第四話 魔帝城へ!


 黄昏の空の下。

 俺はラクシャルを抱きかかえ、城に向かって文字通り飛んでいた。


「ヴァイン様、お手数をおかけします。私も風魔法が使えれば、自力で空を飛べるのですが……」


「気にするな、その魔法を奪ったのは俺だ。そんなことより、方角は合ってるんだろうな?」


「はい! もう見えていますよ、あそこです」


 ラクシャルが目を向けた先、山脈の間から突き出すようにそびえる古城があった。

 巨大な城壁に囲まれたそれは、まるで要塞だ。


「ヴァイン様、そろそろ高度を下げましょう。今の状態で他の魔族に見つかったら、説明が面倒です」


 俺は素直に高度を下げ、城から少し離れたところに着陸すると、ラクシャルを下ろした。


「服は、気にしなくてもいいのか?」


 訊ねながら、ラクシャルの体を上から下まで眺める。

 俺もラクシャルも、村で脅し取った服に着替えていた。

 幸運なことにお互いサイズはぴったりで、ラクシャルの方は、頭の角がなければ良家の令嬢にすら見えるくらいの愛らしさだ。


「着替えたくらいで別人と間違われることはありませんから、心配いりません。それより、城に入る際のことですが……」


「俺はラクシャルに捕まった奴隷だ、ってことにすればいいんだろ?」


「申し訳ありません! 本当は私の方がヴァイン様の奴隷であるにもかかわらず、このような……」


「大丈夫だ」


「ゼルス様とのお話が終わったら、いかような罰でも受けます! いえ、むしろお仕置きしてください! ヴァイン様のたぎる欲望を、荒々しく私にぶつけていただければ……今度こそ私は、壊れてしまうかも……ああっ……!」


「大丈夫か?」


 無垢な心にいきなり強烈な快感を教え込んでしまったせいで、どうもラクシャルの歯車はズレてしまった感じが否めない。

 前世でゲームをやった時は、こんな性格じゃなかったはずなんだが……。


 とはいえ、忠実で頼れる仲間には違いない。

 多少のことには目をつぶって、仲良くやっていこう。


「ヴァイン様、門が見えました。ここからは私の後ろに」


 少し歩いたところで、ラクシャルが声をひそめて言った。

 打ち合わせ通り、ラクシャルが前を歩き、俺は従者のように彼女の後をついていく。

 城壁の門に備えられた松明が、全身クリスタルブルーの門番の姿を照らし出した。


「ぷるぷる……あっ、ラクシャル様! ご無事だったんですねー、ぷるっ! ゼルス閣下が捜してましたよ!」


 ラクシャルにそう声をかけた門番は、スライムだった。

 といってもよくあるゼリー状ではなく、発育のいい女の子のような形をしている。

 おそらくある程度自由に形を変えられるのだろうが、それでも全裸の女の子の姿形をしているので、俺はついつい半透明のボディラインに目を奪われてしまう。


「ありがとうございます、スラーナ。すぐにゼルス様のところへ向かいますから、安心してください」


「ぷるっ? ラクシャル様、この人間は? なんだかイヤらしい目でスラーナを見てくるんですけど」


「ああ、気にしないでください。彼は私の……」



「ふんっ!!」



 俺は欲望に身を任せ、スライムの胸に顔面から飛び込んだ。


「ぷるぅぅーっ!?」


 ひんやりとした水風船のような感触に、まず顔面を、次に全身を受け止められる。

 不定形生物だけあって、スライムの体はとてつもない柔らかさで俺の体を受け止めてくれていた。


「ぷるぷるーっ!? な、なんなんですか、なんなんですかこのヒトー!?」


「前から疑問だったんだ……お前らスライムは自由に形を変えられるわけだが、神経はどこに通ってるんだ? 触られて気持ちよくなれるのか? 長年の疑問を解き明かすチャンス、逃す手はない」


