第十六話 初めての


 ランプの灯りに照らされた部屋で、俺はベッドの端に腰かけ、背中越しに衣擦れの音を聞いていた。

 今、俺の後ろでゼルスが服を脱いでいる。

 そう思うとすぐにでも振り返りたい衝動が湧きあがったが、さすがに殴られそうなので、そこはぐっとこらえた。


「ゼルス。本当にいいんだな?」


 間が持たず、確認の言葉を放つと、衣擦れの音が止まった。


「……貴様に借りを作る気はない。余の純潔を捧げる……それでは、不満か?」


「不満はないけどな。別に、無理やりが好きな性分じゃないし、嫌々やるくらいなら、無理をしなくったって――あいてっ」


 投げつけられた枕が、後頭部に直撃した。


「いいから抱けと言っておるじゃろうが! 何度も言わせるな!」


「……悪かったよ」


 俺が謝ると、再び、衣擦れの音が聞こえ始めた。

 恥をかかせるつもりはなかったのだが、ハッキリ言わせすぎた。少し申し訳ない気持ちになる。


「……よ、よいぞ」


 ほどなく、硬い声が耳に届いた。


 振り返ると、ゼルスはシーツで自らの裸身をくるむように隠していた。

 小柄でなだらかなボディラインが、シーツ越しにもよくわかる。


「今更、俺の前で隠すこともないだろうに……」


「う、うるさい! つべこべ言わずに、貴様もさっさと脱がぬか!」


「俺ならもう脱いでるって」


 ベッドに上がって膝立ちになると、股間の一点を凝視したゼルスが「ぴっ!?」と情けない悲鳴をあげた。


「な、なんでもう大きくなっておるんじゃ! この変態が!!」


「すぐ後ろで脱がれてたらなぁ……いいから、こっち来い」


 真っ赤な顔で喚くゼルスを、強引に胸元に抱きしめる。


「あ、うっ」


 茹で上がったように真っ赤な顔が、戸惑いながら俺を見上げていた。

 その桜色の唇が、先ほど俺の唇と重なったことを思い出し、あることに気づく。


「……そういえば……俺がキスしたのって、ゼルスとが初めてだな」


「えっ? ……そ、そうなのか?」


 意外そうな目で見てくるゼルスに、俺は小さく頷き返す。

 ラクシャルとはもう何度も体を重ねているのに、自分でも順番がおかしいとは思うのだが、確か今までキスをしたことはなかった。

 すると、なぜかゼルスの表情が急に緩み始めた。


「そう……そうか。余も、ヴァインの初めてをもらったのか。……ん、んっ」


「おーい。やけに顔がニヤついてるけど、大丈夫か?」


「ニヤついてなどおらぬっ。……のう、ヴァイン。今度は貴様から……」


 目を閉じ、顎を上げてねだってくるゼルス。

 ここで意地悪をするほどには、性根は曲がっていない。

 今度はこちらから、ゼルスの唇を塞いだ。


「んっ……」


 しっとりと濡れた唇は瑞々しく、吸いつくような柔らかさを伝えてくる。

 何かの果実のようだな、と思いながら、俺は唇で挟むようにしてゼルスの唇の感触を味わい、擦り合わせていく。


(……意外と気持ちいいな、これ)


