第144話王子の決意

「こ、これはどういう事だ!」


 腰を抜かし馬車内で怯えていた王子は、危険が去ったと爺やに知らされると騎士団長に詰め寄ります。

 ぬるま湯で育った影響か、自分を守る護衛の騎士が呆気無く殺された事に憤ったのです。フローゼ姫達が相手ならいざ知らず、国と国とを結ぶ街道に現れたたかが魔物相手に精強と謡われた国の騎士が良い様にあしらわれた。しかも襲い掛かって来た魔物3匹の内、1匹には逃げられたとも聞く。


 これで本当に自分を守る事が出来るのか。

 まだ旅は始まったばかりだと言うのに――。


 王子は大国の王子ではあっても、甘やかされ育った結果世界を知らな過ぎた。

 自分を護衛する騎士は国でも最強の騎士達ばかりで、騎士団長も国ではトップクラスの猛者だ。

 旅の中で魔物と遭遇する事はあっても、簡単に倒してしまうだろうと――。

 呑気にフローゼ姫に入れ揚げ、彼女のピンチに颯爽と飛び出し恰好いい所を見せれば、今は素っ気無い態度でも自分に夢中になってくれる筈だと……。

 それが自分に取って一番困難な事で、それまでの旅はそれを盛り上げてくれる味付けの様なもの。そう思っていた王子の幻想はたった1日で破綻する


 味付けでしか無い筈の魔物によって。


 しかも強さを効けば、恐らくCランク程度の魔物だという。

 王子である自分を守護する護衛だ。伝説級のSランクでも出れば死を覚悟するのも致し方無い。でもAランクより下の魔物なら精強な騎士が負ける筈がない。

 大陸で2番目に強い国の騎士が護衛なのだから。

 そんな思い込みが騎士団長を責める根幹にはありました。


 ですが――。


「王子、我等騎士団は神の軍ではありません。対人であればその実力を示す事も出来ましょう。ですが――今回の相手は魔物で御座います。魔物に人がランク付けを行ってはいますが、普通の人では最弱のスライムにさえ簡単に殺され、背格好の小ささで侮られているゴブリンでさえ一般兵よりも強い。さらにその上、オークであれば騎士が3人掛かりでやっと1匹を倒せる程度、Aランクのオーガであれば――騎士が30人掛かりで倒せれば幸運。普通は全滅しても不思議では無いのです。今回命を落としたダリスタンも王国の武術大会において3本の指に入る強さを誇っておりました。それでもCランクの魔物相手には――及ばなかったのです」


 王子の幻想はこの瞬間に脆くも砕け散りました。


 大国の王の子であるという事は、この大陸で2番目に強く皇国の軍以外に負ける事は無い。騎士は強くどんな魔物にも負ける事は無い。この大陸で2番目なのだから。そんな思い違いを抱いていた王子は、騎士はただの人。一般市民より少し強いだけで魔物よりも弱者。その現実を受け入れた時、無邪気だった王子の瞳から輝きが消えました。そして国を背負う王のそれに変化します。


 王子は自身が乗っている箱馬車を捨てる様に告げると、行商人の使う馬車に僅かな荷物を積み込みます。


「もう視界を曇らせる箱はいらない。これで移動する」


 そう爺や、騎士団長に告げ出立を促しました。


 箱馬車と比べ行商人が使う馬車は狭くそして軽い。

 何度も激しく揺られながらも、爺やが操るその馬車の荷台で吐き気を我慢する。

 どの位悪路を走っただろう――日が沈むより先に、この凹んだ土地の終わりが見えてきます。この荒れた土地に足を踏み込んだ時は馬車の中で踏ん反り返っていた王子は、馬車を降りると自分の膝くらいの高さにある本来の街道に馬車を持ちあげる手伝いをしました。軽い馬車でも王子にとっては息が切れ、街道に馬車を上げ終えた時には膝が震えだし地面に倒れこみました。


「王子、ここで休憩しましょう」


 出立時より見違える様になった王子を、温かい視線で見つめ騎士団長は上司に対しての業務的な口調では無く、優しい声音で語り掛けます。


「あぁ、ここに丁度水溜まりもある。これで紅茶が飲めるな」


 王子は偶然にもフローゼ姫が掘った穴に溜まっていた水を沸かし紅茶を飲みます。

 この水が、彼女達が足湯にした水だと知ったらどんな顔をするんでしょうね?

 まぁ、その機会は無いでしょうけれど……。


 王子達一行は当初の予定とは変えて、護衛の騎士団長と騎士が馬に騎乗し、馬車には御者席に爺や、荷台に王子といった有様で街道を突き進みます。

 空には満月が輝き、夜道を照らし出している事で人である一行にも道筋は見えています。荷台に乗りながら王子は尖がり帽を外し、肌寒い夜風を顔と短く髪が生えだした頭長に当てます。


 これまでの自身の考えを入れ替えるのだ。

 のぼせ上った性根も、思い違いも全て吹き飛ばし一新するのだと宣言する様に。


 そんな王子の決意を山鳥が祝福していました。

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