 昂る感情のまま、スライムの胸元でぷるぷる揺れる乳※を鷲掴みにする。

 軽く揉みほぐしただけで、スライムはおとがいを反らせて甘い声をあげた。


「ぴゃうううっ……! やっ、だめですぅぅ!」


「いい感度だな。じゃあ、こっちはどうだ?」


 細い腰に手を回し、ヒップの割れ目に指を沈み込ませる。


「ぷるぅぅっ!! そこも、そこもだめぇっ!!」


「んん……? こいつ、もしかして……」


 試しに、首筋をさわさわと撫でてやる。


「ぷるっ、ぷるぅぅっ!! や、はぁぁぁぁ……!!」


 3回の愛撫で、スライムはほぼ同じ程度の、強い反応を示した。

 ……そうか。これで全てがわかった。


「スライムの体は自在に変形する。ゆえに、同じ感度の神経が全身に巡っている……すなわち、全身性感帯というわけだな!! このドスケベボディが!!」


「ぴぇぇぇん……な、なんでそんなこと言われなきゃいけないんですかぁぁ……」


 全身をぷるぷると震わせて、スライムは泣き出した。

 言い方が悪かったかもしれない。いじめる気はなかったんだが。


「いやいや、よくできた体だと褒めているんだ。待ってろ、実験に付き合ってくれたご褒美として、俺の体液でお前の体積を増やして……」


「──スラーナ、ここの警備はもう結構です。あなたには、もっと外の守りをお願いします」


 俺がズボンを下ろそうとしていると、横合いからラクシャルが言い放った。

 突然の言葉に、スライムは目を白黒させる。


「そ、外ですか? でもわたし、門番のお仕事が……」


「そのドスケベボディとやらでヴァイン様を誘惑することは、あなたの仕事ではないはずです。もう一度言いますよ……早く、去りなさい」


 ラクシャルは低い声で告げるとともに、スライムを睨みつけた。

 今のラクシャルはレベル1のはすだが、そうとは思えないほどの眼力だ。

 睨まれたスライムは、たちまち子供のように顔をくしゃくしゃにする。


「ぷ、ぷるるぅ、ラクシャル様まで……うわーーん!!」


 泣きながらスライムは逃げ去ってしまった。

 くそっ、せっかくもう少しのところだったのに……。


「おい、ラクシャル! どういうつも……」


 どういうつもりだ、と言いかけた瞬間、後ろからラクシャルが抱きついてきた。

 背中にラクシャルの体温が密着し、何も言えなくなる。


「申し訳ありません、ヴァイン様。あなたの欲望に気づかないなんて、私が鈍感でした」


「お、おい……」


「一度、すっきりさせて差し上げますから……このまま、私に身をゆだねてください……」


 ラクシャルのたおやかな指が、俺の腹筋を撫で下ろす。

 その先に待ちかまえている刺激を想像して、俺は思わず目を瞑り……。



 ──バサバサバサッ! と、頭上で何かの羽ばたく音が響いた。



「うわっ!」


 反射的にラクシャルを引きはがし、頭上を見上げる。

 ドラゴンだかワイバーンだかいう、翼を持った怪物が、城の上を飛んでいくのが見えた。


「……ここじゃ落ち着かん。ゼルスのところに行くぞ、ラクシャル。つまみ食いはやめて、メインディッシュまで我慢だ」


「うう……わかりました……」


 心底残念そうに、ラクシャルは頷き返した。




 門をくぐった後は予定通り、俺がラクシャルの奴隷という体で、ラクシャルに同行した。

 道中で何匹かの魔族と会ったが、ラクシャルは魔帝の片腕というだけあって魔族の中でも地位が高く、ラクシャルの言うことを疑うものはなかった。


「もうすぐ玉座の間ですよ、ヴァイン様。たぶん、まだゼルス様は起きておいでかと思います」


 やたらと広く天井の高い廊下を進みながら、ラクシャルは嬉しそうに説明する。


「起きておいでか……話が通じるといいんだがな」


「ゼルス様ならきっと、私とヴァイン様の仲を喜んで祝福してくださいますよ! 私、ゼルス様とは幼なじみですからね」


「そうなのか?」


「はい。幼い頃、ゼルス様が魔帝を目指すとおっしゃったので、私は第1の部下としてゼルス様に仕えてきたのです。魔族の長は実力が全てですから、それはもう激しい戦いの日々でした……」


