I-04.ごまかし
当時の権力者とアヤカシとが合わさって生まれた、妖獣。権力者は絶大な力を手に入れた一方で、人を喰っている姿を他の者に見られないよう、細心の注意を払う必要があった。しかし、そこは元人間である。いずれ身の回りの世話をしている者に見つかり、そしてバケモノ扱いされ、あっという間に没落していった。
もしもこの妖獣たちが没落後、喪失感とともに静かに亡くなっていったのであれば話はそこで終わっていた。しかし、妖獣たちは少しでも後世に自身の力を伝えていこうと、懸命に子孫を残した。妖獣たちは人間たちの知らないところで、ひそかに存続し続けてきたのである。
しかし移植手術と同じと言うべきか、アヤカシと適性を持てなかった者も一定数いた。その傾向は子孫に受け継がれるにつれ顕著になり、現代では適性を持つ妖獣の方が少なくなってしまった。
適性を維持できた妖獣は人間と同じ姿を保てた一方で、維持できずにアヤカシの血に支配されてしまった妖獣は人としての外見を失い、獣と変わらないようになった。どちらも人を喰わなければならないのは変わらなかったが、アヤカシの血に操られるまま人を狩る獣型の妖獣は、昼間は山奥などに身を隠し、夜になると街を徘徊するようになった。衰弱した動物を保護した、と保健所に連絡があり、職員が駆けつけて引き取ったまではいいが、よくよく調べてみると実は妖獣であった、というケースも年々増えているという。
* * *
俺が初めて虎野と行動を共にして、獣型の妖獣を退治するのを目の当たりにしてから一週間が経った。どうやら本当に活動頻度はまちまちらしく、その一週間の間に虎野から声をかけられることはなかった。虎野は他の女子といくらか友達になったらしく二、三人で行動していたし、俺は俺で大して話せそうな、気の合う奴がいなかったので高原と弁当を食べたり、一緒に帰ったりしていた。
実は俺にとって「虎野に声をかけられない」のは嬉しいことなんじゃないかと、数日経って気付いた。というのも、俺は今遠い親戚の家に住まわせてもらっているのだが、その家族は妖獣について何も知らない。俺の父親が妖獣で、母親は普通の人間なのだが、母親の方の親戚というわけだ。当然俺が妖獣であることも知らない。俺が妖獣なのを知っているのは俺自身と虎野を除けば、誰もいないということになる。
そんな親戚だから、俺が日も沈んだ頃になって外出すると言うと、何の用事かしつこく聞いてきたのだ。その時はとっさに塾に行く、と答えて難を逃れたが、塾には入っていないので次からどうごまかすかが悩みの種だった。かと言ってしばらく妖獣退治の手伝いがなくても塾はどうしたと聞かれるのだが。困った俺は休み時間に虎野が一人になったタイミングで、話を持ちかけた。
「あー……。そういうことね。うん、それなら大丈夫。私がうまく話つけとくよ。今日にでも家に案内して」
「え?」
「だってそろそろ一週間でしょ、塾に行くってハッタリもさすがにバレるよ」
「ぐっ……」
このまま義両親に下手なウソをつき続けるか、それとも高校入学からまだ一週間だと言うのに、年頃の女の子を家に連れ込むか。
俺には後者しか道がなさそうだった。
* * *
「しっかし、遠いね。この前学校に来いって言った時、大変だったんじゃない?」
「……まあな」
ちゃんと調べたことはないし調べることもできないだろうが、俺の通学時間は全校生徒で比べてもトップクラスの長さだという自信がある。幸い早起きするのは苦手ではないので何とかなっているが、普通の人なら学校近くに下宿する手を選んでいただろう。優しい義両親に誘われた以上断るのも失礼だし、何より孤児施設と違って普通に近い暮らしに俺は憧れていた。だから俺は今の暮らしを選んでいるだけなのだ。
「着いた。降りるぞ」
「ん……」
学校の最寄駅から電車に揺られること一時間あまり。最初こそ電車に乗るのは久しぶり、と虎野ははしゃいでいたが、三十分を過ぎた頃から窓の外をぼうっと見つめるようになり、さらにそれにも飽きたのか居眠りを始めてしまった。二人で隣同士座っていたので虎野が何度も俺にもたれかかってきて、その度に俺は押し返していた。それでも目を覚ます様子はなく、結局目的の駅に着いてから急いで起こしてやらなければならなくなった。
