第60話伯爵の最後
通路には一定の間隔で蝋燭が立て掛けられていて、火が点いています。
香水の匂いが、どんどん臭く匂って来て鼻が曲がりそうです。
良くこんな臭い香水を付けますね。
伯爵の趣味なんでしょうか?
ミカちゃんは香水なんて付けなくても、もっと良い匂いですよ。
石畳を敷き詰めた通路は、埃が積もっていて、僕達の前に少なくとも5人以上の人が通ったのは、一目瞭然です。
もうかなりの距離を走りました。
そろそろ見えてきても良い筈なんですけれど……。
あっ、声が聞こえます。
ミカちゃんが、足音を立てない様にゆっくりと歩き出します。
すると小声で……。
「追いついたにゃ。どうするにゃ? 一気に仕掛けるにゃ?」
どうしましょう?
メイドさんも殺して良い人なのでしょうか?
それなら早いのですが……。
「みゃぁ~?」
僕がミカちゃんに尋ねると。
「メイドさんは兵とは違うにゃ」
だそうです。それなら――メイドさんは見逃しましょう。
僕が先に伯爵に飛び掛って、足を攻撃しましょう。
僕の足音は、人には気づかれないですからね!
僕は蝋燭の明かりの死角部分に身を隠しながら、一目散に駆け出します。
目の前には、手押し車を引いたメイドさんが5人。
その先に背の高い、細身の男がいます。
細身の男は、メイドさんに早くしろと命令しているようです。
僕は壁の隅を走り、一気にその集団を追い抜きました。
追い抜く刹那――爪で男の足首を刈ります。
ザッ、爪で足首を刈り取ると、男は呆けた面持ちで倒れます。
石畳に倒れ次の瞬間――『ぎゃぁ~!』
大きな悲鳴をあげました。
こんな空間で大きな声を出したら煩いですよ!
僕は距離を置き、男と対峙します。
男は、何が起きているのか理解出来ていないようで……。
「おい、何かが足に当ったぞ!」
暢気ですね。もう切れているのに。
「ん? ぎゃぁ~~~! あ、あ、足が……足が無い! 痛てぇ~」
今頃気づいたようです。
ミカちゃんが漸く追いつき、メイドさんの引いていた手押し車の後ろに陣取ります。
「メイドさんには危害は加えないにゃ。早く逃げるにゃ」
ミカちゃんが優しく伝えると、3人の少女が僕達が通ってきた道を引き返して行きました。
後2人は……ミカちゃんの横を通り過ぎようとした瞬間――。
ミカちゃんを2人係で取り押さえました。
「何するにゃ!」
ミカちゃんが慌てて声を漏らします。
そうこうしている内に、1人はミカちゃんを背後から羽交い絞めにし、もう1人は、ナイフをミカちゃんに突きつけます。
「オードレイク様に何をした! 小娘!」
ナイフを持っているメイドが、ミカちゃんに詰め寄ります。
「よし、よくやった。エヴューラにメヴューラ」
伯爵が石畳に転がった状態で、メイドを称えます。
このメイドは何がしたいのでしょうか……。
ミカちゃんは様子を窺う事にした様で、大人しくしています。
ミカちゃんが僕に、ウインクしようとしてまた失敗しています。
僕も大人しく、影に隠れ様子を見守る事にしました。
「私は何もしていないにゃ。勝手に転んだにゃ」
ミカちゃんが白を切ると――。
「何を恍けた事を。伯爵様を傷付けておいて……許さないわ!」
ナイフのメイドがそんな事をのたまいます。
この2人はただのメイドでは無さそうですね。
「メヴューラ、その獣人を拘束しろ!」
伯爵に命令されたナイフのメイドが、手押し車から縄を引っ張り出し、ミカちゃんを縛り始めました。
もう攻撃してもいいですかね?
でもミカちゃんは、両目をぱちぱち点灯させています。
僕はいつでも魔法が使えるように、暗闇から手を翳しています。
「何で村を、皆を殺したにゃ!」
ミカちゃんが伯爵を責め立てます。
すると――。
「はっ。村などどうでもいい。あの地に新たな街を築く予定だったのだ。街を築けばその土地は高く売れる。あれ程の良い場所を貧しい民の為にむざむざ放って置く必要も無かろう」
足を切られたというのに、随分と駄弁りますね。
「街を作るにゃら、皆に話せば良かったにゃ」
更にミカちゃんが話します。
「ふん。もう随分前に話して糞爺の村長に断わられたのだ。あの土地には先祖が眠っているから掘り返すなとな……」
伯爵には伯爵の理由があるようですが……。
「それでも罪の無い村人を殺していい訳が無いにゃ!」
ミカちゃんが尚も、大声で咎めると――。
「うるさい小娘だねぇ~」
そう言ってメヴューラと呼ばれたメイドが、ミカちゃんの頬を引っ叩きます。
む、流石に許しませんよ!
