第十三話 魔王リジール
雪山の頂上には、ジェナがロック鳥たちを操って作らせた、石造りの拠点施設が存在した。
施設は展望台を思わせるようなドーム型で、内部には食料と水、無数の魔術書とスクロール、効果不明の大量の魔道具などが運び込まれていた。
「……潜伏するには、確かにこのくらいの用意は要るだろうな」
俺は魔道具の山から価値ありそうなものを選り分けつつ、そう呟いた。
ここは猛吹雪の中、ジェナ自身が凍えないために必要な拠点であり、また建物全体に呪法を張り巡らせることで、ここから王国全土の天候を操作していたのだという。
「つまり、この施設をぶち壊せば吹雪は止まるってことか?」
俺が訊ねると、ジェナは蒼い顔をして首を横に振った。
「こ、壊す!? 本気で言ってるの? 私がここの呪法を組むのにどれだけ……」
「つべこべ抜かすな。決めるのは俺だ」
「……せめて、この拘束を解いてほしいんだけど?」
現在、ジェナにはタマラが付き添い、マントでぐるぐる巻きにされている状態だ。テイムしたとはいえ信用できる相手ではないから、当然である。
訴えを無視していると、ジェナは苛立たしげに声を張り上げた。
「わかったわよ! ここを壊されるのは仕方ない……でも、
「魔幻石?」
初耳の単語に聞き返すと、ジェナは小さく頷く。
「天候を操るだけの大規模な呪いを発動させるには、私の魔力だけじゃ足りない……動力になるだけの、魔力の結晶が必要だった。それが魔幻石よ」
「ふうん……使い道がありそうだな。回収していくか。どこにある?」
ジェナから隠し場所を訊き、建物の中央にあった太い柱を壊すと、中から薄紫色に輝く、手のひらサイズの
「……呪いとか、かかってないだろうな?」
俺はノワの剣を手に入れた時のことを思い出し、用心深く訊ねたが、ジェナは小さく首を横に振って否定した。
だが、その目には何かギラギラとした邪悪な輝きが宿っている。明らかに何かを隠している顔だ。
「……怪しいな。ジェナ、お前いったい何を――」
俺はジェナを問い質したが、その返答の前に、脇から飛び出す影があった。
キアだった。
「えい」
キアは何ら警戒した様子もなく、無造作に魔幻石を掴むと、俺に向かって差し出してくる。
「ヴァイン、これ欲しかったんでしょ? 取ったけど何ともないよ」
「…………お前はもうちょっと考えてから動け……」
俺は頭を抱えたが、今のところ、特にキアが呪われたような様子もない。
もし何か罠が仕掛けられていたら、後でジェナをシメよう。そう気持ちを切り替え、今度は施設の破壊に移ることにした。
原動力の魔幻石は取り除いたが、何かのきっかけで再起動したら面倒だ。
俺は皆を連れ、持てるだけの戦利品を運び出しつつ外に出ると、施設に向かって手をかざし、魔法を唱えた。
「【メガ・プレス】!」
重力魔法の発動により、猛烈な重力が施設の上にのしかかる。
一秒と経たずに、施設は音を立てて崩壊した。後に残るのは瓦礫の山だけだ。
「ヴァインくん、見て。空が……」
タマラに促され、天を仰ぐ。
魔幻石を回収した時点で既に呪いは解けていたのか、空一面を覆っていた分厚い雲は薄らいでおり、その向こうには青空が覗いていた。
「雪も止んでるよ。これで、ノースモア王国の吹雪は収まるのかな?」
「たぶんな。もう少し経てばハッキリするだろ」
俺が答えた直後、無数の何かが羽ばたく音が近づいてきた。
目を向ければロック鳥の群れが、俺たちを取り囲むように飛び回っている。
操られていた時とは違い、俺たちを祝福するような、あるいは自分たちの自由を謳歌するような、そんな自由な飛び方だ。
「ジェナがヴァイン様に力を吸われて、ロック鳥の皆さんの呪いが解けたので、私が糸を切ったうえで事情を説明しておきました」
歩いて追いついてきたラクシャルが、嬉しそうに微笑みながらそう言う。
だがゼルスは、まるで子供のようにラクシャルの腕にすがりついたまま俯いている。まだ立ち直っていないようだ。
「……ひとまず首都に戻るぞ。キア、また乗せていってくれるか?」
「わかった」
俺が訊ねると、キアは当然だと言わんばかりに頷く。
そうして、俺たちは無事に異常気象の原因を取り除き、首都へ帰還した。
首都に戻る頃には完全に吹雪が止み、本物の太陽が俺たちを見下ろしていた。
俺たちは、異変の解決に気づいた臣民たちに総出で迎えられ、さながら凱旋のような賑わいに包まれながら城へと向かった。
ゼルスは精神的なダメージが抜けていないようで、ラクシャルを伴って客間に引き取らせたが、タマラとキア、そしてジェナは俺とともに玉座の間に向かう。
玉座に腰を下ろした俺は、その場に揃ったガスパーや城の重臣たちに向けて、事のあらましを説明した。
