I-06.妖獣の墓地

 妖獣はその昔、アヤカシが半永久的に人間に憑りつくことによって生まれた、人間とは異なる種だ。その昔妖獣についての研究が始まった頃は、人間の亜種として妖獣を扱う学者が多かったようだが、今では「人を喰う」とか、「人智を越えた体力や精神力などを持つ」点で人間とは全く別物である、とする認識が一般的だ。

 そんな妖獣のもとになったアヤカシだが、当然そのおこりの頃から種類がたくさんあった。アヤカシはいわば獣の先祖のようなもので、メジャーなものだとオオカミやキツネ、それからイヌにネコ、珍しいものだとライオンなんかもいた。アヤカシにたくさんの種類があったのだから、当然それを受け継いだ妖獣にも種類がたくさん生まれた。そして持つアヤカシの血によって、その人に現れる特徴も変わってきた。オオカミなら俊敏で聡明、キツネなら人を化かすという伝承通り、他人をだますことにおいて頭一つ抜けている、など。妖獣たちはそれぞれが受け継いだアヤカシの血の特性をうまく生かし、今日まで生き残ってきたのだ。

 ちなみに俺は、キツネとオオカミの二種類のアヤカシの血が混ざっている。俺は昔から人をだますどころか、むしろお人好しなところがあるから、案外持っているアヤカシの血というのもあてにならないのかもしれない。



* * *



 始末した妖獣の供養に行く、と言われたのは二回目の妖獣討伐から一週間ほど経ってからだった。それまでは春先の新入生をがっかりさせるような雨が何日が続いていて、虎野は晴れ間が見える日を待っていたようだった。


「そうだね。共同墓地まで結構遠いし。それに雨だとなかなか気分も乗らないでしょ」

「気分が乗ってていいのか。墓地なんだろ」

「でも雨が降って暗い気分の中行くのも、それはそれでまずいと思うんだけど」

「……そうか」


 いいように丸め込まれたような気もしたが、俺は以前言っていた通り、虎野の妖獣の供養についていくことにした。



 妖獣は人を喰う点で害があるとは言え、その遺体の扱いなどどうでもいい、とまで主張する人は案外少ない。ましてやその話を強硬にする人はほとんどいないと言っていい。もちろん素人には遺体の見た目が野生のオオカミなどと見分けがつかないということもあるが、単に誰かや何かが死ぬと悲しくなるというのが、人間の性なのかもしれない。人の住むところからは離れているが、そこそこの規模の墓地が存在するらしかった。


「……しかし、遠いな」

「言ったでしょ?」


 電車で何駅も行かなければならないのなら、通学で慣れたものだから俺は何とも思わない。だがその墓地に行くためには、電車を降りた後さらに深い山の中を分け入ってゆく必要があった。あらかじめどんな場所なのか虎野に写真を見せてもらったが、山奥も山奥という場所で、一時間半か二時間ほど歩き倒して着いた頃にはその場にへたり込んでしまうほど疲れていた。


「お疲れー」

「……うー」


 虎野にねぎらわれて俺がそれだけ言うのがやっとだったことに情けない、と思う人も多いかもしれないが、休憩もせずにぶっ通しで山道の上り坂を進んでいくのは、山登りが趣味とかでない限り厳しいだろう。俺も途中で何度か休憩を挟んでくれと虎野に頼んだのだが、むしろ休憩を挟むことで前に進めなくなる、とプロが言うようなことを言い放たれ、仕方なく従うしかなかった。


「……何だ、ここ」


 俺はしばらく座り込んで落ち着いた後、目の前に広がる景色を見渡した。

 そこは写真で見せてもらったのより、ずっと広い場所だった。人間が死後入るものと何ら変わらないお墓が、たくさん並んでいた。


「最近では遺伝関係の研究が進んで、人としての姿を失った妖獣でももとはどこの誰だったか、DNAで特定できるんだって。私たち退妖獣使の中にもその手の研究者がいて、始末した妖獣の遺体を送って特定してもらう。その分析に何日かかかってた、ってわけ」

「じゃあこれ全部、どこの誰か特定された状態で埋まってるってわけか」

「もちろん、ほとんど完全に特定できるレベルになるまで技術が発達してから、の話だから、昔のご先祖様に関してはどうしようもないけどね。聞いた話では、倒したらその場に埋めてたとか」


 もしかすると今自分が立っている地面の下にもかつて殺された妖獣の遺体が埋まっているのかもしれない、とふと俺は思い、足元を見つめた。それを見て虎野が軽快にあはは、と笑った。


「その辺に埋まってることは流石にないよ。この墓地を作る時にいったんこの辺りを全部掘り返して、特定できなかった遺体を集めて埋めたからね。ただ、ウチの高校の裏山には、まだいくらか埋まってるかも。今もちょいちょい妖獣が集まって人を襲ってるのも、かつてのご先祖様のニオイを嗅ぎつけてやってきたから、なんて話もあるしね」

