第十八話 仕組まれた罠
「タマラ、俺はお前より圧倒的に強い。前の勝負で、そのくらいはわかっただろ」
俺が警告すると、タマラも当然自覚はしていたようで、悔しそうに目を伏せる。
「……そうだね。悔しいけど、あの時もキミはまだ全力じゃなかった」
「わかってるならやめとけ。俺はリョナラーじゃない」
「ヴァイちゃん、リョナラーって何スか」
ミユが横から口を挟んできた。
「女を痛めつけて喜ぶ趣味はないってことだ。気持ちよくさせるのは大好きだが」
そういうわけなので、タマラもできるだけ傷つけずに無力化したい。
有効な手段はいくつか考えられるが……触りに行くのが手っ取り早いだろう。せっかくテイムのチャンスでもあることだし、むしろ触りたい。
すり足で距離を詰めていくと、タマラがマントの拳を大きく振り上げた。
(来るか?)
俺は攻撃をかいくぐって懐に飛び込む算段をした――が、タマラの行動は俺の予想とは異なっていた。
枝分かれしたマントで壁と床を一斉に叩き、その反動で真横に跳んだのだ。
「なに……っ?」
跳躍を目で追って、俺はタマラの狙いに気がついた。
跳んだタマラは、剣が突き立つ台座の真横に降り立っていた。
「今のあたしじゃキミには勝てない。だけど、この剣は強力な魔道具だって言ってたよね? なら、この剣があればあたしだって……!」
吼えて、タマラは剣の柄を握り締めた。
その瞬間、剣全体が妖しい光を帯びた。
「えっ……?」
剣を見下ろしたタマラの体が、びくん、と突如大きく跳ねる。
柄を握ったまま、タマラは膝からその場に崩れ落ちた。
「タマラ!?」
電流でも流れていたのかと焦り、俺はタマラに駆け寄ろうとした。
しかし、タマラは自力でゆっくりと立ち上がった。
何も言わずに台座から剣を引き抜き、中段に構える。
「タマラ……? おい、大丈夫か?」
「…………」
虚ろな瞳で、タマラはこちらを見つめ――光を纏った剣を、振り下ろした。
刹那、閃光が
光は刃と化し、俺たちに襲いかかる。
「危ねえ!」
「ひょわああっス!?」
俺はとっさに避けた。ラクシャルとミユもかろうじて避けられたようだ。
振り返れば、部屋の天井から床まで、一撃で深い亀裂が刻まれている。さすがに今のをまともに食らったら危なそうだ。
しかしいくらなんでも、あのタマラが最初からそんな殺す気まんまんの攻撃を繰り出してくるのは妙だ。無関係なミユまでいるというのに。
もう一度タマラを見つめた。その表情は能面のように、ぴくりとも動かない。
「……その剣がクサいな。探りを入れてみるか」
俺はタマラに手をかざし、念じる。
「【ライトニング・ボルト】!!」
一撃で失神させるつもりで、強力な雷魔法を使った。雷がタマラに殺到する。
しかし、タマラが剣を胸の前で構えると、俺の放った雷はタマラの持つ剣に吸い込まれてしまった。
「何だと? ……まさかあの剣、魔法を吸収できるのか?」
ノワの自信たっぷりな様子から、ただの剣ではないだろうと思っていたが……しかし、魔法が効かないとなれば厄介だ。
容赦なく、タマラは横薙ぎに剣を振るってくる。
襲い来る光の刃を避けながら、俺はタマラの懐に潜り込んだ。
魔法が効かないのなら、直接攻撃で対処すればいい。
「はあっ!」
タマラの右手を、下から思い切り蹴り上げた。
浮き上がったタマラの手から、剣が離れる――と思ったが、なぜか剣はタマラの手のひらに貼りついたまま、まったく離れない。
同時に、視界の端に、予想だにしないシステムメッセージが表示された。
【システム】タマラの武器は呪われています。装備を解除できません。
「なにぃ!?」
今度こそ、俺は驚愕の声をあげずにいられなかった。
呪いがかかっているなんて、ノワからは一言も聞いていない。
しかし同時に確信を得られた。呪われているということは尚更、タマラの様子がおかしくなっているのは、あの武器のせいで間違いないだろう。
