第八話 女神、いまさら降臨


「えへへー、凛々しくなりましたねー、転生者さん。見違えるようにたくましいですー」


 エナは能天気の極みのような笑顔で俺を見つめ、ぬけぬけと言い放つ。

 俺の頭の中で、ブチリと何かが切れる音がした。


「遅いわ、ボケッ!! 今更ノコノコ出てきて何がえへへだ、ナメてんのか!!」


「えっ、ええー!? いきなりの罵倒ですかー!?」


 18年分の鬱憤を叩きつけた俺に、エナは目を白黒させたが、ふと何かに気づいたように改めて俺の姿を上から下まで眺め回した。


「あれー? そういえば転生者さん、すっかり育っちゃってませんかー? わたしの予想だと、8歳くらいのはずなのにー」


「今の名はヴァインだ。転生するなり地下牢に押し込められて、今日18歳になったところだよ。会いに来るとか約束してたはずのありがたい神サマは、18年もの間、いったい何をなさってたんでございますかねえ?」


「……あははー」


「あははーじゃない」


 詰め寄る俺から顔をそむけて、エナは言い訳を始める。


「あのですねー、悠久の時を生きる管理神のわたしにとっては、時間の流れなんてあっという間なんですよー。不幸な事故ですねー」


「やかましい。スケジュール管理すらできないくせに何が管理神だ。近所の駐車場で一日中テレビ見てただけの管理人のジイさんの方がまだ管理力あるわ」


「あはははー」


「笑ってごまかすな」


 なおも詰め寄る俺にエナはウィンクして、自らローブの肩をはだけさせた。


「そんなことより、あの時の続き、しましょうよー。わたし、転生者さんの……ヴァインさんのことを考えると、体が疼いちゃってー……はわー!?」


 エナの熱っぽい戯言を断ち切るように、エナの眼前すれすれに、白銀の剣が振り下ろされる。

 にっこり笑顔のラクシャルが、ただならぬ気迫を背負い、双剣を構えていた。


「失礼……私はヴァイン様の第一のしもべ、ラクシャルですが。あなたは、どちら様でしょうか?」


「わ、わたしは管理神のエナです! 神様ですよー。とっても偉いんですよー! あがめなさーい!」


「はぁ……? 神だか何だか知りませんが、ヴァイン様に触れていいのは私とゼルス様の2人だけです。即刻消え失せなさい」


 2度は言わないぞと釘を刺すように、エナに剣を突きつけるラクシャル。

 そういえば、門番のスライム娘にもこんな態度だったな……ゼルスを特別扱いしているだけで、ラクシャルは本来独占欲が強いタイプなのか?


 しかしエナも負けてはおらず、ラクシャルの脅しを鼻で笑った。


「神にケンカを売るとは、どこまでも楽しい人……いや、魔族ですねー。とうの昔に、わたしに先んじられているとも知らずー!」


「どういう意味ですか?」


「わたしは転生前のヴァインさんと、既にカラダの関係を持っているんですよー! 最後まではできませんでしたけどー、わたしこそがヴァインさんの初めての女──」



「【剛魔剣・光牙裂断】!!」



 ラクシャルは、光を纏った剣を目にも留まらぬ速さで振り抜いた。


「みぎゃああああーーーー!?」


 光に飲まれ、エナの肉体は一瞬で蒸発した。

 後には骨の一片すらも残らなかった。


「……おい、ラクシャル。エナは……」


「はい、ヴァイン様? エナなんて女、私は存じませんよ? そんな女は始めからいなかったんです。そうですよね、ヴァイン様?」


「…………」


 俺は唖然として何も言えなかった。

 が、数秒も経たないうちに再び光の柱が広間に現れ、死んだはずの管理神が飛び出してきた。


「いきなり何するんですかー!? わたしが神様じゃなかったら死んでたところですよー!?」


「わざわざもう1度殺されに来るとは、いい度胸ですね」


 動じることなく狩りの態勢に移るラクシャル。

 エナは「ひえっ」と小さく悲鳴をあげて、ゼルスの背後に隠れた。


「た、助けてくださいー! 嫉妬に狂った悪魔が襲ってくるんですー!」


「やめい、余を盾にするな! 貴様、エナとか言ったか……神を名乗るわりに、弱すぎるのではないか?」


「わたしは世界の管理にリソースを割いているので、戦闘力はザコ並なんですー。代わりに、いくら殺されても死にませんけどー」


「やれやれ……じゃったら無闇にラクシャルを挑発するな。話し合いで平和的に解決しようではないか」


「なんてまともな意見! とっても善良な女の子ですー!」


 そいつ善良どころか魔族のボスなんだけど。

 俺のツッコミをよそに、2人の会話は続く。


「して、エナよ。貴様、ヴァインの何なのじゃ?」


「それはですねー、不慮の死を遂げた彼をわたしが転生させてあげたんですー。その時に、服を剥いたりー、エッチなことが得意になったりする能力をプレゼントしちゃいましたー」



