I-07.佐山雅也

「ようやくまとまった。明日の午後七時、校門前で」


 もはや特別さを出すことさえなく、虎野が告げた。俺はいくつか疑問を感じて、虎野に聞き返そうとした。しかし、


「しっ。詳しいことは、放課後話そう。今話すのは得策じゃない」


 その時はちょうどお昼休みで、周りにはたくさん人がいた。普段あまり人と話そうとしない俺が妖獣の話をしていれば、周りから引かれることにもなりかねない。俺は黙ってうなずいて、放課後まで詳細を聞くのを我慢した。


「……昼休みの続き。話そっか」


 よほど急ぎの話だったのか、放課後になり教室から俺と虎野以外誰もいなくなった瞬間、虎野は待ってましたとばかりに神妙な面持ちで話を始めた。あまりに突然でしばらく俺がバタバタしたほどだった。


「……そんなに慌てなくても」

「そっちこそ。よっぽど急ぎの話なのか」

「その通り。何せ、今までとは一味違うから」


 虎野はそう言いつつ、一枚の写真を俺に見せた。そこにはうちの高校の制服を着た、一人の男子生徒が写っていた。すっかり日が沈んで真っ暗になった学校の中に入っていく様子だった。


「これは?」

「妖獣だよ。それも、悪い方のね」


 ついに来たか、と俺は頭のどこかで思っていた。これまでは人としての姿を失った妖獣しか見て来なかったが、外見が人間のそれのまま、というだけで話はだいぶ違ってくる。

 同じ人を喰うのでも外見が人であればだまされている人が出てくる。そして同時にその妖獣と友人関係を結んでいる者は、本人たちの知らないところでターゲットにされているかもしれない。


「名前は佐山雅也さやま・まさや。。うちの高校の二年生。この写真は飼ってる妖獣にエサをやりに、夜の学校に姿を見せた時の防犯カメラの映像からとったの」

「そんなことしてよかったのか」

「まあ、ちょっと許可とるのは厳しかったけどね。何とかなった」


 監視カメラの映像をもらうのは交渉で何とかなることなのか、と俺は少し疑問に思ったが、そうこうしているうちに虎野が話を続けた。


「ちなみにその飼ってる妖獣は悪い方ね。別の映像でその妖獣が人間を襲ってるところも確認できてる」

「飼ってるって、どういうことだ」


 俺はまずそこから疑問だった。妖獣が別の妖獣を『飼っている』という言葉の意味が分からないのだ。


「ああ、そこね。人の姿を保ってる妖獣の中には、獣型の妖獣を何匹か従えて使役してる連中がいるの。前に始末したあの妖獣たちははっきりとは分からないけど、もしかしたら誰かのお付きの妖獣だったのかも」

「そうなのか」

「見たところこの佐山って奴、少なくとも三匹はお付きがいるんだよね。しかもそれ相応の信頼関係もある。相当のやり手とみて間違いないね」


 やり手、と聞いて俺は少し自分の背筋が伸びるのを感じた。少なくとも俺とは、全く違う世界で生きている人間、ということだ。


「……その佐山、って奴は毎晩学校に来てるのか」

「そうでもないみたい。だいたい二日か三日おき、ってとこだね。で、明日なら来そうだって思ったから、明日」

「そんなだいたいでいいのか」

「もしダメでも、明後日と明々後日まで見張れば絶対来る。だからとりあえず明日ね。よろしく」


 そういうと虎野は半ば強引に話を打ち切った。やっぱり俺の返事は関係なく、俺が行くことは最初から決まっていたようだった。



* * *



「……本当にいるのか。気配を感じないんだけど」

「それはもう少し近くないとダメだからなんじゃない?」


 次の日の午後七時。そう言えば以前の二回より一時間集合時間が早いな、と俺は思いつつ、校門前に来ていた。そしていつものように、数分遅れて虎野がやってきた。いつもの黒い装束に、もりのようにしか使わないなぎなたを右手に持っていた。

 虎野の言う通り校舎におそるおそる近付く。すると確かに、妖獣の発するものらしき気配を感じた。今まで感じてきたものとは少し違う気もした。そのことを虎野に伝えると、


「ま、人型だからね。人間たちを外見でだましてる分、気配も違うだろうし、少々なら気配を消すのも得意なのかも」


 と分析したのか言った。


「私が行くとすぐに退妖獣使だって分かって警戒されちゃうから。偶谷が言って話してくれる?」

「……はあ」


 これも虎野に教えられた情報だが、佐山という奴は夜の学校に度々現れては、屋上で何やらやっているらしい。じゃあ屋上に行けばいいんだな、と俺が言ったのとほとんど同時に、虎野がそう言ってきたのだ。確かにその辺を歩いていても特に何も言われず周囲に溶け込めるような服装しかしていない俺に対して、虎野の格好はあまりにも目立つ。


