第十五話 新たなる力


「いたんだったな、邪魔な奴が」


 部屋に戻った俺は、ベッドの上でゴロゴロしている悪霊を見つけると、腹の底から溜息をついた。


「ん? ……あっ、帰ってきたわね! フフフ、昨日はよくもこの私をコケに……」


「【プレス】」


 例によって例のごとく、重力魔法で悪霊を押しつぶす。


「――ぴぎゃあああっ!? つっ、潰れるー!? せめて最後まで言わせなさいよぉ!」


「うるさいな。今日は客が来るんだから、いい加減どこか行けよ。ええと……名前何だっけ、お前」


「ノワゼットよ!! 伯爵家の令嬢にして、魔道具研究の天才なの!」


「後半は聞いてない……って、魔道具研究? ふむ、ちょうどいいな……」


 タマラやラクシャルのように特別な武具が欲しいと思っていたところだ。

 こいつが本当に研究者の死霊なら、何か心当たりがあるかもしれない。


「その研究ってやつだが、例えば武器なんかも作ってたのか? ノワゼット」


 興味本位の質問だったのだが、悪霊は驚いたように目を瞬くと、好奇心と疑問の入り混じった視線をこちらに向けてきた。


「……ノワでいいわ。私の研究に興味があるの?」


「強い剣を探してる。魔道具の中には特別な剣とかもあるんだろう?」


「剣? あなた、私の剣が欲しいのね?」


 ノワは身を乗り出し、俺を値踏みするようにジロジロと見つめた。

 さっきから、妙に乗り気に見える反応だ。


「そう……そうね。あなたは私を見ても冷静に対処できる胆力があるし、魔法の腕も人間離れしてる。性格はカスだけど、この際贅沢は言えないわね……」


「今カスって言ったよな?」


「あなた確か、ヴァインって名前だったわよね。よく聞いて、ヴァイン」


 お前こそ人の話を聞けよ――と言いたいところだが、大事な話のようなので、大人しく聞くことにする。


「私は生前、最高傑作の剣を作り出したの。だけどそれは、あまりにも強力な代物だった……悪用を恐れた私は、その剣を密かに封印したわ」


「生前って、何年くらい前だ?」


「そうね。この寮が建って間もない頃だから……70年くらい前かしら」


「結構な昔だな……それで?」


「私は剣を封印したけれど、いつか、使いこなせる者が現れることを待ち望んでもいたのよ。悪用を恐れたとはいえ、研究者として、やっぱり成果は知りたかったし」


「だが、ノワの存命中にその願いが叶うことはなかった」


 俺が言葉を引き取ると、ノワは残念そうに頷いた。


「私が若くして死んだせいもあるんだけど。未練が強すぎたせいで、ここから動けない地縛霊になっちゃったし……おまけに、昔は男女が階層で区切られてたのに、生徒の数が増えたからって完全な男子寮になっちゃって! ブッサイクな男の着替えだの自慰行為だのを強制的に見せられる方の身にもなってみなさいよ! 地獄だわ!!」


「知らんわ」


 気持ちはわかるが、今そんなことを言われてもどうしろというのか。


「……コホン。そういうわけだから、入居者をあの手この手で追い出してたんだけど、あなたが来たのも何かの縁かもしれないわね。ベッドの下の床板をはがしてみて」


 言われた通りにベッドを動かし、力ずくで床板をはがしてみる。

 床下の空洞の隅に、金属製の箱があった。


「箱の中に、研究所の地図を隠してあるわ。私が作った剣は、研究所の隠し部屋に封印してあるの」


「行くのは別に構わんが、その剣、ガラクタじゃないだろうな? せめてタマラが着けてる攻防一体のマントぐらいの性能がなきゃ、ワリに合わんぞ」


「失礼ね! って……マント? それ、ヴァリアブルマントのことかしら」


「知ってるのか?」


「伸縮自在で、敵を拘束したり、硬化して攻撃したりするマントでしょう? 知ってるも何も……生前の私が、小遣い稼ぎに作ったのよ」


「お前が? ……しかも、小遣い稼ぎだと?」


「ウケ狙いで作ったんだけど、70年経ってもまだ現役とはねー。でも、あんなので満足してたら、私の剣を見た瞬間目玉が飛び出すわよ?」


 自信たっぷりに断言するノワ。

 どこまで本当のことを言っているのかわからないが、話に乗ってみる価値はありそうだ。


「……いいだろう。明日以降にでも場所を確かめて、行ってみる」


「ええ、頼むわね……っ? な、なに? この威圧感……」


 それまで和やかに笑っていたノワが、突然ドアの向こうを見つめ、ガタガタと震えだす。


「何か、おそろしく邪悪なものが近づいてくる……! ご、ごめん、避難するからっ!」


「えっ? おい!」


 止める間もなく、ノワは壁の向こうへすり抜けて行ってしまった。

 地縛霊じゃなかったのか? と思ったが、最初にも壁の中から出てきていたし、この寮の中ならある程度自由に動けるのかもしれない。


 しかし、おそろしく邪悪なもの――?

