第二十一話 これからも、どこへでも
「……インさんー。ヴァインさんー、起きてくださいー」
誰かの呼ぶ声で、俺は深い眠りから目を覚ました。
瞼をこじ開けるより先に、挨拶代わりの脅しを口にする。
「んん……うるせえな、悪霊。とっとと成仏しないと、また魔法で潰すぞ……」
「ふぇっ!? じょ、成仏ってなんですかー? 神は死にませんよー!?」
……思っていたのと違う声がした。
瞼を擦って目を開けると、エナがすぐ目の前に横たわっていた。
というか、俺と一緒のシーツにくるまっている。おまけに全裸だった。
「何やってんだ、お前は」
「おはようございますー。ヴァインさんにちょっとしたお知らせがあったのと、ついでに今度こそヴァインさんを頂いちゃおうと思いましてー。お一人でいらしたのは都合がよかったですー」
そうだった。昨晩俺が寮に戻った時には、とっくにノワは成仏していたのだ。
消えた地縛霊のことを頭から追い出し、エナの言葉を頭の中で反復する。
その間に、エナは俺の上にまたがってきた。ぬるりとした熱が下腹部に当たる。
「お知らせって何だ?」
「そのお話は後にしましょうよー。わたし、ヴァインさんが起きるまでひとりで弄っていましたからー、もうできあがっちゃっててー……♪」
「いや、今のうちに話してくれ」
甘い声で誘惑するエナには悪いし、俺も興奮しなくはないのだが、既に部屋には朝の陽射しが漏れこんでいる。この後の展開を考えれば、絶対に今聞いておくべきだ。
エナは残念そうに唇を尖らせてから、それでも律儀に話し始めた。
「ヴァインさんは、昨日またドレインで強くなりましたよねー? 以前にも少しお話ししましたけどー、レベルアップをフラグとして解放されるものがあるんですー。今回はもっと外側のフィールドまで出られるようになったんですよー」
「外側? むしろ、今まで行動に制限なんてあったのか?」
「はいー。今までは大陸の南側半分しか行けませんでしたけど、北側半分にも行けるようになったんですよー。きっと新しい発見があると思いますー」
今まで特に意識していなかったが、わざわざエナがそんな嘘をつく意味もないし、本当のことなんだろう。
こちらが考えている間に、エナは待ちきれなくなった様子で、俺の昂りを柔らかな手で上下にさすってきた。
むずがゆい快感が広がる。
「あはー……ヴァインさんの、カチカチですねー……♪ いいですよー、そのままじっとしててくださ……」
エナが腰を落とそうとした時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「ヴァイン様、おはようございます! 本日も良い天……」
ラクシャルがドアを開けたまま、ピタリと凍りついた。
その後ろで、エナの姿を認めたゼルスは表情に憎悪をみなぎらせ、タマラは状況を理解できないらしく赤面していた。
エナもまた、俺の上で完全に硬直していたが……。
そんなエナを迎えるように、頭上から光の柱が降りてくる。
「……ヴァインさん、また今度ですー……しくしく……」
「逃げる気ですか!?」
「待たんか、貴様ァァァッ!!」
吼えるラクシャルとゼルスから逃げるように(というか実際逃げたのだろう)、エナは光に包まれて姿を消した。
タマラから聞いて知ったことだが、この日は前世の世界でいうところの日曜にあたり、学校は休みらしい。
そういうわけで、俺はのんびり着替えて寮で朝食を取ってから、改めて街の広場で、3人と合流した。
「……ヴァインくん。昨日は、ごめんなさい」
再び顔を合わせるなり、タマラはそう言って頭を下げてきた。
罵倒されてもおかしくないと思っていたので、俺は少々面食らってしまう。
「ごめんって、何がだ?」
「あたし、キミが魔族と繋がっていたっていう事実だけを見て、キミを倒さなきゃいけないと思い込んでた……キミの事情をよく知りもしないで」
「俺の事情?」