「……逆にあの裏山には埋まってるんだな」

「うわさだよ。あくまでうわさ。単に高校っていう人の集まりやすい場所の近くだから、って説も有力だと思う」


 やっぱり自分が普段歩いている地面の下に埋まっているのかもしれない、と俺は想像して、少し身震いした。アスファルト舗装された道路の下にもかつていたのかもしれないということを考えれば、いつ祟られていることか。


「さ、始めよっか」


 虎野は早速たくさんある墓石のうちの一つに近寄り、手に持っていたカバーから例のなぎなたを取り出した。俺は山を登ると事前に聞いていたから動きやすい服装で来ていたが、虎野もそれは同じだった。剣道部のように長いものを手に持っていたので、それが武器にしているなぎなただということはすぐに分かったが、普段とは違う服装と相まって、何となく俺は違和感を覚えていた。


「昼間からあの格好でいると目立つからさ。私も自分で変なのは分かってるんだけど、やっぱりこっちの方がいいかなって」


 俺が虎野を目で追っていると、俺の考えていることを見透かしたように言った。つくづく油断できない。俺は少し虎野と距離をとって観察するのをやめて、虎野のもとに向かった。


「ごめん、近くに来てもらって悪いんだけど、ちょっと離れてくれる?」


 早速俺は虎野にそう言われてしまい、再び虎野と距離をとった。と言っても先ほどよりは近付いている。単純に今から虎野がどんなことをするのか、俺は気になっていた。


「……ふっ」


 虎野は墓石のてっぺんに向かってなぎなたの先をかざした。するとなぎなたが墓石に渦を作り、墓石のあった場所に大きな穴を開けた。そしてその中に先日回収したと思われる妖獣の遺体を入れると、穴は閉じて渦もなくなった。その間、人間が息を止めて耐えられる時間ほどしかかかっておらず、本当に穴を掘っている様子もなかった。


「……終わったよ」


 完全に渦がなくなったのを確認して、虎野は俺の方を振り返って言った。超常現象と呼ぶにふさわしいその様子を見つめるあまり、俺はしばらく虎野の呼びかけに反応できなかった。やがて何度目かの呼びかけに、俺はようやく気付いた。


「退妖獣使の間じゃ、それほど珍しいことでもないんだけどなあ」

「ありきたりかもしれないけど、魔法みたいだった」

「……ほんとにありきたりな例えだね」


 虎野は呆れるような、しかしそうでもないような笑みを見せた。魔法、と言われて嬉しくないこともない、という様子だった。


「貧相な発想力で悪かったな」

「そうは言ってない。さっきも言ったけど、退妖獣使たちの間では当たり前のことだから、驚かれたことがないんだよね」

「……そもそも普通だったら、俺もここに入ってたはずだもんな」


 もうそのことを言うのにはばかる必要はない。いくら人間を襲うのが嫌だと言っても、退妖獣使からすれば俺は敵に間違いない。たぶんここでがさっと別の退妖獣使が出てきたら、あっという間に俺は殺されてしまうだろう。むしろ生きていながらちゃんと殺された妖獣たちが供養されているという事実を知れて、よかったのかもしれない。


「他の退妖獣使に見つかっても、今みたいになってた可能性はあるよ」


 しかし虎野は急に神妙な顔になって言った。


「……どういうことだよ」

「現状退妖獣使のほとんどは、妖獣がどこにいるか感じ取れなくなってるんだよね。野生の勘でほとんど仕事をしてる。ほんとはそれってすごくまずいことなんだけど、でも仕方ないよね。敵方の妖獣と一緒に仕事をしてる退妖獣使はさすがに私が初めてだと思うけど」


 そう考えると、俺に妖獣の気配を感じ取る力があることも不思議だ。生まれてこのかた人を襲ったことさえない俺に、なぜそんなことができるのか。殺されるのはごめんだから、と退妖獣使の気配に敏感、ということならまだ分かるが。


「……さ。用事は終わったし、帰ろっか。あんまり墓地に長居するのもアレだしね」


 確かに丁寧に供養されているとはいえ、長いこといるとそれはそれで霊がついてきそう、と普段考えもしないことを俺は考えて、虎野と一緒に山を降りた。



* * *



 ところでこれだけ妖獣がどんな存在なのか触れていれば、人間の姿を失ってただの獣に成り果てた者ばかりが妖獣ではない、ということは分かってもらえるかもしれない。俺なんかがそうだ。そして、俺以外にも間違いなく、人と同じ姿をしていながら確実にその血にはアヤカシのそれが混じっており、しかもひそかに人を喰う奴がいる。日本のどこかに、ではない。すぐ身近に、である。


「ようやくまとまった。明日の午後七時、校門前で」


 俺が虎野と一緒に妖獣たちの墓地に行ってから、二週間ほど経った頃だった。休み時間の合間をぬって宿題をやっていた俺に気配を消して急に近寄り、虎野がそう言った。

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