第二話 テイムとパワーアップ

「……18歳になってしまった」


 暗く湿った地下牢。

 とうに見慣れた独房の壁を見つめて、俺は呟いた。その声は、今後の人生への展望さながらに暗澹としている。

 ランプの頼りない光で照らされた壁には、びっしりと俺自身の手で『正』の字が刻まれていた。


 俺がこの部屋に閉じこめられてから、6574日──つまり、ちょうど18年が経ったわけだ。

 月日が経つのは早い。早すぎて、まるでこの18年間、何もなかったかのようだ。


「……実際、何もなかったわけだが」


 もう18年間、太陽を見ていない。それどころか、この牢屋から1歩も外へ出ていない。


 RPG慣れしている人間なら、ゲーム中で投獄されても「どうにかして脱出できるだろう」と考えるのが普通だ。挑発や仮病で看守をおびき寄せて襲うのが常套手段だと思う。

 しかし、この村の連中は徹底していた。俺がどれだけ煽っても懇願しても相手にせず、絶対に扉を開けなかった。

 一応、普通に話しかければ質問には答えてくれることもあり、外の状況は少しだけ知ることができた。


 ここが『リプアトス』という名の農村であること。

 俺の両親も村の生まれだったが、俺を奪還しようとしたせいで村から追放されたこと。

 俺を陥れてくれた占い師の婆さんは、数年前に突如行方をくらましたらしいこと。


 いずれにしても、有益な情報は一切入手できなかった。有益というのは、もちろん脱走に役立つ情報のことだ。

 前世では日雇いバイトの時以外、基本的に引きこもっていた俺だが、まさか強制的に引きこもらされるとは思ってもみなかった。いったい何の因果なのか。


「……ステ振りを間違えた。素手で壁をぶち破れるくらいの怪力をもらうべきだった……」


 かえすがえすも、目先のエロに走った自分の愚かさを呪わずにはいられない。

 エロといえば、あの色欲まみれの女神はいつになったらやってくるんだろう。俺が大きくなったら、などとほざいていたが、いっこうに現れる気配がない。

 あいつが手を貸してくれれば脱出くらい楽勝だろうが、あの抜けた性格からして、忘れていることも充分にあり得る。そうなったら、本当に一生このままで終わってしまうかもしれない。


