第55話オードレイク伯爵
――オードレイク伯爵の居城
「おい、イグナイザーはまだ戻らんのか!」
30代半ばで神経質そうな面立ちの伯爵は、細身の体躯に付いている細い腕を横へと乱暴に振りながら世話係のメイドに吐き捨てた。
「そ、それがまだ……」
怯えた表情でそう告げたメイドであったが、運よく伯爵城の守衛を担当している騎士から報告が入り、続けて伯爵から罵声を浴びせられる事は無かったが……。
「何、子爵の城に攻め入った部隊が敗走してきただと……」
「はっ、詳しくは執務室で、と思い既にそちらに通してあります」
恭しく告げ、礼をすると守衛は戻って行った。
子爵の首と小娘達を持ち帰ったと思えば、敗走してきたと報告され頭に血が上った伯爵は、八つ当たりをする様に、横に控えていたメイドを蹴り飛ばすと――。
「何をぼさっとしている、執務室へ飲み物を用意させろ」
そう暴言を吐き捨て、やさぐれたチンピラの様な歩き方で一人執務室へと歩いて行った。
伯爵が執務室の扉を開き中へ入ると、中には跪き頭を床に付けている騎士の姿を認める。
「おい、そのザマはなんだ、子爵の首はどうした?」
跪いている騎士は子爵の街壁でも正門を担当していた騎士で、ミカ達からの攻撃を辛うじて受けない端に配置されていた騎士だったが、慌てて逃げ出した為に、あちこち転んで傷だらけの状態であった。
「はっ、子爵城を三方で囲み……」
騎士が話し始めると直ぐに、伯爵は執務室の机に備え付けてある呼鈴を騎士へと投げつけ、キャァーンと甲高い音が響く。
「馬鹿め。どの様に攻めたのかを聞いたのでは無いわ。子爵の首はどうした! 獣人の娘は?」
伯爵の表情は既に真っ赤で、騎士が何を答えても怒号が飛んで来るのは明らかであった。だが、報告をしない訳にはいかない。騎士は下げていた頭をあげ子爵を見上げると――。
「申し訳ありません。サースドレインの街に入る事すら叶わず、少数の兵だけを残し――っ、全滅致しました」
声を振り絞って何とか答えた騎士だったが、激怒している伯爵の手には剣が握られていて、少数の、と答えた時には騎士の太もも目掛け剣を振り下ろしていた。伯爵の御前に上がる前に鎧等の防具は取り払われている。跪いた無防備な状態で、ザッと太ももを切られ辺りに血沫が飛ぶ。
「ぐっ――」
騎士が歯を食いしばり、嗚咽を漏らすだけに留めると、
「弱小子爵の兵に敗れた騎士の癖に見上げたものだな……」
そう短く告げ騎士をニヤリと見つめた。騎士は次こそ首が飛ぶかも知れないと恐れ戦きながら尚も、報告を続けた。
「私達の部隊を殲滅したのは、子爵の兵では御座いません。猫獣人の娘と、小さな猫、それに――」
余程伯爵が聞いていて耳障りだったのだろう。最後まで言わせずに剣を騎士の首目掛け横薙ぎに振るった。
鈍い音を残し、首へと剣が突き刺さるが骨に阻まれ切断には至らず、騎士は流れ出る自らの血を止めようと首を押さえた。だが――。
「最後まで潔いと思えば、生汚いゴミめ!」
死の手前にあった騎士を尚も貶め、再度剣を振るう。部屋は血で汚れ、床には騎士だった物の首が転がり、首を切られた身体は跪いたまま前に倒れ、一層床に血の池を作る。
慈悲の欠片すら持たない冷酷な視線でそれを見下ろすと、伯爵はメイドを呼んだ。メイドが駆け寄ると、
「片付けておけ。それからこの部屋はもう使わない」
それだけ告げると別のメイドに汚れたから身体を洗うと伝え、浴室へと入っていく。
伯爵城の伯爵が使用する浴室は常に使用出来るようにしてあり、直ぐに湯船に漬かると、伯爵は思考する。
騎士の報告では、子爵の兵ではなく自分が追っていた獣人の小娘と思われる者と、子猫が大勢の部隊を殲滅したという。
「馬鹿な、ありえん」
独り言を漏らしながら、騎士の勘違いか出まかせだろうと当りをつける。
1000名だ、それだけの兵があれば国境の砦でさえ落せる可能性があるのだ。たかが小娘にそれを滅ぼす事など出来る筈が無い。やはり首を刎ねて正解だったわ。
その様に考えながらも、イグナイザーが戻ってこない事を訝しみ……騎士の報告は嘘では無いのか、と不安にかられるのであった。
そして最初に報告をしてきた兵から遅れる事1日、敗残兵の100弱が戻って来ると、伯爵の顔色は悪くなり街と城に厳戒態勢を敷いたのであった。
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