第十四話 勝利の宴
その晩は、城のホールで盛大な宴が催された。
当然ながら俺は宴の主役として扱われたのだが、乾杯の音頭だの挨拶だのといった煩わしいことは全部ガスパーに押しつけた。
人前で喋るのも目立つのも嫌だったからそうしたのだが、宴に参加した臣下たちは、俺のことを『功に驕らない謙虚な王』だと評価したようだった。
「ラクシャル相手ならもう慣れたが、必要以上に持ち上げられるのも、あんまり気分のいいもんじゃないな」
辟易した俺がそう漏らすと、ガスパーは朗らかに笑い飛ばす。
「こんなものではありませんぞ。今はまだ雪解けを待つことになりますが、いずれ国内の貴族たちが事情を知れば、陛下のもとへご挨拶に馳せ参じることでしょう。しばらくはご多忙な日々が続くと思っていただかねば」
「マジか」
何やら、急激に面倒くさい話になってきた。
もしも俺が安定を望み、ノースモア王国に骨を埋めるつもりなら、このまま人脈を作り、地盤を固めていくのは正しい選択だろう。
しかし、その選択は逆に、王の立場に縛られることも意味する。義務や責任といった言葉が大嫌いな俺にとっては、到底我慢できるものではないだろう。
「やめちまうか、王様」
「ははは、ご冗談を。…………え? もしかして本気でおっしゃったのですか?」
ガスパーは一旦笑って流そうとしたが、以前ゼルスが言っていたことを思い出したのか、目を丸くして俺を見た。
「そのうち飽きて王位を返還なさるだろう、と……あれは本当だったのですか?」
「人を飽き性みたいに言うな。面倒になったのは確かたが」
俺が本音を漏らすと、ガスパーは眉間に皺を寄せて、難しい顔を作った。
「……真剣なお話があります、ヴァイン陛下。此度の事件、あなたがいなければ解決できなかったでしょう。どのような待遇でもいたしますゆえ、どうか今後も、ノースモア王国に残ってはいただけませんか」
「気持ちは嬉しいが、やめといた方がいいぞ。この先、もっと面倒なことになるのは目に見えてるしな」
「面倒なこと、ですか? いえ、決してそのような……」
「とぼけるなよ。お前が気づかないわけないだろう。俺はゼルスと繋がってんだぞ」
指摘すると、ガスパーは顔色こそ変えなかったものの、何かを悟ったように黙り込んだ。
「……ヴァイン陛下の方こそ、お気づきでしたか」
「そりゃ、ちょっと考えりゃわかる。俺がこの街で歓迎されたのは、非常事態に対処する力があったからだ。事が片付きゃ邪魔者になるし、まして魔帝と繋がりがあるわけだからな。反発は必至だろ」
「それは……しかし、そのようにご自身を卑下なさらずとも」
「別に卑下しちゃいない。俺は俺で、好きにやらせてもらったしな。面倒くさいことはお前に丸投げして、とっとと去りたいだけだ」
きっぱり言い放つと、ガスパーも俺の言葉に嘘がないことを理解したようで、痩身を揺らして小さな笑い声を漏らした。
「あなたは変わった人だ……ヴァイン陛下。仮にあなたがこの国を去ったとしても、わしはあなたのことを友と呼ばせていただきたい。構いませんかな?」
真剣な目で俺に申し出るガスパー。
色々と世話になった身だし、もちろん俺としても断る理由などないのだが、素直に応じるのもむずがゆくて、つい憎まれ口を利いてしまう。
「生まれて初めての男友達が、こんな老い先短いジイさんとはな……」
「はっはっは、ご冗談を。わしはまだまだ元気ですよ。孫の顔を見るまでは死ねませんとも」
「意外だな。シンファを嫁がせる気があったのか」
「婿を取るかもしれませんな。わしが認めるほどの相手が見つかれば、ですが」
「親バカがよく言うよ。現れるのはいつになるやら」
「既に居ますとも。少なくともひとり、わしの目の前に……いえ、これは言っても詮無き話でしたな。お忘れください」
言いかけた言葉を取り下げると、ガスパーは白い歯を見せてニカッと笑った。
自然と、俺も頬が緩んでしまう。
