第61話アンデット

 ミカちゃんが泣き止むのを、僕は隣でジッと待ち続けます。


 今までも魔法の威力を間違えたりして、死んでしまった兵はいました。


 でも今回の様に、追い詰められて故意に人を殺してしまったのは、ミカちゃんは初めてです。


 伯爵を殺す前に、ミカちゃんが僕に手を出しちゃ駄目って合図しました。


 こんなにミカちゃんが苦しむならいっそ僕が……。


 そう思いましたが、きっと僕が殺していたら、それもミカちゃんを悲しませる事になっていたのでしょうね。


 本当にミカちゃんは優し過ぎますよ。


 石畳に座り込んで、泣き崩れているミカちゃんの膝に足をかけ、頭をぐりぐり押し付けます。


 すると――。


 ミカちゃんは僕を抱き上げ、胸の前で抱き締めてくれました。


 僕はミカちゃんが零した涙を舐めとります。


 どうせなら瞼も舐めちゃいましょう。


 僕が背伸びをしてミカちゃんの瞼を舐めると、青く光って、その輝きは瞼に吸収されていきました。


 腫れぼったくなった瞼も、充血していた瞳も綺麗になります。


 舐められたのが、くすぐったかったのか?


「子猫ちゃん止めるにゃ。むず痒いにゃ!」


 そう言葉を漏らすと、泣いていた顔に笑みがこぼれます。


 やっぱりミカちゃんは、笑っている時が一番可愛いですね。


「みゃぁ~?」


 僕が、元気がでた?


 そう問いかけると――。


「有難うにゃ。もう大丈夫にゃ」


 そう言って、ちょっと頬を引き攣らせながら笑います。


 まだ無理しているみたいですね。


 僕がもっと大きかったら、ミカちゃんを乗せてフローゼ姫達の所まで連れて行くのですけど……ちょっともどかしいですね。


 ミカちゃんが僕を抱き締めた格好のまま、来た道をとぼとぼと歩いて戻ります。


 乗せて帰る所か、お持ち帰りされちゃいました。


 いつかもっと大きくなって、逆の立場になりたいですね。



 どの位、歩いたでしょうか?


