第十四話 真剣勝負
「真剣勝負……? 本気で言ってるのか?」
「もちろんだよ。最初に会った時から、キミは只者じゃないと思ってた。まさか、これほどとは思ってなかったけどね……改めて、キミの力を知りたいんだ」
その申し出を受けるべきか否か、俺は一瞬迷った。
タマラと戦うのはいいが、さすがにこんな状況下ではテイムできない。
できれば別の機会に一対一で、と言いたいところだが……。
「あいつ、今度はタマラ先生とやるのか!?」
「真剣勝負だって! いくらピートに勝ったからって、そんなに強いの……?」
渦中の俺をよそに、ギャラリーがすっかり盛り上がっている。
……仕方ないな。ここで逃げるのも格好がつかない。
「わかったよ、タマラ先生。その勝負、受けよう」
「そう言ってくれると信じてたよ。武器は何でも、好きなものを使ってくれて構わない。あたしも一番の装備で挑むから」
タマラは腰のレイピアを軽く叩いた。
さて、俺はどうするか。
【クロスアウト・セイバー】は使えないから、さすがに木の剣では心もとない。
「ヴァイン様、私の剣をお使いになりますか?」
ラクシャルが双剣を抜き、柄をこちらに向けて差し出した。
そんなもんどこに隠し持ってたんだ。
「いや、普通の剣でいい。ドミナ先生、訓練用じゃない剣はありますか?」
「ん? ああ、少し待っていろ……誰か、倉庫から剣を持ってこい」
ドミナの指示で、何人かの生徒が倉庫へ向かう。
ほどなくして、大小様々の10振り近い剣が俺の前に並べられた。
「こいつがいい」
俺は一番頑丈そうな両手剣を選び、手に取った。
刃渡りだけで1メートルはあり、相当の重量がある剣だが、今の俺の筋力なら手足のように扱えるだろう。
「いいぞ、タマラ先生。準備はできた」
「うん。それじゃドミナ、合図をお願い」
俺とタマラが向かい合い、剣を構える。
審判の位置に立ったドミナが、手を振り上げた。
「はじめっ!」
開始の合図とほぼ同時に、タマラはこちらに突っ込んできた。
「【ダブル・ストライク】!!」
細剣のスキルだ。二連続の鋭い突きが放たれる。
俺は突きをかわしながら、横薙ぎに剣を払う。
「もらった!」
タマラのステータスなら、俺の攻撃を受けても多少の怪我で済むはず。
そう判断して、遠慮なく剣を繰り出したのだが――。
ニッ、とタマラは不敵に笑った。
「甘いよ! 言ったよね、何でもありだ……って!」
タマラの一喝と同時に、彼女のマントが奇妙にうねり――伸びてきた。
白い布が俺の剣に巻きつき、すごい力で引っ張り上げてくる。
「なにっ!? うお……っ!」
予想外の搦め手に、俺は宙へ投げ出されてしまう。
無論、タマラが黙って見ているはずもない。
「【ピアース】!!」
神速の一突きが、俺を貫かんとする。
俺は剣の刃で突きを受け止めたが、それすらもタマラの想定内だった。
タマラのマントが、今度は握り拳の形に変化する。
「はぁぁぁ……
まるでそれ自体が意思を持つかのように、マントの拳が続けざまに殴りつけてくる。
これも剣で受け止めたものの――。
「ぐ……っ!」
とても布の拳とは思えないほどの、重く、硬い乱打。
攻撃を受け続けた剣がひび割れ、砕け散る。
「ヴァイン様っ!?」
受け身を取って着地した俺の背に、ラクシャルの悲鳴が届く。
タマラは俺から距離を取ると、残念そうに肩を落とした。
「……ごめん、ヴァインくん。あたし、キミを過大評価してたみたい。今の応酬でわかったよ……キミじゃ、あたしには勝てない」
「……ほう。そういうこと言うかね」
本気を出すのはさすがに大人げないと思って、剣だけで倒すつもりでいたが……そこまで言われては、仕方がない。
「少しだけ本気を出してやる――【デーモンクロー】」
闇魔法、レベル6。
その呪文を唱えた瞬間、目の前の空間に亀裂が走り、丸太のように巨大な悪魔の腕が突き出した。
「……え、っ?」
この魔法は初めて見るのか、タマラが目を丸くする。
鋭利な爪を備えた悪魔の腕が、風を裂いて薙ぎ払われた。
「ひっ――きゃああああぁぁっ!?」
広範囲を薙ぎ払う攻撃が、容赦なくタマラを直撃した。
ステータス差もあり、一撃でタマラの体を吹き飛ばし、訓練場の壁に叩きつける。
「…………」
ドミナが、あんぐりと大口を開けて硬直している。
審判としての役目は期待できそうにない。
仕方なく、俺は自分でタマラの様子を見ようと駆け寄った。
「ちょっとやり過ぎたか? おーい、タマラ先生」
「ううっ……ぐ、うぅ……」
訓練場の壁には大穴が開いていたが、タマラは致命傷を負っていないようだった。
予想通りの頑丈さだ。
ただ、呼びかけにも応えないところを見ると、これ以上戦うのは無理だろう。
「……しかし、こっちの方は予想以上というか……」
