第十話 新生活
王立学校の門をくぐり、広大なキャンパスを抜けて受付に向かう。
タマラは人気のある先生らしく、途中で行き交う生徒に何度も声をかけられては、笑顔で手を振り返したりしていた。
また、ラクシャルの美貌も同じくらい注目を集めており、そこかしこから囁き合う声が聞こえてくる。
その二人に挟まれる俺。なかなか気分がいい。
「話を通してくるから、ちょっと待っててね」
校舎に入ってすぐ、受付の辺りでタマラはそう言うと、窓口に立っていた受付嬢と何やら話し始めた。
本人が言っていた通り、多少はスムーズに事が運びそうだ。
書類を持って戻ってきたタマラに促され、俺とラクシャルは入学願書を書いた。
ラクシャルの出自は正直に書くわけにいかないので、俺と同じ村の出身ということにしてごまかしておいた。
「住居は学生寮希望だね。入学金の支払いは……え? 一括払いでいいの? 卒業してから返済してもらうって方法もあるけど……うちの学費、結構高いし」
「かまわん」
俺は荷物から金貨の詰まった袋を取り出し、願書に記載されている二人分の学費をその場で支払った。
無論、ゼルスから戴いてきた金品の一部だ。
「わわ……二人の家って、もしかしてお金持ちなの? リプアトスの村は、山奥の方にあることしか知らないけど、結構豊かなのかな……」
「俺たちにも事情がある。あまり詮索しないでくれ」
「あっ、ご、ごめん。それじゃ、入学先は……実用戦術部、で間違いないね?」
俺とラクシャルは同時に頷いた。
「もう一度説明するけど、実用戦術部では武器や魔法を使った戦い方を主に教えている。訓練形式の授業がとても多いから、卒業する頃には、並の冒険者を凌駕する戦闘能力が身についているはずだ……むしろ、そうでないと卒業できないんだけどね」
「わかってる。俺もラクシャルも、それでいい」
クロスアウト・セイバーとドレインの恩恵を活かして生きるなら、戦場に身を置くのがベストだ。となれば、実戦のことを教える学部に入るのが自然だろう。
ラクシャルが俺と一緒の学部を選ぶ理由は、今更説明するまでもない。というかたぶん、別々の学部にしても書き換えようとするだろう。
タマラはその後もバタバタと事務室へ引っ込んだり戻ってきたりを何度か繰り返した後、やがて二枚のカードと地図を持って戻ってきた。
「学生証を発行しておいたから、学校の中は自由に見て回っていいよ。それから、これが寮までの地図。部屋の割り当ては、寮母さんに聞いてくれればいいから」
手渡されたカードには、王立学校の校章と、俺とラクシャルそれぞれの名前が印字されていた。
表面からほのかに魔力を感じる……何らかの複製対策が施してあるようだ。
「制服や生活用品のことも、寮母さんに聞いてくれればいいから。できればあたしが案内してあげたいんだけど、今日はこれから用があって……ごめんね」
「別にいいよ。タマラとはまた会えるんだろ?」
「うん! あたしは実用戦術部の先生だから、授業とかで……って、こーら! キミはもう生徒になったんだから、呼び捨てにしないの。あたしのことはタマラ先生って呼ぶ! わかった?」
背伸びしながら抗議してくるタマラに、俺は思わず苦笑していた。
「そうは言ってもタマラ先生、俺より年下にしか見えないんだがな」
「と、年下……!? 失礼なこと言わないでよっ! あたしは今年で20歳になる、立派なレディーなんだからね! バカにすると怒るよ!?」
「20歳だと……?」
俺の肩より低い位置にある顔を上げて睨んでくるタマラは、どこからどう見ても、せいぜい中学生くらいにしか見えない。
まあ、本人が言うからには間違いないのだろうが……。
「仕方ありませんよ。タマラさんは、とても可愛らしいお方なのですから」
柔和な笑みを浮かべたラクシャルが割り込んできた。
二人が並ぶとスタイルの差は歴然で、まさに大人と子供レベルの違いがある。
タマラもそのことに気づいたらしく、ラクシャルを見上げて、じわり、と瞳に涙を浮かべた。
「うわぁぁぁーんっ! 今度会うまでに身長1割増しになってやるーーっ!!」
謎の捨てゼリフを残して、タマラは泣きながら走り去った。
身長145cmだから、端数を切り捨てても14cm……無理だろ。
「さあ、ヴァイン様! 邪魔者が消えたところで、学校見学と参りましょう♪」
と、俺の腕にしがみつき、満面の笑みで促すラクシャル。
こいつもこいつでなぁ……。
校舎の中を歩きながら、俺は説教モードに入った。
「あのな、ラクシャル。タマラのおかげでさっさと入学手続きができたんだから、邪魔者とか言うんじゃない」
「……ヴァイン様は、タマラさんをどうなさるおつもりなのですか?」
「どうって?」
「タマラさんが、人間にしては相当な実力者であることは私にもわかります。ヴァイン様は、彼女からも力を奪うおつもりなのですか?」
核心を突く発言に、俺は反射的に周囲へ視線を配らせた。
「大丈夫です、ヴァイン様。誰もいません」