「ラクシャルちゃんに聞いたんだ。キミは今までの人生を、狭い牢屋に閉じ込められて過ごしていたんだって」
タマラの目には、俺に対する深い同情の色があった。
……長年監禁されていたのは事実なので、俺は否定しない。
「今まで、そんなつらい生き方をしてきたんだもん。誰も助けてくれないなら、魔族にすがるのも無理はない。ううん、希望を失わずに生きているだけでもすごいことだよ。キミは何も悪くない」
「……ああ、いや。うん」
何と言っていいものかわからず、俺は目をそらした。
「それに、ラクシャルちゃんから色々聞いたよ。キミがどんなに優しくて、愛情に溢れた人なのかってことを。すごくつらい人生を送ってきたのに、他人にそれだけの思いやりを持っていられるキミは、とても素晴らしい人だと思う」
「とてもすばらしいひと」
俺は思わず棒読みで復唱しつつ、ラクシャルの方を見た。
ラクシャルは昨日以上に自信満々の笑顔で頷き返してくる。
「私はヴァイン様を心から敬愛していますから。ヴァイン様の美点でしたら、即興でも100個くらいは挙げられます!」
それ、あることないことテキトーに言ってんじゃないだろうな……?
俺はラクシャルを問い質すべきか迷ったが、その前にガシッと右手を掴まれた。
タマラが両手で包みこむようにして、俺の手を握ってきたのだ。
「だからあたし、決めたの。これからはヴァインくんだけの先生になる。先生として、ずっとキミのそばにいて、キミの心を埋めてあげる。それが、あたしのやるべきことだと思うから」
「俺だけのって……仕事はどうするんだよ」
「それは休職なり、退職なりになるけど……後悔はしないよ。あんまりよくわかってないけど、あたしはキミのものになったって聞いたし。だったらそうするのがいいんだと思う」
「よくわかってないんじゃねえか」
俺のツッコミはどこへやら、ラクシャルが上機嫌でタマラに後ろから抱きつく。
「それでいいんです、タマラさん! ヴァイン様の素晴らしさを理解できる方に出会えて、私も嬉しいです♪」
「ラクシャルちゃんとゼルスちゃんのおかげだよ。ヴァインくんのことだけじゃなく、話してみたら、魔族にも良い子はいるんだってわかったし……しかも、それが魔帝軍のツートップだなんて。自分の視野がどんなに狭かったか、気づかされた」
タマラはあっさりと今までの考えを改めてしまったようだ。
良く言えば純粋なんだが……そういえば、こいつはこいつでラクシャルとは異なるタイプのアホだったということを、俺は今更になって思い出していた。
互いを認め合うラクシャルとタマラを横目に、ゼルスが溜息を漏らす。
「やれやれ……こうなっては、相乗効果でいつラクシャルが暴走するかもしれんしの。やはり、余も貴様に同行せざるを得んようじゃな」
「……え? ちょっと待て、お前も来るのか? 魔帝の務めはどうするんだよ」
「余に化けたスラーナに、引き続き代理を任せることにした。何かあれば連絡するように言ってあるゆえ、心配は無用じゃ」
「すげえ横暴だな……」
「貴様にどうこう言われる筋合いはないわ。それで、今後の方針は決まったのか?」
じろりと俺を睨みつけるゼルス。
ラクシャルとタマラも、じっと俺を見つめて、言葉を待っている。
「……今後、か」
結局、これといった具体的な目的は考えていないのだが――そもそも、そんなものはいらないのだと気がついた。
楽しく、気持ちよく、心が躍るものを、欲望のままに追い求めていく。そのために俺は生まれ変わったのだから。
立ち止まることなく、気の向くままに歩き続ければいい。
「そうだな。この大陸の北側に、新天地があるらしいんだが――」
これから先も、どこへ行こうと、新しい楽しみを見つけることができるだろう。
唯一無二の力と、愛しい女たちが在る限り。
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