第十七話 秘密の研究所


 ゼルスと会った次の日。

 俺は何食わぬ顔で登校し、至って真面目に授業を受けた。


 昨日、俺の上着を廊下に落としていったのがタマラだったとしたら、タマラは俺の部屋から出てくるゼルスを目撃したことになる。

 しかも昨日の昼間、タマラはゼルスと軽くやりあっている。もしもゼルスの顔を覚えていた場合、俺が魔族と繋がっていることに気づかれただろう。

 というか、逃げられたからには、気づかれたと考えるのが自然だ。

 だから今日中に何かを仕掛けてくるものと踏んで、警戒していたのだが……。


「……何事もなかったな」


 放課後を告げる鐘の音に、俺は完全な肩すかしを食らった。


 仕方ない。こちらから確認に行くしかなさそうだ。

 教室を出て行こうとするドミナを呼び止め、タマラの所在を訊ねた。


「タマラなら、今日は体調不良で休みだと聞いているが」


「体調不良?」


「ああ。健康が取り柄のタマラでも、風邪くらいはひくらしい。貴様も、風邪をひいたら今度こそ鞭で打ちに行ってやるから、すぐ私に教えるように。ではな」


 最後に私怨むき出しなことを言って、ドミナは教室を後にした。

 ドミナの恨み言はどうでもいいが、このタイミングでタマラが学校を休んだというのは、少し引っかかる。


「……ま、いいか。今は他にやることもあるしな」


 一人ごちて自分の席に戻ると、そわそわとラクシャルが待ちかまえていた。


「ヴァイン様。今日も一緒に帰りましょう!」


「いや、今日は寄り道するところがある」


 俺は自分の鞄から地図を取り出し、机の上に広げた。

 昨日、部屋の幽霊……ノワから託されたものだ。


「ヴァイン様、これは?」


「昨日、床板を剥がしたら出てきたんだ。ある種、宝の地図みたいなものというか……」


 まじまじと地図を見ながら答えると、隣の席から「宝ぁ!?」と素っ頓狂な声があがった。

 ……誰の声なのかは、見なくてもわかる。


「ヴァ、ヴァイちゃん詳しく! 詳しく説明してほしいッス! 宝っていったい何のことッスか!?」


 欲望に目を輝かせたミユが、こちらの席に手をついて、話に割り込んできた。

 面倒くさい奴に聞かれたらしい。


「……今は、私とヴァイン様がお話ししている最中なのですが。無関係な方は、黙っていてくださいますか?」


 ラクシャルが寒気のする笑顔を浮かべて、ミユを威圧する。

 ミユは「ひぇっ」と短く喘いだあと、地図を指さして取りつくろうように言う。


「ま、ままま待ってください、アタシも無関係じゃないッスよ。よく見たら、その地図の隅っこに描いてあるのは、アタシん家の……ニュアージュ家の家紋なんスから」


「……なに?」


 ミユの示す箇所、地図の端の方を見ると、確かに見慣れないマークのようなものが描かれている。

 これがニュアージュ家の家紋……ミユの家の?


「そういえば、あの幽霊……そうか。ミユの名前を初めて聞いた時にも、どこか聞き覚えがあると思った。ノワはニュアージュ伯爵家の人間だって言ってたけど、ミユもそうなのか?」