「筋トレでもするか……」


 嫌な想像を振り払って、俺は現実と向き合うことにした。

 いつか地下牢の扉が開いた時、いつでも看守を絞め落とせるように、体だけは鍛えるようにしている。経験値も少し入るし、悪いことはない。

 どうせ時間だけは有り余っているのだから──。


 その時、突然の轟音とともに、すさまじい揺れが地下牢を襲った。


 直下型の大地震かと思うほどの衝撃。

 俺はカップに入れられたサイコロのように転げ回り、部屋の壁に背中からぶつかった。


「いてて……何だ?」


 一瞬のことだったようで、身を起こすと、既に揺れは収まっていた。

 と、目を向ければ、地下牢の扉が外側に倒れている。どうやら、今の衝撃で金具が破断したようだった。


「……逃げるか」


 何が起こったのかわからないが、少なくとも罠ではないだろう。

 村の連中ならいつでも俺を殺せたのだから、こんなことをする理由がない。

 即断して、俺は18年間過ごした『我が家』を後にした。




 地下牢は元々地下倉庫を改装したものだったようで、階段を登り切るとどこかの倉の中に出た。

 倉の扉を開けて、外に飛び出す。


「うっ……」


 強烈な光に目がくらむ。とんでもなく久しぶりに目にする太陽の光。

 だが、その先に広がっていた光景は、予想だにしないものだった。


 10数人という村の男たちが、倒れ伏し、うめき声をあげている。

 ボロ雑巾のようになった連中を冷徹に見下ろしていたのは、双剣を携えた1人の女。

 紅い髪に混じって、その頭頂部から突き出している一対の角が俺の目を引いた。

 この女は──魔族だ。


「何度でも言います。この村を捨て、どこか遠くの地へ移り住みなさい。そうすれば、命までは取りません」


 はっきり響く声で、魔族の女は言い放った。


「ん……?」


 俺は遠目に女を眺め、頭からつま先までじろじろと視線を這わせた。

 剣のような鋭さを感じる目鼻立ち。「可愛い」というより「美人」という形容がしっくりくる顔だ。

 鎧のせいで正確にはわからないが、丸く張り出した胸、スラリと伸びた脚がスタイルの良さを窺わせる。


 しかし俺が気になっていたのは、彼女の容姿だけではない。どうも、この女には見覚えがある気がする。

 いったいどこで見たんだったか。18年も経ったせいで記憶が錆び付いていて……。


「……あっ。そうだ、ラクシャル……ラクシャルだ!」


 思い出した。

 俺が前世で、死に際に戦っていた相手。魔帝ゼルスの右腕にして『剣舞の魔将』の二つ名を持つ強敵──それが、ラクシャルだ。


「はい? 確かに、私はラクシャルですが……あなたは?」


 名前を呼んだせいで、ラクシャルはこっちに気づいたらしい。澄んだ瞳でこちらを見つめてくる。

 ついでに村の連中も俺が地下牢から出たことに気づいたようだが、ラクシャルという脅威の前では俺の存在など二の次らしく、大したリアクションもなかった。


 ラクシャルの頭上には、黄色い三角形のカーソルが点灯している。

 これは『中立』状態を現すものであり、彼女が俺個人に対して敵意を持っていないことを意味する表示だ。

 もっとも、今は俺の正体がわからないから慎重になっているだけだろうが。


「ヴァイン・リノス。この村の者だ」


 口を動かして時間を稼ぎながら、俺は彼我の戦力差を確認する。


 コントローラーの類が存在しないこの世界では、頭の中で念じることで、システム画面を表示できる。

 念じた瞬間、目の前に長方形のウィンドウが浮かび、俺のステータスが表示された。


▽ヴァイン・リノス

性別:男

種族:人間

レベル:7

ジョブ:村人

HP:274/274

MP:5/5

EP:13/13

筋力:391

体力:345

素早さ:297

知力:210

幸運度:51

性技:65535

パッシヴスキル:なし

アクティヴスキル:【クロスアウト・セイバー】


 続けて、ラクシャルのステータスを思い出す。

