第六話 温泉で温まる


 目的の温泉施設は、シンファの説明の通り、すぐ近くにあった。

 石造りの建物が多い街並みには珍しく、木材を用いた風通しの良い造りで、大きめのログハウスに近い形の施設だ。


 その建物の中で受付を済ませ、更衣室で服を脱ぎ、露天風呂に入る――の、だが。


「……なんで混浴じゃないんだ……」


 もうもうと湯煙が立ち込める岩風呂――男湯に、俺はひとり、ぽつんと立ち尽くしていた。

 受付に何度も確認したのだが、ノースモアの風習では男女の浴室は分けられているのだという。まさかゲーム内の国々で文化の差があるとは思わなかった。


 本来、温泉は明日から営業再開する予定だったというのを無理やり開けてもらったので、客は俺たちしかいないのだから、混浴にしてしまえ……という俺の提案は、嫌がるゼルスと恥ずかしがるタマラの猛反対により否決された。

 ふたつの露天風呂を仕切る木の壁を叩き壊してやろうかと考えていると、壁の向こうから黄色い声が聞こえてきた。


「おおっ……! 天然の温泉には何度か入ったが、人の手で整えられた露天風呂は初めて見るのう。タマラ、湯加減はどうじゃ?」


「ちょっと確かめてみるよ……あ、ちょうどいいみたい。湯治を勧められたし、お先にいただいちゃうね? ラクシャルちゃん、ゼルスちゃん」


 ゼルスとタマラの声だった。

 俺は女湯の方まで聞こえるように、声を張り上げる。


「おーい! お前ら全員揃ってるか? 今からこの壁をぶち破って強制的に混浴にするから、ちょっと離れてろ」


「やめい、愚物が! 明日から営業再開すると聞いておろうが、迷惑をかけるな!」


 即座にゼルスが言い返してきた。内容はまったく魔帝らしくなかったが。


「別にいいだろ、国王特権により今日から混浴ってことで。男性客の利用率とか国民の出生率とか色々上がるかもしれんぞ」


「くたばれッ!!」


 今度は魔帝らしい、ドスの利いた声だった。

 まあ、ゼルスの言う通り迷惑をかけるのも何だし、わざわざ壊さなくても、露天風呂なのだから飛んでいけば済む話だが。

 仮に壊しても、ラクシャルの【リペアー】の魔法で直してもらえばいいし。


「……ん? そういえば、ラクシャルもそこにいるのか?」


 ふと違和感を覚えて、壁の向こうに問いかけた。

 こういう時、ラクシャルは俺の言うことに真っ先に反応するはずなのだが。


「ああ、おるぞ? ここに……って、ラクシャル!? 何をする気じゃ!?」


 ゼルスのうろたえる声が聞こえた直後――。

 ふっ、と目の前が暗くなり。



「ヴァイン様ーーーーっ!!」



 感極まったような絶叫とともに、壁を飛び越え、裸のラクシャルが降ってきた。


「うおっ!?」


 思わぬ奇襲に怯みながらも、かろうじて俺はラクシャルを受け止める。

 ラクシャルの胸に備わったふたつの肌色クッションが、むにゅううっと俺の胸板に押し当てられて潰れ、ぽよんと跳ね返って衝撃を殺した。


 前方から俺の背中へ、ラクシャルの腕が回ってくる。耳元に熱い吐息がかかる。


「ヴァイン様……ヴァイン様っ、ヴァイン様ぁ……」


「お、落ち着け、ラクシャル……っ」


 俺の制止も耳に入らない様子で、ラクシャルは甘い声を漏らしながら、豊満な裸体をすり寄せてくる。

 ふと、脚にぬるりとした感触を覚えて、俺は視線を下げた。


 そして、理解した。


「ヴァイン様……私、ヴァイン様を起こした時からずっと、熱いのが溢れて止まらないんです……助けてくださいっ、ヴァイン様ぁぁ……」


 ラクシャルの股間から内腿にかけて、まるで失禁でもしたかのようにおびただしい量の液体が、どろどろと伝い落ちていた。


「ラクシャル……起こした時からって、まさかさっきも……?」


「はい……寝室でお話を聞いていた時も、お城を出て歩いていた時も、ずっとじんじんして、おかしくなりそうでした……服を脱いだら、バレてしまうと思って……」


 それで、ゼルスたちから逃げてきたのか……と思ったが、そうではなかった。

 ラクシャルは、より直接的な解決を求め、壁に手をつくと、胸にも劣らず豊かな肉付きのヒップをこちらに突き出してきた。



「ヴァイン様ぁ……栓を、してくださいっ……これ以上漏れないように、ヴァイン様のたくましいモノで、ふさいでくださいぃ……♪」






   # # #






 ……行為を終えて、ラクシャルはようやくいつもの調子に戻った。

 汗と互いの体液でべとべとになった体を洗ってくれると言い出したのだ。

 その申し出自体は、ありがたいんだが……。


「ヴァイン様ー♪ えへへ、ヴァイン様ーっ♪」


「……なあ、ラクシャル。そんなに密着してたら洗いにくいだろ?」


 体を洗う間、ラクシャルは常に俺の腕や背中に抱きついたり頬をすり寄せたりして、常に密着状態でい続けている。


「今はこのままでいさせてください。私、ヴァイン様と愛し合った余韻を少しでも長く感じていたくて……ヴァイン様、ヴァイン様……幸せですぅ……♪」


「その、俺の名前を何度も呼ぶのは何なんだ」


