22:勝ち鬨を今ここに
『駄目だ、倉木涼子。お前は使いすぎた』
電話口から返ってきた声はあまりにも平坦で、機械的で感情も抑揚もなく、合成音が自動的に答えているものだと思えるほどだった。
「な……駄目だって、どうして!?」
『お前は派手に動きすぎた。『コントローラー』としては不相応な振る舞いだ』
「こ……コントローラー……? な、何を言って……」
『お前はハリーを使い私情を優先させることに酔いしれた。その結果大きすぎる波を生んだ。我々は、そこまでの騒ぎを求めていない』
「そ、それもまたあなたたちが「杭」をくれればどうにでもなるわよ! ハリーさえ手に戻れば! 岸下より良い値段で買うわ! だから……」
『交渉の余地はない。去れ、倉木涼子』
通話はそこで終わった。かけ直そうとしても、つながらない。スマートフォンのアナウンスは、その番号が使われていないことを告げていた。
スマートフォンを握りしめる指先が白くなるほど強く、震えるほど手を握りしめた。
「な……何だっていうのよ! 私は……私はただ……! ほしかっただけじゃない!」
並木道の木陰に作られたベンチから立ち上がり、倉木は怒りのままに叫んだ。すでに時刻は夜の八時を回り、人気はなかった。倉木の声は夜気の中に消え、荒い息づかいだけが後を追うように点滅していた。
「それもあいつが……明智なんかが……明智さえいなければ……!!」
みしり、とスマートフォンがきしみを上げる。
「そうよ……全部全部、あいつが悪いんじゃないの! あいつがいるから、あいつが……!!」
□□□
「今日、翠子先輩来るかなあ」
一日の授業が終わり、待ちに待った放課後の喧噪に、大護の独り言がぽかりと浮かびあがる。
「授業には出ておらんかったようだがな」
『インデコ』の中からリリアンが声を出す。気になって休み時間に三年生の教室をのぞきに行ったが、翠子の姿は見当たらなかった。
「……倉木さんも、いなかったね」
「……」
鉢合わせたらどうしようかとも思ったが、その時はその時と勢い任せで行ったものの、肩すかしに終わった。結局倉木とも翠子とも会うことはなかった。
「また放課後部活にだけ顔を出してくれるかもしれん。待つがよい」
「うん、そうだね」
活気であふれるグラウンドを横切り第二体育館へと向かう。遠くから吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。それに運動部のかけ声が重なっていく。
「失礼しまーす」
ドアは開けっぱなしになっていた。視野にすぐリングが飛び込んでくる。壁にもうけられたデジタル表示の掲示板が点滅し、「準備中」と表示されていた。
「あ……こ、こんにちは」
リングの脇からこっそりと声がかかる。その控えめな仕草に思わず反応が遅れた。
「あ、翠子先輩。こんにちは。来てたんですね」
「あ、うん……まだ部活だけ、だけど。先生とお話したくて」
若干の後ろめたさを含ませながらも、顔はうつむいていない。まっすぐに大護の目を見る翠子の瞳からは、揺るぎない意志が感じ取れた。
「もう先生とはGメンのお話、してきたんですね」
「うん。まだ見習い状態だけど、みんなに協力できるよう……いつでも動けるようになりたいの」
スマートフォン型のインデコをそっと振る。すると小さなつむじ風が生まれ、風の中から長身の影が現れた。片膝をつき、拳を床に添えて顔だけを上げる。
「私、ハリーも全力で皆様の援護をさせていただきたく思います。藤崎殿、是非ご指導いただきたい」
すくりと立ち上がったハリーの顔にも曇りはなかった。陶器のような白い肌に透き通るガラス玉のような双眸。クラスは『シノビ』と忍者のようだがおとぎ話に出てくる王子様のような毅然とした凜々しさを持っていた。これが本来ハリーの持つ「人柄」なのだろう。
「殿だなんて柄じゃないよ。普通に「大護」って呼んでほしいな」
「うむ、ハリーや。お主は少し固すぎるのではないか?」
腕時計型の『インデコ』がふわりと光った。光源が翼となり、はぜると同時に妖精を思わせるシルエットが空を飛んだ。
「これはリリアン殿。ご機嫌麗しゅうございます」
