第三話 何でもやるって言ったから


 城に近づいた辺りから、シンファは何度も兵士たちに呼び止められ、質問攻めによる足止めを食らった。

 急に吹雪が止んだのだから、兵士たちが驚くのも無理はない。

 また、来客おれたちについても質問を受けたが、シンファは全て同じ答えで済ませた。


「後で説明する。心配せずとも、我に任せていればよい!」


 王女にそう言われては納得せざるを得ないようで、兵士たちは何か言いたそうな顔をしながらも、黙って引き下がる。

 周囲からすれば俺たちは不審人物にしか見えないだろうし、無理もない。


「……そういえばシンファ、俺たちをどこまで連れてく気なんだ?」


「父上のもとに案内する。この先の部屋だ」


 石造りの廊下の突き当たりに扉があり、重装備の騎士が扉の両脇を固めている。


「火急の用件だ! 父上に客人を会わせたい。通るぞ!」


 シンファが叫ぶと、騎士は扉を開き、俺たちを部屋の中へと招き入れた。


 扉を抜けた先は、玉座の設えられた広い部屋だった。

 何か重要な話でもしていたのか、部屋には大勢の兵士が集まっており、玉座に腰かけている老齢の男が小さく見えるほどの圧迫感があった。


「お……おお! 戻ったか、シンファ!」


 老齢の男はシンファを見るなり、目の色を変えて立ち上がった。

 金色の王冠と煌びやかな服で飾り立ててはいるものの、男自身は枯れ木のような痩身で、どこか弱々しい印象すら受ける。


「父上っ! シンファ・アデムレット、ただいま戻って参りましたぁぁっ!!」


 そんな男めがけて、シンファは子供のように全力ダッシュで飛び込んだ。

 甲冑を着たままの愛娘の突撃に、男は2メートルほど吹っ飛ばされて、背中から玉座に叩きつけられる。


「グホッ! ……ぶ、無事でよかったぞ、シンファ。お前が吹雪の調査に飛び出してしまったと聞いて、ただちに捜索隊を出そうとしていたところで……」


 とすると、この部屋にいる兵士は、捜索のために集められたのか。

 よほどの子煩悩というか、親バカというか……。


「父上、外を見てください! 魔法の壁が街を守ってくれています。それに、太陽のような暖かい光まで……どちらも、そこのヴァインという旅のお方がやってくださったのですよ」


