第九話 正義の味方?
城で一夜を明かした俺とラクシャルは、風の翼で南東に飛んだ。
方角しかわからないとはいえ、道に沿って飛んでいけば、そのうち街が見えてくるはずだ。
「そういえば、ラクシャル。お前、風魔法は覚え直さないのか?」
「……え? か、風魔法ですか、ヴァイン様?」
「ああ。レベルが上がったんなら、スキルポイントを振り直せるだろ?」
俺に抱きかかえられてうっとりしているラクシャルに、訊ねてみる。
ラクシャルを抱き上げる口実があるのはいいが、ラクシャル自身が不便なのではないかと思ってのことだ。
ちなみに俺の場合は、経験値によるレベルアップではなく、ドレインで能力値を直接上げているので、スキルポイントは入手できていない。
それでいて、レベルが上がった分だけ次のレベルアップに必要な経験値は増えているので、自力でのレベルアップは当分望めないだろう。
ドレインは便利だが、一応そのくらいの代償はあるというわけだ。
「実は、別の魔法を覚えてみようかと思っているんです。魔族は基本的に魔法への適性が高いので、他の種類の魔法でもどうにか覚えられるかと……それでも、基本的には一つの属性を極めるのが限度なのですが」
ラクシャルの言う通り、魔法を覚えること自体はさほど難しくはない。
だが、複数の属性の魔法を一人で使うというのは基本的に無理で、よほど人知を逸した才能の持ち主であっても、二種類の属性が限度だ。
そういう意味で、三種類の属性を操るゼルスは天才の中の天才と言えるのだろう。
なお、その制約はあくまで自力で魔法を覚える場合の話であって、力を奪う分には特に制約はない。
俺はできれば全属性を極めたいところだ。
「でもラクシャル、不便じゃないか? 今まで使えた魔法が使えなくなるなんて」
「私には魔剣もありますから。むしろ、このまま私が風魔法を使えなければ、移動の際にはいつもこうしてヴァイン様に抱いていただけますし……ふふっ」
頬を赤らめて、上目遣いにこちらを覗き込むラクシャル。
……美人は卑怯だ。何をやっても絵になる。それは魔族でも同じらしい。
「そろそろ街が見えてきた。降りるぞ」
思わず話をそらすように、俺は高度を下げて地上に降り立った。
# # #
門をくぐって街に入ると、賑やかな市が立ち並ぶ広場に出た。
大勢の人や馬車が行き交う喧騒に負けじと、商人たちが声を張り上げている。
どこを見回しても活気に満ちた街だ。
「シーフェンの街……18年ぶりだな。思い出してきた」
「ヴァイン様、この街をご存じなのですか?」
隣を歩くラクシャルが、不思議そうに首を傾げた。
「ゲームの中では、序盤の拠点になる街だからな。この辺りで寝泊まりしながら魔物を狩って、経験値と金を稼いだもんだ」
「なるほど!」
ラクシャルは勢いよく頷いたが、こいつ絶対意味わかってないんだろうな。
「それよりラクシャル、お前……大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「その頭だよ、頭」
今のラクシャルの頭には、魔族の証とも言うべき一対の角がない。
完全に、普通の人間と変わらない見た目をしていた。
「形態変化の能力は、高位の魔族なら誰でも扱えます。特に我々と人間は、元々見た目が似ていますからね。簡単なことですよ」
「そういうもんか」
「そういうもんです! いかがですか、ヴァイン様? 人間に扮した私は、ヴァイン様のお気に召しますか?」
俺の進路に回り込み、上目遣いで見つめてくるラクシャル。
にっこりと微笑んで、俺の返事を待っているようだ。
黙っていれば文句のつけようもない美人なのだし、素直に褒めておこうか……。
そんなことを考えていた時だった。
「ぎゃああああっ!」
人混みの中から突如、しわがれた悲鳴が響いた。
声のした方へ目を向けると、尻餅をついたよぼよぼの爺さんが、筋骨隆々のスキンヘッド男に絡まれているようだった。
「コラァ、ジジイ! どこに目ぇつけて歩いてやがる。あぁ!?」
「わ、わしは普通に歩いておっただけじゃ。それを、あんたが後ろから蹴飛ばして……」