「ええ、まあ、一応って感じっスけどね。アタシの家は分家も分家で、わりとしょっぱい暮らししてるんス」


「……ミユ。この地図の場所、お前も一緒に来ないか?」


 この家紋のこともそうだが、たとえ遠縁でも、同じ家名の者がいればわかることもあるかもしれない。

 ノワが寮から離れられない以上、代わりにミユを連れて行けば役立つこともある気がする。


「おっ! 願ってもないお誘いっスね! んではでは、分け前は三等分ってことでよろしくおねが──」


 ノリノリな笑顔を浮かべて、俺に抱きつこうとしてくるミユ。

 ラクシャルがその間に割り込み、ミユの体を受け止めて、にっこりと微笑んだ。


「……何か言いましたか、ミユさん?」


「ぴゃああああ!? ご、ごめんなさいっス、アタシが悪かったっス! 手首ぶっちぎるのだけは勘弁願いたいっスー!!」


 とっさに下がってひれ伏し、ヘコヘコと土下座するミユ。

 教室に残っていた他の生徒たちから奇異の目が集まってくるのを感じて、俺は深い溜息をこぼした。




 地図に描かれた研究所は、シーフェンから少し離れた森の中にあるようだった。

 広い森の一点を示すバツ印を目指して、俺たちは森の中を歩く。


「しかし、いくら森の中にあるっていっても、街の近くに研究所があったら、誰か気づきそうなもんだけどな」


 俺の疑問に、地図を持って一歩先を歩いていたミユが振り返る。


「そういえば、昔そんな発明家がニュアージュ家にいたって、子どもの頃に聞いた気がするっスね。すごい魔道具をいくつも作ってたけど、急な病気で早死にしたそうで。死後、その発明品は伯爵家で回収してるはずっス」


「……なに? ってことは、ノワの言ってた剣も回収されてるのか?」


「そこまでは知らないっス。つーか、むしろアタシの方が驚きっスよ。ヴァイちゃん、本人の幽霊から発明品を託されたって、それマジなんスか?」


 ミユは眉間に皺を寄せて、真剣な顔で訊ねてくる。

 まあ、疑うのも無理はない。俺も逆の立場だったら霊感商法系の詐欺を疑うだろう。


「何を言うんですか、ミユさん! ヴァイン様は嘘なんてつきません!」


 と、ラクシャルが肩を怒らせて反論する。


「私も長い年月を生きてきましたが、ヴァイン様のように慈悲深く清廉潔白な人は見たこともありません。いいえ、人間どころか魔帝軍にも、ヴァイン様のような方はおりませんでした。なればこそ、私はヴァイン様にお仕えしようと……」


「へ? 魔帝軍?」


 突然のワードに、ミユが目をぱちくりとさせる。


「……おい、ラクシャル」


 俺は失言を咎めたが、遅すぎた。

 ミユは一気に興味津々になった様子で、ずずいっと身を乗り出してくる。


「自己紹介の時には聞き間違いかと思ったっスけど、ゼルス様がどうとか言ってたっスよね。ラクちゃんって、もしかして魔帝軍と繋がりがあるんスか?」


「あっ」


 ラクシャルは慌てて自分の口に手を当てた。遅い。

 その反応でミユは確信を得たらしく、驚きに目を見開いた。


「まさか魔帝の右腕と言われる、剣舞の魔将・ラクシャル!? 偶然名前が同じなだけだと思ってたんスけど、どうりでただ者じゃないわけっス……!」


「ど……どうしましょう、ヴァイン様……りますか?」


 双剣を構えながら、困ったような顔でミユの口封じを提案してくるラクシャル。


「ちょっ!? い、いやいやいや!」


 ナチュラルに『る』とか言われたミユは困ったどころではなく、小さく悲鳴をあげてのけぞった。


「残念ですがミユさん、ここでお別れです。あなたは知りすぎました」


「ラクちゃんが勝手に口滑らせたんじゃないっスか!! そうじゃなくて、言いふらす気なんてないっスよ! むしろ、この機会に魔帝軍とお近づきになりたいなーなんて!」


「は……?」


 思いがけないミユの言葉に、俺とラクシャルは顔を見合わせた。

 ミユは自分を指さして、良くも悪くも軽薄な笑みを浮かべる。


「知っての通り、アタシはただの三下っス。そんなアタシがのし上がろうと思ったら、運かコネに頼るしかないんスよ。魔帝軍とお付き合いのある人間なんて聞いたことないっスから、これは千載一遇のチャンスっス! ぜひ、ラクちゃんには今後ともアタシと仲良くしていただきたいっス!!」