 ラクシャルのステータスは、解析されたデータをWikiで見たのを記憶している。ゲームの時と同じなら……こうだ。


▽ラクシャル

性別:女

種族:魔族

レベル:99

ジョブ:剣舞の魔将

HP:970000/970000

MP:920000/920000

EP:1/1

筋力:25000

体力:35000

素早さ:20000

知力:25

幸運度:20000

性技:1

パッシヴスキル:【物理耐性Lv9】【魔法耐性Lv9】【即死攻撃無効】【毒・麻痺・凍結・石化無効】

アクティヴスキル:【魔剣Lv9】【風魔法Lv9】


 アクティヴスキルの【魔剣】と【風魔法】は、そのレベルの魔剣スキルと風魔法スキルを全て使えるという意味だ。

 ただし、実際に使用して熟練度を上げなければ使い物にならないスキルも多い。


 正直、序盤で出会うボスにしては強すぎる相手だが、それには理由がある。

 その理由とは、俺がラクシャルに固執していた理由でもあった。


 RPGに慣れた者なら、負け確定バトルというのを経験したことがあるだろう。

 その時点ではまず勝てないステータスのボスと戦闘になり、大敗を喫して、そのままストーリーが進行するアレだ。


 ラクシャルもその例に漏れず、序盤のイベントで戦う『勝てないボス』だったのだが、彼女を気に入った俺は、何が何でもテイムしてやろうと思った。

 攻略情報を収集し、プレイヤースキルを磨きに磨いて、ラクシャルと互角以上に渡り合ったのだ。

 ……白熱しすぎてリアルの肉体が先に死んでしまったわけだが。


 自由の身になって即座にラクシャルと出会えたことには、何かの運命を感じる。

 俺はラクシャルを、記念すべき最初の獲物にすることに決めた。


「前世からの借りを返すぞ、ラクシャル。俺が相手だ」


「前世? 借り? ……よくわかりませんが、あなたは丸腰のようですね。私は武器を持たない相手を斬る趣味はありません」


 ラクシャルは当然ながら、俺の言葉の意味がわからない様子だった。

 しかし丸腰の相手を斬るのをためらうとは、魔帝の右腕にしては誠実な奴。


「武器は要らん。素手で結構だ」


 すぐに相手の動きに対応できるよう身構えつつ、俺は答えた。

 対面するラクシャルが、得心したように頷き――彼女の頭上に点灯するカーソルの色が、イエローからレッドに変わった。

 俺を敵と認識し、明確な『敵対』状態に移ったのだ。


「なるほど。その拳があなたの武器というわけですか」


「拳っていうか……まあ、そんなところだ」


「ならば、遠慮なく行かせてもらいましょう――いざ!」


 ラクシャルの行動は素早かった。双剣を構え、俺に向かって突撃してくる──前世で散々見た攻撃パターンだ。

 俺はラクシャルの脇へ突っ込んで攻撃をかわしながら、すれ違いざまに必殺の手刀を繰り出した。



「【クロスアウト・セイバー】ッ!!」



 光が瞬いた、刹那──。

 ラクシャルの鎧とインナーに、網の目のような亀裂が走り、弾けるように砕け散った。

 ぶるんっ、と水風船のようなふたつの膨らみが、彼女の胸元で大きく弾む。


 ……ラクシャルは硬直した。

 俺とすれ違った姿勢のまま、しばらく彫像のように身じろぎひとつしなかった。


「………………あれ?」


 たっぷり間を置いて、ぎこちなく自分の体を見下ろすラクシャル。

 その瞬間、俺の視界の端に、見慣れない文字列が飛び込んできた。


【システム】ラクシャルは状態異常「恥じらい」になった!

【システム】ラクシャルは状態異常「混乱(極大)」になった!


 システムメッセージ?

 スキルを使ったのは転生してから初めてだが、こんなメッセージが出るのか──と、感心したのも束の間。


「きゃああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 地平線の果てまで届きそうな悲鳴をあげて、ラクシャルはうずくまった。