 正直、キスなんて前戯どころか健全な行為のうちにしか入らないものと思っていたのだが、なぜか、思った以上に興奮を煽られている自分がいる。

 もっとゼルスの唇を味わってみたい。

 欲望のまま、さっきよりも強く押しつけるように唇を重ね、開いたゼルスの唇を吸い上げた。


「んにうっ……!?」


 押す動きと引っ張る動き、相反する刺激を咥内に感じたゼルスが目を丸くする。

 口の中に温かく、ほのかに甘いものが流れ込んできて、それがゼルスの唾液だと知った。

 自分の唾液は味がしないのに、他人のものはそうでもないようだ。


 唇を離すと、ゼルスが不安げな目で見上げてきたので、感想を述べてやる。


「……ゼルスの味、甘いな」


「いっ……言うな、愚物がッ!! ……あっ!」


 怒られるのはわかっていたので、手を出される前に、こちらが先に手を出す。

 シーツを剥ぎ取ると、シーツのそれと大差ないほど真っ白できめ細やかな肌が露わになる。違いを挙げるなら、素肌は羞恥に紅潮しているところだろうか。

 起伏の乏しい胸に手を伸ばし、さっと軽く撫で上げてやる。


「ん、ぅぅっ……!」


 掌に慎ましやかな弾力が伝わり、ゼルスの肩がぴくんと跳ねた。

 そのまま腰や脇腹を撫で回していくだけで、ゼルスは断続的に声を漏らし、高められていく。


「ん、ぁっ、はぁぁっ! ヴァ、インっ、あううっ……!」


 ぎゅっと目を瞑り、ゼルスが全身を震わせた。

 俺の〝性技〟パラメーターが最大値まで伸びているせいで、このくらいの刺激でも、軽く達してしまうようだ。

 俺は少し考えてから、せっかくだから新しいことを試してみようと思った。


「ゼルス。こっち向け」


「う、んっ? なんじゃ……はぷっ!?」


 新鮮な酸素を求めて荒い呼吸を繰り返していたゼルスの口に、再びキスを落とす。

 今度は咥内に舌を差し込み、歯茎をなぞるように舌先を滑らせていく。


「んんっ、んーっ! ん、んっ……!」


 ゼルスが苦しげな声をあげるので、一瞬抗議しているのかと思ったが、その背が大きく反っているのを見るに、どうやら感じてくれているようだ。


 咥内の味をひととおり堪能すると、今度はいよいよ、舌に舌を触れ合わせる。

 震えている小さな舌を舌先でつつくと、ゼルスの体が小さく跳ねた。


「ひぅっ……! んゃ、あふっ、んんんむっ……!」


 逃げられないようにゼルスの頭を押さえながら、ゆっくりと舌を絡めていく。

 舌の側面をこそぐようにねぶり、舌の裏側を何度も執拗に舐め上げる。

 その度ゼルスは唇の隙間から声を漏らしたが、全身から力が抜けていったせいか、暴れることはなくなっていった。


 代わりに、間近で俺を見つめる瞳は蕩けてしまい、唇も半開きの状態から閉じられなくなっていく。

 口づけを重ねるほどにゼルスのガードが解けていくのを感じながら、俺は舌の根まで届かせるように、舌同士を深く熱く絡みつかせた。


「んんんっ! んんぅぅぅぅっ……!!」


 今度は目を見開いたゼルスが、ぎゅうっと腕を回して俺にしがみついてくる。

 しかしそれもほんの一瞬のことで、大きく腰を跳ねさせて果ててしまうと、むしろ完全に脱力し、俺に全体重を預けてきた。


「は……ぁ、ぅぅ……ヴァイ、ン……っ」


「……しょうがない奴だな」


 蕩け切った声で俺を呼ぶゼルスを、ベッドの上に横たえる。

 今までキスに夢中で、下の方にまで目がいかなかったが、ゼルスのその部分は、既にシーツをびしょびしょに浸すほど濡れそぼっていた。


「おい……まだロクに触ってもいないのに、これかよ」


 今日の俺は今までと違い、乳※や股間などの直接的な性感帯には触れていない。

 力の抜けた体といい、さすがにキスだけでこんな状態になってしまうと、これ以上続けるのは難しいんじゃないか……そう思ったのだが。


「な……なめるな、ヴァイン。余は、魔帝ゼルスじゃぞ……っ」


 ふにゃふにゃの声でそう言い張りながら、ゼルスは自分の左右の膝に手をかけ、大きく股を開いてみせた。

 あまり発達しているように見えない、つるんとした一筋の※※※。

 しかし、別の生き物のようにひくつくその部分から溢れる蜜の量を見ると、確かに男の昂りを受け入れる準備ができているように思える。


「……じゃ、試してみるか?」


 試着前の服を胸に当てるような軽さで、俺はゼルスのそこに腰を押しつける。


 ぬちゅ、と音を立てて花弁を覗かせたそこは、ゼルスの体格に比例して小さく、俺のモノとは明らかにサイズが合っていない。