「ちんたら歩いてっから俺の足に当たっちまったんだろうが! 背中にも目をつけてキリキリ歩かんかい、ボケがぁ!!」
無茶苦茶なチンピラだ。
話を聞く限り、こいつが一方的に悪いんだろう。
「でも、助けてやる義理もないな。先を急ぐぞ、ラクシャル」
「はい、ヴァイン様! ところでヴァイン様、私の人間姿は似合って……」
俺とラクシャルが、そのまま通り過ぎようとした時だった。
「やめなさいっ、そこの悪人!!」
高みから轟く、少女の一喝。
広場の時計塔の上に直立する影。地上20メートルほどの高さにたたずむ少女は、風にマントをなびかせ、銀の
見た目は10代半ばくらいだろうか。
大きな目と栗色のショートカット、小柄な体格から小動物のような印象を受けるが、その瞳には使命の炎がたぎっていた。
俺の隣で少女を見上げるラクシャルが、訝しげに首をもたげる。
「ヴァイン様。何なのでしょう、あの方は?」
「わからん。わからんが……」
俺の目は、少女の体つきに吸い寄せられていた。
たわわに実った胸。
しっかりとくびれた腰。
柔らかそうでまぶしい太もも。
童顔さと小柄な体格のわりに、育つところはしっかり育っている。
一言で言うと、ロリ巨乳とかトランジスタグラマーとかいうやつだ。
(……とりあえず、手をつけておきたいな)
俺は純粋かつ邪な欲望を抱いた。
そんなことを知る由もなく、少女は高らかに名乗りをあげる。
「シーフェンの守り神、このタマラ・リエノアが来たからには、いかなる非道も許さない! とうっ!」
少女――タマラが時計塔から飛び立つ。
その瞬間、奇妙なことが起こった。
タマラの纏うマントが落下に抗うようにピンと張り、タマラの体を斜め下へ滑空させていく。
その先に立つのは、先ほどの悪漢。
「あたしの必殺剣を食らいなさい! タマラ・スペシャル……」
滑空しながら、タマラが身をひるがえし、レイピアを持つ手を引き絞る。
そして――。
「キック!!」
メシャッッ!!
……滑空の勢いと全体重を乗せて、タマラは男の顔面に膝をぶち込んだ。
男は鼻血を噴いて昏倒する。
「必殺剣はどこに行ったんだ、必殺剣は」
俺は当然のツッコミを入れたが、誰も聞いてはいなかった。
周囲からは一斉に拍手があがり、タマラの勇敢な行動を称えている。
「おじいさん、もう大丈夫だよ。災難だったね」
タマラは先ほどとは打って変わった明るい笑顔で、老人に手を差し伸べる。
慈愛に満ちたその行動に、俺も思わず感心していた。
「ちょっと痛々しいが、良い娘もいたもんだな……ん?」
タマラの背後で、男が鼻を押さえながら起き上がる。
どうやら今の一撃だけでは、倒すには至らなかったようだ。
「ごっ、ごの、メズガギィィ……! ぶっごろじでやるっ!!」
「【ボルト】!!」
俺はとっさに、男に向けて雷魔法を唱えていた。
最弱の雷魔法……しかし、魔王から奪った膨大な魔力を込めた電流は、音の壁を裂いて男の肉体を撃ち貫く。
「んぎゃああああぁぁーーっ!?」
一瞬で黒コゲになって、男は今度こそ意識を失った。
死んではいないだろう……多分。
「……キ、キミは……?」
タマラが目を丸くして、こちらを見つめている。
周囲の目も俺に集中しており、今更逃げ出すことはできそうにない。
反射的にやってしまったとはいえ、少々うかつだったか……。
俺は観念して名乗り出ることにした。
「ヴァイン・リノス。お前が襲われそうなのを見かねて、つい手が出た。お前は感電してないよな? そっちの爺さんも」
「あたしは大丈夫だけど……」
「わ、わしも平気じゃ」
タマラと老人が揃って頷く。
二人とも俺の存在に驚いているようだったが、老人の怯え交じりの目に対し、タマラの目は好奇心に輝いているようだった。
「助けてくれてありがとう! ヴァインくん、でいいんだよね? キミ、すごい威力の魔法が使えるんだね! もしかして学校の生徒? 専門は魔法なの? どのあたりに住んでる人?」
「え、いや……待てよ、そんなにまくしたてるな」
タマラの勢いに圧倒されて、じりじりと後退する俺。
そんな俺の腕に、むぎゅっと抱きついてくる者があった。
