第十九話 開戦


 俺たちは男子寮を出ると、街の正門に向かった。

 既に陽はとっぷりと暮れており、街を夜の喧騒が満たし始めている。


 ふと、真剣な顔でゼルスが切り出した。


「ヴァインよ。貴様、そのタマラという女を助けたいのか?」


「ん? そりゃそうだ」


「少し聞いておきたい。貴様がその女を助ける理由は何じゃ? その女は貴様の素性に気づき、貴様に剣を向けたはずじゃ。なのに、なぜ助けようと思うのか……貴様の考えを知りたいものじゃな」


「好みの女だからだ」


 俺は即答した。


「あの童顔と小柄な体にデカい胸というギャップの威力。それでいて教師という立場から、やたら背伸びをするところも微笑ましい。正義を気取って融通が利かないところは難だが、逆にじっくり汚(けが)してやりたい欲望を刺激される。あいつは……いい女だ」


「…………」


 無言の圧力を感じる。見ると、ゼルスが心底呆れた目で俺を見つめていた。

 俺は目をそらし、付け加える。


「あと、タマラは優しくていい先生だからな……助けてやりたいんだ……」


「あからさまに付け足したじゃろう」


「何のことかな」


 目をそらしたまま答えると、ラクシャルのむせび泣く声が耳に届いた。


「ヴァイン様、なんて慈悲深い……! その願いを少しでも支えるため、微力ながら私もお手伝いいたします、ヴァイン様!」


「ラクシャルよ……なぜ奴からこれほど本音がだだ漏れなのに、奴の言うことすべて良い方にしか捉えられんのじゃ……?」


 ゼルスの嘆きを聞きながら歩くうち、正門の外に出た。


 そのまま研究所跡地の方角へと足を進め……すぐに、立ち止まる。

 剣を携えた人影が、こちらに歩いてくるのが見えたからだ。


「……向こうから来てくれるとは、好都合だな」


 月光の下、表情のないタマラはゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。虚ろな瞳は俺の姿を捉えており、先刻と変わらず、敵とみなしているようだ。

