(5)
教室に戻って席に座り、ニュースサイトで『ロリコンが誘拐事件を起こした』事件の記事を見て戦慄を走らせていると、美女がガラガラと戸を開けて入ってきた。
中学の時の部活顧問といい、何故か新任に縁があるらしい。
新任なので歳が若いのは当然だが、それに加えて結構な美貌の持ち主で、大きな目にアイプチで作った感じのない綺麗な二重、すっきりと通った鼻、小さな唇は、モデルかと思うくらい整った顔つきだ。肩甲骨くらいまで伸びた黒髪は艶やかで、毛先のウェーブは大人っぽさを際立たせていた。それでいて美人特有のキツそうな感じは全くなく、逆にゆるふわな雰囲気を醸し出していた。
実際に昨日、そのゆっくりで穏やかな喋り方を聞いて、やはり雰囲気通りだなと安心したところである。
その中でも目を引くのはその体型で、出るところは出ているのにお腹はものすごく引き締まっているのだ。
昨日今日とジャケットを着ているので正確なところは分からないが、逆に言うとその上からでも分かるくらいのすごい体つきをしているということだ。
なんだか官能小説のような感想だが、昨日初めて生徒の前に立った際、男子だけでなく女子からも感嘆のため息が漏れていたくらいなので、察していただきたい。思春期男子は、分析が大好きなのだ。
これらが相まって、俺たち6組は、担任が中堅かベテランであった他のクラスから目の敵にされていた。相当やっかみを言われているらしいが、そんなん知らんやないですか。文句を言うなら校長に言っていただきたい。いやそもそも校長に人事権はあるのだろうか。その辺の仕組みは一介の生徒には分からないが、一番偉いはずなので多分校長に言えばいいはずだ。
先生の後に続き、うちのクラスの男子生徒が5人、プリントや冊子の束を持って入ってきた。もっとも、高く積まれたそれは、もはや束と言うより山だったが。
それを前の教卓に下ろすと、男子は「助かった」とでも言うようにため息をついていた。
多分、出席番号の早い者5人が指名されて取りに行かされたのだろう、プリントを置くなり、窓際の方の列に各々座った。新学期早々ご苦労様である。
今度は各列一番後ろの席の人が手分けし、積まれたプリント山を切り崩しに掛かる。俺は一番廊下側の列の前の方だったので、またしても無職だった。働いて貰っているのをただただ見ているだけというのは、楽で良いと言うよりなんだか申し訳なかった。
申し訳なかったので、配られてきたプリントを後ろに回す作業と並行して、それらに一通り目を通していた。
保健便り、保護者通信、校長からのあいさつ、エトセトラ、エトセトラ。
母親にぶん投げておけばいいものと、そうでないものを分ける。
これらの書類は全部ぶん投げる方だ。
だいたい、「手洗いうがいを徹底しましょう」とか、小学1年生の時から言われていることをこう何回も言われると、俺は物覚えの悪いインコかと嫌になってしまう。
署名捺印が必要なものも全て、母にぶん投げる書類に仕分けていると、ぱっと目につくプリントが出てきた。
入部届。
ふと、先ほどの一幕を思い浮かべる。
手島の突然の入部宣言に、俺と美那の反応は二分していた。
俺は、あれだけ盛んな部活動を楽しみにしていたのに、見学すらせず即断してしまって良いのだろうかという驚きで。
美那は、「やった、一緒だね!これからよろしく!」と言うと握手をしていた。美那が陸上部に入部することは聞いてなかったが、大体予想はついていたので驚かなかった。こいつは徹夜して世界陸上の中継を見続けるくらい、陸上が好きなのだ。当然高校でも続けると思っていた。
だだ、美那はあの派手な紹介を見て、入部希望者が少ないことを覚悟していたのだろう。当然だ。あんなの、静かに部活動したい人や、真面目に陸上をやりたい人が見れば、ふざけているようにしか映らない。
そこに、顔見知り程度とはいえ知り合いの入部希望だ。嬉しかったのだろう。
そう回想していると、いつの間にか配り終えたらしい生徒が着席し、久利先生がゆっくり喋り始めた。
「はい、ありがとうございました。今配ったプリントには、一通り目を通しておいて下さいね。提出しなくてはいけないものがありますので、それは期限までに私に提出してください。でないと、私が怒られてしまいますから」
一部生徒から忍び笑いが起きた。流石にまだ遠慮がちで、それもすぐに収まる。まぁここでガハハとか笑い出したら勇者だ。手島も少し笑いをこらえた後は、姿勢を直して真面目を取り繕っていた。
久利先生は気にする様子もなく、手元の余ったプリント群を見ながら話を続けた。
「あと、入部届が配られていると思いますが、それは今日から一週間の見学期間?が終わるまでに、私に提出していただければ結構です」
久利先生はそう言うと、「一週間で合ってますよね?」と小声で一番前の席の女子に確認した。
女子は「はい、多分……」と自信なさげに答えた。そりゃそうだ、俺たちだって入学したてでこの学校の行事関係はほぼ知らない。なんで1年生と知識が同レベルやねん。
久利先生は気まずそうに笑うと、「ではこれで終わります」と言い残して教室から出て行った。出て行ったというよりこれは逃げていったの方が近いかもしれないが。
見学期間は、1週間の間行われる、その名の通り部活動を見学する期間のことである。
各部、見学しに来た1年生に向けてより詳しい活動内容を案内したり、部の雰囲気を見て貰うために普通に活動するところを見せたり等の、レクリエーションを行う。
このレクの時間、場所、内容は各部異なるため、それを案内するポスターが学内の至る所に貼られている。さっき体育館から教室に戻る際に、廊下に貼られていたそれらをざっと見ていたが、茶道部の点茶体験や、アニメ研究部による今期アニメ総評会などの予告がずらっと並べられていた。総評会て、なんかもの凄い「あつい」空間になりそうだな。あついというのは色々な意味だ。俺は絶対行かないけれど。自分の好きなやつがクソアニメとか言われたら殺意の波動に目覚めそうだし。
そして、この見学期間が終わり、自分の入りたい部活があった人は入部届を担任に提出する。これで晴れて、部員になれるわけだ。
ちなみに、帰宅部を選択した場合、これは出さなくて良いらしい。
HRが唐突に終わり、先生が逃亡した教室では、そそくさと生徒が出ていきはじめた。まだ仲良くなったのは一部だけなので、駄弁ったりして残る生徒は少ない。
今から見学期間がはじまる。めぼしい部活へ見学に行くのだろう。これから自分たちは1週間、どんな部活に入ろうか右往左往しながら決めるのである。
早々と部活を決めたやつ以外は。
ちらっと手島の方を見ると、さっきのプリントを鞄の中につっこみ、それを肩にかけると、こちらに向かって歩いてくるではないか。
この後言われるであろうセリフは簡単に予想できるんだよなぁ。
多分こうだ。『ムネ!陸上部の見学行かへん?』
断って帰ろう。そう決意を固めてプリントをファイルに入れていると、手島が俺の机の前に立ち、満面の笑みで俺に話しかけてきた。
「ムネ!陸上部の見学行こ!」
……いやそれDoじゃなくてLet’sやんけ。
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