第七話 刺客現る


「……ああ……そうだった」


 記憶が鮮明に蘇り、それに伴って徐々に意識もしっかりとしてくる。

 火照った裸体を露天風呂の床に投げ出している三人を見下ろし、俺は呟いた。


「いったいどうしたんだ? 急に発情するなんて……」


 ラクシャルが発情するのはまだわかる。というか、いつものことだ。

 しかしタマラや、まして直前まで激怒していたはずのゼルスまでもが突然俺を求めてきたのは、どう考えても不自然だ。


 ということは、こいつらが発情したのは、誰かの手によるもの――。


「……誰か。そこにいるな?」


 俺は湯船に向かって、声を張り上げた。

 露天風呂にはかなりの広さがあり、岩の陰にも身を隠せるだけのスペースがある。集中して気配を探ると、そこに誰かがいるのが感じ取れた。


 俺の考えを裏付けるように、ちゃぷん、と音を立てて水面が波打つ。


「驚いた……こんな簡単に、見破られるなんて」


 透き通った声とともに、ひとりの少女が岩陰から姿を現した。

 どこか儚げな、氷細工のような印象を受ける少女だった。

 さらさらの髪も、豊かな曲線を描く裸体も、雪のように白い。


 特に目を引くのは、少女の背から生えた純白の翼だ。

 一瞬天使のようにも見えたが、有翼の魔族かもしれない。


「誰だ? お前」


 俺は他の三人をかばうように前に出ながら、少女に訊ねる。

 少女は冷たい表情のまま、淡々と答えた。


「死にゆく貴方に教えてあげる。キアの名前はキア。ロック鳥の一族の娘だよ」


「ロック鳥……なるほど。魔族か」


 記憶にある攻略Wikiのデータから、その存在を引っ張り出す。

 ロック鳥は、身の丈5メートル以上にも及ぶ巨大な怪鳥だ。普段は巨大な鳥の姿をしているが、〝クロスアウト・セイバー〟の世界では、人間に変化することもできる。

 強い力を持つものの、普段は人里に近寄らないはずだが……。


「そのロック鳥のキアが、なんで俺たちを殺そうっていうんだ?」


「貴方たちに恨みはない。でも、こうしないと群れの仲間が助からないの」


「仲間が……? どういう意味だ」


「これ以上教える義理はないよ。続きはあの世で考えて……【アイス・エッジ】」


 キアが魔法を唱えると、その手に氷の刃が形作られる。

 氷の刃を俺に向けて、キアは冷たく宣告した。


「貴方の仲間には、媚薬で発情してもらったよ。加勢は期待するだけ無駄」


「媚薬だと? つまり、あいつらがおかしくなったのはお前が……?」


「そう。空からお風呂に忍びこんで、温泉に媚薬を流しておいたの。巨大なロック鳥でも、少し浸かっただけで三日三晩は発情が止まらなくなる量」


「……え?」


 俺は思わず、キアの足元に視線をやった。

 キアはまったく無防備に、温泉の中に脚を浸けて立っている。


「お前、どう見ても浸かってるけど、大丈夫か?」


「…………」


「…………おい」


 しばしの沈黙の後――。

 くらり、とキアは大きくよろめいた。


 冬に引いた風邪を夏になってから気づくバカのように、自覚してから症状が出始めたのか、真っ白だった肌が一瞬で茹で上がったように紅潮していく。


「はうぅぅっ……ど、どうりで、さっきから体が熱いと……あ、あぅっ」


 足がもつれたのか、キアはその場から抜け出そうとして逆に体勢を崩し、思いっきり湯船に飛び込んだ。

 ばしゃばしゃと飛沫をあげてもがき、どうにか湯船から這い上がった時には、媚薬はすっかりキアの全身に回っているようだった。


「う、う、だめ……立てない。カラダ、熱い……チカラ、入んない……」


「バカかお前」


 体をくの字に折って荒い息を漏らすキアに、俺は容赦ない罵倒を浴びせた。