「チッ……呪われてるんじゃどうしようもねえ。これ以上マグロを相手にしてても仕方ないしな。ラクシャル! ミユ! 一旦街に戻るぞ!」
「ヴァイン様? ですが、戻るといってもどのような……あっ!」
ラクシャルが俺の肩越しにタマラの方を見て、悲鳴をあげた。
つられて目を向けると、タマラが剣を大きく掲げ、力を集中させていた。すさまじい熱量を持つ光が、剣に集束しつつある。
今すぐ退かないと、他の二人が巻き添えを食う。そう直感した。
「【エアロ・ウィング】!!」
俺は飛行魔法を唱え、全速力で隠し部屋を飛び出した。無論、途中でラクシャルとミユを左右に抱き上げ、回収することも忘れなかった。
「ひぇえええっ!? ちょ、な、なんスかこの魔法!? 空を飛んでる~!?」
初めて飛行魔法を体験したらしいミユが、奇声をあげている。
しかし、その驚きも長くは続かなかった。
隠し部屋の天井をぶち抜いて、巨大な光の柱――タマラが持つ剣から発せられたエネルギーが、天を衝かんばかりに噴き出したからだ。
「……悪用を恐れて封印、か。それも頷ける威力だな」
俺は外から隠し部屋を見下ろして呟いたが、やがて光の柱が消えると、天井が消滅した部屋の中からこちらを見つめるタマラと目が合った。
「待ってろ、タマラ! その剣作ったアホに、呪いの解き方聞いてくるからよ!」
聞こえているのかどうか知らないが、一応そう言ってから、俺はシーフェンの街に向かって飛んだ。
既に空は夕暮れの色に染まっているが、まだ陽が沈みきっていないおかげで、飛ぶことに支障がないのは幸いだった。
ミユが震えた声で訊ねてくる。
「タ、タマラ先生、いったいどうしちゃったんスか!?」
「わからんが、あの剣が関係ありそうだ。製作者に聞くしかないだろう」
それについては、寮でノワを問い質すことにする。
「だがその問題とは別に、俺にもひとつ、よくわからないことがある」
「何スか?」
「剣を手にする前、タマラの奴、なんで急に怒りだしたんだ? あの時は和解できそうな雰囲気だったと思うんだけどな」
「ヴァイちゃんが女心を無視してクソみたいな回答したせいっスよ」
ミユの声色は氷のように冷たかった。
「何か間違ったこと言ったか? タマラに恥をかかせないために、空気を読んでハッキリ言ったんだぞ」
言い返す俺に、ラクシャルが頷いて同意を示す。
「好き合えば、どのみち体を重ねることにもなるでしょうに。順番が多少前後するくらいで、変にこだわりを持つのはいかがなものかと思います」
「だよなぁ」
「ですよね」
俺とラクシャルが同意し合う一方、ミユは深い深い溜息をついた。
「この人たち、アタシの手に負えねえっス……」
街の手前で降りると、ミユは離脱を申し出てきた。
「仮にも先生に刃向かうと、あとあと内申に響くかもしれないんで……アタシはあくまで、宝探し以外のことにはノータッチってことでお願いするっス」
こちらとしても、ミユを守りながら戦うのは難しそうだったので、ここは素直に別れることにした。
しかし、街に入った俺たちは、男子寮の前で再び思いがけない相手と遭遇した。
「……ゼルス。なんでお前、今日も来てんだ?」
寮の前でこちらに駆け寄ってきたゼルスを発見するなり、俺は率直に訊ねていた。我ながら、ものすごく嫌そうな言い方だったと思う。
また言い争いになるかと思ったのだが、ゼルスは真剣かつ冷静に答えた。
「せっかくじゃと思って、久々にこの辺りの魔族たちと会っておったのじゃ。そうしたらつい先刻、異様に大きな力を感じた。あれは貴様が関係しておるのじゃろ?」
「……事件があったからって、すぐ俺の関係だと決めつけるなよ。合ってるけど」
俺はゼルスに、かいつまんで事情を説明した。
そうしなければ納得しない様子だったし、事によってはゼルスの力も借りることになるかもしれない。
ゼルスは状況を把握すると、あどけない顔を凛々しく引き締めた。
