第十三話 ふたりの模擬戦
訓練場は広いうえに天井が高く、体育館のような印象を受ける施設だった。
ただ、やはり戦闘訓練を行う場所だからか、壁や天井は金属でできている。
一見暑そうだが、室内は涼しいくらいの適温に保たれていた。ただの金属ではなく、氷系などの魔法が施されているのかもしれない。
「よし、全員集まったな? 本日の訓練内容を説明する」
先に着いていたドミナが、生徒たちの列に向かって言った。鞭を振るうと元気が出る体質なのか、さっきより肌がツヤツヤとしている。
逆に折檻を受けたミユはボロボロで、訓練が始まる前からぐったりしていた。
「……ミユ、大丈夫か?」
俺はいたたまれなくなって声をかけたが、ミユには聞こえていないようだった。
ただ、ドミナを睨んでぶつぶつと愚痴を漏らしている。
「ちくしょー、よくもやってくれたっスね、この行き遅れ厚化粧ドS横暴体罰教師ぃ……今に見ているがいいっス、街中にあることないこと言いふらして、一生嫁の貰い手がつかないようにしてやるっス。クックックッ」
……どうやら心配はいらないみたいだ。
ミユの独り言が聞こえたのか、ドミナは優しい微笑みをミユへ投げかける。
「ミユ、どうやらまだ躾が欲しいようだな? マンツーマンで指導してやろうか?」
「アタシは従順で模範的な生徒っス! 先生への復讐なんて考えてないし、仮に考えてたとしても忘れたっス!」
「早死にしたくなければ、一生忘れたままでいるのだな」
直立不動で答えたミユに、ドミナは警告のように言い放った。
「さて、訓練の説明だ。本日は、生徒同士での模擬戦を行う」
ドミナの説明に、生徒たちが残念そうな声をあげる。
どうしたんだ?
「静かにしろ。本来は、タマラがお前たちを1人ずつ相手して実力を見る予定だったのだが、先ほど街の外れに魔族が出現したらしく、タマラも討伐に駆り出された。人命のかかった緊急事態だ」
人命のかかった、と言われては生徒たちも納得せざるを得ないのか、不満の声は収まった。
しかし、教師という立場でありながら魔族の撃退に駆り出されるとは、タマラの実力は外部からも高く評価されているらしい。
「そういうわけで、急遽模擬戦を組むこととした。編入されたばかりの2人には酷かもしれんが、私としては、貴様らのレベルを測りたい気持ちもあるのでな」
「レベルを測る? 俺に鞭を散々避けられてヘコんでた奴が、よく言うよな……」
「――ヴァイン・リノス。いいだろう、まずは貴様からだ。誰か、ヴァインを叩きのめす自信のある者はいるか? 倒した者には私から個人的に褒美をくれてやる」
私情にかられすぎじゃないのか、この先生。
俺が思わず苦笑していると、1人の男子が素早く手を挙げた。
「僕がお相手しましょう」
そう言って生徒の列から進み出たのは、線の細い、銀髪の男だった。
少しシャクだが美少年と言っていい顔立ちで、何気ない所作にも気品の良さがにじみ出ている。たぶん、貴族の坊ちゃんか何かだろう。
何人かの女子が、キャーキャーと熱狂的な悲鳴をあげた。
「ヴァインくん、初めまして。僕はピート・スラウシュ。自分で言うのも何だけど、実用戦術部の1年生では最も優秀な成績を収めている」
「ああ、よろしく」
俺は一応の礼儀として、右手を出して握手を求める。
だが、ピートは握手を無視して、横目でラクシャルの方を見た。
「きみ、ラクシャル君とはどういう関係なんだい?」
「……いきなり何だ? ラクシャルなら、俺の大切なパートナーだが」
今日は人目もあるので、比較的穏便な受け答えに留めておく。
しかし、ピートは殊更バカにしたように鼻で笑った。
「ハッ! 彼女のように美しい女性が、きみのパートナーだって? ブタに真珠を与えるようなものだね」
「誰がブタだ」
「目を見ればわかるさ。きみの目は腐りかけの魚のように濁っているじゃないか。高貴な血を引く僕とは、まさに雲泥の差だ。彼女のように美しい女性は、この僕にこそ相応しいというもの――」
「要するに、ただのひがみか」
俺が遮って言い返すと、ピートの口の端が引きつった。
どうやら図星を突いたらしい。
「……
ピートが、近くの籠から訓練用の木剣を手に取った。
俺も木剣を適当に選び、ピートと向かい合う。
他の生徒が俺たちから離れ、一人だけ残ったドミナが軽く咳払いをした。
