EP.1-5 フェアリー

 それからは、私はルーカスサーカス団に何度も足を運んだ。あそこに行くと勇気が貰える、そんな気がしたからだ。実際、それまで学校に行っていなかった私だが、保健室登校という形で、学校に再び通うことになった。もちろん、他の子に比べて勉強に遅れがあった。その為、遅れを取り戻そうと、自分が出来る最大限の努力をした。


 気が付けば、中学も卒業を迎え、高校に進学することが決まっていた。人の目が怖くて、不登校になっていた私が、自ら高校進学を選んだのだ。その最大の理由は、ルーカスサーカス団での団員の様子だった。あのサーカス団には、個性豊かな人が集まっている。その誰もが、かけがえのない団員で、欠けてはならない存在。そのような場があるのなら、他にもあったっていいはずだ。仮に無いのなら作ればいい。いつしか、私はそんなことを考えるようになっていた。


 高校でも、やはり私は好奇の目に晒された。けれど、特別それが気になるということも無くなっていた。何故なら、私のことを見た目で判断する人が減っていたからだ。私に話し掛けてくれては、色んな話をしてくれる子もいた。休日に一緒に出掛けることだってあった。そう、私は何も『特異な存在』ではなかったのだ。私が勝手に、自分をそういう存在だと思い込み、周りの人を勝手に悪としていた。本当にそう思っていた人もいたのかも知れない。けれど、ちゃんと話したことのある人なんて、中学の時にはいなかった。


 子供だったのかもしれない。あの時期は心も未熟だ。考え方だって、大人びているように見せているだけで、本質は子供のそれと変わらない。当時はそんなことを思いもしなかったが、大人になってやっと分かった。




 そして、私は大学にも進学し、大道芸サークルなるものに所属していた。勿論、ルーカスサーカス団の様なショーをしたいと、考えていたからだ。けれど、身長の問題もあり、私が出来る演目は限られていた。派手な演出には私は栄えず、小さな仕事や、裏方の仕事ばかり行っていた。けれど、そんな私の小さな一つ一つの仕事が、一つのショーを作り上げているという実感があり、とても楽しかった。




 そんなキャンパスライフを送っていたある日のこと、講義も終わり帰路についていた時、普段通る道に、見覚えのない店があることに気が付いた。


「『骨董品店』・・・?こんな店あったかな?」


 ログハウスの様なシックな雰囲気のそのお店は、『骨董品店』という看板を掲げているだけで、如何にも怪しいといったお店だった。けれど、何か惹かれるものを感じたのか、私は入口の扉に手を掛け、カランコロンとドアベルを鳴らしていた。


「いらっしゃい」


 すると、店の奥から聞こえてきたのは、声の低い男性の声。若い男性というわけではなく、30代位の男性の声だった。けれど、声の主の姿は見せず、店の不気味さは更に増していった。


 店内を見渡しても、無造作に並べられた棚に、これまた無造作に陳列された商品なのか、ガラクタとも言える物の数々。まるで、少し規模のあるフリーマーケットだった。


「何なの、この店・・・?」


 思えば、私には骨董品集めの趣味はなく、何故こんな店に入ってしまったのか謎が募るばかりだった。


「そうですね。貴方には、こんなものなんてどうでしょう」


 すると、いきなり背後から先ほどの男性の声が聞こえたかと思うと、私は咄嗟に振り向きその姿を捉えた。


 ロングコートのような格好に、シルクハットを被った、英国紳士のような男性。それだけなら、骨董品集めが趣味の外人店主かと思ったのだが、彼のブロンドの髪と、炎の様に赤い瞳が怖くて仕方なかった。暖かいはずの色の瞳からは、冷酷さのような冷たさが感じられたのだ。


「このテントなんてどうです?きっと、貴方が望んでいる物ですよ?」


 そう言って、店主が何処からともなく取り出したのは、何処かで見たことのある、緑色をしたテントを収納した物だった。


「こ、これ。ルーカスが、使ってるテント・・・」


 そう、何処かで見たことのあるテントだと思っていたのは、ルーカスサーカス団のテントと全く同じ色をしたテントだったのだ。その瞬間、私はまさかと思った。ルーカスのテントは、魔法のテントだ。外からはキャンプ用のテント程の大きさしかないのに、一歩中に入ればコンサートホール程の空間が広がっている実に不思議なテント。もしも、この店主が出してきたものが、その魔法のテントだとしたら。私はそれが気になって仕方なかった。


「あの!これっ!」


「そうです。貴方が望んでいる、魔法のテントそのものですよ。これがあれば、貴方はサーカスを行える。そして、憧れの彼の様にサーカス団を作れる。これは、そういうものですよ」


 何故なのか、私はこの店に入ったのは初めてだし、この店主にあったのも今日が初めてだ。それなのに、こんなにも私のことを知っているのか。まるで、全てを見透かしているかのような、あの赤い瞳が私を捉えていた。


「それ、貴方に差し上げますよ」


「えっ?!」


 この店主、一体何を考えているのか。私に魔法のテントをくれると言い出したのだ。いくら、私がこれを欲しがっていると言っても、くれるなんて都合のいい話にも程がある。


「なに、別に見返りなんて求めませんよ。ただ、私は、おもしろくなればそれでいいんですよ」


 この店主の言葉は、未だに理解が出来ない。何をおもしろくしようとしているのか、何故私に魔法のテントをくれると言い出したのか。


 内心、店主を詐欺師か何かと思っていたのだが、私は差し出されている、魔法のテントを収納された物を恐る恐る受け取った。


「それがどういう物なのかは、貴方がよく分かっているはずです。どうぞ、有効にお使い下さい──」


 そう言って、店主は笑みを薄らと浮かべ私を見送った。


 

*****



 それからの話としては、私は大学を卒業するも、こんな体からか就職先が見つからず、無職となってしまった。何とか仕事を見つけようと、躍起になって街を駆け巡っていた時、彼に出会った。


 彼は、私にこう言った。


「私は、子供にしか見えないはず。なのに、何故貴女には見えるのですか?」


 彼は、半分笑顔に半分泣き顔という、変わったお面を着けたピエロだった。


 そんな彼と出会うことで、私は団長と呼ばれるようになり、『妖精』へと変身したのだ。

 

 全ての人を笑顔にできる『妖精』へと。

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