「うーん、着いたねー」
「長旅じゃねえんだぞ」
念のためにもう一度言うが、電車に乗っていたのは一時間だ。それを長いととるか短いととるかはその人次第だろうが、少なくとも俺にとっては慣れたものですぐにしか思えなかった。
「ここから歩くの?」
「そうだな、でも五分くらいだからすぐ着く」
俺は少し虎野の様子を気にしつつ、家までの道を進んだ。そして家が近付くにつれてようやく、俺は事の重大さを認識した。
「……ヤバいな」
相手が虎野である以前に、女の子を家に連れてくる、しかも家に上がらせて義両親に会わせるのはいかがなものか。ただ、その相手が虎野と考えると、別にそんなに気にすることでもないんじゃないか、とも思った。
それは虎野を女の子として見ていないとか、そんな失礼な理由ではなく、もっと別の理由だ。虎野に刃向かえば即刻殺されるという、ある種主従関係のようなものが俺たちの間に出来上がっているからなのかもしれない。
ちなみに俺自身も妖獣だからいつ人を喰っているのか、と聞かれるだろうが、実は俺の場合は少し特殊だったりする。俺は生まれてこの方一度もまともに実の親の顔を見たことがなく、幼い頃から施設で生活していた。だから妖獣としての本能が目覚めるより先に、人間としての暮らしに慣れてしまったのだろう、と俺は思っている。実際俺が人を喰えないばかりに苦しむことはないし、むしろ血が流れるを見て痛ましいとか、気持ち悪いとさえ思う。
「……ただいま」
俺がいつものように家の中に入っていくのに対して、虎野は律儀に玄関前で待機していた。俺が家の中に入って靴を脱ぎ振り返ると、そこには人当たりのよさそうなお嬢さんになった虎野がいた。
「あらあら~」
義理の母親が俺に気付いて玄関先に出る。当然虎野の姿が目に入り、そんな声を上げた。俺はやっぱり何も考えないで女子を連れてきてしまったことが恥ずかしくなって、そそくさと自分の部屋に引っ込んでしまうことにした。逆に呼ばなくても義理の母親が出てきてくれたことを好機と捉えたらしく、早速虎野は話を始めていた。俺は話を聞くのも恥ずかしくなって、部屋のドアを閉めた。
「……はあ」
それでも俺は落ち着かない様子で、自分の部屋を何とはなしに眺めた。壁に写真がいくつかと学年便りが画鋲で留めてあるだけの、殺風景な部屋だ。それ以外に壁を飾るいいものが思いつかなかったとも言う。その写真も大半が高原と二人で写ったものだ。施設にいた時も俺は他の子と違って浮いていて、高原としか仲良くすることができなかった。だから俺にとって高原は、もはや友達以上に大切な存在なのだろう。
しばらくもう何度も見ているはずの部屋の壁をぼうっと見つめた後、明日の用意でもするか、と俺はかばんをあさった。
「偶谷ー。おーい」
あさろうとベッドから立ち上がった瞬間、虎野が外から呼ぶのが聞こえた。窓を開けて声のした方を見ると、玄関の辺りで手を振る虎野が見えた。向こうもいぶかしげな顔をする俺の姿が見えたのか、こっちに来い、と手招きをしてみせた。どうやら話がついたらしい。俺は一瞬しかいなかった自分の部屋を出て、虎野のもとへ向かった。
「終わったよ。偶谷が勉強で分からないところがあって、時々集まって私の家で勉強するって話にしといた」
「……嘘だろ」
自慢じゃないが俺の成績は悪くはない、と自分では思っている。少なくとも勉強会を開けば教える側になれる程度だとは思う。そのせいで少し納得がいかなかった。
「でも塾よりは現実的だよね」
「そりゃ、そうだけども」
「それとも別の話にしておけばよかった?」
「いや、……それでいい」
もしも嫌だと言ってあることないこと話されてもそれはそれで嫌なので、俺は素直に従っておくことにした。
「じゃ、帰るね。……あ」
虎野は荷物をまとめて道路に出てから、ふと思い出したように付け加えた。
「早速だけど今日、勉強会ね。この前と同じ、午後八時に学校で」
俺にまともな平穏というものはないらしかった。
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