タマラの胸元をまじまじと見つめて、俺は思わずそう零した。
悪魔の爪によってタマラの服はズタズタに引き裂かれ、小柄な体とは不釣り合いに大きく膨らんだ胸があらわになっている。
重力に逆らうほど張りがあって、じつに揉み心地が良さそうだ。思わず手を伸ばしたくなる。
「って、そんなわけにいかんな」
今は距離があるから見えないだろうが、ドミナやクラスメイトの目もある。
俺は上着を脱ぐと、タマラの上にかぶせてやった。
(だが……これだけの衝撃を受けても、マントは破れてないみたいだ。どういう材質なんだ、このマントは)
俺が首をひねって考えている間に、クラスの面々が追いかけてきた。
失神しているタマラに気づいた奴らが、驚きの声をあげる。
「ウソだろ……タマラ先生まで、あんな簡単に……?」
「すごい! ヴァインくん、先生に勝つなんて信じられない!」
騒ぐ生徒たちの声に、タマラがようやく反応した。
うっすらと目を開け、俺を見上げて身じろぎする。
「うっ……ヴァイン、くん……? あたし、どうして……きゃっ!?」
素肌の上にかぶせた俺の上着がずり落ちそうになり、タマラは慌てて上着を掴んだ。
「そ、そっか。ヴァインくんの魔法で、やられちゃったんだ……この服も、ヴァインくんが?」
「ああ、お前の服は破いちまったからな。とりあえずそれ着ててくれ。後で返してくれればいいから」
「……すごいね。まさか、あたしに勝てる人がいるとは思ってなかったよ。それも、あたしより年下の生徒だなんて……」
一撃でやられたのがショックだったのか、タマラは落ち込んだように顔を伏せる。
俺は励ますように、タマラの肩を軽く叩いた。
「そっちこそ、なかなかトリッキーな攻めだったな。おかげで、けっこう楽しめた。また俺と戦ってくれよ、タマラ」
テイムの機会も欲しいことだし……とはさすがに言わなかったが、心からそう伝えると、タマラはかあっと顔を赤くした。
落ち着かない様子で俺の上着を抱き締め、ジト目でこちらを見上げる。
「……もう。タマラじゃなくて、タマラ先生、でしょっ」
頬を膨らませて抗議するタマラに、周りのクラスメイトたちが一斉に笑った。
訓練の後は教室へと戻り、座学で一日が終わった。
ちなみに、昼休みは学食で済ませたが、かなり美味かった。
監禁生活が長かったせいで、美食の基準が落ちているのかもしれないが。
「いやー! 初日からすっかり人気者っスねえ、ヴァイちゃん。休み時間に入るたび、席を取り囲まれて質問攻めでしたし。貴族でもこうはいかないっスよ?」
授業が終わると、隣のミユがニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「まあ無理もないっスね。国内有数の実力者とも噂される、あのタマラ先生を倒しちゃったんスから。学生の身で、王宮からお声がかかる日も近いんじゃないっスか~?」
「……うざったいな。何が言いたいんだよ」
「いやいや! アタシは有名人とお近づきになりたいだけのザコ虫っスよ。将来ヴァイちゃんが有名になった時に、お友達だって色んな人に自慢しまくって、あわよくば何らかの形でおこぼれを頂戴したいだけっス!」
「正直だな、お前……」
ここまでハッキリ言われると、怒る気も失せる。
ミユが言った通り、訓練の後、俺は爆発的な人気を獲得した。
タマラに勝利した功績はたちまち噂になり、クラスメイトは当然のこと、別のクラスからも俺を見に来る者が後を絶たなかったくらいだ。
(フフ……そうだ。俺はこういうのがやりたかったんだよ……)
転生してすぐさま、カビくさい倉庫に18年も閉じ込められるとかじゃなくて。
持って生まれたチート能力を磨きつつ成長し、入学した学校では周囲を圧倒。特に女子からの圧倒的な支持を受けつつ有意義な青春を過ごし、やがて現れる強大な敵をも、ことごとく打ち倒していく……そんなサクセスストーリー。
俺が夢見た第二の人生へと、今、急速に近づきつつあるのだ。
ただ、目下の問題は――。
「ヴァイン様ー! 本日はお疲れ様でした。一緒に帰りましょう!」
帰り支度を整えたラクシャルが、俺の席に駆け寄ってくる。
その瞬間、ミユを除いた周りの席のクラスメイトが、引き潮のように遠ざかっていく。
……俺が名声を集めた一方、ラクシャルは超・危険人物のレッテルを貼られていた。
そりゃそうだ。編入初日にクラスメイトの手首を切り落とす女が、危険でないわけがない。
俺がケタ外れの強さを見せながらもクラスメイトからドン引きされていない理由は、もっと強烈なドン引きの対象であるラクシャルがいるからだろう。
実際、ラクシャルが近くにいると、他のクラスメイトはほぼ近づいてこない。