 俺がドアを見つめると、控えめなノックの音が響いた。


「ヴァイン様、ラクシャルです。いらっしゃいますか?」


「……ああ。入れ」


 邪悪なもの、という単語を頭の中から追い出しつつ、俺は短く答えた。


 部屋のドアが開き、ラクシャルが顔を覗かせる。


「こんばんは、ヴァイン様。ゼルス様もお連れしました」


「ゼルスも? そこにいるのか?」


 ラクシャルが開けたドアから、怪しい影が床を這って、部屋に滑り込んでくる。

 直後、影から飛び出すようにして、魔帝ゼルスが現れた。

 影に身を隠して移動する、闇魔法の一種だ。


「ふん……元気にしておるようじゃな、ヴァイン。急死するように毎日呪詛していたのじゃが、貴様のような下衆には呪いも効かぬと見える」


「わざわざ憎まれ口を叩きに来るとは、暇な奴だ」


「貴様は挨拶という文化を知らぬのか? この愚物めが」


「今のどこが挨拶なんだ……そんなことはいいが。ラクシャルだけならともかく、俺のところにも来たってことは、何か用があるんだろう?」


 俺はベッドの端に腰を下ろすと、話を聞く体勢に入った。

 腐っても魔帝。直々に出向いてくるということは、大事な用に違いない。


「うむ……ヴァインよ。ラクシャルとの暮らしのことじゃが、何か足りないものはないか? ラクシャルに不便はかけておらぬじゃろうな?」


「ん? ああ、まあな」


「そうか。それから、ラクシャルの食事はちゃんとしておるのじゃろうな? 城では何不自由なく生活させておった身じゃ、急な変化に戸惑うこともあるのではないか?」


「……寮暮らしだからな。今も別に不自由せず食ってるよ」


「む、わかった。ところで学校のことじゃが、ラクシャルはクラスで浮いておらぬじゃろうな? 人間どもは陰険なイジメを好むというし――」


「どーでもいいわ!! 心配性のオカンか、お前は!!」


 あまりのくだらなさに、俺は声を荒らげた。

 なんで1日に2度も同じツッコミをしなきゃならんのだ。


「まさかと思うが、用事ってのは本当にそれだけじゃないだろうな?」


「うっ……だったらどうだと言うんじゃ! 余も、多忙な中でわざわざ貴様らの様子を気にかけてやっておるのじゃぞ! 今日ここに来るのだって、大変だったのじゃ」


「図星かよ。っていうか、大変って何だ? 騒ぎを起こしたんじゃないだろうな」


「街に近づいたら迎撃されそうになってのう。人間の女と軽く戦ったが、今の余では少々手こずる相手に見えたのでな。一旦離れて、ほとぼりが冷めるのを待ったのじゃ」


 昼間、タマラと一戦交えた魔族というのは、ゼルスのことだったのか。

 ……タマラもまさか、宿敵たる魔族のトップと戦っていたとは思わなかっただろう。今のゼルスは弱体化しているので、無理もない。


「でもお前、各地の魔族を統率してるんだろう? そんなホイホイと城を留守にしていいのか?」


「心配いらぬ。余が不在の間は、スラーナに留守を任せておる。奴は変幻自在じゃからな、見た目だけなら余に成りすますのも朝飯前よ」


「あのスライム娘も災難だな……」


 俺が言えた義理じゃない気もするが。

 思わず溜息をこぼすと、ゼルスの後ろでラクシャルがクスクス笑った。


「それだけじゃないですよ。ゼルス様は寂しかったんです。ねー、ゼルス様?」


 ラクシャルがゼルスを後ろから抱きしめる。歳の離れた姉妹みたいな体格差だ。

 ゼルスは顔を真っ赤にして、強い語調で否定する。


「だ、誰が寂しいものか! 確かに、ラクシャルと離れて暮らすのは初めてじゃし、よく知らぬ人間の男に連れていかれたと思うと……複雑、じゃが……」


 語尾が消えていく。隠し事のヘタな奴だ。


「私は申し上げたはずですよ、ゼルス様? 今や、私もゼルス様も、等しくヴァイン様のモノになったのです。どんなに離れていても、心はひとつです!」


「……余もヴァインのもの……嫌なことを思い出させてくれるのう……」


 ゼルスは心底イヤそうな目で俺を睨む。

 こうも露骨に嫌悪感を向けられると、かえって清々しい。


「まあ、よいわ。余は考え方を変えたのじゃ。ヴァイン、当面は貴様に従うぞ」


「やけに殊勝だな。どうした?」


「どうせ余は貴様に攻撃できぬ。しかし、貴様はただの人間じゃ。どうせあと80年も生きられんのじゃろう? 貴様が寿命で死ぬまで我慢すればいいだけじゃ」


「ああ、魔族は何千年と生きるんだったか? そうだな、そのくらい割り切ってくれるなら俺も気が楽……」


 ガタッ、と床に膝をつく音が響いた。

 顔面を蒼白にしたラクシャルが、ゼルスから離れ、ショックに目を見開いている。


「……そんな……ヴァイン様、本当ですか? あとたったの80年しか生きられないとおっしゃるのですか!?」


「それでもだいぶ長寿だぞ……もっと早死にする確率の方が高い」