 お城の方から人の足音が聞こえます。


 さっき逃げて行ったメイドさんにしては、ガチャガチャ煩いです。


「みゃぁ~?」


 僕が大丈夫? と確認すると、


「この音は多分、鎧にゃ。お姫様達かも知れないにゃ」


 ミカちゃんが立ち止まって、そう教えてくれました。


 少しすると、松明を手にしたフローゼ姫と騎士団長が見えてきます。


 騎士団長の後ろにも数人の兵が付いて来ています。


 まだ向こうからは視認出来ていないようです。


 近くに来る前にこちらから声を掛けます。


「みゃぁ~」


「子猫ちゃんが喋っても意味が通じないにゃ」


 ミカちゃんが苦笑いを浮かべ、声に出すと――。


「おお、その声は、ミカ殿と子猫ちゃん! 無事だったか!」


 一瞬、警戒した様子を見せましたが、直ぐに僕達だと気づいてくれた様で、フローゼ姫が安堵した声音を投げかけてきます。


「私と子猫ちゃんなら無事ですにゃ。でも……伯爵様は殺しちゃったにゃ」


 語尾が下がり気味だったので、フローゼ姫もミカちゃんが落ち込んでいる事に気づいた様です。


「伯爵はどの道、王都へ連行しても処刑されていたのだ。ミカ殿が気に病む必要は無いぞ」


 そう言葉を伝え終わる頃に、漸く僕達を視認出来たようです。


 松明の明かりが、僕とミカちゃんを照らします。


「うむ。怪我もしていないようだな」


 フローゼ姫は、僕達を認めると、満足そうな面持ちを浮かべて言います。


「私も子猫ちゃんも大丈夫にゃ。それよりもう少し奥に、手押し車と伯爵の死体があるにゃ」


 ミカちゃんが奥の情報を伝えると、フローゼ姫が『やはり逃げ出したのか』そう言葉を零しました。


「それにしても、この隠し通路は何処まで伸びているんだ?」


 騎士団長が尋ねてきますが、僕達にもわかりません。


「知らないにゃ」


「みゃぁ~」


「子猫ちゃんも、分らないと言っていますにゃ」


 騎士団長は顎に手をやり考えています。


「考えるよりも進んでみようではないか! 伯爵の街はミカ殿と子猫ちゃんのお陰で、既に王都軍が制圧した事だしな」


 フローゼ姫が、淑女然して僕達にウインクをしながらそう語ります。


 ん~やっぱりお姫様は、ウインクをするのが上手ですね。


 エリッサちゃんも上手でしたし……。


 きっとミカちゃんもいつかは上達するでしょう。


 楽しみですね。


 フローゼ姫の提案で、僕達も付いていく事になりました。


 手押し車の所まで戻って来ると、僕が殺した2人のメイドの死体は残っていましたが、伯爵の死体がありません。


 あれ?


 死体が勝手に動いたのでしょうか?

 

「本当にここで伯爵を殺したのか?」


「確かに殺したにゃ。首が折れていたにゃ」


 フローゼ姫が眉間に皺を寄せて、考え込みます。


「死体が動き出すとなると――アンデット化した可能性があるな」


 アンデットとは何でしょうか?


 ちょっと聞いてみましょう。


「みゃぁ~みゃぁ~みゃぁ~」


「子猫ちゃんが、アンデットとは何ですかって聞いているにゃ」


 ミカちゃんが通訳をしてくれて、フローゼ姫に尋ねてくれます。


「うむ、アンデットとは魔物の一種で、死んだ人間が死霊となり生き返る事だ」


 魔物ですか……なら僕が殺しても問題は無いですね。


「みゃぁ~!」


「分ったにゃ。まだ遠くには行っていない筈にゃ、追いかけるにゃ」


 僕達の後ろでフローゼ姫が『アンデットには物理攻撃は効かぬぞ』と教えてくれます。

 松明を持って後ろから皆が付いてきますが、夜目が利かない分遅いです。


 フローゼ姫達を置き去りにして、僕達は走ります。


 しばらく走ると、目の前に人の気配がします。


 今度こそ、僕が退治します。


 2度もミカちゃんに殺させませんよ。


 僕は一気に距離を詰め、両手をだらりと垂らしながら、薄ら笑いをあげている伯爵だった者の前に躍り出ました。


 すれ違い様に爪で攻撃しましたが、突き刺さった箇所を貫通しても動きは鈍りません。


 伯爵は足が無い状態で、器用に立っています。


 白目で僕の方を見ると『ぐがぁ~』と変な声をあげます。


 死んだ人は燃やすものでしたね。


 そう思い出した僕は、ファイアをアンデットに放ちます。


 アンデットは燃えた状態で、両手を振り乱し、僕に近づいてきます。


 あれ……まさか魔法も効かないのでしょうか?


 そう思っていると――。


 次第に体が小さくなっていき、後に残ったのは灰だけになっていました。


「みゃぁ~?」


 僕が死んだのかな? とミカちゃんに確認を取ります。


「私にも分らないにゃ。でも灰になったらもう生き返らないと思うにゃ」


 そんな会話をしていると、フローゼ姫達も追いついてきました。


「やったのか?」


「子猫ちゃんの魔法で灰になったにゃ」


 フローゼ姫にミカちゃんが報告してくれます。


「最後まで面倒事を持ち込む奴だったな……」


 本当ですね。僕もフローゼ姫に同感です。


 灰の下には魔石がありました。僕はそれをミカちゃんに手渡します。


「さぁ、まだ終わった訳では無いぞ! これからこの通路を探索だ!」


 そう楽しげに言葉を漏らすと、フローゼ姫が1人で先に歩いて行きました。


 どうやら冒険がしたいだけの様です。


 呆れた面持ちの騎士団長を置いて、僕とミカちゃんがフローゼ姫を追いかけます。


 僕達、フローゼ姫の護衛を仰せつかっていたのを、すっかり忘れていましたからね。


 でもフローゼ姫が期待していた事は何も起きず……辿り着いた先は、街の近くにある森の中でした。

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