「呼びたいだけです。ヴァイン様のお名前は、呼んでるだけで胸がきゅんきゅんする、私にとっての幸せの魔法なんですよっ」


「……恥ずかしいことを、本当に嬉しそうな顔で言うよな、お前は」


 いつものことながら、ラクシャルの好意はまっすぐすぎて、むずがゆくなる。

 俺は居心地の悪さを誤魔化すように、女湯の方に目を向けた。


「さっきから妙に静かだな。事の最中は結構大声出しちまったから、向こうにも聞こえただろうと思ってたんだが……意外と大丈夫だったのか?」


「見に行ってみますか? よろしければ、ヴァイン様もご一緒に」


「一緒にって、あっちは女湯だろうが。……いや、待てよ」


 ふと、この温泉について、改めて考えてみた。


 俺は混浴でないことを残念に思っていたが、よく考えれば、混浴とは男女での入浴が公に認められている状態……つまり、場のありようとしては健全なものだ。

 対して、男女の垣根がある状態で女湯に潜り込む行為には、禁を犯す背徳感がある。これは混浴では味わえない感覚に違いない。

 無関係の奴がいるならともかく、今ならゼルスとタマラだけだしな。


「いいだろう。行くぞ、ラクシャル」


 俺は素早く決断して、湯で軽く体を流してから、ラクシャルの体を抱きかかえた。

 一足で跳躍し、壁を飛び越えて女湯に着地する。


 侵入した瞬間に悲鳴か怒号があがるかもしれないと思っていたが、意外なことに、ゼルスもタマラもすぐには俺たちに気がつかなかった。

 というのも、ふたりは取り込み中だったためだ。


「ラクシャル……ラクシャルが……余の……余は……もう……ダメじゃ……」


「ゼルスちゃーん!? ゼルスちゃん、しっかりしてよー!」


 魂の抜けかけた顔で虚空を見つめてぶつぶつ言っているゼルスを、タマラが必死に肩を揺すって正気に戻そうとしている。

 俺はラクシャルをその場に下ろし、ふたりに近づいた。


「タマラ、どうした?」


「あっ、ヴァインくん。ゼルスちゃんが……って、ヴァ、ヴァインくんっ!?」


 タマラは最初、助けを求めるような目で俺を見たが、俺がここにいること自体の異常性に気づくと、猫のような俊敏さで俺から距離を取った。


「なんでヴァインくんがここにいるの!? ここは女湯だよ!?」


「言われなくても、そんなことは知ってる」


「いや……だから、女湯に男の人は入っちゃいけないの!」


「そんなことは知らん」


「言葉が通じてないのかな!?」


 泣きそうな声で抗議しながら、タマラは湯船に逃げ込む。

 視界の隅で、ゆらりとゼルスが構えを取った。


「ヴァイン……貴様ああああッ!!」


 憤怒をみなぎらせ、ゼルスは拳を固めて俺に殴りかかってくる――。

 だが、その拳は俺に触れる寸前で、見えない壁に阻まれたようにピタリと止まった。


 既に俺の手でテイムされているゼルスは、俺に攻撃を加えることはできない。

 そうとわかっていても、ゼルスは自分の怒りを抑えられないようだった。


「貴様……! 余のラクシャルを……ラクシャルの純潔を奪ったな、このケダモノが!!」


「……ああ、うん」


 そりゃ気づかれるわな。あんなに声も音も出してたら。

 できるだけ隠し通すつもりでいたが、もう素直に話しておいた方がいいだろうと判断して、俺は続けた。


「学生寮にいた頃から、とっくにラクシャルには手を出してる。すまんな」


「な、ぁっ……!? き、貴様……今まで余をたばかっておったのか!」


 ゼルスがますます声を荒らげると、なだめるようにラクシャルが駆け寄る。


「お待ちください、ゼルス様! ヴァイン様はゼルス様のためを思って……」


「うるさい、うるさいっ!! こんなふしだらな男にかばう価値などないわ! さっさと出て行け、この性欲狂いの愚物が!!」


 ゼルスはあくまでも俺に罵倒の矛先を向けて、言いたい放題言うと、拗ねたように湯船に飛び込んだ。


「ゼルス様! 話を聞いてください!」


 ラクシャルもゼルスを追って湯船に飛び込む。


「そうだぞ、ゼルス。ラクシャルの話を――」


「貴様は口を挟むなッ!!」


 俺も便乗して湯船に入ろうとしたが、ゼルスに湯をぶっかけられた。

 テイムされていても、この程度の抵抗はできるようだ。


「仕方ねえな、まったく……」


 ラクシャルとタマラがうまくゼルスを説得してくれるのを期待して、もう一度体でも洗って待つか――そう思った時だった。


 ざばっ、と三人が一斉に湯船から上がる音がした。


「……ヴァイン様」


「ん? どうした、ラクシャ……ル、っ」


 一旦退くつもりで油断していた俺は、突然ラクシャルの手で押し倒された。

 先ほどの行為では足りなかったのかと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。

 ラクシャルに加えてタマラ、ゼルスまでもが、さっきまでとは別人のように蕩けた表情を浮かべて、俺に迫ってきている。


 ――そうして、俺は初めて、三人から一斉に奉仕を受けることとなった。

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