第56話オードレイクの街
伯爵が厳戒態勢を街と城に敷き、4日が経った。
1000名の兵を従えたボルグ騎士団長、フローゼ姫、ミカちゃんと僕達はミカちゃんが嘗て住んでいた村跡を過ぎ、伯爵の居城があるオードレイクの街まで残り半日の距離まで来ていました。
「それにしても、あの村跡を見ると状況証拠としては十分だな。ミカ殿という証人もいれば、捕縛した執事のイグナイザーが吐いた自白もある」
ミカちゃんの案内で村跡を見たフローゼ姫は廃墟と化した現場をその目で見て痛ましい視線で見つめていました。
それを思い起すように、ミカちゃんに向けそんな言葉を投げかけます。
「あの村には多くの村人が住んでいたにゃ。皆、いい人達だったにゃ」
ミカちゃんも村の跡地を見て、そこでの生活を思い出したのでしょう。俯きながら思い出を語ります。
「ああ。この落とし前は王家が責任を持って償わせる。必ずな!」
僕も、騎士団長もそんなフローゼ姫を期待の篭った視線で見つめます。
「それでだ、伯爵の居城まで後半日の距離まで来たが、このまま乗り込むか、それともここら辺で野営の準備に入るか?」
どうする、と騎士団長が尋ねます。
時間はもう午後に入りお昼を食べたのはもうしばらく前になります。
このまま伯爵の街へ行くと夕方になってしまい、夜陰に乗じて奇襲を掛けられる可能性も出てきます。それを危惧しての発言でしょう。
「ここは伯爵の庭だ、街を攻めている最中に日が落ちれば出さずとも済む被害を出してしまう恐れもある。この辺で野営にした方がいいと妾は思うぞ」
フローゼ姫は朝一でここを経ち、明るい内に片を付けるというもの。
ミカちゃんはというと、
「私はこのまま攻め込んでも問題は無いと思いますにゃ」
フローゼ姫の意見とは違うようです。何か問題があるのでしょうか?
「ミカ殿、その理由を教えてもらえるか?」
当然、不思議に思ってフローゼ姫もミカちゃんに問いかけます。
「日が暮れる前に城を包囲して、私と子猫ちゃんで潜入すれば簡単に片付きますにゃ」
ミカちゃんは小首を傾げながら片目を瞑ろうとして、またもや失敗。両目を閉じてそんな提案をしました。ミカちゃんは本当に可愛いですね。
その提案を聞いた騎士団長が、腑に落ちない顔で質問します。
「それなら明日の早朝でも同じ事じゃないのか?」
「明るくなったら私達の夜目は効果がなくなるにゃ。暗いから敵にもばれずに潜入出来るにゃ」
ミカちゃんの言っている事は分ります。でも街壁とかどうやって飛び越えるのでしょう。僕が聞いてみると――。
「みゃぁ~?」
「この前、覚えたにゃ!」
僕にはそれだけで分りました。でも分らない二人は首を傾げています。
「まぁ、任せて欲しいにゃ!」
自信満々のミカちゃんに押される形で、騎士団長とフローゼ姫は渋々納得してくれた様です。
「だが、万一の事がある。私も一緒に乗り込むぞ!」
無謀にも、フローゼ姫がそんな事を言ってきたので、僕もミカちゃんもその意見には反対します。
「夜目の利かないお姫様では、かえって危険だにゃ」
「みゃぁ~みゃぁ~!」
僕達二人に反対されたフローゼ姫は残念そうに顔を背けると『わかった』と言葉少なに漏らしたのでした。
予定通りに伯爵捕縛隊は、日が暮れる前に街壁の門を囲む形で包囲しました。
門は閉じていてフローゼ姫が先触れを放ちますが、狭い扉から入っていったきり戻ってきません。
「妾の書状を持たせたと言うのに、この扱いか!」
フローゼ姫も美しい青の瞳を狭め、その間には皺を作って激怒しています。
当然ですね。一伯爵が姫殿下を蔑ろにしているのですから。
僕達は日が落ちるのを待つ事にしました。
――伯爵城では
フローゼ姫が放った先触れの兵は街壁の中へ通されると、預かった書状を奪われそのまま牢屋に放り込まれた。
先触れの兵から奪った書状を手にした守衛が急ぎ、伯爵の元に駆けつける。
「伯爵様、外を包囲している者から文が届いております」
恭しく面を下げ伯爵の面前で書状を差し出すと、手渡された書状を引っ手繰る様にして受け取った伯爵は、丸めてある文を一思いに開いた。それを読んだ伯爵の顔色が真っ青になっていく。
「な、な、なんじゃと……外を囲んでいるのは子爵の兵ではなく、陛下直属の軍だと!」
書状を掴む両手が痙攣を起したかの様にぶるぶる震えだします。
「書状を持ってきた兵は指示通り捕らえて、牢屋へと放り込んであります」
伯爵の様子を窺い、黙っていれば良かったものを、守衛の男は馬鹿正直に報告をする。
青い顔をしていた伯爵の表情が、今度は熟したりんごの様に赤く染まる。
次の瞬間には、目の前の守衛の腹には短剣が刺さっていた。
蹲る守衛の顔を蹴り飛ばすと、その勢いのまま伯爵は歩き出し騎士達を集めるように待機していた騎士へと命令をする。
書状には、此度の村の事だけでは無く、子爵に向けた兵の事、他にも罪状がつらつらと書かれていた。
既にフローゼ王女が知っているという事は、陛下にも当然知られてしまった。
もう逃げ場など――そう考えた時に、万一の場合に備え建造させた隠し通路の存在を思い出す。隠し通路ならこの街の外へ通じている。
それを通って他国まで逃げおおせれば、まだ生きる望みはある。
そう考え、メイド達には財宝を運ぶ段取りを、騎士達には死守してでも街を守る様に命令を下したのであった。
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