第三話 初めてのドレイ
やがて、眼下に湖が見えてきた。
着替える前に、全身にしみついた地下の埃を洗い流しておきたい。
高度を下げ、湖のほとりに着地した。
「湖なんて見るのも、前世以来だな……」
こちらの世界で初めて目にした湖の水は、美しく澄み切っていた。さすがに環境汚染とは無縁の世界だ。
周囲に人の気配もないし、さっさと水浴びを済ませてしまおう。
俺はラクシャルを湖のほとりに下ろすと、身につけていたボロ切れを躊躇なく脱ぎ捨て、湖に足を浸した。
「……っ」
水の冷たさに一瞬ぶるっと来たが、同時に、冷水が肌にしみこむような気持ちよさも感じる。
肩まで水に浸かり、手で水をすくって顔を洗う。
素肌にこびりついていた汚れが剥がれ落ちていく感覚が、たまらなく快感だ。
「ふう……やっと人間らしくなってきた……」
これが風呂なら、もっと気持ちいいんだろうな……。
確か、この世界には温泉街もあったはずだ。金の工面がついたら、ラクシャルを連れて温泉旅行に繰り出すのもいいかもしれない。
……と考えて、まだ俺はテイムされてからのラクシャルの反応を見ていないことを思い出した。
「う……う、ん……」
くぐもった声を漏らして、ラクシャルが身じろぎする。そろそろ意識を取り戻しつつあるようだ。
テイムされたキャラはプレイヤーの仲間になるのだが、だからといって従順になるとは限らない。
少なくともプレイヤーへの攻撃はできなくなるが、その先はバラバラだ。
奴隷のように従順になる奴もいれば、全く命令を聞かず反抗する奴もいる。
果たして、ラクシャルはどっちのケースだろうか……俺は身構えつつ、彼女の目覚めを待った。
「……はっ!? こ、ここは……? 私は確か、人間たちの村を襲っていて……」
「おはよう、ラクシャル。お目覚めだな」
上体を起こして辺りをきょろきょろ見回していたラクシャルに、こちらから声をかける。
ラクシャルは俺の方へ振り向いた瞬間、全てを思い出したように目を点にした。
「あなたは……ヴァイン。そうでした、私はあなたと戦っていて……」
「俺がお前を倒した。ついでに、お前の力もいただいた」
「な……っ!」
ラクシャルは俺の言葉に息を呑んだが、すぐにそれが事実であることを理解したようだった。
「俺の仲間になれ、ラクシャル。お前に拒否権はない」
「あなたの仲間になれ、ですって!? な……なんて……」
ラクシャルは握り拳をわなわなと震わせ、感情の昂ぶりを露わに、叫んだ。
「──なんて、紳士的な方なのでしょう!!」
「……は?」
予想外の返事に、俺は思わず、ぽかんと口を開けていた。
ラクシャルは祈るように両手の指を組んで、キラキラと輝く瞳で俺を見つめている。
「私はあなたに倒された身。本来なら命を奪われても仕方ない立場です。しかし、あなたは私を殺すどころか、仲間にしてくださるとのこと……なんという温情でしょうか」
「温情……」
そんな解釈の仕方があるとは思わなかった。
「わかっています。私の力を奪ったのも、あなたを侮って敗北した私に対する戒め。1から鍛え直す機会を与えてくださったということでしょう。これがいわゆる愛のムチなのですね!」
「何だ、その猛烈なポジティブシンキング」
「私、感動しました! ぜひ、あなたの……ヴァイン様のものにしてください。あなたの命令なら、どんなことでも従います!」
怖いぐらいすんなりと、忠誠を誓われてしまった。
俺の望むところではあるのだが、本当にいいのだろうか……話がうまくいきすぎると、疑念が湧いてくる。
というかこの女、ちょっとおかしいんじゃないのか。
「今、そちらへ参ります」
言うや、ラクシャルは水泳選手のようなフォームで湖に飛び込んだ。
こちらの近くまで潜水で近づいてくると、ざばっと飛沫をあげて顔を出す。
「うわっ……何だよ?」
いきなり間近に現れたラクシャルに対し、俺は反射的に身構えた。警戒心というよりは、童貞ゆえの不慣れさによって。
