EP.1-4 夢と現実の間

 ルーカスと名乗るピエロに貰ったビラを頼りに土手に向かうと、そこには緑色の、キャンプで使うようなテントが1つ、ぽつんと設置されていた。


「まさか、あんな小さいテントでやるっていうの・・・?」


 どう見ても、人が入れて2、3人だろう。私は、正直がっかりした。ルーカスが「がっかりさせないものをやる」と言っていたもんだから、もっと大きな会場でやるとばかり思っていた。けれど、実際行ってみたら、あるのは小さなテントだけ。サーカスを見たことが無いけれど、こんなところで出来るようなものではないことくらい、私にも分かった。


 土手を見渡しても、他にそれらしきものは無く、私は家に帰ろうと考えた。すると、テントからルーカスとは違う、赤いピエロが出てきた。


「おや?君も招待状を貰ったのかい?だったら、会場はこっちだよ」


 そう言って手招きをする赤いピエロ。服装は、色が違うだけでルーカスと似ているが、顔のメイクが少し異なる。ルーカスは笑顔のメイクだったけれど、この赤いピエロには、これといった表情のメイクがされていない。その分、素の感情がよく分かる。そう、この赤いピエロは満面の笑みで私を手招きしているのだ。


「ほらほら!もう直ぐ始まるよ!」


 その笑顔につられたのか、私は俯き加減でテントに入っていった。


 テントに入ると、私は言葉を失った。そこは、想像していた場所とは異なり、コンサートホール位はあるだろう、とても広い空間が広がっていた。


「す、すごい・・・」


「でしょ?凄いでしょ?!何たって、ここは夢と現実の間だからね!ほら、あそこの席、空いてるから、あそこに座って!」


 夢とか、現実とか、そんなものの境目が分からなくなるくらい、現状起きていることが理解出来ずにいた。


 外から見れば、キャンプ用のテントだったはずなのに、中に入ると、そこはコンサートホール並のサーカス会場。正面には、サークル状のステージと、それより一段高いメインステージだろうか、幕の降りたステージの、二つのステージが用意されている。そして、そのステージを囲むかのように、客席が扇状に広がっている。その何が凄いって、数100はあるだろう客席のどれもが埋まっているということだ。それも、座っているのは、私と幾らも歳の変わらない少年少女。平日の午前中にも関わらず、何故こんなにも大勢の子供が、ここサーカス会場にいるのだろうか。


 私は、この観客の子供も幻惑か何かと思ったが、さっきの赤いピエロに言われた席に着いた時、それが違うと分かった。


「き、君も、ルーカスに誘われたの?」


 私にそう言ってきたのは、私の隣に座る男の子だった。瞳を覆うほどに伸びた前髪に、猫背の彼は、一目見ただけでは性別が分からなかった。けれど、彼の声が少し低いことから、男の子だと分かった。


「そうだけど。あなたもそうなの?」


 彼にそう尋ねると、彼は余程恥ずかしがり屋なのか、決して私と目を合わせてはくれなかった。


「う、うん。ル、ルーカスが紙飛行機をくれてね。それで、それでここに来たんだ」


 それは、私と全く同じ状況だった。おそらく、ルーカスは色んな家に行っては、そこにいた子供たちにルーカス号と名付けた紙飛行機をあげていたのだろう。そうやって、サーカスの宣伝をし、こうして私たちが集まったというわけだ。私の他にも、誘われていた人がいた事に、少しだけ驚きもした。けれど、それ以上に、私と同じように学校に行かず、家にいる子供がこんなにもいることに驚いた。


 私の他にも、学校に行っていない人がいる。そんな、仲間と呼べるような人がいることが、少しだけ自分の罪悪感を薄めてくれた。いくら、学校に行きたくないと言っても、学校に行っていないことには、後ろめたさもあった。学校は、行かなくてはならない場所。そうやって教えられてきたのに、自分が『特異な存在』として見られるのが嫌で、学校に行かない。そんなのは、私のわがままなのかも知れない。そう思う度に、学校に行かなくては、と思うのだけれど、いざ行こうとすると、心が付いてきてくれなかった。きっと、ここにいる他の人も、私と同じように何か理由があって学校に行かず、家にいたのだ。そう分かった時、何故か、私は1人じゃないんだと感じた。