 小ぶりな肩を震わせ、涙目になって周りをキョロキョロと見回す。


「な、ななっ、なぜ服が……!? 誰ですか!? いったい、誰がこんなことを──!?」


「俺だ」


 悠々とした足取りで、俺はラクシャルの前に回り込んだ。

 ラクシャルは、未知の生物を目にしたかのような恐怖を瞳に浮かべて、上目遣いにこちらを見上げる。


「あ、あなたが……? 何のために、こんなことを……」


「それは、今からわかることだ」


 ラクシャルは自らの豊かな胸を抱くように隠している。

 俺は強引に右手をねじ込み、掌に余る弾力の塊をぐにぐにと揉みしだいた。

 その瞬間──。


「ひぃんっ!?」


 まるで電気が走ったように、ラクシャルはびくりと背を反らした。

 震える足で体を支えきれなくなったのか、両手をつき、獣のような四つん這いになる。


「む……っ」


 一方で、俺もまた打ち震えていた。快感にではなく、感動によって。

 女の乳を揉んだのはエナの時以来二回目だが、今度はしっかりと自分の肉体が存在しているおかげか、あの時以上に明瞭な手触りが伝わってくる。

 手で揉みしだいているのはこちらなのに、逆に包み込まれるような柔らかさ。

 他に例えようもない、最高の触感だ。

 18年の監禁生活で溜まった欲望に、火が点いた。


「ラクシャル、立て」


「ひゃん……っ」


 俺はラクシャルの正面から、彼女の尻を抱くようにして立ち上がらせた。

 ラクシャルはまだ快感が抜けていないのか、舌っ足らずな悲鳴をあげて、なすがままにされている。

 さっき胸を揉んだ時の反応でわかったことだが、こちらのやることは、多少乱暴でも痛みより快感の方が遙かに勝るらしい。


 さて、次に何をしてやろうか──見下ろして、俺はラクシャルの体に起こった、とある変化に気づいた。


「おい、ラクシャル。これを見てみろ」


「ふぇ……? これ……?」


「お前のここは、普段からこんなに硬く尖ってるのか?」


 豊満に張り出した白い胸の先端、薄いピンク色の蕾。

 ぷっくりと膨らんで自己主張する突起を指すと、ラクシャルの頬は更に濃い羞恥の赤で染まった。


「し、知り、ませ……ふぁぁっ!」


「ほう?」


 ※房の先端、肌色が変わるラインにギリギリ触れるか触れないかのところへ指先を押しつけ、ぐりぐりと円を描くようになぞっていく。

 ただこれだけの愛撫でも、ラクシャルは腰をがくがくと震わせて身悶え、胸の先端は刺激を待ち焦がれるように屹立する。


「あぁ……! あ、ぁ、ぁぁっ……!」


「触ってほしいか?」


「わ……私はっ、剣舞の、魔将……こんな、ことで、屈しは……」


「そうか」


 返事など、ほとんど聞いていない。

 俺はラクシャルの胸に顔を近づけ、尖りきった乳※に吸いついた。


「──ひゃぁぁぁぁんっ!?」


 今までで一番大きな嬌声があがった。

 これだけ顔を近づけ、胸を吸っていると、自然、ラクシャルの香りや味を五感で感じ取ることになる。

 自然な、さりげない甘味だ。砂糖というよりは牛乳のような、濃厚なフェロモンの中にひとしずくの純粋さを溶かし込んだような……。

 俺は半ば夢中になってラクシャルの胸を吸い、ねぶり、舌で弾いた。……彼女の限界に気づかないほどに。


「やっ、やりゃ、なにか、くる、きちゃ……あっ──ああああぁぁぁぁんっ!!」


 全身をがくがくと痙攣させて、ラクシャルは決壊した。

 ぷしゅっ、と下の方で何かがしぶく音。


 ログに新しい文字列が描画される。


【システム】ラクシャルは絶頂(大)を迎えた!

【システム】ラクシャルのEPが0になった! 一定時間行動不能!


 EP──それは体力を示すHPと似て非なるもので、絶頂を迎えた際に消費する。

 戦闘中にEPがゼロになった者は、その戦闘に敗北する。更に、プレイヤーが敵のEPをゼロにして倒した場合は──。


【システム】ラクシャルのテイムに成功! ラクシャルがあなたの仲間に加わりました!