「呪われた魔道具か……無理に解呪する方法もなくはないが、相手への負担が大きい。まずはその製作者とやらに話を聞いてみるとするかの」
「聞いてみるって……お前、協力してくれるのか?」
ゼルスが自分から俺に力を貸すなんて、珍しいこともあったものだ。
しかしそれは思い違いだったようで、ゼルスは忌々しげに俺を睨みつける。
「図に乗るな、愚物が。貴様の悩みはラクシャルの悩みでもある。余が動くのはラクシャルのためじゃ」
「ゼルス様……ありがとうございます! ヴァイン様のためにそこまで……!」
「じゃーかーらー、ラクシャルのためじゃと言うておろうが! 余が今まで受けた仕打ちを思えば、ヴァインに力を貸す義理などこれっぽっちもないわ!」
「どっちでもいいから、さっさと行くぞ、お前ら」
感激するラクシャルと訂正するゼルスを急かす。
もたついてはいられない。
ゼルスの闇魔法でゼルスとラクシャルには姿を隠してもらい、俺の部屋に急ぐ。
(……しかし、魔道具に罠が張られていたってことは、ノワは俺をハメる気だったのかもしれん。だとすると、素直に教えてはもらえないかもな)
その時は、いかなる手段を用いても聞き出す必要があるだろう。
覚悟を胸に宿して、俺は自室のドアを開いた。
「……んぁ? ふぁぁ……あ~、遅かったじゃない、ヴァイン」
ノワは、ベッドの上でゴロゴロしながら、寝ぼけまなこを擦っていた。
完全に自分の家のようなくつろぎようだ。
「【ストーム】」
「ぴぎゃあっ!?」
俺は反射的に風魔法を唱え、ノワの体をベッドから吹っ飛ばしていた。
「いきなり何すんのよ!?」
「いや、なんかくつろぎ方がムカついたから、つい……」
肩すかしを食らったことへの八つ当たりもある。
「そやつか? 魔道具の製作者とやらは」
「ああー……言われてみれば、ちょっとミユさんに似ているかもしれませんね」
ゼルスとラクシャルが影の中から姿を現す。
ノワはきょとんとして2人の顔を交互に見やってから、視線を俺に留めた。
「ど、どうしたのよ? ……そうだ、例の剣のことよね? いや、実は伝え忘れてたんだけど、あの隠し部屋に入るにはニュアージュ家の人を連れていかないと……」
「それは運良く解決できたんだよ。問題はその先だ。あの剣を抜いた奴が正気を失って、しかも剣を手放せなくなった。あれは何の呪いなんだ?」
「呪い? ……あー。そういえば、何か仕掛けてたような……」
非常におぼろげなことをのたまって、ノワは少しの間考え込む。
そして、やがて何かを思い出したようにカッと目を見開いた。
「そうだった! 悪用を避けるために、剣にトラップを仕掛けておいたのよ! レベル50以下の人が手にすると、正気を失い、剣を手放せなくなる呪いが発動するの」
「そうだった、じゃねえだろ」
「べ、別にいいでしょ! ヴァインは明らかにそれ以上のレベルがあったし、関係ないだろうと思ったから教えたんであって……」
取り乱すノワの様子に、思わず溜息をこぼす。ちょうどレベル50のタマラは、不幸にもトラップの対象となってしまったわけだ。
まあ、今更こいつを責めても仕方ない。
「それで、その呪いってのはいつ解けるんだ?」
「解けないわよ?」
「は?」
「悪用防止の罠なんだから、簡単に解けるわけないじゃない。ちなみに、あの剣の強力な攻撃は、持ち主の生命力を消費して発動してるの。だから、装備を解除できない状態で使い続けると死に至るんだけど、死んだら呪いも解除されるわ」
「……死んだら、って……」
その情報も初耳だ。
俺くらいケタ外れのステータスがあれば、あるいは任意に装備を外せれば、生命力を消費する攻撃も大したデメリットにはならないだろう。
だが、今のタマラを放っておけば、このままでは……。
「いずれにしても、あの剣はようやく人の目に触れたのね。私の悲願は達せられた」
俺が考え込んでいる間に、ノワはふわりと体を宙に浮かせた。
地縛から解放された、清々しい笑みを浮かべている。