「ルールを説明する。木剣で先に相手へ一撃入れた方の勝ちだ。ただし、浅い当たりは有効打と認めない。体術や魔法は使ってもいいが、そちらの場合は、相手を戦闘不能にした段階で初めて勝利とする。以上、質問はあるか?」
「いや。シンプルなルールなので、特には」
「では始めるぞ。双方、剣を構えろ」
ドミナの指示に、ピートが剣を構える。俺も適当に構えを取った。
「――はじめっ!」
訓練開始の合図とともに、ピートはこちらへ突進してきた。
「容赦はしないぞ、ヴァインくん! 華々しく散らせてや――へぼぼごばっ!?」
俺はピートの手足と胴体にそれぞれ1回、計5回の剣を打ち込んだ。
訓練でクラスメイトを骨折させたら周りがドン引きするだろうから、かなり手加減はしてあるのだが、ピートは盛大に吹っ飛んで倒れてしまった。
「……な、何だ、今のは? 剣が、見えなかった……?」
ドミナが目を丸くして、驚嘆の声をあげる。
他の生徒たちも同様らしく、どよめく声が大きい。
唯一ラクシャルだけには見えていたようで、尊敬のまなざしでこちらを見つめている。
「ドミナ先生、剣で有効打を与えました。俺の勝ちでいいですよね?」
「な、なに? ヴァイン、貴様、まさかピートに一撃入れたというのか?」
「……本当に見えてなかったのか。一撃どころか、五撃は入れましたよ」
審判の目が節穴じゃ、こっちも困るってのに。
しかし、そうこうしている間にピートが再び立ち上がってきた。
「ま、まだだ……っ! この僕が、きみのような奴に負けるはずがない! 食らえ、【ヘルフレイム】!!」
ピートはレベル3の炎魔法を唱え、こちらに手をかざした。
その掌から火炎が放射され、俺を飲み込もうとする。
「【ストーム】」
俺はレベル2の風魔法を唱えた。
ピートが狂ったように哄笑する。
「ははは、バカめ! 炎魔法に風魔法で対抗だって? 炎が勢いを増して、きみを飲み込むだけだ――」
じゅわっ。
俺の風は一瞬で炎を押し返し、炎の術者自身を丸焼きにした。
「…………ば、かな」
かろうじて一言だけそう漏らして、ピートは倒れた。
俺は欠伸を噛み殺し、黒コゲになったピートを見下ろす。
「で……格の違いが何だって?」
ドミナが唖然とし、生徒たちもどよめく中、ピートは救護班の手によって保健室へと運ばれていった。
一見すると重傷に見えるが、ピートの魔法自体がそれほど大した威力ではなかったため、回復魔法で簡単に治る程度の怪我らしい。
「コ、コホン。ヴァインの実力は見せてもらった。それでは、他の者も順次、模擬戦を始めるぞ」
ドミナがかろうじて体裁を取り繕って、模擬戦を進行する。
さすがに、俺に罰を与えるのは諦めたようだ。
その後は、他の生徒たちが一組ずつ模擬戦を行う。
勝ったり負けたりはしているものの、基本的にはどいつの実力も大差ない。
ドングリの背比べみたいなものだ。
(こりゃ、クラスメイトの中からテイムは望めそうにないな……)
テイムを行うには、ひとつ前提条件がある。相手が自分に敵対していることだ。
テイム自体が、敵を手なずけるシステムなのだから当然だ。
無論、友好的な相手にもエロい行為を働くこと自体はできるが、肝心のテイムができない。
すなわち、能力をドレインすることもできないわけだ。
他のクラスメイトの実力を見る限り、さっき戦ったピートは、本当にクラスで最も優秀な生徒だったらしい。
そのピートを完封した俺に敵対しようという奴は、少なくともこのクラスにはいないだろう。
「次の組で最後だな……むっ。ラクシャル、貴様か」
「はい、ドミナ先生。初めての訓練ですので、至らぬ点もあるかと思いますが、精一杯頑張ります」
丁寧にお辞儀をするラクシャル。
木剣を取り、訓練相手の男子と向き合った。
「へへへ……よろしく頼むぜ、ラクシャルちゃんよ」
ラクシャルの相手は、筋肉質で大柄な男子だった。
……ラクシャルを見る目に不埒なものを感じる。
まあ、スタイル抜群の美女を前に、邪な思いを抱くのも無理はないが。
そんなことを考えている間に、模擬戦が始まった。
「――はっ!」
決着はあっという間についた。
ラクシャルの剣が男の肩を打ち据え、一撃で倒したのだ。
気持ちいいほどの圧勝に、クラスメイトたちから歓声が飛ぶ。
「少々、やりすぎましたね……大丈夫ですか?」
倒れた男子にラクシャルが駆け寄り、手を差し伸べた。
敗者を気遣う優しさに、他の男子たちが感嘆の声を漏らす。
「くそっ。いいなぁあいつ、ラクシャルちゃんに優しくしてもらえるなんて……」