「熱いっスね~。ラブラブのカップルで、本当うらやましいくらいっスよ~」
唯一の例外であるミユがからかってくる。すこぶるウザい。
ラクシャルはその言葉をまともに受け取ったらしく、赤い顔を両手で挟んで、もじもじと照れる仕草を見せた。
「ミユさんったら、そんな……私はヴァイン様のものですから、カップルだなんて、対等なお付き合いはとても……」
「またまたぁ、まんざらでもないクセに! 変に謙遜してると、アタシがヴァイちゃんを横取りしちゃうっスよ~? なんちゃって――」
「は?」
ギロリ、とラクシャルの目が動いた。
「あ、いやあの、すみません、何でもないっス。冗談っス。ではまた明日!」
ミユは青ざめた顔をペコペコと下げながら、素早く退散した。
要領がいいんだか悪いんだか、よくわからない奴だ。
「では、ヴァイン様。私たちも帰りましょう♪」
振り向いたラクシャルは、満面の笑みで見上げてくる。
……大人しくしてれば可愛いんだよな、こいつは。
# # #
寮へ続く道をのんびり歩きながら、俺はラクシャルの態度について説教をしていた。
「なあ、ラクシャル。もうちょっと周りと仲良くしろ」
「私はヴァイン様がいてくだされば、他に何もいりません」
「俺はいつでもお前に構ってやるわけにはいかないんだよ。これから先、俺が他の女とも関係を持つようになったら、我慢できるか?」
たらればの話ではなく、実際、俺は他の女とも関係を持つつもりだ。
一線を越えたからといって、操を立てるほど純情でもない。
ラクシャルも覚悟はできているのだろう。驚きはしなかったが、少し寂しそうにうつむいて答える。
「それは……ヴァイン様がお決めになったことなら、我慢します。ヴァイン様が、私のことも変わらず愛してくださるのであれば……」
「じゃあ仮にだが、お前以外の女が俺を独占しようとしたらどうする?」
「女の手足をもぎます」
「ちょっと待とうか」
即答しやがったぞ、こいつ。
「いえ、顔とか胸とかお尻とか、ヴァイン様が興奮なさるために必要な箇所には何もしません。ただ、芋虫のようにしてやればヴァイン様を独占できないだろうと――」
「そういう問題じゃねえ。とにかく、俺に許可なく人の手足を斬ったり殺したりするのは禁止だ。いいな」
「はい……ヴァイン様がそうおっしゃるのなら……」
素直に答えて、ラクシャルはしょんぼりと肩を落とす。
……しょうがない奴だな。
我ながら甘いとは思うが、少し励ましてやるつもりで、その頭を撫でてやった。
「あ……ヴァイン様ぁ……! えへへ。お慕いしておりますっ♪」
「ああ、もう、抱きつくなっ」
まったく、色んな意味でしょうがない奴だと思う。
もし今後タマラをテイムできたとして、うまくやっていけるかどうか心配だ。
「それにしてもヴァイン様、今日は本当にお疲れ様でした。ヴァイン様の剣が折れた時は、どうなることかと心配してしまいましたが……」
「アレか……何だったんだろうな、タマラが着けてたマントは」
「おそらく、魔道具の類だと思います」
「魔道具……ああ」
そんなアイテムが存在していたのを思い出した。
特殊な魔法を付与された道具で、一級の品はそれ単体で戦局を一変させるほどの性能を持つと言われている。
「例えば、私の双剣も魔道具の一種です。材質が強化されているので壊れることはありませんし、物理攻撃が効きにくい相手にもダメージが通ります」
「そうか……これから先、俺も自分用の武器を持った方がいいかもな」
今まであまり考えてこなかったが、ありふれた武器では、今日のように戦闘中に破損することだってありえる。
「よろしければ、私の剣を片方お持ちになりませんか? 一対のものを分け合うのって、ペアリングみたいでとても素敵だと思うんです!」
「ダメだ。剣が片方になったら、ラクシャルが全力を出せなくなるだろ。お前はゼルスのところにいた時より弱体化してるってことを忘れるな」
それに、ラクシャルの双剣はリーチで言うと短剣並みだ。
好みの問題だが、俺としては、もう少し刃渡りのある剣が欲しい。
「残念です……あっ、ゼルス様といえば。今夜、ゼルス様がヴァイン様のお部屋にお邪魔したいそうなのですが」
「ん? 何しに来るんだよ。魔帝が街に現れたりしたら大騒ぎになるぞ」
「私の様子が気になるので、見に来たいとのことです。ついでに、ヴァイン様にもご挨拶をと」
「城を離れて、まだ3日と経ってないんだが……心配性のオカンか、あいつは」
とは言うものの、強く拒む理由もない。部屋の中なら邪魔も入らないだろう。
約束の時間を決めて、ラクシャルとは一旦その場で別れた。
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