I-05.二度目の討伐
俺はかなりの頻度でやる話なのだが、何時にどこそこに来い、と言われれば十分ほど前にはもう着いて待っている。
一定数の人はうなずく話かもしれない。もう少しギリギリでも大丈夫だと思った時に限って相手を待たせたことになると、例えそんな経験がなくても想像してしまうのだ。だからその日に約束させられたにも関わらず、俺は一足早く学校に着いていた。
「自分から勉強しようだなんて、感心ねえ」
義母は俺が家を出る前、そんな意味のことを言っていた。その時の俺は苦笑いで何とかやり過ごしたが、虎野が変なことを吹き込んだせいで俺はそれっぽい荷物を持っていかなければならなくなった。
そして虎野がやって来たのは、約束の時間から数分過ぎた頃だった。どうやら時間通りに来る、という概念は持ち合わせているらしい。
「ごめんね。行こうか」
虎野は以前と同じく、黒い装束に武器はなぎなた。俺は適当な私服に持っているものと言えば中身が空のリュックサック。はたから見れば何をするのか全く分からない二人で、再び学校の裏手にある山に向かって進んでいった。
「今回はちょっとややこしいよ」
「ややこしい?」
「前に妖獣を三匹始末したでしょ? その影響でそいつらの仲間の動きが活発になってて、ちらほら襲撃事件が起きてる。向こうもそろそろ退妖獣使が動き出すのは察知してるだろうから、気ぃ抜いてるとやられるよ」
虎野の説明に俺はすぐ納得がいった。そして山の中にできていたけもの道をかき分けて奥に入っていくにつれ、俺は確かに妖獣の気配を感じ取っていた。
「……いるな。それも、相当たくさん」
「でしょ? この数を私たち二人で処理しろって言うんだから、むちゃくちゃだよね」
「言われた? 退妖獣使って、勝手にやってるんじゃないのか」
「そんなことないよ」
聞くと、人間にとって害になる妖獣を始末してくれるということで、大半の退妖獣使は警察が管轄する専用の組織に名を連ねているらしい。妖獣に襲われてケガをした、などの通報が入るといったんその組織に情報が集約され、それをもとに襲撃場所の近くで活動する退妖獣使に仕事が行く。いくら退妖獣使という役目が平安時代から続く伝統のあるものと言えど、そうやって組織によって統率しないとダメな時代になったのかもしれない。
「……って言いつつ、退妖獣使のみんながみんな、その組織に属してるわけじゃないんだけどね」
「ん? どういうことだ?」
「組織のルールにとらわれない、治外法権な人ってどこにでもいるでしょ。それと同じで、組織の命令なんかに従ってられるか、って言って勝手にやってる退妖獣使もいるってこと」
「そんなの許されるのか」
「許されるも何も、そういう人ってどこで何やってるか分からないから、組織側も把握できてないんだよね。とりあえず警察が指令を出してないのに妖獣の死体が転がってたら、それはその人たちがやった、ってことにされてる」
果たしてそんな状態でいいのかどうかはよく分からないが、もともと組織自体も退妖獣使側が望んだものではないはずだ。自分一人でもやっていけるものをわざわざ組織を経由させる必要はないし、一人の時に比べて報酬の一部がその組織に持って行かれて減ることを考えれば、どう考えても損になるはずなのだから。
「……来るよ」
そうこうしているうちに、妖獣の群れが俺たちに近付いているようだった。察知するまでが俺の仕事、始末するのは虎野の役目だ。ここまでなら襲われる前に仕留めることができる、というギリギリのラインまで群れを引きつける。
「ざっと十匹はいるね。手早く片付けないと」
虎野はそう言って、手に持っていた武器のなぎなたを構え直した。やはり本来の使い方とは異なっている気がしてならなかったが、この際妖獣が仕留められたら使い方は大目に見られるのだろう。虎野がより妖獣のいる方向に接近していくのに対して、俺は少し距離をとった。
「はあッ!」