「……は、はぁ……」


 グイグイと詰め寄るミユの勢いに、あのラクシャルが珍しく圧倒されている。


 見たところ、ミユに嘘を言っている様子はなさそうだし、仮に言いふらされたとしても、俺が失うものはそう多くはない。放っておいて大過ないだろう。

 そう思っていたところ、ふとミユが首をかしげた。


「あれ? ……じゃあ、そのラクちゃんを従えてるヴァイちゃんって、いったい何者っスか?」


「……俺はラクシャルの主人だ。それ以上の事情は、説明が面倒くさいから好きなように想像しろ」


「主人!?」


 なぜか、その単語に反応したラクシャルが目を輝かせた。

 頬を赤らめ、息遣いを荒くして俺に詰め寄ってくる。


「しゅ、主人ということはヴァイン様、私はとうとうヴァイン様の伴侶になれるのですね!? ああ……! 私、ヴァイン様と新婚生活というものを送ってみたいです! 式を挙げたり旅行に行ったり手料理を作ってヴァイン様の帰りを待ったり、毎日ヴァイン様と一緒に寝起きしてお休みの日にはデートなんかもできたら嬉しいですし、一段落したら子どもも……一人目は女の子がいいです! ヴァイン様には常に新しい刺激を楽しんでいただきたいので、たとえば親子ど──」