「あんなにも強くて優しい子は初めて見たぜ。まるで天使だな……」
天使じゃなくて魔族だけどな。
内心そうツッコミながらも、俺はあることに気づいた。
倒された男子は、ラクシャルに向かって手を伸ばしているが、その手はラクシャルの手ではなく胸に向かっている。
あいつ、どさくさに紛れてラクシャルの胸を触るつもりだ。
「おい! お前……」
俺はラクシャルに手を出させまいと、声を張り上げた。
その瞬間――。
ザシュッ。
ボトッ。
「……へ?」
尻餅をついたままの男子が、自らの腕を見つめる。
その手首から先には、何もない。
壊れた蛇口のように、どぷっと鮮血が溢れ出るだけ。
俺は全てを見ていた。
ラクシャルが魔剣スキルを使い、男の手を斬り落としたのだ。
「ひっ……ぎゃああああああ!! うぎゃああああああっ!!」
手首のない腕を抱えて絶叫する男子。
それを見ているクラスメイトたちも混乱し、悲鳴をあげる。
ラクシャルは呆れたように溜息をつくと、血まみれの木剣をぞんざいに投げ捨て、血の海の中から男子の手首を拾い上げた。
男子の腕を掴み、手首と腕の断面を押しつける。
「【セイクリッドヒール】」
レベル5の回復魔法だ。
男子の手首に光が収束し、断面が修復されていく。
光が消えると、手首は元通りに繋がっていた。
「はい。これで元通りです」
「……ひっ……あ、ああ……」
「いいですか? 私の体はヴァイン様のものです。誰であろうと、勝手に触れることは許しません。今回は一度目ですから、これで許しますが」
酷薄な笑みに変わって、ラクシャルは言った。
「次は、
……精神的なショックのせいか、失血のせいか、男子は白目をむいて失神した。
ラクシャルはもはや男子に目もくれず、俺の方へと駆けてくる。
「ヴァイン様ーっ! 今の、ご覧いただけましたか?」
「うん……まあ、そりゃな」
「私、回復魔法を習得したんです! これでますます、ヴァイン様のお役に立てますよっ♪」
「そっちか……」
その前にもうちょっと気にすべきところがあるんじゃないか、お前。
案の定、ドミナがこちらにすっ飛んでくる。
「ラ、ラクシャルッ!! 貴様、今いったい何をした!?」
「はい? 今の方に、少々警告をしただけですが……私は自分の身を守ったまでです。怪我も治しました。何も間違ったことはしていません」
「そういう問題ではない! 勝負が決した相手に、怪我を負わせるなど……!」
怒るドミナに、ずいっとラクシャルは顔を近づけた。
深淵のような瞳で、ドミナを見つめ返す。
「何も、間違ったことは、していません」
「…………」
ラクシャルの圧力に、ドミナはたじろいで目をそらした。
「い……以後、気をつけるように……」
先生弱いな。
まあ、多少やり過ぎたとはいえ、今回は自業自得だろう。
保健室に運ばれていく男子を見送りつつ、俺は合掌だけはしてやった。
「さて。トラブルはあったものの、意外に時間が余ったな。この後の時間は、各自でトレーニングにあてて……」
気を取り直したドミナがそう言いかけた時、訓練場に入ってくる人影があった。
「みんな、お疲れさまー! お待たせしてごめんね!」
白いマントをひるがえして駆けてきたのは、タマラだった。
皆の前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
「タマラ。魔族の討伐に行ったのではなかったか?」
「うん、終わらせてきたよ」
「この短時間でか? さすがだな……」
「いや、どういうわけか、相手の魔族はすぐ逃げちゃったんだよね。何がしたかったのかわからないけど……それより、ドミナ。ヴァインくんの実力、どうだった?」
タマラはなぜか俺のことを気にした様子で、率直に訊ねる。
ドミナは他の生徒の手前、言いにくそうにしていたが、やがて観念したように感想を述べた。
「どうもこうも……ピートが手も足も出ないくらいだ。正直、レベルが違いすぎるな」
「ふうん……やっぱり、あたしの目に狂いはなかったね」
タマラは俺の目の前まで歩いてくると、にっこり微笑んで言った。
「ねえ、ヴァインくん。あたしと勝負してくれるかな?」
「勝負って……訓練か?」
俺の質問に、タマラは笑顔のまま首を横に振った。
「何でもありの真剣勝負だよ。キミの本気を、あたしに見せてほしい」
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