EP.1-3 黄色い道化師

 私は、自分に向けられる、好奇の目や、同情の目が嫌になり、学校に行かなくなった。


 だけれど、一番は友人である冨永千明とみながちあきちゃんに言われた一言が原因だったと思う。


 私が部屋に閉じこもる前日、私は周囲を目から逃れるように、机に突っ伏して休み時間を過ごしていた。いくら見えないようにしていても、聞こえてくるものがある。それが、私についてのヒソヒソとした話し声だ。私が病気だと分かってからというものの、周りは私に余計に気を遣うようになった。私はそれが嫌だった。私との間に、見えない線のような、人を区別するかのような線引きがされているような気がして、不愉快で仕方なかった。


 私と冨永千明ちゃんは同じクラスだった。だから、私これまで何とか学校に通えていたのだ。けれど、入学して早々、彼女は変わってしまった。私ではない、知らない女の子と話すようになり、私は近くに居ることすら無くなった。そんな、唯一の友人が、新しい友人との会話でこんなことを口にしていた。


「可哀相だよね───」


 そう、いつしか彼女の中で、私という存在は『可哀想な存在』になっていたのだ。彼女なら私を受け入れてくれる、そう信じていたのに、それは叶わなかった。




 人は変わる。それは何も、見た目に限った話ではない。考え方や、心の有り様だって変化する。それは、何かのきっかけがあるのかもしれない。周りの環境から、ごく自然に変わってしまうこともあるのかもしれない。そんな、変わりゆくものを、変わらないでと願う方が間違っている。


 そんなことは分かっていた。だけれど、彼女は、彼女だけは、私のことを認めて欲しかった。『可哀想な存在』という、たった一言で私を突き放すのではなく、何の線引きもない、同じ人であることを認めて欲しかった。


 けれど、人は変わる。



*****



 それからというもの、私は部屋に篭り、何もすることはなかった。時たま、担任の先生や、クラスメイトが家に来ることもあったが、私はことごとく無視を続けた。もう二度と、可哀想な、特異な存在として見られるのが嫌だったのだ。何処か、私のことを知らない、私を一人の人として認めてくれる世界があるならば、そんな場所に行きたいと、常ながら願っていた。


 気が付けば、引き篭もりを始めて一年が経っていた。部屋の窓からは、1年振りの桜の目にすることができた。


「皮肉なもんよね、私が何もしなくても、世界は変わっていくっていくのにね・・・」


 その1年、私はただ、窓から外を眺めているだけだった。制服に身を包み、友人と学校に行く人。スーツに身を包み、慌ただしく駅に向かう人。毎日、同じ時間に同じ人が通る道を眺めては、自分がその人達と違うことを思い知らされた。


 制服を身に纏ったって、私は中学生にはなれやしないし、スーツを着たところで、大人にはなれないだろう。私はあくまでも、特異な存在なのだ。あの人達が通っているこの道だって、常に同じではない。向かいの家の塀から延びる名前も知らない木が、蕾をつけて、花を咲かせ、葉をつけ、色を変え、日に日に変化をしている。


 そう、この世界で変わっていないのは私だけなのだ。




 そんなある日、私はいつものように、窓から外の世界を眺めていた。すると、やたらと奇抜な格好をした、人らしき者が歩いてくるのが目に入った。


「ピエロ・・・?」


 その人は、白塗りの顔に、大きな真っ赤な口が描かれ、にっこり笑った表情をしていた。格好も、見るからにピエロで、全身が黄色一色だった。


「何で、ピエロが私の家の前を歩いているんだろ?」


 つま先がくるんと曲がった靴をパカラッパカラッと器用に鳴らしながら、軽快に家の前の道を歩いていた。そして、私はそのピエロをぼけっと見つめていると、ピエロが私の視線に気が付いのか、私の方を向いてにっこりと笑ったのだ。


「やあ!はじめまして!ボクの名前は、ルーカス!これから、近くの土手でサーカスをやるんだけど、君も来ないかい?きっと、君にとって、特別な時間になるよ!」


 ルーカスと名乗るピエロは、そんなことを私に知らせると、胸元から一枚の紙を取り出した。すると、それをテキパキと折り曲げると、紙飛行機に仕上げてしまった。いきなり一芸を披露されたのかと呆気に取られていたが、ルーカスはその紙飛行機を、あろうことか、私のいる窓に向けて発射させたのだ。


「ゆけ!ルーカス号!」


 ルーカス号は、風に乗り、本物の飛行機さながら上昇を成功させると、見事私の部屋に入り込んできたのだ。


「サーカスの詳しいことは、ルーカス号が教えてくれると思うよ!君をがっかりさせるなんてことはないから、ぜひ来てみてね!」


 ルーカスはそう言うと、またしてもパカラッパカラッと器用に音を鳴らしながら、商店街の方に歩いていってしまった。


「何だったの・・・?」


 突然ピエロに話し掛けられ、サーカスのお誘いを受けたかと思ったら、紙飛行機まで渡され、一体何が何やら理解出来ずにいた。


「でも、あのピエロの人、私のことを何とも思ってなかったな」


 普通、平日の午前中に少女が一人、窓辺で黄昏ていれば、異様だと思うだろう。けれど、あのピエロは私を見ても、何も言わずただサーカスの宣伝をしてきただけだった。それに、私を初めて見た人ならば、私のことは小学生に見えるだろう。普通なら、お嬢ちゃんとか、幼い子に話し掛けるような言葉遣いで話し掛けられてもおかしくないのに、あのピエロはそんなことはしてこなかった。むしろ、私を一人の人として見てくれていたような気がする。


 私は、ルーカスが渡してくれた紙飛行機に何が書かれているのか気になり、綺麗に折りたたまれた紙飛行機を、丁寧に解体していった。すると、それはルーカスの言っていたサーカスの宣伝用のビラだった。


「『夢と現実の間で、心を躍らせませんか?!』。ルーカスサーカス団か、あのピエロ、サーカスの代表みたいな人なんだ。時間は・・・、もう直ぐじゃん!」


 何故、平日の午前中に、普通に考えれば学校がある時間にサーカスなんかやるのか。私は、ますます訳が分からなくなり、怪しい宣伝をされてしまったのではないかとすら思っていた。


 けれど、私はあのピエロが、私を一人の人として見てくれたことが嬉しかった。何も聞かず、ただ笑顔で紙飛行機を飛ばしてくれただけだけども、それでも、私の中ではあのピエロは特別な人なのだと感じていた。




 そして、私は一人のピエロと、そのピエロが作った紙飛行機をきっかけに、1年振りに外に出た。




 それが、私とサーカスの出会いだった。 


 

 


 

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