 ……このように、テイムすることができるのだ。

 ラクシャルの頭上には、先ほどまでとは違い、味方であることを示す緑色のカーソルが点灯している。

 これで、ラクシャルは俺への攻撃ができなくなったわけだ……が。


「おい、ラクシャル……ラクシャル?」


 ラクシャルは地面に身を投げ出し、目を瞑ったまま身じろぎひとつしない。どうやら、今の絶頂で意識まで手放してしまったようだ。

 胸だけでこんなになるとは……我ながら恐ろしい……。

 仕方ない、しばらく寝かせておいてやろう。その間に、片づけたいこともある。


「……【ドレイン】」


 ラクシャルの体に触れたまま、小さく呟く。

 瞬間、何十というシステムメッセージが立て続けに表示され、ログを埋め尽くす。

 それらのログは全て、俺の能力値やスキルに関する変化を示すものだ。


「全部吸ったか……さて、次は……」


 俺は立ち上がり、周囲を見回した。

 今まで事の成り行きを見守っていた村の面々と目が合う。男どもはラクシャルの色香にあてられたのか、ほとんどの奴が前かがみになっていた。見世物じゃないんだが。


 俺と目が合ったことで、思い出したように、村の連中の表情に光が射した。


「そ、その魔族を……倒したのか? まさか……」


「ヴァインが……ヴァインが、村を救ってくれた! お前は村の救世主だ!」


 村の連中は色めき立ち、俺に駆け寄ろうとする。

 俺は素早く右手をかざした。



「【ゲイル】!!」



 レベル1の、初級の風魔法。

 それでも無防備な村人たちを一蹴するには充分な威力があり、俺に駆け寄ろうとしていた連中は全員、突風に吹っ飛ばされて転がった。


「ぎゃっ!? な、何を……いや、魔法!? ヴァイン、なぜお前が魔法を使えるんだ? お前は、魔法を習っていないはず……」


「そうだな、習ってはいない。奪った・・・んだよ、あの魔族からな」


 まだ失神しているラクシャルを顎で指し示し、答える。

 転生の時、俺がテイム特化を選択したのも、全てはこのためだった。


 倒した相手の能力を全て吸収し、己の力に変える──これが、テイムの真価だ。


 ゲーム『クロスアウト・セイバー』には、テイムに付随して、ドレインというシステムが存在する。

 テイムした仲間の能力値およびスキルを吸収し、自分のものにできるのだ。


「俺はラクシャルの力を手に入れた。もうお前らは、俺を閉じ込めるどころか、傷一つつけることすらできない」


 それどころか、村人たちの生殺与奪は俺が完全に掌握している。この村を滅ぼすことだってたやすい。

 村人たちも自覚したらしく、一斉に顔から血の気が引いた。


「ま、待つんだ、ヴァイン。我々はババ様のお告げに従っただけで……」


「【ストーム】!!」


 言い訳を始めた男めがけて、レベル2の風魔法を放つ。

 男は一瞬で10メートルほど吹っ飛び、小屋の壁に激突して崩れ落ちた。これでしばらく黙るだろう。


「そんなことはどうでもいい。お前らはただ、自分たちの立場を理解しさえすればいいんだ……おい、そこの女」


 俺は村人たちの中から、最もマシな身なりの女を指さした。


「2人分の着替えを用意しろ。俺とラクシャルの分だ。俺の服は元々ボロボロだし、ラクシャルも裸のままじゃ都合が悪い」


 もっとも、ラクシャルを裸に剥いたのは俺だが。

 命令を受け、女は慌てて家に駆け込んだ。急いで着替えを取りに行ったのだろう。


 女が着替えを用意している間、他の村人は誰一人としてその場から動かなかった。妙な真似をすれば魔法の餌食になるとわかったのだろう。

 やがて戻ってきた女から、俺は2人分の着替えを受け取った。

 サイズが合っているのかどうか怪しいが、ダメなら後で調整すればいい。


 まだ失神したままのラクシャルを抱き上げ、ついでに地面に転がっていた剣も回収する。

 こんな村には、もう何の用もない。


「【エアロ・ウィング】!!」


 飛翔の風魔法。俺の背に形成された空気の翼が羽ばたき、俺が抱きかかえているラクシャルごと、俺の体を天高く舞い上がらせる。

 さてどっちに行こうかと考えていると、眼下の村人が大声で叫んだ。


「ヴァイン、どこへ行く気だ!?」


「どこへ行こうが、お前らには関係ないだろう。それとも、18年分の借りを返してから行けって言いたいのか?」


 俺が手のひらをかざすと、村人たちは一斉にひるんだ。

 この状態から最上級の魔法を唱えるだけで、村は跡形もなく壊滅するだろう。


「お前らのおかげで、随分と時間を無駄にした。これ以上、俺に面倒をかけるな」


「っ……わ、わかった。ヴァイン、自由にどこへでも行くといい……」


「ああ。そうするよ」


 俺は空気の翼をはためかせ、村の上空から飛び去った。

 心は未来に向いている。気持ちの整理もついたことだし、もうあんな村のことは忘れてしまおうと思った。


「……ただ、あの婆さんのことは気になるな」


 俺が転生したその日に、地下へ閉じ込めた老婆。

 何の根拠もない言いがかりだと思っていたが、もしかしたら偶然ではなく、俺が特別な力を持って転生したことに感づいていたのかもしれない。

 もしもどこかで会うことがあれば、確かめてみよう。もっとも、既に亡くなっているかもしれないが……。


(っと……今のうちに、ステータスも確認しておくか)


 先のことを考えるのも大事だが、その前に戦果を確かめておこう。

 飛ぶスピードを緩めて、ステータス画面を呼び出す。


▽ヴァイン・リノス

性別:男

種族:人間

レベル:105

ジョブ:村人

HP:70274/70274

MP:24650/25150

EP:138/138

筋力:24871

体力:34825

素早さ:20096

知力:210

幸運度:19724

性技:65535

パッシヴスキル:【物理耐性Lv9】【魔法耐性Lv9】

アクティヴスキル:【クロスアウト・セイバー】【魔剣Lv9】【風魔法Lv9】


 すさまじい成長ぶりだが、HPやMPが元の数値よりだいぶ落ちている。

 これは、ボスキャラとして登場した際のラクシャルがイベント上強化されていたからであって、吸収できないのは仕方ない。

 ステータス異常無効も、同じ理由で吸収できなかったのだろう。


 あとは、知力の数値が全く変わっていないのも気になった。

 元々、ラクシャルは知力が低いキャラなので、吸収できなくても別に問題はないのだが……そもそもレベル9の魔法が使えるのに、なんでこんなに知力が低いんだろうか。

 MPは潤沢なので魔法は自由に使えるが、ダメージは期待できそうにない。村で使った魔法も、ほとんど殺傷力はなかったはずだ。その方が気は楽だが。


(それにしても強い。これだけ強化されていれば、ラスボスも余裕なんじゃないか?)


 あるいは、ラスボスはもっと強いのか……それはそれで吸収のし甲斐がある。

 そんなことを考えながら、俺は自由を噛みしめるように、しばらく空の散歩を楽しんだ。

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