 俺が呆れ混じりに答えると、ラクシャルは素早くこちらに駆け寄ってきて、俺の手を強く握り締めた。


「ヴァイン様!。不老不死の秘法を探しましょう!」


「不老不死? そんなものがあるのか?」


「いえ、まったく存じ上げませんが、世界のどこかにはあるかもしれません!」


「……仮に見つかったとしても使いたくないぞ。不老不死なんて、絶対ロクなことにならん。死にたくても死ねない苦しみが待ってるパターンだろ、それ」


「ううっ、そ、そんな……お願いです、ヴァイン様! 私を残して死ぬなんて、そんな悲しいことをおっしゃらないでください……ううっ、うっ……!!」


「何十年も後の話だって言ってるだろうが……泣くなよ」


 俺が対応に困っていると、ゼルスが怒気を燃やした。


「ヴァイン! 貴様、よくもラクシャルを泣かせおったな!? 許さんぞ!」


「お前は俺に死んでほしいのかほしくないのか、どっちなんだ?」


「余のことはいい。ラクシャルの望みを叶えてやれ!」


 ゼルスに後押しされるように、ラクシャルが顔を上げた。

 名案の浮かんだ笑みだ。


「ヴァイン様! 世の中には、まだまだヴァイン様の知らない楽しみがたくさんあります。それを知らずに死ぬなんて、勿体ないことです!」


「だから今すぐ死ぬなんて言ってないんだが。楽しみねえ……例えば?」


「例えば……そうです。私が回復魔法を習得した理由をご説明します」


 ラクシャルは部屋の隅に視線をやった。さっき床板を剥がしたところだ。


「先ほどから気になっていたのですが、その床板……」


「ああ、訳ありで外したんだ。後で大工道具でも借りて、直さないとな」


「それには及びません。ご覧ください……【リペアー】!」


 ラクシャルが唱えたのは、回復魔法の一種だった。

 たちまち床板が元通りに修復される。


「おお、こりゃ便利だ……もしかして、今朝窓を壊して入った時にも、その魔法で直したのか?」


「そうです。この魔法の特徴として、オブジェクトは修復するだけですが、破損したアイテムを修復した場合は、元が誰の所有物であっても、術者の手持ちになります」


「例えば、敵の剣を折った時にリペアーを使うと、その剣が修理された状態でラクシャルの手元に来るわけか…………ん?」


 その時、俺の脳裏に電撃的な閃きが走った。

 ラクシャルの目を見ると、既に承知している様子で頷き返してくる。


「……おい、ゼルス。お前はさっき、ラクシャルの望みを叶えてやれって言ったよな」


「ん? ああ、確かに言ったが、それがどうしたのじゃ」



「【クロスアウト・セイバー】!!」



 俺は何のためらいもなく、ゼルスに向けて手刀を振り下ろした。

 衣服破壊のスキルが発動する。


「ひゃあああっ!? き、貴様っ、何を……す、る?」


 ゼルスは自分の体を見下ろして、瞬きを繰り返した。

 着ている服には、ほつれすら見られない……だが。


「ラクシャル、今だ!」


「はい! 【リペアー】!」


 ラクシャルの魔法が『壊れたもの』を修復する。

 光が収束した瞬間、ラクシャルの手元にあったものは――。


 白と水色の、縞々パンツだった。


「ヴァイン様、お納めください」


「うむ」


 ラクシャルが跪いて差し出したパンツを、俺は包み込むように緩く握りしめた。


 ほんのりと温かく、すべすべした手触り。

 手に馴染むこの感触は、脱ぎたてでなければ味わえまい。


「…………え?」


 ゼルスが自分の腰に手をやり、何かを確かめる。

 その次の瞬間、ボッと耳まで紅潮した。


「き……きき、ききっ、貴様!? 余の下着を!?」


「素晴らしい腕前です、ヴァイン様! 全ての服を破壊するだけでなく、下着だけを選んで破壊することもできたなんて……このラクシャル、脱帽です」


「フハハハハ。いや、俺もそろそろ、全裸にするだけでは芸がないと思い始めていたところでな。しかし、リペアーとのコンボで、脱ぎたての服を自分のものにできるとは思ってなかった。素晴らしい功績だぞ、ラクシャル」


 和やかに互いを賞賛する俺とラクシャルの目前で、ゼルスがキレた。


「き、さ、まぁ……殺す! 絶対に殺ぉぉすッ!!」


【システム】ゼルスは状態異常「怒り(極大)」になった!


「あ、久々のログ……って言ってる場合じゃねえ。暴れんな、おい! 『ウィンド・フィールド』!」


 ゼルスは俺を直接攻撃できない腹いせとばかりに、部屋の中でめちゃくちゃに暴れ出した。

 咄嗟に張った結界のおかげで、音は外部に漏れなかったと思うが……破壊された部屋の修復には、再びラクシャルの力を借りることとなった。

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