「――初めまして、タマラさん。私はラクシャル。ヴァイン様の性奴隷です」
「せいど……」
満面の笑みでラクシャルが言い放つと、タマラの表情が凍りついた。
……やってくれたな、ラクシャル。
「ヴァインくん……どういうこと?」
「どうって、それはだな……いや、何も弁解するようなことはないんだが……」
「そうじゃなくて――せいどれい、って何?」
……そこからかよ。
頭を抱える俺をよそに、ラクシャルがタマラに近づく。
「タマラさん、お耳を貸してください。性奴隷というのはですね……ごにょごにょごにょ……」
「……えっ……ええーっ! ……そ、そんな関係……? ……ひぇぇ……」
ラクシャルが小声で何かを吹き込むと、たちまちタマラの顔が真っ赤になっていく。
どうせろくでもないことを教えているのだろうが、多分間違ってはいないし、わざわざ弁解する気もない。
「私たちは学校に入るために、この街に来たところです。ですから、タマラさんの質問に答えている暇はありません。ここで失礼させていただきます」
「入学希望者? だったら、あたしと一緒に来てくれれば話が早いよ?」
とっとと去ろうとするラクシャルを制し、タマラは自分自身を指さして笑う。
「……どういう意味だ?」
揃って首を傾げる俺とラクシャルに対し、タマラはこともなげに言った。
「だって、あたしが王立学校の先生だもん」
魔帝城でエナが説明してくれた通り、シーフェン王立学校は、世界有数の規模を誇る学府だ。
あらゆる学部で最先端の授業と研究が行われており、優秀な人材を輩出している……らしい。
ゲーム中では入学のシステムがなかったので、その辺りは正直曖昧だ。
3人で並んで学校へ向かいながら、タマラは明るい調子で訊ねてくる。
「ヴァインくんは何を目指してるの? 兵士? 冒険者? それとも魔導研究者?」
「目指してるっていうか……まあ、自由に生きたいかな」
特に思いつかなかったので、曖昧に返事をしておく。
今更職業に縛られる気はないのだが、いつまでもジョブが村人のままでは恰好つかないので、どうにかしたいとは思っている。
というか、村を出たのにまだ村人ってのはどうなんだ? 正しいのか?
「じゃあ冒険者かな? 最近は魔族が勢力を伸ばして物騒になってきたし、ギルドの依頼も増えてるからね。ヴァインくんみたいな人がいてくれると助かるよ」
「冒険者になるための方法なんて、学校で教えてるのか?」
「何しろ王立学校だから。社会に役立つ逸材を輩出するため、学部によって色んなことを教えてるよ。実戦も、研究もね」
「で、タマラ先生は実戦派ってわけか?」
「その通り!」
広場での一件を思い出しながら訊ねると、タマラはたわわな胸を誇らしげに張った。
「あたしの家系は、先祖代々魔族と戦ってきた正義の一族なんだよ。学校で後進を育てながら自分の腕も磨いて、いつか魔帝ゼルスを討ってみせる……! それが、あたしの夢なんだ」
「ふーん」
そのゼルスは、今じゃ俺の2割以下の力しかないけどな。
とはいえ、それでも常人にとってはかなりの強敵だろう……タマラがどれほどの実力者かは知らないが、ゼルスに勝てるとは思えない。
微笑ましげに見守っていると、横からラクシャルに軽く袖を引かれた。
前方を歩くタマラに聞かれないようにか、耳元で囁かれる。
「あの、ヴァイン様……ひとつ確認なのですが、ヴァイン様は、ゼルス様から【心眼】スキルを入手されましたか?」
「ん? ああ、そうだった。効果を確認しようと思って忘れてたんだ」
「【心眼】は、攻撃の命中率と回避率を上げるパッシヴスキルです。もう一つの効果として、あらゆる他人のステータスを確認することができます」
「へえ。そりゃ便利だな」
「あの者……タマラさんは、いずれゼルス様に仇なす敵となるかもしれません。ヴァイン様、彼女のステータスを確認してはいただけませんか?」
「心配性だな、ラクシャルは……別に構わないけどよ」
タマラを視界の中心に捉え、意識を集中させる。
直後、ウィンドウが開き、ステータスが表示された。
「……んん?」
タマラのステータスを確認した瞬間、俺は言葉を詰まらせた。
▽タマラ・リエノア(1/2)
