ、それは陛下が決めた事で――ひぃっ」

「誰が無駄口を開いて良いって言ったよ! しっかり働け!」


 鞭で叩かれ奴隷達はひたすら馬車に鉱石を積み込みます。


 鉱山の深い穴奥で奴隷達が採掘した鉱石は、トロッコに乗せられ日の当たる地上へ上げられると、奴隷達の手でエルストラン皇国の馬車に積み込まれていきます。 その数1日で馬車50台。馬車は重量物を乗せるために頑丈で小さい物ですが、台数が多い分それを手作業で積み込む人手は幾らあっても足りません。その為に大量に奴隷が集められている訳ではありますが……。またエルストラン皇国側にもその奴隷は移送され、ここと似た光景が繰り広げられていました。


 ドレイストーン皇国からたったの1日で旧アンドレア国に辿り着いた僕達一行は、街道沿いにある避難路に馬車を停車させ野営の傍らその光景を遠目に眺めていました。


「酷いものにゃ。もう日が暮れたというのにまだ働かされているにゃ」

「私には暗くて見えませんが、まだあれが続いていますの?」

「動きを止めれば鞭を振るい、鉱石を落としても――か」


 まだ日が暮れる前からここで野営の準備を始めた僕達は、鉱山で働かされている奴隷達の仕事振りを興味津々で眺めていました。特に国王派の貴族とその子息、親類に至るまで奴隷落ちさせられたとドレイストーン国で聞いたフローゼ姫、エリッサちゃんはその光景を食い入るように見つめていました。そこでは老若男女関係なく、過酷な寒さの中薄着で働かされていました。


「犯罪者だとこんな扱いをされるんですね」


 僕が犯罪者は奴隷落ちという一般的な常識からそう声を漏らすと――。


「子猫ちゃん、誰が犯罪者だ! あれはどう見ても一般人だ」


 フローゼ姫が僕の失言に反応し苦言を呈してきます。


「でも犯罪者だから奴隷に落とされたんでしょ?」


 僕が言い返すと、悔しそうに奥歯を噛みしめ、


「あそこには国王派だった――見知った者の顔もあった」

「それって、そういう事ですのね」

「貴族派と敵対していただけで奴隷落ちにゃ」


 僕は驚きました。話には聞いていましたが、他国に侵略されただけで何の罪も無い一般人までもが奴隷にされるなんて。人とは醜いものですね。何でもっと楽しく暮らせないんでしょう。


「ドレイストーン国で聞いた話はこれで確実なものとなったな」


 フローゼ姫が苦虫を噛み潰した面持ちを浮かべそう呟きます。

 実際の目で見るまでは、何かの謀略で偽情報なのでは無いか。そんな僅かな期待を胸に抱いていたのでしょう。アンドレア国を陥れる策なのでは無いか――、そんな藁にも縋る期待を。

 でもこうして目の当たりにするとその期待を粉々に消し去ります。

 一言呟くとフローゼ姫は何かを思考するように、馬車の窓から夜空に浮かぶ星々を見つめていました。

 そんなフローゼ姫を元気づけようとミカちゃんが、


「あの人達を助けないのかにゃ?」


 そう提案しますが、ミカちゃんに視線を向けると、フッ、と吐息を漏らしフローゼ姫は微かに笑います。


 そして――。


「既に国は他所の国の物。今の妾に何が出来る。ここで僅かな奴隷を解放しても直ぐに追手が掛けられる事になるだろう。今の妾達なら自身の身を守るのは容易だ。だが、逃がしたあの者達はどうなる。金も無い、力も無い。そんな者達が追ってから逃げ切れるとは思えん」


 助ける事は容易く出来ても守り切る事は出来ないと、低い声で呟き瞳を閉じると、はっきりと聞き取れる声音で、無理だ! と、自信に満ち溢れた以前と違い、気弱な態度を隠しもせずに言いました。


 隣で聞いていたエリッサちゃんも同様、泣き出しそうな面持ちで俯きます。

 エリッサちゃんは幼い頃に母親を亡くし、父であるサースドレイン子爵が宝物を仕舞い込む様に多くの人目に付けず大事に育ててきた為に、幸いにも他の貴族との交流も殆どありません。それは顔見知りで奴隷に落ちた人が居ないという事。

 境遇は同じですが、知った顔があの奴隷の中に居ない事はしあわせな事です。

 フローゼ姫の様に、苦しまなくて済むのですから。


「あの人達を助けないとなると、予定通りかにゃ?」


 ミカちゃんはこの国の現状を見れば、自分達の動き方も変わってくると思っていた様で、フローゼ姫に再確認します。

 予定通りであるなら一度王都に立ち寄り、その後でサースドレイン子爵領に帰る事になっています。王都が今どうなっているのか、また子爵領の現状で変わってくると思いますが……。


 フローゼ姫の返答は呆気ないものでした。「――ああ」とだけ告げると腕を組み馬車の窓に上半身を預けると瞳を閉じていきました。

 エリッサちゃんも俯いたまま寝てしまった様です。

 僕はすっかり指定席と化した窓枠に寝そべり、ミカちゃんの姿を目に入れます。

 ミカちゃんは、何かを考えているようで、暗くなった外を窓からしばらく見つめていました。

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