「……みたいだな。まあ、ゼルスの時もそうだったが、俺に敵対する気がない奴にまで手を出すつもりはない。要するに、タマラの出方次第だな」
「では、仮にタマラさんから力を奪ったとして、彼女を
「それも状況によりけりだ。今の状態で断言できることは何もないが……どうした? 妙に突っかかるじゃないか」
俺の指摘に、ラクシャルは腕を離して一歩身を引いた。
恥じ入るように顔を俯かせ、小さくかぶりを振る。
「……ヴァイン様、卑しい私をお許しください。私は怖いのです。ヴァイン様の心が、他の誰かに奪われてしまうことが」
「俺の心が、奪われるだと?」
「私はヴァイン様に全てを捧げると決めました。私にはヴァイン様しかいないのです。ですから、どうか……きゃっ!」
言葉の途中で、俺はラクシャルの華奢な体を抱き寄せた。
密着した肉体から、鼓動の高鳴りを感じる。
「俺を嘗めるな。ラクシャル」
「は、はい……?」
「俺の心は俺のものだ。誰にも奪われはしない。それから、お前は俺の仲間だと言ったはずだ。たとえ天地が引っくり返っても、お前を捨てることはあり得ない」
「……ヴァイン、様……」
ラクシャルの腕が俺の背に回される。
長い睫毛が触れそうなほどの距離に、ラクシャルの顔が近づく。
瞳を覗き込めば、そのまま吸い込まれてしまいそうにさえ思えた。
「証を……ください。私の全てを、ヴァイン様に捧げたいのです……」
「……わがままな奴だ。仕方ないな」
ラクシャルの言う証が何を意味するか、考えるまでもなかった。
俺は返事の代わりに、ラクシャルの瑞々しい唇に、己のそれを重ねようとして――。
「あーっ、いたいたーー!!」
――能天気な声の横槍に、俺とラクシャルは瞬時に身を離した。
「ヴァインくん、ラクシャルちゃん、ごめんね。さっき渡した地図、間違って二つとも男子寮の地図にしてたんだ。女子寮はこっちの地図、赤く塗ってあるところだから」
タマラはどうやら何も見ていなかったらしく、暢気にも地図を広げてラクシャルに説明を始める。
いいところで邪魔されたラクシャルの表情は引きつり、顔は完全に紅潮していた。
「今いるのがここの校舎だから、あっちの出口から……うん? どうしたの、ラクシャルちゃん。顔赤いよ?」
無邪気なタマラの問いに――ラクシャルは、その頭を二度、三度と丁寧に撫でて答えた。
「――わざわざ届けてくださったんですね。ありがとうございます、タマラさん。とっても、
いい子、を強調したラクシャルの言葉に、タマラの表情が凍てついた。
「ま……またラクシャルちゃんがあたしを子ども扱いしたぁぁっ! うわぁぁぁん!!」
走り去るタマラ、不機嫌そうにそっぽを向くラクシャルを見やり、俺は溜息をついた。
「……仲良くしろよ、お前ら」
見学を早めに打ち切った俺とラクシャルは、まずはそれぞれの生活基盤を整えるために、お互いの寮に向かうことになった。
ラクシャルは俺と同室で寝泊まりしたいと激しく主張したが、粘り強く説得した結果、しぶしぶだが納得してくれた。
これから当面の間は学生として生活するのだから、学校のルールは遵守できるようになってもらわねば困る。
それに、ラクシャルと同室になったら、部屋に女を連れ込むこともできなくなるし。
男子寮は木造だが、予想以上にしっかりした造りの建物だった。
なんでも、100人近い人数が暮らしているらしい。
俺は寮母から生活上の細かいルールなどを教わったが、基本的なところは現代の学生寮とそう変わらない。これといって不便を感じることはなさそうだった。
風呂も食堂も共同だったが、皆の前で自己紹介させられるような恥ずかしいイベントも特になかった。
まあ、人数が人数だけに、いちいちそんなことはしないんだろう。
「……しかし、個室をあてがわれるとはツイてるな」
入浴と夕飯を済ませ、部屋に戻った俺は、広々とした室内を見回して一人ごちた。
本来は二人用の部屋なのだろう。10畳ほどの広さの部屋にはベッドといくつかの棚、それから俺が持ってきたわずかな荷物くらいしかなく、殺風景にすら感じる。
寮母の話では、この部屋はたまたま空いていたらしい。
他の部屋はほとんど相部屋なのに、ここだけ誰もいないというのは妙な感じもするが……何にしても都合がいい。知らない男と相部屋なんて、息苦しくてたまらん。
「やっぱり、日頃の行いは大切だな」
己の人徳にしみじみと感じ入って、俺はベッドに身を投げ出した。
明日からは規則正しい生活が始まるのだし、このまま寝てしまおう。
…………。
不意に、誰かの気配を感じて俺は身を起こした。
肌を刺すような強い敵意が向けられている。
棚や机がガタガタと揺れ始め、部屋中の空気が急に冷たくなったような感覚があった。
「……デテイケェェ……」
凍てつくような、女の声が響く。
白くおぼろげな輪郭が、ゆっくりと壁から突き出してきた。
まるで霊体──いや、こいつは霊体そのものだ。
「コノ部屋カラ、デテイケェェ……!!」
霊体は細く長い腕を伸ばし、俺に襲いかかってくる──!