「だからそれが固いといっているのだ。もっと砕けた態度でも構わんぞ?」
「は、はあ……」
二つの『スティグマ』の会話を見ていた大護と翠子は自然と視線を合わせ、苦笑する。
「ごめんなさい、ハリーは誰に対してもあんな感じだから」
「堅物キャラなんですね。似合ってるとは思います」
「にぎやかね。嬉しいことだわ」
クスクスと笑みをこぼしながら、ししねがリング脇のドアから顔を出す。
「ししね先輩、こんにちは」
「はいこんにちは。ハリーも戻ってリリアンが加わって……部活も楽しくなるわ」
「まあ、『スティグマ』が動いてしゃべるんですからね。普通はあり得ないことですから」
ししねは短パンにTシャツと動きやすい服装に着替えている。翠子はまだ制服姿のままだ。そういえば更衣室はどこにあるのかまだ聞いてもいなかった。
「翠子、今日はどうする? ちょっとはスパーリングでもしていった方がいいと思うけど」
「うん、やってみたい。私、ちゃんと『オケリプ』をしたことがないから……」
和やかな空気に大護も着替えようと更衣室の場所を聞こうとした。
その前に、後ろから刺すような怒気が反射的に体を振り向かせ、神経の隅々まで警戒信号を走らせた。
「……倉木さん!」
「……楽しそうでなによりよ。明智翠子」
第二体育館のドアの側に一人、私服姿の少女が立っていた。
初めて会った時に抱いた優雅さや穏やかさは皆無であった。幽鬼のごとく、目の下にくまを作った目はぎらつき、敵意をむき出しにしてこの場にいる者全てを見据えている。
「倉木、さん……」
「……返せよ」
「……」
「私のハリーを返せってんだよ!」
がなった声は天井が高い体育館によく響いた。だが、その声が向けられた当人は微塵にも動じていない。
「この……いい加減にせよ! ハリーは……」
怒鳴り返そうとしたリリアンを手で制したのは、翠子だった。
翠子はそのまま無言で数歩前に出て、ハリーの前で立ち止まる。
「な、何よ……」
翠子がたった数歩進んだだけで、倉木は面食らったかのようにたじろいだ。翠子の口が、静かに開かれる。
「ハリーは、誰の物でもない」
「……ッ!?」
「ハリーは、ハリー自身の意志で私の側にいてくれているの」
「あ、あんた……はッ! ちょ、調子に乗って……」
「そんなにほしければ、奪えばいい。でも奪わせない。今度は戦う。私は戦う」
翠子は倉木を真正面から見返し、『オケリプ』のリングを指さして声高らかに宣言した。
「決着をつけましょう。私は一人じゃない。だから戦える」
「くっ……」
それは、翠子からの正式な『オケリプ』での宣戦布告であった。
「……公式試合としてリングの使用許可を認めます」
ししねが凜とした声で言い、二人の間に入った。その言葉に、倉木が慌てふためく。
「そ、わ……私は……」
「試合を放棄しますか?」
「な、なにを……」
「棄権、なさいますか?」
「……ふざけんじゃないわよ! 図に乗るな!」
声を荒げた倉木は勢いを取り戻したというよりも、自暴自棄に近い荒れ様だった。スマートフォン型の『インデコ』を握りしめ、憤怒に歪む目で翠子をにらみつける。
「こうなったら徹底的にいたぶってやる……クズ風情が調子に乗るとどうなるか、調教し直してやる! 誰があんたの上なんだってことをね!」
「もう逃げない。あなたからも、自分からも。ハリーと私の力で、戦う」
双方がリングを挟んで『パーソナルスペース』に立つ。クイックマッチなどとは違い、正式なリングでの試合では『パーソナルスペース』と呼ばれるリングサイドに設置された縦長のコンテナに入り、『インデコ』をセットして最終調整を行う。『スティグマスペース』もここにセットされることとなる。
「……怖くないわけでもない。楽しいわけでもない。不安はある。怯えている自分もいる」
けど。
ピ、と『インデコ』のセットが終わった電子音がなり、コンテナの前面であるドアが開かれる。
真正面には、リングの中央を挟んで立つ倉木が立っていた。
「私が、勝つ」
続……
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