虎野が自身に突入を促すために掛け声を入れて、そこからは一瞬だった。俺の目にはとても追えないような速さで、群れになった妖獣を確実に一匹ずつ貫き通し殺してゆく。俺はただ、悲痛ともとれる妖獣たちの鳴き声を聞くほかなかった。
しばらく経てば、夜も更けた暗い山は再びその静けさを取り戻した。そして、虎野がひょこ、と顔をこちらに向かって出した。どうやら終わったらしい。俺はなるべく凄惨だろうその光景を直視しないように気を付けつつ、虎野のもとまで行った。
「当たり。ジャスト十匹だった。でも、前の妖獣の仲間ではないかも」
俺は足元に横たわっていた妖獣の死体を見て、虎野の言葉の意味を悟った。前に倒した妖獣三匹の身体の色は黒だったが、それとは対照的にその妖獣は真っ白だった。
「まあ、前のことがあって警戒してたのには間違いないけどね。それでも妖獣は妖獣だから、レベルは知れてる」
「さっき気を抜くなって、言ってなかったか」
「それは偶谷だからっていう話。こういう戦いに慣れてないなら、いくらなんでも襲われれば死ぬし。私ぐらいになれば問題はないよ、ってだけで」
「……そうなのか」
だからと言って、俺は今さら戦闘に慣れよう、戦おうという気にはなれなかった。これも普通の人間としての暮らしに慣れすぎて、気が弱くなってしまったからなのかもしれない。
俺はその妖獣の死体を見ながら、もしかするとこいつも何世代か前には人間と変わらない姿だったのかもしれない、と思っていた。もちろんもとはアヤカシの血に適性があったが、突然変異に似た現象を起こして、息子に受け継がれた瞬間にアヤカシの血が暴走してただの獣になってしまった、というパターンもある。その結果こうして山に棲みついては夜な夜な人を襲い、そのために退妖獣使に殺されたのかもしれない。俺は少し、いたたまれない気持ちになった。もっとも、獣になった時に理性も記憶も失っているので、名残惜しさが彼らにあるのかは定かではないが。
「……そろそろいっぱいかな」
以前のごとく虎野は後処理をしていた。なぎなたの先で妖獣の遺体を吸い取り、水で血の跡を洗い流す。この山は一応登山者に解放されているので、次に山登りをしに来た人がべっとりと地面にこびりついた血の塊を見て腰を抜かさないよう、証拠隠滅、と言えば言い方があまりにも悪いが、何事もなかったかのようにしておかなければならない。その後片付けの時に、虎野はひとりごちた。つまりこれ以上、妖獣の遺体を吸い取って一時保存しておくことはできない、というわけだ。
「それって一匹ずつ供養するって言ってたけど、共同墓地みたいなのがあるのか」
「ある。人間の共同墓地とはちょっと違うけどね。……そうだ」
虎野は俺を見て、少しにこっとしてみせた。どこににこっとする要素があったのか俺には全く分からなかったが、とりあえず俺は虎野の話の続きを聞くことにした。
「今週末にでもその共同墓地に行こうか。妖獣を供養してるって口で言ったって、説得力があるかどうか微妙だからね」
「俺の家とかここから、遠いのか? 週末に行くって……」
週末をわざわざ選ぶということは、つまりそれほど遠いところにあるのだろう、というのが俺の認識だった。虎野は黙ってうなずいた。
「やっぱりそういうのって人目につかないところにないとマズいから。妖獣を見ればすぐ殺せ、って騒ぎ立てるような人もいるし」
見ててあんまり楽しいものじゃないけど、退妖獣使の仕事を見る機会にはなるかな、と虎野は付け加えた。
「分かった。またいつか具体的に決まったら、連絡してくれ」
「オッケー」
俺自身、決して強制だとは思っていなかった。ただ、退妖獣使は俺のような、人を襲うのが嫌な妖獣さえ殺してしまう残酷な性格の持ち主ばかりだと思っていたから、その認識を改めたい、という気持ちだった。
暗くうっそうと茂った森の中でも、月の明かりが虎野の装束を照らして、その黒さをよりはっきりとさせていた。
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