 懐かしい日々を思い出すように、遠い目をするラクシャル。

 相当血なまぐさい青春だったんだろうな、と俺が溜息をこぼしかけた時──。

 ズシン、と大きな地響きが足元を揺らした。


「なんだ? この揺れは――」


 柱の陰から、ぬっと巨大な影が姿を見せる。

 それは身長5メートルはあろうかという、真っ青な肌をした巨人の……男だった。

 残念だ。


「よぉ、ラクシャル。やっとお帰りかぁ」


「あなたは……ギガイアですか。私はゼルス様のもとへ向かうところです。邪魔をしないでください」


「そうはいかねぇなぁ。魔帝ゼルス様の右腕の座……今日こそ、譲ってもらうぞぉぉ!!」


 ギガイアと呼ばれた巨人が、どこに隠していたのか、巨大な棍棒を取り出して吼えた。

 見た目の時点でわかるが、こいつもそれなりの実力者らしい。


「戦いの日々ね……魔帝の部下になっても、ポジション争いは尽きないってことか」


「下がってください、ヴァイン様! ギガイアの相手は、私がします!」


「うがぁぁぁぁ!!」


 言い終えるより早く、ギガイアが棍棒を振り上げ、こちらへ走ってくる。

 巨大な棍棒が振り下ろされるのとほぼ同時、俺は高く跳んで回避した。

 ラクシャルもまた、跳んで避けた──はず、だったのだが。


「きゃ……っ!?」


 レベル1のラクシャルでは攻撃の余波をかわしきれず、風圧で吹き飛ばされてしまう。

 当然、そんなことは見越していた。

 俺は風魔法を使ってラクシャルを追い、その体が壁に激突する前にキャッチした。


「大丈夫か、ラクシャル?」


「ヴァ……ヴァイン様……!」


 ラクシャルの熱視線を頬に浴びながら着地する。

 ちょうどこちらへ振り向いたギガイアと目が合った。


「な、何だぁ、てめぇ! おれとラクシャルの戦い、邪魔すんなぁぁ!」


「悪いが――」


 どたどたと駆けてくるギガイアに向かって、俺は飛びかかった。

 ギガイアの無防備な眉間に、拳を……否、輪にした中指と親指を突き出して。



 ぴんっ。



 デコピンを一発。

 その瞬間、ギガイアの体は大きく反り返り、デコピンの衝撃で全身を引っ張られるようにぐるぐると縦回転しながら、壁に激突した。

 崩れた壁の破片に埋もれるギガイアに向けて、俺は吐き捨てるように言った。


「男に割いてやる時間はない。しばらくそこで寝てろ」


 ギガイアは一発で完全にトンでしまったらしく、返事はなかった。

 その代わりと言っていいのか、別の方向から、感激に震える声が俺の耳朶を打つ。


「ヴァイン様……私を助けてくださったのですね。ああ、お慕いしております……ヴァイン様っ!!」


「いや……まあ、何だ。今の俺のステータスだと具体的にどれくらい強いのか、試しておきたくもあったし。気にするな」


「いいえ、気にします! ヴァイン様は私の命の恩人です。本当に、素晴らしいご主人様に仕えることができて、私は世界一の幸せ者です!」


 涙声で言って、抱きついてくるラクシャル。

 むしろ、俺がドレインで力を奪わなければ、ラクシャルはデコピン一発で奴をKOできていたはずなのだが……その辺りのことは、あまり考えないようにしておいた。

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