 皆が一斉にどよめき、部屋中の視線が俺へと集中する。


「吹雪が止んだという報告は受けていたが、たったひとりの魔法で……?」


「それが事実なら、なんという魔力だ……彼はいったい……?」


 ゴホン、という国王の大きな咳払いが、どよめきの声をかき消した。


「失礼。わしはノースモア王国の国王、ガスパー・アデムレットだ。ヴァイン君と言ったな。君が魔法で街を守ってくれているというのは、本当なのか?」


「そうです」


 俺は短く答えてから、シンファを一瞥する。


「で、そこのシンファ……失礼。王女様に、しばらくこの街にとどまってほしいと依頼されました。必要なら、しばらく滞在するつもりです」


 周囲から、喜びと戸惑いの声が聞こえた。

 当面だけでも危機を回避できることへの喜びと、得体が知れない俺に対する戸惑いが半々といったところか。


 ガスパーは俺を見据えると、神妙な面持ちで言った。


「わしからも頼むよ、ヴァイン君。しばらくこの街にいてもらいたい。無論、しかるべき礼はさせてもらうつもりだ」


「それは構いませんが、俺がいても一時しのぎにしかならないのでは?」


「いや……実は、ある筋からの情報によれば、この吹雪を引き起こした者がいるらしいのだ。その者を討てば、全て解決する」


 ガスパーの答えは意外なものだった。

 シンファが驚きに目を丸くして、ガスパーに詰め寄る。


「本当ですか、父上!?」


「うむ、つい先ほど入ってきた情報でな。この吹雪を引き起こし、我ら人間を苦しめる諸悪の根源……それは……」


 ガスパーは懐から羊皮紙のスクロールを取り出し、広げて見せる。

 そこには、俺にとってとても見慣れた、ある人物の似顔絵が描かれていた。



「魔族の帝王、魔帝ゼルス! こいつが全ての元凶なのだ!!」



「だぁぁれが全ての元凶じゃっ!!」


 後ろの方で、未だ意識の戻らないタマラを支えていたゼルスが、聞き捨てならずに猛抗議の声をあげた。

 スクロールに描かれていた顔は、確かにゼルスそのものだった。

 似顔絵とゼルスの顔を見比べた兵たちが、一斉におののいて飛びすさる。


「き、貴様はこの絵と同じ顔……魔帝ゼルス!? なぜここに!?」


「やかましい! 貴様ら人間どもが余と敵対するのは構わぬが、やってもいないことまで余のせいにされてたまるか! 誰じゃ、そんなデマを流した愚物は!!」


「……参ったな」


 烈火のように激怒するゼルスを横目に、俺は溜息をついた。

 騒ぎにならないように正体を隠してきたのに、妙な展開になってしまった。


 ゼルスは魔族の長だが、基本的に専守防衛の態度を貫いている。大雪なんかを降らせるとは思えない。

 しかしこの城の連中がそう思うわけもなく、兵たちは一斉に武器を構えた。


「魔族め! 自ら城に乗り込んでくるとはいい度胸だ! これだけの精鋭を相手に、勝てると思っているのか!」


「抵抗は無駄だ! 大人しくすれば魔帝の命だけで許してやる!」


 俺たちをぐるりと取り囲んで、兵士は自分たちを鼓舞するように吼えた。

 既に臨戦態勢のゼルスはもとより、ラクシャルも剣を抜いて応戦の構えを見せる。

 タマラは……まだぐったりしている。


「待て、待て。お前らは何か誤解してるぞ。まずは話し合いをだな」


 説得を試みるべく、俺は一歩進み出る。

 その瞬間、周囲の兵たちが一斉に俺めがけ、刃を突き出してきた―ー。



「【ゲイル】!!」



 俺の放った風魔法が、周囲の兵たちをまとめて吹き飛ばす。

 本来は、風魔法の中でも微弱なレベル1の魔法に過ぎないのだが、俺の膨大な魔力によって放たれた突風は、ほとんどの相手を壁に叩きつけ、昏倒させてしまった。


「はあ……だから『まずは話し合いを』って言ったんだ。逆じゃ無理なんだよ。戦った後じゃ、お前たちは誰も話ができなくなるだろうが」


「……我は無事だぞ、ヴァイン」


 身構えて突風に耐えていたシンファが、俺を睨んで腰の剣を抜いた。

 その後ろでは、玉座にしがみついていたおかげで無事だったのか、ガスパーが目を白黒させている。


「なっ、なななっ……わ、我が軍の精鋭たちが一撃で!? ば、化け物か!?」


「ご安心ください、父上! 父上のことはシンファが守ります。あのような卑劣な男になど、指一本触れさせはしません!」


「……卑劣な男?」


 シンファの言葉に反応したのは、ラクシャルだった。

 俺の横をするりと抜けて、シンファに近づく。


「シンファさん。あなたは今、ヴァイン様のことを卑劣と言いましたか?」


「そうだ! 魔族の正体を隠して城内へ潜入し、国王の首を取らんとする卑怯者め! そのような卑劣で非道で邪悪な輩に、我は決して負けることはない!」


 卑劣で非道で邪悪か……まあ、今更そのくらい言われても気にはならない。


 問題はラクシャルの方だ。

 シンファとは対照的に静かだが、その瞳にどす黒い殺気が満ちつつある。


「取り消してください、シンファさん」


「ふん、我と戦うつもりか? 我は王国の中でも並ぶ者なしと称された騎士――」



「【剛魔剣・殺壊撃】」



 ラクシャルの双剣がはしり、矢のような鋭い突きが放たれた。

 その一撃はシンファの剣を穿ち、刀身を根元から打ち砕く。


 次の瞬間――ラクシャルの刃は、シンファの喉元に突きつけられていた。


「…………」


 身動きひとつできないまま、シンファがごくりと喉を鳴らす。


「取り消していただけますね?」


 表面的には優しい微笑みを浮かべて、ラクシャルは確認を重ねた。

 シンファは引きつった顔で虚勢を作る。


「ふ……ふっ。我は王女だ。命惜しさに言葉を取り消すことなど――ひぎゅ!?」


 ラクシャルはシンファの口内に剣を突き入れ、刃が舌に触れる直前で止めた。

 さらにシンファの顎を掴み、逃げられないようにする。


「言えないのでしたら、その舌はいりませんね。切り落とします」


「んーーーー!? んんーーーーっ!?」


「待て待て! ストップだ、ラクシャル!」


 シンファが泣き出したので、慌てて俺が止めに入った。


「はい♪ 待ちます、ヴァイン様」


 ラクシャルは素直に従い、シンファから離れる。

 あまりのことにシンファは腰が抜けてしまったようで、その場に崩れ落ちた。


「はっ……ひ、ひっ……」


「大丈夫……じゃないよな、多分」


 大人しくなってくれたのはいいが、良い状態とは言えないだろう。

 これで制圧は完了したものの、誤解が解けるとは限らないし……念には念を入れて、今のうちにテイムしておいた方がいいかもしれない。


「よし。まずは脱がそう」


「よくないっ!!」


 玉座でガタガタ震えながら、ガスパーが叫んだ。

 恐怖に打ち震えつつも、俺に向かって頭を下げて懇願してくる。


「娘は……シンファだけは勘弁してくれ! わしはどうなってもいい!」


「女の子の代わりに、ジイさんを好きにしろと言われてもな……」


 心がけは立派なんだが、対価が釣り合っていない。

 不満を告げると、ガスパーは更に必死の形相で食い下がってきた。


「だったら、何でもやる! 金でも宝石でも、どんなものでも渡すから、シンファだけは許してくれ! 頼む!!」


「……何でも、か」


 魅惑的な響きのする言葉に、俺はしばし考える。

 俺たちがこの国に安心して滞在でき、全てが丸く収まる方法――。


「そうだ。王の座をくれ」


「…………は?」


 ぽかんと大口を開けるガスパーに向けて、俺は繰り返した。


「国王の座を譲ってくれ。今日から、俺がノースモア王国の王になる」



 こうして、その日、ノースモア王国に新たな王が誕生した。

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