水に濡れたラクシャルの顔は、いっそう艶っぽさを増しているように見える。いや、水のせいだけではなく、その瞳も頬も、欲情の熱を帯びているのは明らかだ。
「ヴァイン様。早速……いたしましょうか?」
「いたす?」
「先ほどは、ヴァイン様に一方的に気持ちよくしていただいて……ヴァイン様を、満足させられませんでしたから」
するり、と俺の腰をすべすべの手がなぞり上げる。
その瞬間、思い出したように、下腹部に熱い疼きが蘇った。
「……ラクシャル、お前……」
「経験はありませんが、聞いたことはあります……男の人は、その状態では、おつらいのでしょう? 私はもう、あなた様の奴隷になった身です。ですから……」
ラクシャルが身を寄せてくる。
俺の胸板に押し当てられたふたつの膨らみがむにゅんと潰れ、先端の蕾がこりこりと胸板をくすぐってくる。
興奮を覚え始めた俺の耳元に、ラクシャルが唇を寄せた。
「私を……あなたの好きにしてください……」
その囁きが決定打となって、理性のタガが外れた。
「ラクシャル──」
「あっ! いけない、忘れていました!」
ラクシャルを抱きしめようとした俺の両腕は、むなしく空を切った。
身を翻したラクシャルは、素早く湖のほとりへ上がってしまう。
「大変です、ヴァイン様! こちらに来てください!」
「……色んな意味で、本当に残念な女だな、お前は……」
文句を言っても仕方がない。悶々とした気持ちを抱えながら、俺は仕方なく、泳いでラクシャルに近づいていく。
「それで、何かあったのか?」
「私はあの村を……ヴァイン様のいた村を襲った後、城に戻る予定だったのです。我が主、魔帝ゼルス様の城に一度戻らなくては、ご心配をおかけしてしまいます」
魔帝ゼルス……そうだ、その名前だけはゲーム中にも登場していた、ラクシャルの主だ。
いずれ戦うことになるボスキャラ……あるいはラスボス級かもしれない。
しかし、そんな奴のために愉しいひとときをキャンセルされたのはいただけない。
「俺がお前の主になったんじゃないのか?」
「それはもちろんです! ですが……ゼルス様に事情を説明するお時間をいただけませんか? このまま放っておいたら、ゼルス様は私が死んだと勘違いして、世界中の街を滅ぼしてしまわれるかもしれません」
「だからって、ラクシャルがそんな男に会いに行くのを許可しなきゃならないのか」
「男? いえ、ゼルス様は可愛らしい女性ですが……」
「……可愛らしい女性?」
予想外の答えに、俺はオウム返しの口調になった。
そういえば忘れていたが、ここはエロゲーの世界なのだ。
「背丈は私の肩くらいまでで、全体的に小柄な体格でいらっしゃいます。立場上、恐ろしい発言をされることも多いのですが、本当は心優しいお方なのですよ」
「ふむ」
俺はラクシャルの力を吸って強くなったが、この力をもって名を馳せれば、いずれはその魔帝とも戦うことになるだろう。
だとすれば今、ラクシャルに同行して魔帝に会いに行くのも同じことかもしれない。むしろ、18年の遅れを取り戻すためには、それくらいのことはすべきだ。
あるいは、ゼルスが本当に優しい奴なら、会って話を通すだけでもいいだろう。
害意を持たない奴にまで一方的に襲いかかるのは、さすがに良心が咎める。
「ラクシャル……俺も一緒に行ってゼルスに会いたい。場合によっては戦うことになるかもしれないが、構わないか?」
「はい! どうぞ!」
「…………」
賛成してくれるのはいいんだが、ちょっと勢いが良すぎないか。元とはいえ、お前の主だろう。
そう訊ねると、ラクシャルは頬を赤く染めながらも、しっかりと答えた。
「だって、ヴァイン様に倒してもらえるのは、あんなに……生まれて初めてというくらい、気持ちよかったのですから。あの気持ちよさを、ゼルス様にも教えて差し上げたいんです!」
屈託のない笑顔で言い切ったラクシャルを見て、俺は思った。
ちょっとどころじゃない。こいつ相当頭おかしい。
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