第十二話 お仕置きの時間


 ジェナは俺の態度に一瞬気圧されたようだが、すぐに冷静さを取り戻した。


「はぁ? ただの人間が、お仕置き? 私に? 笑わせてくれるわねぇ」


 笑わせる、と言いながらも、ジェナの表情には不快感があった。

 俺は一旦視線をそらすと、立ち尽くしていたラクシャルやタマラたちに向かって指示を出す。


「ラクシャル、ゼルスの治療を頼む。タマラとキアも、巻き込まれないように全員一緒に固まってろ。いいな」


「……私を無視するなんて、何様のつもり?」


 ジェナは怒りを露わに言い放つと、身構えた。

 俺も自分の目的を果たすべく、無造作に歩き出す。


 まるで散歩のように緩やかな歩調で近づく俺を、ジェナは怪訝な目で見つめた。


「いったい何の真似? やる気あるわけ?」


「お前にお仕置きするのに、やる気なんか出す必要あるか?」


 露骨な侮りを含んだ俺の言葉で、ジェナの額に青筋が浮いた。


「バカが……死になさい! 【ヘルフレイム】!」


 ジェナの手から放たれた放射状の炎が、俺を襲う。


 が――俺が軽く片手を払うと、猛烈だったその炎は一瞬でかき消えた。


「へっ?」


 きょとんと、目を丸くするジェナ。


 俺は【ドレイン】によって、パッシヴスキル【魔法耐性Lv9】を備えているうえ、レベルやステータスも、ゼルスのそれより遥かに高い。

 仮に多少のダメージを受けても【HP自動回復Lv5】のパッシヴスキルにより、たちどころに回復してしまうだけだ。

 半端者が唱える初級魔法など、避けるまでもない。


「こ、この……! 【バーニング・メテオ】!」


 先ほどゼルスを倒したのと同じ、炎属性の中級魔法だ。

 上空から火炎の塊が降り注ぎ、俺に直撃――爆炎と煙が舞い上がる。


「やったわ! アハハハハッ! アハハ……ハ、ハ……ハ」


 黒煙の向こうでジェナは高らかに笑っていたが、俺の足音が耳に届くと、一瞬で顔をひきつらせた。


 何事もなかったかのように、俺は一定のペースで歩き続ける。

 距離が3メートルほどまで近づくと、ジェナは怯えたように飛び退いた。


「ひ……ひいっ!?」


 情けない声をあげて、しかし自らの醜態に気づくと、屈辱と怒りに震える。


「私を本気で怒らせたわね……! もういいわ。遊びは終わり。私の最大火力で、お前を焼き殺してやる!!」


 激しい怒りを込めて、ジェナが魔力を練り始めた。

 その貌に、勝利を確信した者の傲慢な笑みが浮かぶ。


「【インフェルノ】!!」


 最上級の炎魔法。そう認識した瞬間、周囲の雪が瞬く間に蒸発し、俺の足元が漆黒の炎の色に染まった。

 それは地獄インフェルノの名を冠するに相応しい、凄絶なる地獄の業火――。



 ――ダンッ!!



 俺が力を込めて地を踏み鳴らした瞬間、地獄の業火は消し飛んだ。


「服が焦げちまうだろうが」


 煙草の火でも揉み消すように、踵でぐりぐりと地面をえぐる俺を、ジェナはあんぐりと大口を開けて凝視した。


「な……なっ……? どうして、私の魔法が……!?」


「俺は、ラクシャルにゼルス、タマラにキア……四人の力を吸収してるんだ。お前ひとりの力じゃ、どうあがいても勝ち目はねえよ」


 少し遅くなったが、一応警告はしておいてやろう。

 もっとも、どちらにしても逃がす気はないが。


「ひぃ……っ! ば、化け物っ!!」


 なおも歩いて距離を詰める俺に、ジェナはとうとう顔面を蒼白にして逃げ出した。


「【ゲイル】」


 俺は魔法で、自分に向かって突風を巻き起こす。


「ひやあああぁっ!?」


 風に飛ばされたジェナが俺のもとへ転がってくると、俺は手刀を掲げた。


「【クロスアウト・セイバー】」


 ジェナめがけて手刀を振り下ろし、スキルを発動させる。


 刹那――ジェナの纏っていた衣服が弾け飛び、ジェナは一糸纏わぬ姿となった。

 たぷんと揺れる豊かな胸、むっちりと肉付きのいい脚。なかなかいい体をしている。もしも出会い方が違っていたら、優しくしてやれたかもしれない。

 ジェナはさんざん見せつけられた実力差に怯えた様子で、恐怖でガタガタと歯を鳴らしながら、胸と股間を腕で隠した。


「い……っ!? い、いやっ……お願い、ら、乱暴しないで……!」


「随分都合のいい話だな。ネチネチと執拗にゼルスを痛めつけていたくせに」


「ごめんなさいッ!! 謝る、謝ります! だから許してっ!」


 涙目でこちらを見上げ、必死で許しを乞うジェナ。

 俺はゆっくりと、ジェナの体に手を伸ばす。


「お前なんかを可愛がる気はねえよ。力だけよこせ」


 指先でジェナのへそに触れ、魔法を唱えた。


「【ファン・ボルト】!!」


「い――っきゃああああぁぁッ!?」


 それは、快楽だけを与える特殊な電流を流す魔法。

 以前ノワに使った時には条件を満たしていなかったが、こうして全裸の相手に、直接触れた状態で使えば、この魔法だけでも敵をテイムすることができる。

 ゼルスを執拗にいじめられた以上、こいつを可愛がるつもりは毛頭ない。極めて簡単なやり方で、快楽を叩き込んでやった。



【システム】ジェナは絶頂(大)を迎えた!

【システム】ジェナのEPが0になった! 一定時間行動不能!

【システム】ジェナのテイムに成功! ジェナがあなたの仲間に加わりました!



 表示されたログを視界の端に捉えながら、俺は【ドレイン】でジェナの力を吸う。

 高レベルの炎魔法に加え、高めの知力も吸収することができた。

 ジェナを旅の仲間にする気はないが、能力だけは今後俺の役に立ってもらおう。


「あ……あ、ぁ……♪ あ、ふぅ……」


 大の字で寝そべってだらしない顔を晒しているジェナの姿は、正直見るに堪えない。

 呪いの解除はひとまず後にして、俺は皆のもとに戻った。


「こっちは片づいたぞ。ゼルスはどうだ?」


「ヴァイン様! 良かった、ご無事で……ゼルス様は、魔法で回復しましたが……」


 平然と戻ってきた俺を見て、ラクシャルは表情を輝かせたが、傍らのゼルスの様子を見ると、すぐにその瞳も悲しみに曇ってしまう。



「うっ、うっ……! ふっ……ぐずっ……!」



 ゼルスは泣いていた。

 歯を食いしばり、とめどなく溢れる涙を腕で拭いながら、ラクシャルの膝の上で嗚咽を漏らしていた。


「……俺たちは呪いを解くぞ。キア、タマラ。一緒に来い」


 今のゼルスは、ラクシャルとふたりきりにしておいた方がいいだろう。

 俺はキアとタマラを連れてジェナを叩き起こし、呪いの解除に向かうことにした。

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