「そういう意味の『主人』じゃねえ。あとお前は好きなように想像しすぎだ。止まれ」


「……なんかよくわかんないけど、すげえっスね」


 愛情で熱暴走するラクシャルを見て、ミユは思考停止の感想を述べた。正しい反応だと思う。

 俺は気を取り直して、手元の地図に目を落とした。


「話が脱線したが、とにかく行ってみるしかなさそうだな。ノワは隠し部屋に剣を封印したって言ってたし、まだ残っている可能性もある」


「そっスね。さっき見た縮尺の感じだと、たぶんこの道を曲がった辺りに……」


 ミユは俺たちを先導するように一足早く駆けていくと、急に立ち止まって「あれっ」と声をあげた。

 ……なんとなく嫌な予感がして、俺とラクシャルも後を追う。


「おい、どうした? って……」


 俺はてっきり何かを見つけたものと思ったのだが、実際には逆だった。

 地図に記された地点、森の奥深くの突き当たり──その空間には、何もなかった。

 厳密には、建物の基礎らしき痕跡と、いくつかのガレキの山が残っている。しかしそれだけだ。研究所など、影も形もありはしない。


「……70年前だしな。天変地異とか、暴れたモンスターとかに壊されたんだろう」


「そんな……わざわざここまで来たのに……」


 ラクシャルが露骨にがっかりした声を漏らすが、こればかりは仕方がない。

 気持ちを切り替え、暗くなる前に帰ろうかと考えていると、視界の外から物音が聞こえた。

 見れば、ミユがガレキの山を崩して、中身を漁っているところだ。


「まだ何か使えるものが残ってるかもしれないじゃないっスか! 場合によっちゃ高値で売れるかも……うへへへ、待ってるがいいっスよお宝ァ! 一攫千金っス!!」


「お前、一応貴族なんだよな……? 本当に……」


 野盗のようながっつき方に呆れつつ、俺も一応周囲を見回してみる。

 すると、ガレキにまぎれて地面から突き出した小さな台座に、文字が彫られていることに気がついた。


「何だ? ……『隠されし地図と、我が血脈を鍵とせよ。さすれば扉は開かれん』……これは、もしかすると……」


 ガレキに積もった砂埃を払うと、隅の方にニュアージュ家の紋章が彫られている。

 試しに、紋章の位置が合うようにして、地図を台座の上に重ねてみた。

 すると台座がうっすら光を帯び、手形のような形が浮かび上がる。


 我が血脈を鍵として――その言葉で、ピンときた。

 俺は無言でミユの腕を掴み、ぐいぐいと台座の方へ引っ張ってくる。


「え? ヴァ、ヴァイちゃん、何? 何っスか?」


「いいから大人しくしてろ」


 ミユの手を引き、台座の手形に重ねる。

 その瞬間、台座が更に強く輝き、俺たちの足下が激しく揺れ始めた。


「うひゃあ!? ど、どど、どういうことっスか!?」


「仕組みは知らんが、地図と、ニュアージュ家の人間に反応する生体認証なんだろう。おそらく、剣のある隠し部屋はこの下だ」


 俺の推測が正しいことを証明するように、震動とともに地面の一部が沈んでいき、地下へ続く階段が現れる。

 階段を見下ろした俺は、喜び半分、呆れ半分の心境になった。


「ノワの奴、肝心なこと言い忘れやがって……ミユがいなきゃ詰んでたところだぞ」


「えっ、えっ? もしかしてアタシ、超お役に立ったっスか!? ミユちゃん大活躍!?」


「活躍っていうか、文字通り、鍵みたいなもんだな……」


「モノ扱い!?」


 率直な感想でミユがショックを受けている間に、俺とラクシャルは地下の隠し部屋へと足を踏み入れた。




 隠し部屋の中には仕切りがなく、かなり開けた大部屋になっていた。

 これも魔道具なのか、天井に設置されたガラス球の中で電流が渦巻き、照明の役割を果たしている。驚くべきことに、70年経っても電源は生きているようだ。


 そして俺の目当ての代物は、最奥の壁際に存在した。


「……あれが、ノワの最高傑作……あまりの強力さゆえに封印された剣、か」


 その剣は、床と一体化した台座に突き立てられていた。

 青白い刀身は幻想的な輝きを放っており、この世のものとは思えないような妖しい美しさを感じる。

 わざわざ突き刺さっていることといい、まるで伝説に出てくる剣のようだが、作ったのがノワである以上、普通の人間にも抜けるのだろう。


 隣で、ラクシャルが驚きに息を呑むのがわかった。


「あれは……一目見ただけでわかります。常人の手には余る魔道具です」


「マジっスか……ところでヴァイちゃん。あれはニュアージュ家の遺産っスし、アタシにも所有権が……あ、ちょ、冗談っスよラクちゃん。怖い顔しないで」


 追いかけてきたミユが、また要らぬ発言でラクシャルの怒りを買っているが、どのみち従うつもりはなかった。


「俺は製作者のノワ本人から遺産を譲られたんだ。文句を言われる筋合いはない」


 当然の権利を主張しつつ、俺は目的の剣に歩み寄ろうとして――。



「それは、剣の使い道にもよるんじゃないかな? ……ねえ、ヴァインくん」



 穏やかな、それでいてよく通る声が背中に届いた。

 振り返ると、悲しげな表情のタマラが、部屋の入り口辺りに立っていた。


「タ、タマラ先生!? なんでここにいるんスか!?」


 飛び退くミユを無言で一瞥してから、タマラは再び俺を見つめてくる。


「話は聞かせてもらったよ。その剣は極めて強力な魔道具だって。キミはその剣を、何に使うつもりなの?」


「……別に何ってことはないが、俺の自由に使う。文句あるか?」


「今日、リプアトスの村で話を聞いてきたよ。ラクシャルちゃんは……ううん、そこのラクシャルは、魔族なんだって」


 タマラはおもむろに腰のレイピアを抜いた。

 悲しげだった表情に、ある種の決意が満ちていくのを感じる。


「昨日、男子寮であの魔族を見かけたのは、何かの間違いだと思いたかった。でも……ヴァインくんは、魔族と繋がりがあるんだね?」


「まあ、そうだな」


「……魔族を学校に迎え入れたのは、あたしの失態だった。その責任を取らせてもらう。この場でラクシャルを斬って、キミを捕らえる」


 タマラはよほど思いつめた様子で、俺に剣を向けてくる。


 しかし、俺は付き合う気になれなかった。

 何やら俺がタマラを騙したような空気になっているが、俺にだって言い分がある。


「なぜ斬るんだ? 俺はお前に迷惑をかけた覚えはないぞ」


「迷惑以前の問題だよ! 魔族を学校に入学させるなんて……!」


「魔族の何が悪い? 入学金も払ったし、授業だって真面目に受けてたじゃないか」


「あたしやドミナを騙してたじゃない!」


「騙してはいない。ラクシャルが魔族かどうかなんて、誰にも聞かれなかった」


「屁理屈言わないで!!」


「正論だ」


 言い返す俺に、タマラは少しずつ怒りの感情を露わにしていく。

 このままでは平行線だ。俺は一歩引いて冷静に話す。


「タマラが魔族を敵視してるのは知ってるし、一般的な人間の反応もそうだってのはわかる。でも、個人的に恨まれるようなことは何もしてないだろう。何をそんなに怒ってるんだ?」


 俺の問いに、タマラは悔しがるように唇を噛んだ。


「……期待、してた……」


「は?」


「キミに、期待してたのに……ヴァインくんは、一緒に悪者をやっつけてくれるくらい正義感があって……真剣勝負であたしに勝っちゃうくらい強くて……! あたしにとって、特別な人になるのかもって……そう思ってたのに……!」