僕の手に魔力が纏わり付いたのを認めたミカちゃんが、首を横に振りました。
こうまでされてまだ我慢しなくちゃいけないのでしょうか?
「ふん。陛下が民を大事にするから、あの村長の様に増長する者が現れるのだ。粛清して何が悪い! 身の程を弁えぬ村人ごときが」
「それでも殺す必要は無かった筈にゃ!」
「殺さねば、生きて見逃せば陛下に直訴するのであろう? 図に乗った弱者ほど質が悪いものは無い。それならいっそ始末した方が利口と言うもの」
伯爵の言っている事は僕には分りません。でもミカちゃんには分った様です。
「とにかく伯爵様は、お姫様に引き渡すにゃ」
ミカちゃんが、伯爵を睨みそう言い張ると――。
「やれ!」
伯爵がメイドに命令しました。そして――。
メイドは持っているナイフを、ミカちゃんの細い首に付きたて……。
結界に弾かれて、ナイフを落しました。
僕は黒い魔法をメイドに放ちます。
すると――。
メイドを黒いもやが包み込み、あっという間に人の形を無くし潰れました。
「なっ!」
「きゃ~お姉様!」
伯爵と、ミカちゃんを拘束していたメイドが叫びます。
ミカちゃんに、ナイフを突き立てた人を僕が許すとでも?
「子猫ちゃん!」
ミカちゃんが僕を注意しますが――。
僕の手には次の魔法が準備されていました。
ミカちゃんの後ろに居るから、助かるとでも思っているのでしょうか?
僕は神速で一気に距離を縮め、ミカちゃんを拘束したメイドの背後に回ります。
そして、爪でメイドの首に切りつけました。
メイドの首は、身体から離れ石畳に転がります。
「――なっ」
伯爵が、あっという間に倒されたメイドを認めると、声を零します。
次は伯爵の番ですね。
僕が伯爵に詰め寄ろうとすると――。
ミカちゃんが一歩先に伯爵の元へ駆け寄り、僕を止めます。
「これ以上は駄目にゃ」
「みゃぁ~みゃぁ~!」
僕が拒むと――。
「子猫ちゃん! 聞き分けて欲しいにゃ!」
ミカちゃんが、薄い青色の瞳に大粒の涙を浮かべて懇願します。
僕は大事な人を、泣かせるつもりは……ありませんでした。
一気に頭が冷えました。
僕がこれ以上は戦わないという意思表示で腹這いになると、ミカちゃんはホッと胸を撫で下ろします。
所が、それを隙と捉えた馬鹿が1人……。
「最後に抜かったな……」
伯爵は、ミカちゃんの背後に庇われていたのに、彼女の首を両手で締め付けました。
「ぐっ……にゃ……」
「おっと、それ以上近づいたら――この娘を縊り殺すぞ!」
僕は油断していました。
今までの相手なら、足首を切断すれば大概は、反撃する気力を失い無力化出来ました。
ですが、この伯爵は最後まで、生き汚い性格だったようです。
首を絞められ、ミカちゃんの白く綺麗な顔が、血流を止められ青くなっていきます。
ミカちゃんは苦しそうに顔を歪めながらも、僕を見つめます。
僕もその様子をジッと見つめていました。
彼女が、ミカちゃんが、これからやろうとしている事がわかったから……。
伯爵は足首が欠損したお陰で、膝立ちをしていました。
ミカちゃんは起立の姿勢で立っています。
ミカちゃんが力尽き、ガクン、と膝を折ったと思われた瞬間、街壁をジャンプした時の様に伯爵を巻き添えにして飛び上がりました。
不意を突かれた伯爵は、前に蹌踉けます。
伯爵の頭は、ミカちゃんの可愛い耳が乗っている、頭の上にありました。
ミカちゃんと一緒に飛び上がった伯爵の頭は、石で出来た天井に激突し、更に――ミカちゃんの頭突きが首に突き刺さりました。
その瞬間、グキっと骨が折れる音が鳴り――。
ミカちゃんと伯爵が石畳に落下した時には、伯爵は白目を向いて死んでいました。
ミカちゃんはぜいぜい息を吐き出すと、嗚咽を漏らしました。
僕はミカちゃんに駆け寄り、患部を舐めて治療していきます。
ややあって、正気を取り戻したミカちゃんが言います。
殺したく無かったにゃ。
殺す筈じゃなかったにゃ。
でも、殺さなければ私が死んでいたにゃ。
ごめんにゃ。
子猫ちゃん。心配かけて、ごめんにゃ。
そう言葉を吐き出すと、僕を抱き締めながら、
ボロボロと大粒の涙を零していました。
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