 まだ街からは近い位置だが、既に街道を外れており、陽も落ちているためか、俺たちとタマラの他に人の気配はない。

 ここなら思う存分やり合えるだろう。


「取り押さえても呪いは解けない。戦いが長引けばタマラの命にかかわる……速攻で羞恥心を刺激してやろう。あれをやるぞ、ラクシャル。用意しとけ」


「あっ……はい! あれですね!」


 嬉しそうに頷くラクシャルと目線を交わして、俺は駆け出した。


「……!」


 タマラが剣を繰り出してくるが、素早くかいくぐり、接近して手刀を振り抜く。


「【クロスアウト・セイバー】!」


 昨夜、ゼルスに試した時と近い手応えを感じた。


「【リペアー】!」


 すかさずラクシャルが修復の魔法を発動させる。


 一瞬ののち、ラクシャルの手に握られていたのは――

 レースがあしらわれた、純白のブラとショーツだった。


「よし!」


 思わずガッツポーズを取る俺に、ゼルスが嘆息する。


「ヴァイン、貴様喜びすぎではないか……?」


「まあ見てろ」


 俺はタマラから距離を取り、反応を観察する。

 タマラは動かなかった。服装も下着を剥いただけなので、身に纏うシャツにもスカートにも乱れはない。が――その瞳に、ふと生気の光が戻った。


「……ふ、ぇっ? あ、たし……ひゃ、っ!? な、なんか、スースーして……!?」


 異変に気づいた様子で、顔を赤くしてスカートを押さえるタマラ。

 正気に戻ったのなら、呼びかけるチャンスは今だ。


「タマラ、剣を捨てろ! その剣は危ない!」


「ヴァイン、くん? あたし……うっ。くぁっ……!」


 俺の呼びかけに、タマラは一瞬だけ正常な反応を示したが、すぐに頭を押さえて苦しみ始めた。

 数秒経って、タマラが再び顔を上げた時、その瞳からは再び生気が失われていた。


「……くそ。この程度じゃダメか」


「効果はあるようじゃ。そやつは今、苦しんでおったじゃろう」


 ゼルスは呪いそのものに関する知識もあるのか、タマラの様子を見て冷静に言う。


「その女が恥を意識し、急激に理性が働いた結果、呪いによる洗脳が一時的に揺らいだのじゃ。半信半疑じゃったが、さらに羞恥心を刺激してやれば、おそらくは……」


「もっと剥きますか、ヴァイン様?」


 ラクシャルが真面目な声で提案してくるが、俺は首を横に振った。


「いや、一旦退くぞ。街に戻る」


「退くのですか? しかし、このままではタマラさんが……」


「タマラを街に誘導するんだ。ラクシャル、奪った下着をできるだけ見せびらかすようにしながら、俺についてこい!」


「はい、ヴァイン様!」


 命じるとほぼ同時、俺はシーフェンの街に向かって走り出す。

 ラクシャルは言いつけを完璧に守って、左右の手に握った白いブラとショーツを高々と掲げながら俺に並走する。


「それあたしの下着!! ……あ、うく、っ」


 タマラはまた一瞬理性を取り戻した様子で叫び、苦しみながら追いかけてくる。

 悪くない流れだ。そう思いながら、タマラを引き離しすぎない程度に足を速めた。


「ヴァイン様、なぜわざわざ街に戻られるのですか?」


 ラクシャルが、俺のすぐ斜め後ろを走りながら訊ねてくる。


「あの場で全裸に剥いて、それでタマラが元に戻らなかったら手詰まりになる。それに羞恥心ってのは、段階的に刺激する方が効果的なんだ」


「段階的に?」


「いきなり裸にしちまったら、恥ずかしさ以上に、驚きやパニック、怒りの感情なんかが先に立つ危険性がある。ゼルスの時だって、そうだったろ」


 一瞥すると、ラクシャルの隣を走るゼルスが怪訝な顔になった。


「当たり前じゃ! だいいち、あの時は恥じらう理由がなかったではないか。ラクシャルの他に部下の目があったわけでもなく……」


 そこまで言いかけて、ゼルスは俺の意図に気づいたようにはっとした。じっとりとした軽蔑の眼差しを、俺に投げかけてくる。


「……街に向かうのはそういう理由か。貴様は本当に、ふしだらなことに関しては悪知恵の働く奴じゃな」


「まあな。伊達に長年エロゲーばかりやってきたわけじゃねえんだ」


「意味がわからんが、あまり自慢にならぬ気がするぞ。……むっ。ヴァイン、前を」


 呆れ顔でこちらを見ていたゼルスが、ふと前方に注意をやった。

 俺たちは既に街の正門へと迫りつつあり、その異常な速さでの接近に、衛兵たちが何事かと警戒を強めている。


「ラクシャル、ゼルス、下向いてろ。【フラッシュ】!」


 俺は前方の衛兵たちに向けて、雷魔法を発動させた。

 瞬間、強烈な閃光が衛兵たちを襲い、一時的に彼らの視力を奪う。

 その隙に、俺たちは門の内側へと滑り込んだ。


 しかし、おそらくタマラは衛兵たちに止められるだろう。そう判断して、俺たちは城壁の陰に身を隠し、様子を窺う。


 衛兵たちは閃光のショックから比較的すぐに立ち直り、何事が起こったのかと周囲を見回す。

 ちょうどそのタイミングで、タマラが門の前に到着した。


「くっ、何だ今のは……あ、タマラさん! お疲れさまです」


 衛兵の挨拶で、タマラは急速に理性を取り戻したのが、表情から見て取れた。


「……え、っ? あ、ど、どうも! 警備の仕事、お疲れさま……」


「今、何かが猛スピードで街の中に入っていったのですが……タマラさん、もしかして魔物を追いかけていたのですか? それとも、王立学校の訓練のようなことを?」


「あ……ああ、うん。なんていうか……あたしも、記憶が曖昧でよくわからないんだけど……なんでこんな格好……?」


 脚をぎゅっと閉じた不自然な体勢で、ぎこちなく答えるタマラ。

 その様子に、ラクシャルが小声で疑問を呈した。


「あれ? タマラさん、なぜか正気に戻っているようですが」


「タマラは今、下着を着けてないし穿いてないからな。そんな状態でいきなり知り合いの前に立たされたら、そりゃ恥ずかしいだろう」


 羞恥心を刺激するうえでは、人目の有無が重要だ。


 自分の部屋で裸になるのと、街の広場で裸になるのとでは、当然恥ずかしさの度合いが変わってくる。

 街に誘導したのは、タマラに人目を意識させるためだ。


 俺は身を隠したまま、更なるちょっかいを加えた。


「【ゲイル】」


 レベル1の風魔法。

 突風がタマラの足元から吹き上げ、スカートを捲り上げる――。


「きゃあああっ!?」


 タマラは泣きそうな声をあげ、スカートを手で押さえつけた。

 肝心な部分は見えなかったものの、腰のラインや鼠蹊部そけいぶは一瞬見えたので、周囲の衛兵も、今のタマラが穿いていないことに気づいたかもしれない。


「【ゲイル】。【ゲイル】。【ゲイル】!」


 俺は更に何度も突風を吹かせ、タマラのスカートに集中攻撃を浴びせる。


「ひゃあああんっ!? やだ、やだやだぁぁっ!?」


 タマラは半泣きで必死にスカートを押さえていたが、どうしても完全には隠しきれず、白い脚の付け根をちらちらと覗かせてしまう。

 衛兵たちも、さすがに異変に気づいた様子で顔を見合わせた。


「あ、あの、タマラさん……? 今の風はいったい……」


「ち、違っ……! あ、あたし、気づいたらこんなことになってただけで……」


 タマラが混乱しかけているのを見て、俺は城壁の陰から身を乗り出した。

 ちょいちょいと手招きしてやると、こちらに気づいたタマラが、たちまち怒りの表情を浮かべた。


「……!! ヴァインくん、今の風、キミが……! いい加減にしなさいっ!!」


 追いかけてくるタマラに背を向け、再び逃げ出す。


 街の詳細な地理は前世で把握している。正門前の広場を抜けて、少し外れた裏通りまで誘導すれば、いい具合に人気ひとけのない舞台を用意できるはずだ。


「ああ、久々にゲームらしい楽しみ方ができてる気がするぜ……たまには多少のスリルがあった方が、刺激的でいいな」


「スリルを味わわされているのは、あの女だけのような気がするんじゃが……」


 ゼルスのツッコミを聞き流しながら、俺たちはしばらく走り続けた。

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