「【ライトニング・ボルト】!!」



 ゼルスは魔法を唱え、エナめがけて轟雷を落とした。


「みぎゃああああーーーー!?」


 雷に打たれ、エナの肉体は一瞬で蒸発した。

 後には骨の一片すらも残らなかった。


「貴様かァァ!! 貴様が元凶か、この愚物・オブ・愚物めが!! どうせまだ死んでおらぬのであろう、出てこい! 生け捕りにして拷問にかけてやる!!」


 俺に直接復讐できない分、ゼルスの怒りは全てエナに向けられたようだった。

 しかし、今度はいつまで経っても光の柱は現れず……代わりに、頭の中に声が響いてきた。


『みなさんー……わたしの声が、聞こえますかー……?』


「エナの声だ」


「貴様、逃げる気か!? 余をこんな目に遭わせた責任を取らせてやる、今すぐ降りてこい!!」


『いやですー……こわい……』


「素直だなお前」


 もはや神としての威厳のカケラもない。


「まあ、いい。なんかお告げっぽいムードだから、そのまま次の目的を示してくれよ、エナ」


『目的ですかー?』


「成り行きで魔帝なんて大物をテイムしたせいで、次に何やるかサッパリ決まってないんだ。なんか面白そうなことないか?」


 我ながら、ものすごいザックリした質問だ。

 隣でゼルスが「成り行きじゃと!?」と驚愕しているが、それは無視する。


『そうですねー。転生した人は、だいたい成長して学校に入学したあたりで、メキメキと頭角を現すことが多いですけどー』


「学校……それは、面白そうだな。監禁生活のせいで学力はないが、戦闘技術を扱う学校なら余裕だ」


 ハプニングがあったとはいえ、俺もまだ18歳だ。入学するのに遅すぎるということはない。

 学校には多くの人が集まるし、新たな出会いもあるだろう。

 物語序盤のメインステージとしては、定番中の定番だ。


「何を言っておるのじゃ。余の力を盗んだ今の貴様が、人間の学校ごときで戦闘技術を学ぶ必要はなかろう?」


「今の俺だからこそ、だ。どんな相手が現れようと、俺にとっては赤子の手をひねるようなもの。俺に蹴散らされる雑魚どもを見下ろし、羨望のまなざしを集め、優越感に浸りたいんだよ!!」


「大人げないのう……そんなことのために余の力を……」


 ゼルスは呆れ果てたように肩を落とし、全身で溜息をついた。

 その隣で、ラクシャルが瞳を輝かせる。


「なるほど! 集団の中で注目を集めて多くの知己を獲得し、人脈を広げようということですね! 将来のことも見据えた行動、さすがはヴァイン様です!」


「お前、俺のやることなすこと良いように解釈するよな……いや、その方がありがたいんだけども」


 とにかく、次の目的地は決まった。

 ついでにひとつ思い出したことがあったので、訊ねてみる。


「ああ、それからエナ。性技のパラメーターが上限を超えてるんだが、何か心当たりはないか?」


『それはー、ヴァインさんのレベルが一定値を超えたので、レベルおよびステータスの上限キャップが解放されたんですー。クロスアウト・セイバーには、成長をフラグにして解放されるイベントも多数あるんですよー』


「そういうことか。じゃあ、学校に行くのはますます都合が良さそうだ」


 新たな出会いがあれば、またテイムやドレインで戦力を強化する機会にも恵まれることだろう。


『大陸一の軍学校といえば、ここから南東にあるシーフェン王立学校ですー。せっかくなので、わたしもご一緒にー……』


「あなたの姿が見えた瞬間、剣のサビにします」


『ひぇっ』


 ラクシャルが宣言すると、それっきりエナの声は途絶えた。


(……まあ、ほっといたらまたそのうち、向こうから声かけてくるだろ)


 俺は一旦エナの存在を忘れて、次の目的に専念することにした。


 行き先は南東。シーフェン王立学校だ。

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