何だかんだ言いつつ、俺も、このジイさんを結構気に入っているみたいだ。
「ヴァイン、お話し終わった?」
不意に背後から声をかけられ、振り向くと、キアが立っていた。
雪山に行った時と同じ、水着姿のままだ。
「お前……一応パーティーなんだから、もうちょっと良い服着てこいよ」
「そんなの聞いてない。キア、さっきまで山に行ってたし」
翼をぱたぱたと揺らしてから、キアは俺の方に向き直る。
言われてみればそうだった。キアには俺から頼んでいたのだ。
「お前の仲間たちの様子、どうだった?」
王宮で宴の準備をしている間、キアには一度雪山へ戻ってもらい、ロック鳥たちの様子を見てくるように言ってあった。
それから今まで姿が見えなかったので、たぶん、ついさっき戻ってきたんだろう。
キアは表情こそあまり動かさなかったが、瞳の輝きを増してコクコクとしきりに頷いてきた。
「みんな、ほとんど無傷。ゼルス様とヴァインのおかげ」
「俺もか? ゼルスが拘束に徹したおかげだろ」
「みんなが無事だったのはゼルス様のおかげだけど、正気に戻れたのはヴァインのおかげ。ジェナを倒したのはヴァインだから」
俺の顔をじっと覗きこんで、キアはもう一度、小さく頷く。
「キア、群れのみんなと話してきた。これからもヴァインとずっと一緒にいるよ」
「……そうか。そいつは嬉しいな」
俺はキアの心境について深くは訊かず、代わりに率直な気持ちを告げた。
ゼルスの時と同様、一緒に来たいというなら歓迎するし、自分の居場所に残りたいというなら無理強いはしないつもりだった。
「キア、ヴァインに感謝してる。したくなったら、いつでも交尾していいよ」
「……お前、タマラに注意されたこと忘れてるだろ」
人前でそういうことを言うな、と言われただろうに。
呆れていると、キアの後ろから以前注意した本人が姿を見せた。
「そうだよ、キアちゃん! 言うなとまでは言わないけど……せめて場所をわきまえて言わなくちゃダメ」
「って、おい……タマラ。その格好は場所をわきまえてんのか?」
水着のキアを見た時以上に、俺は強烈な違和感を覚えて顔をしかめた。
「あっ……このドレスどうかな、ヴァインくん。似合ってる? あたしのサイズがなくて、仕立て直しに時間かかっちゃったんだけど……」
タマラは、青が基調の上品なドレスを身に纏っていた。それ自体は何もおかしくないのだが、その上にいつものマントを装備している。
「ドレスはいいとして、なんでマントまで着けてきた。脱いでこい」
「う……だ、だって、キアちゃんが着けててほしいって言うんだもん……」
タマラ自身も気恥ずかしかったようで、頬を赤らめて答える。そのすぐ後ろで、キアがやたらと満足げな顔で頷いていた。
翼を持つキアが、タマラのマントに親近感を覚えているのは知っていたが、さすがにパーティーでこれは悪目立ちしすぎる。
「あのなあ、キア……」
俺が言いかけた瞬間、視界の外で、ガチャガチャと金属の擦れ合う音がした。
まさか、と思いながらも俺は音のした方に目を向ける。
「挨拶が遅れてすまない、ヴァイン! 今日は何も気にせず楽しんでくれ!」
「シンファ……まず、お前の格好が気になるんだが」
いつもと全く変わりない甲冑姿で現れたシンファを見やり、俺は頭を抱えた。
「相応しい格好ってもんがあるだろう。脱いでこい」
「鎧を脱げだと? 公衆の面前で、我に下着姿になれというのか!?」
「ドレス着てこいっつってんだよ。なんで姫様が甲冑着てパーティーに参加してんだ」
「この鎧が我にとっての正装だからだ。父上も認めてくださっているぞ?」
シンファが軽く手を挙げると、ガスパーはデレデレの笑顔を浮かべる。
……この様子じゃ、当分婿は来ねえな。
「トイレ行ってくる……」
ツッコミに疲れて、俺はそう言い残すと席を立った。
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