 そんなことを考えていると、ブーという開演を知らせるブザーが客席に鳴り響いた。すると、それまでざわついていた客席が次第に静かになり、皆、今か今かとサーカスの開演を待ち望むような目をしていた。


「い、いよいよだね!ぼ、僕サーカスとか初めてだから、き、緊張するね!」


「私も。何か、ワクワクする」


 そして、客席を照らしていた明かりが徐々に暗くなり、メインステージの幕が上がった。客席からは拍手が飛び交い、メインステージに明かりがつく。


 すると、上手かみてから現れたのは、パカラッパカラッと器用に足音を鳴らす黄色いピエロ、そう、ルーカスが現れたのだ。


「皆様!本日は、お集まり頂きありがとうございます!夢と現実の間でお送りする、奇想天外なサーカスをどうぞお楽しみ下さい!きっと、皆様の現実を変える、そんな素敵な時間になると思いますよ!それではいきましょう!Let's show time!」


 ルーカスの掛け声と共に、メインステージには七色のピエロが突然姿を現したかと思うと、一斉に帽子を外し、その中から各自の色をした鳥を放ったのだ。まるで、それは魔法のような、現実では有り得ないような、でも、それが確かに目の前で繰り広げられていて、私は一瞬で心を奪われてしまった。


 他の皆も同じだったのだろう、合わせてもいないのに、声を揃えて歓声が上がる。





 それから、猛獣ショーや空中ブランコなど、ハラハラドキドキするような演目はもちろんのこと、どういう仕掛けなのかまるで見当もつかない魔法のようなマジックショーなど、どれもが想像を上回るものだった。それに、登場するサーカス団員の誰もがとても楽しそうに演技をしており、それだけでも自然と笑みが溢れた。


 いつ以来だろう、こんなにも自然に笑えたのは。学校にいた時は、周りの声、目が気になって仕方なかった。私も、皆と同じになりたい、そう思っては必死に皆に合わせていた。けれど、それも適わなくなって、私は部屋に閉じこもってしまった。昔は素直に笑えていたのかもしれない。私がまだ、皆と同じだと思えていた時は。けれど、そうでないと分かってからは、私は本当に心の底から笑えていたのだろうか。私はただ、皆と同じでありたいが為に、無理して笑っていたのではないだろうか。親友だと思っていた富永千秋とみながちあきちゃんにだって、私はただ、依存していただけではなかったのではないか。彼女なら私のことを理解してくれる、一緒にいてくれる、そうやって勝手に彼女にエゴを押し付けていただけではないのか。


 サーカスには色んな演目がある。けれど、それを演じている人は皆違う。背の低い人もいれば、背の高い人もいる。そして、その個性とも言える特徴を活かした演技をしている。きっと、ここにいる1人でも欠けたらこのサーカスは成立しないのだろう。ルーカスサーカス団という、1つのサーカスを完成させるためには、一人一人が不可欠で、大切な存在。


 私がこのサーカスをそう思えた時、プログラムはフィナーレを迎えていた。


「どうでした?!我らが、ルーカスサーカス団が贈る、夢と現実の間のような、素敵な時間は?きっと、皆様の心に残る特別な時間になったのではないかと思います。皆様が、また笑顔で毎日を送れるようになることが、私たちルーカスサーカス団の願いです!本日は、御来場頂き誠にありがとうございました!」


 メインステージで、深々と頭を下げるルーカス。その後には、ルーカスサーカス団の団員が勢揃いし、同じく頭を下げている。


「す、凄かったね!ぼ、僕サーカス好きになったよ!」


 鳴り止まぬ拍手の中、隣の男の子が、手を叩きながら私に話し掛けてきた。


 確かに凄かった。人間離れした曲芸も、魔法のような演出も、本当にどこからが夢で、どこまでが現実なのかが分からなくなるほどだった。けれど、それ以上に私はある事を思っていた。


「こんな場所をつくりたい───」


「え?い、今何か言った?」





 そう、私はこのサーカス団のような、皆が必要とされる場所をつくりたいと考えていたのだ。

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