「【プレス】!!」
「──びぎゃ!?」
重力魔法レベル1、プレス。強い重力場を発生させ、敵を押しつぶす魔法。
俺が唱えた魔法によって、霊体は床に拘束された。
「あー、やっぱりいわくつき物件かよ……道理で、都合よく個室が空いてたのか」
「ちょ、ちょっとぉぉ!? 放しなさいよ、何よこれ!?」
「知らないのか? ゴースト系には物理攻撃は効かないが、魔法は普通に効くんだよ」
霊体は素に戻ったのか、喚き散らしながら必死にバタついて抵抗を試みる。
しかし、今の俺の魔法に抗えるはずもない。容赦なくのしかかる重力が、幽体のシルエットを少しずつ圧縮していく。
「ひぐっ、重い……つぶれ……ぐぇぇ、づぶれるぅぅ……!」
「ゴーストに潰れる肉体はないから大丈夫だ。まあ、このまま放っておいたら、スリップダメージで消滅するかもしれないけどな」
「いやぁぁぁ!? ごめんなさい、許してください、許して! お願いです、何でもしますからぁぁ!」
「夜中に騒ぐなよ……ほら、解いてやる」
俺がプレスを解除すると、幽体は床に転がったままゼェゼェと肩で息をし始めた。
最初はおぼろげなシルエットだけの存在だったはずが、いつの間にか人間らしい――少女の容姿に変わっている。
黄金を溶かしたようなロングウェーブの髪に、勝ち気な輝きを宿すサファイアの瞳。血筋の良さを感じさせる風貌だが、身につけているのは薄汚れた白衣だった。
「ふう……ふ、ふふふ。このノワゼット・カイウス・ニュアージュ様に手を出すとは、身の程知らずの凡愚がいたものね……」
「ご大層な名前だな。幽霊のくせに」
「あなた、なんで私を見てそんなに平然としてるのよ? 私はニュアージュ伯爵家の令嬢にして、魔道具研究の天才なのよ!? 今までの入居者どもと同じように、恐れおののいて逃げ出しなさいよ!」
「いや知らんわ……ゴーストなんて触ることもできないし、邪魔にしかならん。もう寝たいからどっか行けよ」
「ここは私の部屋だって言ってるのよ! 出て行くつもりがないなら、祟り殺してやるわ。ふふふっ、この私の恐ろしさを思い知らせて──」
「【ファン・ボルト】」
「ぴぎゅっ!?」
俺はレベル3の雷魔法を放った。
一条の雷が幽体を貫く。
この魔法は少し特殊な魔法だ。
見た目はレベル1の魔法【ボルト】と大差ないのだが、与えるのはダメージではなく──。
「ひ、ぃぃんっ……か、からだが、ビリビリってぇぇ……♪」
細い肢体をくねらせて、ふよふよと宙を漂う幽体。
【ファン・ボルト】は、電流刺激による快感を与える魔法なのだが、予想通り、幽体にも効果があるようだ。
さて、効果を確認できたので、今度は応用してみよう。
「【ウィンド・フィールド】」
風の障壁が、幽体の周囲360度を完全に覆いつくした。
【ウィンド・フィールド】は本来、敵の攻撃を防ぐ結界として使うのだが、攻撃魔法以外の魔法を反射する効果もある。
つまり……。
「【ファン・ボルト】」
結界の内側に直接、雷を発生させる。
幽体を貫いた快楽の電流が結界の内側で跳ね返り、再び幽体を貫いた。
「~~~~っ!? ~~~~っ♪」
風の障壁の中で、雷は何度も反射を繰り返し、その度に幽体を貫いていく。
幽体は打ち上げられた魚のように跳ねまくり、声をあげて快楽に翻弄されているようだったが、風の障壁が空気の振動を遮っているので声は聞こえない。
とりあえず、このまま放置しておこう。
「さて、寝るか」
俺はベッドに身を横たえ、目を閉じた。
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