 タマラの言葉の熱量が上がっていくのを感じる。しかし、何が言いたいのか、相変わらずよくわからない。

 黙り込んでいると、ラクシャルがやや呆れた様子でタマラを見やり、口を開いた。


「要するに、好きだということですね」


「っ!!」


 ストレートな指摘に、タマラの顔が真っ赤になる。

 一方、俺にとっては寝耳に水の話だった。


「えっ? 本当か、ラクシャル?」


「間違いありません。好きだから、ヴァイン様が敵と繋がっていたことを裏切られたと感じて、こんなに怒っているのですよ。可愛さ余って憎さ百倍というやつです」


「ち、ちが……っ! あたしはそんなつもりじゃ……」


「違う? 嘘をつくのですか? 先ほどは、ヴァイン様が自分を騙したと非難していたくせに、自分がヴァイン様に嘘をつくのは構わないのですか?」


 厳しい指摘に、タマラは唇を引き結んで、黙り込んでしまった。

 否定の言葉がないということは、ラクシャルの指摘は当たっているらしい。


 ラクシャルは勝ち誇るように胸を張り、得意げな笑みを浮かべる。


「ですが、理想を裏切られたくらいで憎しみに転じるようでは未熟ですね。私なら、たとえどんなヴァイン様でも愛せる自信があります! ですのでヴァイン様、これからも私には包み隠さず……」


「お前、それが言いたかっただけだろう。今はちょっとどいてろ」


 好意全開の笑顔でくっついてくるラクシャルを押しのけ、タマラの顔を覗き込む。

 タマラはまだ赤い顔を上げ、こちらを見つめ返してくる。


「悪かった。俺は自分の気持ちに正直に生きることばかり考えて、まさかタマラの方からそんな風に思ってくれていたなんて、気づきもしなかった」


「……ヴァイン、くん……」


 潤み始めるタマラの瞳を覗き込んで、俺ははっきりと言った。



「タマラがそんなに――エロいことが好きだったなんて」



 ブフォッ、と後ろの方でミユが激しく噴き出した。


「……へ?」


 タマラが目を点にして、口の端をひきつらせる。図星を突かれた驚きなのだろう、と俺は判断して続けた。


「考えてみれば、ラクシャルに性奴隷の話を聞いた時も、タマラは興味ありげだったしな。俺はモテない生活が長かったから、つい自分の欲望にばかり目がいってしまうんだが、女にも性欲はあるんだからな。人として当然のことだ」


「……いや、あの……ヴァインくん」


「いいんだ、それ以上言うな。正直言うと、俺も初めて会った時から、タマラのデカい胸を思うさま揉みしだきたいとか、小柄な体に欲望のまま俺の昂りを突き立ててやりたいとか、そんなことを考えてた……俺とタマラは同類だよ」


 だから恥じることはないのだと、諭すように微笑みかけてやる。

 タマラは耳まで真っ赤にして、肩を震わせ――激怒した。


「ヴァインくんの、バカぁぁぁっ!!」


「ぶごっ!?」


 拳状に固めたマントで、顔面をぶん殴られる。

 予想外の怒りに対応できず、モロに一撃をもらった俺は、壁際まで吹っ飛ばされた。


「ヴァイン様! 大丈夫ですか!?」


「痛てて……何を怒ってんだ、タマラ」


 駆け寄るラクシャルに、大丈夫だと手振りで答えながら、タマラの方を見る。

 タマラはなぜか激怒したまま、ぶんぶんと強く首を振った。


「もういい! あたしが間違ってた。ただの気の迷いだったの! あたしはあたしの使命に従って、キミを倒す……それだけだよ!!」


 再び敵意をみなぎらせるタマラ。

 ラクシャルは身構えるが、俺は冷静にその気勢をくじいた。


「よせ、ラクシャル。今のお前じゃ勝てない。タマラの相手は俺がする」


「……わかりました」


 既に俺が【心眼】でパラメータを確認していることを知っているためか、ラクシャルは素直に引き下がった。

 立ち上がった俺は、タマラと対峙する。

 どうやら、ここは一戦交えて大人しくさせるしかなさそうだ――。

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