 自分の仕掛けた罠に、しかもご丁寧に説明しながらかかる奴を見たのは初めてだ。

 感動にも近い気持ちで眺めていると、キアは自分の翼を探り始めた。


「だ、だけど、これも想定内……こんなこともあろうかと、媚薬の解毒剤も用意してある。これさえ飲めば、すぐに回復できる……」


 羽の間に隠しておいたのか、キアが手にしていたのは一本の小ビンだった。


「ほう。解毒剤か」


 俺はつかつかとキアに近づき、その手からビンをもぎ取った。

 意識朦朧としているラクシャルたちに近づき、中の液体を三等分にして飲ませる。


「あ……あぁぁー……ひどいぃ……キアの薬……」


 抗議を聞き流しつつ作業を終えると、俺は再びキアの前に立った。

 こんな奴でも一応、たぶん、おそらく、俺たちの命を狙ってきた刺客なのだ。それはすなわち、何者かが俺たちの命を狙っているということ。


「誰の差し金だ?」


「それは……言っちゃダメって、言われてる……」


「だろうな」


 一応訊いてはみたが、簡単に答えてくれるとは思っていない。


 というわけで、次の段階に移ろう。


「な……何するの」


「いくら間抜けとはいえ、仮にも命を狙ってきた相手を、大人しく帰すわけにはいかないからな。お前には、俺のものになってもらう」


 俺はキアの足元に屈み、染みひとつない美脚に手をかけて、M字に開かせた。

 その状態で、まじまじとキアの下半身を検分する。


 背に翼が生えていることを除けば、キアの体は特に人間と変わらないようだ。

 ハーピィなどの種族の場合、腕が翼になっていたり、脚が鳥のようになっていたりするパターンも多いが、キアは人間に変化しているだけあって人体に忠実なようだ。


「……すけべ」


 非難めいたジト目でこちらを睨み、キアが毒づいた。

 これから自分が何をされるか、よく理解しているようだ。


「スケベはお前も同じだろ」


 嘲笑うように言い返してやる。キアの中から溢れ出た液体は、白桃のような尻をだらだらと伝い落ちて、風呂場の床に水たまりを作るほどになっていた。


「それは媚薬のせい……言っておくけど、キアは絶対人間なんかに負けない。何をされても動じないから。早く諦めた方がいい」


「そういうのをフラグって言うんだぞ」


「何を言ってるのかわからない」


 無意識にか、火照った肌をもぞもぞと動かしながら、キアはこちらを睨んでいる。

 この状況だと、敏感すぎて逆に心配だが……少しずつやってみるか。


 俺が身を屈め、キアの胸に顔を近づけると、キアはすかさず拳を振りかぶった。


「甘いっ。殴って気絶させ――ひぁああああんっ!!」


 俺が胸の先端に息を吹きかけただけで、キアは背をエビ反りにして痙攣する。

 ただでさえ〝性技〟のパラメーターが最大値まで伸びきっている俺の責めに、媚薬なんてものが加われば、こうなるわけか……。


 キアは見開いた目に涙を浮かべ、自分を襲った快感に戸惑っているようだ。


「は、っ、はっ……なに、こ、れっ……ジンジン、する……っ」


 俺は黙って人差し指を立てると、キアの胸に手を伸ばし、真っ白な膨らみの頂点で屹立する桜色の突起を、指の腹で優しく弾いた。


 その瞬間――電気が走ったかのように、キアの体が大きく跳ねる。


「ひくぅううううっ!?」


 唇を噛みながらも抑えられない悲鳴をあげて、キアは果てた。

 俺の視界の端に、久方ぶりのシステムメッセージが表示される。



【システム】キアは絶頂(極大)を迎えた!

【システム】キアのEPが0になった! 一定時間行動不能!

【システム】キアのテイムに成功! キアがあなたの仲間に加わりました!