「初っ端から敵意むき出しでは突っかかってこないと思うから。先輩の何人かにも話聞いて、普段は大人しい子だって聞いてるからさ」

「普段大人しくても、正体がばれたら凶暴になるなんてよくある話じゃないのか」

「まあまあ。私もそんなに遠くにいるわけじゃないし、本当に危なくなったら私が出るから。できれば説得とか、してほしいんだよね」


 獣型の妖獣だと以前のように遺体を回収して辺りを掃除するだけでいいが、普段人間として日常生活を送っているとなると事情は変わってくる。仮に殺したとなればその人が完全に周囲から孤立していて、誰もその存在を知らない、というような人でない限り何かしら影響は出る。今回対象となっている佐山も、決して多くはないが友人がいて、また部活でのつながりがある人だっている。死んだ、あるいはそこまでいかなくとも行方不明になってしまえば、誰かの記憶にはその事件が確実に残る。虎野はそこまで考えて、説得して何とかなるならそれに越したことはない、と言ったらしかった。


「……分かった」


 俺は屋上までの階段を気付かれないよう、音をなるべく立てないように慎重に上った。そしてこれもゆっくりと、階段のてっぺんと屋上とを結ぶ扉を開ける。


「……!」


 さすがに四階建て校舎の屋上、春がもう来て何日にもなるはずなのに、少し肌寒いくらいの風が吹いていた。そして屋上の真ん中ほどに、オオカミに似たケモノ三匹にエサをやる、一人の男子の姿があった。写真とほとんど同じ顔。佐山に間違いなかった。


「おや?」

「……待ってくれ。俺は、……その、来たくて屋上に来たわけじゃないんだ。ちょっと、忘れ物を取りに」

「それはいくらなんでも苦しいだろう」

「さすがに無理か。じゃあいい、はっきり言う。……そのケモノ、妖獣だろ」

「……!!」


 佐山のその驚いた顔まで、俺は予想していた。当たり前だ。妖獣という存在自体がこの現代ではレアだというのに、その妖獣を知っている人が声をかけてくるとはまさか思わないだろう。


「なるほど。じゃあ君はつまり、退妖獣使というわけだ」

「それは……違う。俺は妖獣を退治できるほど強くはないし、それに俺は人を襲えないし」

「ならどうしてここが分かった? 僕は生きている人間に直接迷惑をかけているわけじゃない。すでに別の原因で死んだ人の肉を少しだけ、分けてもらってこいつたちにあげてるんだ。……もちろん、申し訳ないとは思ってる。たとえ死んでいても、迷惑には変わりないから」

「じゃああんたは・・・・、人を襲わないってことか」

「そうなる。僕自身は人を襲う気なんて毛頭ない。ただ、こいつらのために時々汚れ仕事をしなきゃならない。でないと、こいつらが死ぬのは僕が嫌だ」

「……死んだ人の、肉を」

「君も妖獣なのに人を襲えないほど優しい心の持ち主なら、分かるだろ。人の肉を食うって聞いただけで、人間はみんな気味悪がる。人間が何かを『食べる』ことは日常茶飯事でも、『食べられる』ことなんてまずないっていう前提のような知識があるから。だけど実際妖獣という種がいて、人間を主食にしてる。もちろんそれが嫌だとか、人間社会に溶け込んで人間と共存したいと思った人たちは人間を食べるのをやめたし、僕や僕の家族もそんな考えの持ち主だ。でもそれと同時に、相変わらず人を食べるってことに依存しないと生き延びられない連中もいる。僕はそんな妖獣たちが必ずしも悪だとは、思わないんだ」


 佐山はひとしきりそう言ってから、ゆっくり立ち上がった。そして、腕を左右に広げた。


「いるんだろ? 近くに、退妖獣使が。今の話を聞いても納得しない人は納得しない。そりゃ、世の中にはいろんな考え方の人がいるから。だからもし僕を殺そうというのなら、もう構わない。僕の家族や友人には申し訳ないけど、ここで見つかってしまったのが運の尽きだから」

「……!」


 俺はその辞世の言葉に納得がいかなかった。佐山の話を聞けば聞くほど、とても悪い奴だと俺は思えなくなっていた。妖獣も、他の地球上の生物と何ら変わらない。人間とも、そう大差ない。食うものが人間か、そうでないかという違いだけなのかもしれない。


「それとも近くにはいないのか?」

「……ちげえよ」


 気付けば俺はそう言って、佐山の言葉を遮っていた。


「あんたは死ぬべきじゃない。俺は他の妖獣に会ったこと自体、ほとんどないけど……ちゃんと妖獣の宿命ってのを分かってて、それから行動してる。あんたは何も悪くない」

「そんなことないよ」


 そう返したのは佐山ではなかった。禍々しささえ感じる雰囲気を出して、俺の背後から虎野が姿を見せていた。


「人間って食べるもんじゃないからさ。さっきの話聞いてたけど、やっぱり納得できなかった」

「……そうか。いるんだな」


 佐山の言葉には諦めが混じっていた。そして佐山の言葉を待つこともせず、虎野がなぎなたを構え直しつつ佐山に迫った。


「待て! ……っ」


 俺はとっさに佐山をかばおうと前に出たが、しょせん俺は戦い慣れていない素人に過ぎなかった。虎野がなぎなたでばっさり佐山を斬るスピードの方が、ずっと早かった。


「……残念かもしれないけど、これが退妖獣使の仕事だから」

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