 これだけ濡れていれば……と思うのだが、一方で心配もある。

 躊躇していると、視界の外からゼルスの声が降ってきた。


「ど……どうしたのじゃ? 早うせぬか……待たされるのもつらいのじゃぞ……」


「いや、そうなんだが……体格的にちょっと……」


「背丈のことは言うな! つべこべ言わずに来いっ……それとも、貴様はこんな小柄な女ひとりも抱けぬ意気地なしか?」


 わざとらしい、挑発的な口調で問いかけてくるゼルス。

 その声の微かな震えから、俺の迷いを断ち切ろうとしてくれているのがわかった。


 まったく、素直じゃない奴……と思ったが、俺も人のことは言えないかもしれない。本心では感謝しつつ、表面的にはゼルスの挑発に乗ってやる。


「言ったな? 後悔するんじゃねえぞ」


「……ふん。するわけがなかろう」


 小さな声で応えたゼルスに、俺は体を密着させていく。

 俺の体を下から抱きしめながら、ゼルスは感慨深げに囁いた。


「大きいな……貴様の体は」


「そうか? 魔族にはもっとデカい奴もゴロゴロいるだろ」


「感じたことはない。このようなことを気軽に許したこともないからの……貴様以外で余を抱きしめたことがあるのは、ラクシャルと肉親だけじゃ」


 肉親――今は亡き、ゼルスの家族。

 どこか切なげな声で語るゼルスに、温もりを教え込むように、華奢な体を強く抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。

 そして、体の一番奥で繋がりたいと……その想いを込めて、腰を揺らす。


 入り口に俺のものが触れた瞬間、あっ、とゼルスが短く喘いだ。


「痛かったら、爪でも立てろ。声もあげていい」


 それだけ言って、俺はゆっくりと、ゼルスの中に自分自身を沈めていった。






   # # #






 事を終えると、ゼルスは俺の下で汗だくになった体を震わせながら、非難がましい目でこちらを睨んだ。


「ん……っ。出し過ぎ、じゃ……愚物が……」


「別にいいだろ……? どれだけ出したって、孕むわけじゃないんだし……」


 高位の魔族は排卵をコントロールできる、とラクシャルから聞いている。

 ラクシャルにできることなら当然、ゼルスにもできるはずだ。

 そう思っていたのだが――次にゼルスが満面の笑みで発した言葉に、俺は絶句する。



「孕むかどうか、決めるのは余じゃ。……名前を考えておくのじゃぞ、?」



 一瞬で血の気が引いた。思わず大口を開けてゼルスを見つめ返す。


「ちょ、ちょっと待て!? お前が決めるって……あ、そうか、排卵は自由にできるから……いやいや、だからって勝手にお前……!?」


「嫌なのか? ……そうか。貴様はこの子の父親になってはくれぬのか……」


 腹をそっと撫でながら、悲しげにうつむくゼルス。


「うっ……」


 そんな反応をされると、さすがに俺も強くは出られない。

 いくら俺が自由な生き方を好むとはいっても、妊娠させた女から逃げ出すのは真性のクズのやることだ。

 ゼルスは俺の奴隷なのだし、俺が幸せにする責任もある。


「……わかった、ゼルス。俺も男だ。覚悟を決めて、お前と腹の子を……ん?」


 ゼルスの顔を見つめながら言いかけて、俺は違和感を覚えた。

 なぜか、妙にゼルスの頬がひきつっている。笑いをこらえるかのように――。


「ぷっ。……く、ふふっ、ははははは!! くくっ、ダメじゃ、もうこらえきれぬ……! 冗談に決まっておろうが! 貴様に断りもなくそのような真似をするものか!」


「…………」


 どうやら、俺はハメられたらしい。

 たった今まで血の気が引いていた頭に、ふつふつと熱い血が上ってくる。


「くくくっ……! 初めて貴様を手玉に取ることができたのう、ヴァイン。パパ呼ばわりされた瞬間の、貴様の顔といったら……ぷくくくっ……」


「……よし、そこに直れゼルス。今夜は優しくしてやろうと思ってたが、予定変更だ。俺が満足するまで寝かさねえからな」


 強引に押し倒しても、ゼルスは微笑みを崩さないまま囁いてきた。


「ふふっ……そう、冗談じゃ……今はな。……さあ、今夜はとことんやろうぞ。魔帝の名にかけて、貴様を満足させてやる……♪」


 早くも順応しつつあるゼルスに、俺はまた覆いかぶさっていく。

 その後は宣言通り、俺が全て出し尽くし、ゼルスが足腰立たなくなるまで楽しんだのだった。

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