性別:女
種族:人間
レベル:50
ジョブ:聖騎士
HP:143137/143137
MP:9850/9850
EP:9/9
筋力:8294
体力:39355
素早さ:8710
知力:6485
幸運度:9699
性技:4
パッシヴスキル:【ガード】【ガッツLv9】【HP自動回復Lv5】【魔族特効】
アクティヴスキル:【細剣術Lv4】【体術Lv6】【光魔法Lv6】
(……強いぞ、こいつ)
少なくとも、今のラクシャルよりは確実に強い。
ゼルスとは……互角だろうか。
ずば抜けて高い体力に加え、高レベルの【HP自動回復】。
致死量のダメージを受けても一定確率で持ちこたえる【ガッツ】スキルまで持っている。
すさまじくタフな前衛タイプだ。しかも、攻撃力も決して低くはない。
「ヴァインくん、ラクシャルちゃん? そんなに離れてどうしたの?」
タマラが不思議そうにこちらを見ている。
「いや、何でもない」
俺は口ではそう答えながらも、素早く考えを巡らせていた。
こいつが今のゼルスに挑めば、そのままゼルスを倒してしまうかもしれない。
それは困る。ゼルスも俺がテイムした性奴……もとい、仲間なのだから、放ってはおけない。
(……まずは入学が先だ。タマラみたいな実力者がゴロゴロいるとしたら、本気でゼルスの身が危ない。対策も考えなきゃな)
場合によっては、タマラを手籠めにすることも厭うまい。
まだ始まってもいない学園生活だが、どうやら退屈だけはしなくて済みそうだ。
「ん……?」
ふと、タマラのステータス画面のウィンドウ下部に【表示切替】の文字があることに気づいた。
まだ表示できる情報があるのか?
そういえば、名前の後にも、2ページ目があるかのような表示がある。
俺は切り替えを念じ、次のページを表示させる。
すると、新たな情報が飛び込んできた。
▽タマラ・リエノア(2/2)
身長:145cm
3サイズ:86(H)・52・78
性感帯:胸、首筋
特質:【処女】【キス未経験】
……ほう。
なるほど、これもエロゲー的には非常に重要な『ステータス』だ。
しかし、【心眼】スキルでこんな情報まで表示できるとは知らなかった。
ということは、ラクシャルの情報も……?
俺は視線を隣に移し、今度はラクシャルの情報を表示させてみた。
▽ラクシャル(2/2)
身長:167cm(角除く)
3サイズ:92(G)・58・90
性感帯:耳、尻、※奥
特質:【テイム済み】【処女】【キス未経験】【愚か】【母性】【絶対の忠誠】
思った通り、ラクシャルは全体的にスタイルがいい。
数字にされると一層よくわかる。
数値上はラクシャルの方が胸が大きいが、タマラは体格が小柄な分、比率……要するにカップ数としてはラクシャルよりも巨乳だ。
ただしそれはあくまで個人の比率の話であり、小柄な体格ではひとつひとつのパーツが相対的に小さくなるため、揉みごたえとか、ナニかを挟んだり擦ったりする能力に関しては、おそらく二人とも互角といったところだろう。
何の優劣なんだか、自分で言っててよくわからないが。
特質というのは、どうやら性的な事柄に影響する、経験、性格、体質などの特徴のようだ。
扱いとしては、一種の隠しステータスに近いのだろう。
システムにすら【愚か】などと書かれているが、ラクシャルの言動を見ていると実際そんな感じなので擁護できない。
「ヴァイン様、タマラさんのステータスは確認できましたか?」
俺からの視線の意味を勘違いしたのか、ラクシャルが小声で訊いてきた。
「後で教える。……しかし【心眼】って便利だな」
「はい! ただ、なぜかゼルス様は、そのスキルをあまり気に入っておられないようでした。特に私のステータスを確認された後は、ご自分の体をペタペタと触っては、深い溜息をこぼしておられましたね……」
「ああ、わかる」
スタイルの差をこうもハッキリ見せられれば、嘆きたくもなるだろう。
ようやく見えてきた校舎を仰ぎながら、俺は遥か彼方のゼルスに少しだけ同情した。
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