「ありがとう、ヴァイン。ほんの短い間だったけど、あなたに会えてよかったわ……」
ノワの体は少しずつ浮き上がっていく。そのまま天へ昇っていくかのように――。
「【プレス】!!」
「ぎゃああああ!?」
お馴染みの重力魔法で、ノワの体を床に叩きつけ、押し潰す。
大の字で突っ伏すノワの目の前に立ち、威圧するように見下ろした。
「何がありがとうだ、どアホ。こっちは全く問題解決してないんだよ。撒いた種の責任も取らずに、自分だけ気持ちよく逝こうとしてんじゃねえ」
「ひ、ひどっ……!? このタイミングで成仏キャンセルしてくる奴なんて聞いたことないわよ!? アンタ空気を読むってこと知らないの!?」
「大事なことを伝え忘れたお前の責任だ。もっとひどい目に遭いたくなかったら、穏便に呪いを解く方法を教えろ。知らないなら今すぐ考えるんだ、その明晰な頭脳で」
本気の怒りを込めて脅すと、ノワの顔からさっと血の気が引いた。幽霊に血が通っているはずもないので、そう見えただけかもしれないが。
「ま、まま、待って。ひとつだけあるわ、呪いを解く方法が」
「聞かせろ」
「剣の呪いは、正確には『剣を手放せなくなる』んじゃなくて『自分の意思でしか手放せなくなる』ものなの。だから、外的要因では剣は離れない」
「確かに、剣を無理やり弾き飛ばすことはできなかったな……それで?」
「剣を持っている人が、自分の意思で剣を手放せばいいのよ。でも、それにはまず、所有者を正気に戻す必要があるわ」
「その正気に戻す方法は?」
「強い羞恥心を与えることよ」
……俺は思わず眉間にシワを寄せていたと思う。
今なんて言ったんだ、こいつ。
「ほ、本当なんだってば! そんな目で見ないでよ! だから、ものすごく恥ずかしい目に遭わせてパニック状態にしてあげれば、一時的に正気を取り戻すの!」
「ものすごく恥ずかしい目に……ねえ」
ノワの言葉を吟味するように、俺は顎に指で触れて考え込む。
不安げな様子で、ノワがこちらを見上げてきた。
「……難しい? でも本当のことを言ってるから、許してほしいんだけど……」
「いや、大得意だ。タマラをどうやって辱めてやろうか考えているだけだ」
「あ……そう」
ノワの視線が生温かいものに変わる。
後ろでゼルスが「ゲスめ」と毒づいたのが聞こえた。
「待て。普段なら俺も、罪のない女を辱めに遭わせるなんて良心が痛む。だが、これはタマラの命に関わる問題だ。俺個人としてはつらい行いだが、人命には代えられない。俺としても苦渋の決断だということをわかってもらいたい」
「顔がにやついておるぞ。ゲスめ」
一応の形式として俺は言い訳を述べたが、ゼルスには一発で見破られてしまった。
ラクシャルは信じているらしく、俺に純真なまなざしを向けているが……。
とにかく、情報が揃った以上は早めに動いた方がいいだろう。
「対処法はわかった。後はこっちで何とかする。もう逝っていいぞ」
虫でも払うように手を振ってやると、ノワはなぜか悔しそうに歯噛みした。
「あなたさっきからメチャクチャ薄情じゃない!? 仮にも永遠のお別れなのよ!?」
「いや、お別れも何も、俺お前と3日くらいしか顔合わせてないし……これで悲しんでたらおかしいだろ。さっさと昇天しろ」
そう言いながらも、一応、最後に何か言葉をかけてやるかと思い立った。
「まあ……そもそも悲しむことなんてねえよ。天に召された後の方が、よっぽど愉快な人生が待ってることだってあるからな」
「……? 何それ。まるで経験してきたみたいに言うのね」
「解釈は好きにしてくれ。じゃあな」
俺は踵を返し、部屋を出た。ラクシャルとゼルスも、姿を隠してついてくる。
「さよなら……また会えたらいいわね。ヴァイン」
後ろ手に扉を閉める直前、そんな声が背中に届いた気がした。
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