服を着せてやったジェナを皆の前に突き出し、原因についても話しておく。
「そうですか……この者が、我らを苦しめた元凶だったのですか」
ジェナを睨むガスパーの目は、当然ながら怒りに燃えていた。
その隣で聞いていたシンファもまた、握り拳をわなわなと震わせて吼える。
「ヴァイン! この魔族の処遇は我らに任せてもらえないか。この者のやったことは、国家の安寧を揺るがす最悪の暴挙。極刑に処すしかあるまい!」
「こらシンファ、ヴァイン陛下にそのような口を……」
ガスパーはシンファをたしなめようとしたが、言葉遣いについては今更なので、俺は構わないと手で制した。
他の重臣たちからも次々に、ジェナの処刑を求める声があがる。
俺はひとまず黙ってジェナの反応を待ったが、ジェナは彼らの喚き声を小鳥のさえずりか何かのように無関心に聞き流し、俺の方を見た。
「ねえ、あなた……ヴァインって言ったわね。私、あなたの奴隷になったのよね?」
「形式上は、そうだな」
「ウフフッ……だったら、ねえ、わかるでしょう? 私、あなたのためなら、何だってしてあげるわよ?」
ジェナは俺の足元に跪くと、その豊満な胸をこちらの脛に押し当て、たっぷりとした柔らかい感触を伝えるように這い上がりながら、上目遣いで俺を見つめる。
「見た感じ、あなたは話がわかるタイプみたいだし……ウフフッ。たくさんいい思いをさせてあげるから……ねえ、許してよお」
「ヴァインくん! 簡単に許しちゃダメだよ、もっと反省させないと……!」
「ジェナに騙されちゃダメ、ヴァイン」
タマラとキアが声を荒らげる中、俺はジェナを見下ろして答える。
「何でもする、か。そいつはいいな……気が変わった」
「フフッ、嬉しいわ。他の子じゃ味わえないような、極上の快楽をあなたに……って、えっ? ちょっ、何っ……!?」
俺はジェナの襟首を掴むと、シンファの足元めがけて無造作に投げつけた。
「ぎゃう!? 痛たた……っ、何するのよ!?」
「打ち首にしていいぞ、シンファ。民衆も溜飲が下がるだろう」
「……へっ?」
ジェナは尻餅をついて痛がっていたが、俺の言葉を聞くと、その痛みも瞬時に忘れた様子で目を点にした。
俺は玉座に頬杖をついて、淡々とジェナに告げる。
「素直に反省するなら処遇を考えてもよかったんだが、こいつはダメだな。今のうちに息の根を止めておいた方が、後の世のためだ」
「い、息の根って……待ってよ!? あなたを殺そうとしたのは同じなのに、キアが許されて、どうして私が許されないわけ!?」
「そのキアに暗殺を命じたのはお前だろうが。どの口がほざくんだ?」
いっそ清々しいほどの自己保身ぶりに呆れつつ、俺は続けた。
「俺に正義感はないが、嫌いな奴を野放しにするほど寛容でもない。ジェナ、お前はキアを脅し、ゼルスを傷つけ、反省の色もない状態だ。許す理由がないな」
「そ、そんな……待って、悪かったわ! 反省するから!」
「ダメだ、許さん。ゲームで俺が一番嫌いなのは、過剰な聖人プレイを強要される展開なんだよ。命乞いする悪党を見逃すように強制されたり、非道を働いた村人に対して何も報復できなかったり……」
「何言ってるのかわからないんだけど!?」
全力でしかめっ面を作りながら、ジェナはなおも食い下がってくる。
「お願い、いいでしょう? あなたの望むこと、何でもするわ。だから、ねえ?」
「じゃあ処刑されてこいよ。何でもするんだろ?」
「助けてくれって言ってるのよ!! ……ひっ!?」
むんず、とジェナの背後に立って襟首を掴む者がいた。
いつも通り、真摯な目をしたシンファだった。
「ヴァイン、我らへの配慮に礼を言うぞ。この者は、責任持って我が直々に処刑するとしよう。場所は広場がいいな! 行くぞ!」
「ひいいいいっ!? う、嘘っ、待って、待ってええっ!!」
泣き叫びながら、シンファの剛腕に引きずられていくジェナ。
ジェナにとって幸いなことにと言うべきか、周りにいた重臣たちが一斉にシンファを止めに入ったおかげで、その足はすぐに止まった。
しかし他の者も処刑を止める気はなく、第一王女であるシンファが直接手を下すことに反対するだけだった。
それを聞いたジェナの顔はますます青くなる。
「いやああぁっ! ヴァイン、お願い、許して! 本当に……本当に、私にできることなら何でもするから、心を入れ替えるからぁっ!」
恥も外聞もなく泣き喚くジェナの様子に、タマラとキアが俺の方を見る。
「えっと、ヴァインくん……ああ言ってるし……」
「群れのみんなは正気に戻ったし、キアはどっちでもいい。ヴァインが決めて」
ふたりの言葉に、俺は少し考えてから、ジェナを呼び戻した。
シンファの迷いのなさに怯えたのだろう。ジェナは奥歯をガチガチと打ち鳴らし、その顔に恐怖を貼りつけていた。