「……チョロすぎる」


 たったの指一本で、テイムは完了してしまった。

 こうもあっけないと、達成感や興奮よりも呆れに近い感情が湧いてきてしまう。


「あふぅぅ……ふぁぁぁっ……♪」


「大丈夫か、お前」


 ひとまずテイムを済ませた以上、こちらの目的は達成した。キアはもう俺に攻撃することはできないし、何なら能力を【ドレイン】して無力化してやってもいい。

 あとは落ち着くのを待って、話を聞くのがいいんだろうが……。


「だいじょうぶじゃ……ないっ……」


 快楽の色に染まった瞳で、キアは俺を見上げる。

 力なく開いた脚の付け根から、雄を誘う淫靡な蜜がとめどなく溢れていた。


「発情、止まらないよぉ……解毒剤も取られちゃったし、カラダ、おかしくなったまま治らないの……お願い……なんとか、してよぉ……」


 ……熱っぽい声に耳朶を打たれて、俺は気が変わった。


 キアの体を組み敷くように覆いかぶさり、蕩けた顔を覗き込む。


「お前、交尾の経験はあるのか?」


「ない……キアは群れの中じゃ、まだ若いし……つがいになりたいオスも、特にいないし……興味はあったけど……」


「そうか。じゃあ、ちょうどいい。俺もさっきから発情してたところだからな」


 三人に迫られた時、俺も少し意識がぼんやりとしていた。おそらく直前、ゼルスに湯を浴びせられたせいで、俺にも媚薬が回っているのだと思う。

 現に、今日は何度も達しているのに、股間のモノはまったく萎える気配がない。

 互いの発情を抑えるために、ここでキアと体を重ねるのがいいだろう。


「交尾っ……交尾、するの?」


 キアが期待に揺れるまなざしで俺を見上げてくる。

 胸に触れただけで達してしまうような今のキアと交わったら、ショック死するのではないかという気もしたが……まあ、大丈夫だろう。たぶん。


 俺はキアの体に覆いかぶさると、『交尾』を始めることにした。






   # # #






 事が終わって、街の上空。

 俺は風魔法【エアロ・ウィング】で浮遊した状態で、失神したキアを抱きかかえていた。


 なんでこんなことになっているのかというと、行為の最中に体をコントロールできなくなったキアが、俺を抱きしめたまま飛び立ってしまったからだ。

 俺が風の翼で飛行能力を得て制御できたからいいようなものの、そうでなければ今頃、キアが失神したことでふたりまとめて地面に叩きつけられていただろう。


「……これ、街の奴らに見られてないだろうな……?」


 キアは大声をあげていたし、見られていそうな気がするが……。

 いや、今更気にしても仕方ない。とにかく、一度風呂に戻ろう。


 キアを抱えて女湯に降り立つと、既にゼルスは意識を取り戻しており、気だるげに額を押さえていた。

 ラクシャルとタマラはまだ気を失っているが、解毒剤の効果か、さっきよりも顔色は落ち着いたように見える。


「……戻ったな、ヴァイン。その娘は誰じゃ? 魔族……ロック鳥の娘のようじゃが」


「ああ、実は――」


 俺はゼルスたちが正気を失ってからのことについて、簡潔に説明した。

 こちらの話を聞きながら、ゼルスの表情はみるみる険しいものに変わっていく。


「……余が自ら貴様の体を求めたとかいう、心底不愉快な件については忘れよう。問題はその娘じゃ。ロック鳥といえば、余がノースモア王国に配置していた魔族の幹部も、ロック鳥の一族だったのじゃが……」


「キアがゼルスの配下なら、見たらわかるんじゃないのか?」


「定例報告に来るのは群れのリーダーと決まっておる。少なくとも、余はキアに会ったことはない。じゃが、そのような名前の個体がいるとは聞いた気がする」


「結局、キアが目覚めるのを待つしかないってことか」


 今できることはなさそうだとわかり、俺は溜息を漏らす。

 ゼルスの表情は険しいまま、その瞳に怒りの炎が宿ったのが窺えた。


「……偽の情報で余を陥れようとした次は、刺客を送って余を消そうとする……どこの誰かは知らぬが、よほど余を目の敵にしている輩がいるらしい」


「確かに……そうみたいだな」


 王国を襲っている天変地異とも関わりがあるとすれば、俺が思っているよりも、事態は深刻なのかもしれない。

 これは、解決のために一肌脱ぐ必要があるか――そう思った瞬間だった。


「ぶぇっくし!!」


 ……全裸で上空を飛び回っていたせいか、思い出したように寒気が襲ってきた。


「まずい、今度は俺が風邪ひいちまう。一肌脱ぐ前に服を着るぞ」


「……締まりのない奴じゃのう、貴様は……」


 緊張の糸が切れたような、ゼルスの深い溜息が耳に届いた。

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