「ヴァ、ヴァイン……許して……」
「お前には訊くことがある。一度だけチャンスをやるから、正直に話せ」
ぶんぶんと、首がもげそうなほど激しく頷くジェナに、俺は質問を投げかける。
「魔王リジールのことだ。お前はそいつの部下だったって言ったな? リジールについて、知ってることを全部話せ」
「リジールのこと? 構わないけど……全部ったって、何から話せば……」
「なら俺が質問するから、答えろ。リジールは可愛いのか?」
「……は?」
ジェナはまたしても顔をしかめたが、俺は大真面目に繰り返す。
「可愛いのか、と訊いてるんだ。ゼルスに似たタイプか? それともセクシー系か?」
「ええっと……質問の意味が理解できないわ……」
「胸はどのくらいある? 髪の色は? お前が思うチャームポイントはどこだ?」
一気にまくしたてる俺を、タマラがぐいっと横から押しのけた。
「もうっ! そんなのより先に訊くことがあるでしょ!」
「俺は大真面目だぞ。今後のモチベーションにかかわる大事な問題だ」
「もっと大事な問題があるから言ってるの! その魔王リジールが、この大陸に侵攻するため近づいてるんだって話、詳しく訊いた方がいいよ」
侵攻、という言葉がタマラの口を突いて出た瞬間、周囲でどよめきが起こった。
途端にタマラは慌てふためき、両手を胸の前で振って弁解する。
「あわわ、ち、違うんです! しんこう……そう、魔王が親交を深めにやってくるってお話で! 決して皆さんがパニックになるようなことじゃないですから!」
「そんな魔王いねえだろ」
もし本当にそうだったら、別の意味でパニックになりそうな気がする。
時間の無駄だと判断したのか、ジェナは自ら口を開いた。
「どうも要領を得ないから、やっぱり私が話すわ。まずリジールが来る時期だけど、正直私にもわからない……いつ現れてもおかしくはないわ。そしてリジールは強い。実力的には、ゼルスちゃんよりも遥かに上の存在よ」
「……それが本当なら、相当な緊急事態だな」
かつてのゼルスを凌駕する力を持つ魔王が、すぐ近くまで接近しているかもしれない――かなり衝撃的な情報だ。
「リジールはどうやって海を渡ってくる? 船でも使ってるのか?」
「違うわ、要塞よ。リジールは『ヴィクトル』という名の海上要塞を持っていて、それに乗って移動している。大きさは、そうね……小さな島くらいはあるかしら」
「……戦艦みたいなもんか? いや、もっとデカいかもな……」
次々とジェナの口から明かされる事実に、周囲のざわめく声が大きくなる。外野のいないところで訊くべきだったか、と少し後悔した。
だが、そんな俺の後悔を吹き飛ばすように、ガスパーが声を張り上げた。
「うろたえるな! 我々にはヴァイン陛下がついていてくださるのだ!」
先王の一喝で、周囲の視線が俺に集中する。
それだけでも居心地が悪いのに、ガスパーは仰々しく俺の前に膝をついてみせた。
「ヴァイン陛下。今回の異変を解決してくださった事実ひとつとっても、もはやこの国に、あなたを王と認めぬ者はおりません。魔王との戦いに必要とあらば、何なりと我が国の兵力をお使いください」
「俺をアテにするなよ。面倒くさい」
苦々しさを露わに、俺は純度一〇〇パーセントの本音をぶつけてやった。
俺は根無し草のようにテキトーで自由で欲望まみれの生活がしたいだけなのに、国の守り神のように扱われたのでは不本意だ。
ハッキリ言ってやれば懲りるだろうと思ったのだが、それどころかガスパーは陽気に笑って、俺の吐いた毒をかわした。
「はっはっは。そうですな、ご恩に報いるのが先でした。今日は宴を開くといたしましょう。農作も明日から再開できますし、めでたい日は祝わなくては」
「そうですね、父上! 宴の準備を進めましょう!」
シンファも賛同し、ガスパーとそれぞれ朗らかに笑い出す。
こういう、揃って変に調子のいいところを見ると、こいつらは紛れもなく実の親子なのだと実感させられる。
はたと何かに気づいたように、シンファが目を丸くして俺の方を見た。
「ところでヴァイン、我が終生の宿敵ラクシャルはどうしたのだ? ラクシャルが君のそばを離れるなど、よほどのことだと思うのだが」
「……ああ、まあな」
意外と的確なことを言う奴だな、と思いながら俺は曖昧に答えた。
正確には、ラクシャルよりもゼルスの方に『よほどのこと』があったのだが……今のあいつには何か、気晴らしが必要かもしれない。
俺は、ジェナの処分については一旦投獄までにとどめ、異変解決を祝う宴を開いてもらえるよう、ガスパーに頼んだ。
ゼルスにとっての気分転換になればいいんだが……。
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