07:面影を散華に重ね
「身元引受人って……」
気を失った岸下とその仲間三人は警察へ連行され、大護もまた聴取などのために初めてパトカーに乗った。
どれくらい拘束されるか分からず、漠然とした気持ちであったが、聴取する前にその不安はなくなる。もう保護者が来たので帰宅してよい、とのことだった。
「和尚様かな……」
警察沙汰になった、などとなれば鉄拳の一つや二つではすまない。大護はごくりと固唾を飲んでか細くなった息を吐いた。
しかし、警察署の前で大護を待っていたのは一人の少年だった。
「藤崎大護くん、だな」
年の頃ならそう変わらない。すらりとした長身で、身につけているスーツも様になっていた。落ち着いた、知的な雰囲気を持つ少年である。
「え、えと……?」
「混乱するのも無理はないか。君の身元引受人として現れた俺は、意外過ぎて圏外の存在だろう」
そういうと、スーツの襟元につけたピンバッジを指さした。それは静仁高等学校のもので、生徒のもの……ではなかった。大護が身につけたブレザーの制服についているピンバッジと似ているが、枠が一回り大きく銀色に輝いている。
それは、高校の教職員が身につける形と色のピンバッジだった。
「え、先生……!?」
「はは、どこから話しても不意打ちになってしまうが……俺の名前は
「え……でも、歳が……」
「その辺は道すがら話そう」
と、署の入り口手前に止めていた黒の車のドアを開けた。運転席へするりと入り込みエンジンをかけた。手慣れた一連の動きに大護は言葉もなかった。やがて「早く乗ってくれ」と声をかけられるまで大護は立ち尽くしていた。
□□□
「海外の飛び級というものでな。大学の単位はすでに取ってある。もっとも、教師としてはまだまだ未熟者だがね」
緩やかな運転は、どこか人を安心させるような心地よい揺れを大護に与えていた。日差しも暖かく、このまま居眠りできればいいなと思わせる運転だった。
「それとこうして「身元引受人」で君を迎えに来たのは左文字和尚の頼みでもある」
ささやかな眠気にいきなりつららが突き刺さった。大護は思わずたたずまいを直しこわばった体で助手席の中で縮こまる。それを横目にしていた有原は「ははは」と軽く笑った。
「左文字和尚とは旧知の仲でな。しかし説教までは頼まれてない。それは今日帰った後たっぷり頂戴してくれ」
「うぅ……フラグをありがとうございます……」
これはもう決定事項だ。大護はがくりと頭を落とした。それに有原は口元から笑みを消し、穏やかな口調のまま切り出す。
「入学式には間に合わないだろうが今日は一応出席してもらう……というのが表向きだ」
落ち込みかけていた大護が顔を上げた。きょとんとした顔に、あくまで落ち着いた話し方で話を続けた。
「俺には別件で君に用があってね。……が、それを言う前に少し聞かせてほしい。今朝の……岸下少年らとのクイックマッチのことだ」
「今朝の……?」
『インデコ』の中からは何の反応もない。リリアンからは言葉を待つ気配を感じた。大護もまずは話を聞くこととし、有原にはうなずき一つで続きを促した。
「公衆の面前で、街角でのバトルとなれば当然法律にも引っかかるし指定のリングの上じゃない、相手もどんな手が待っているかも分からないリスキーなステージだ。『オケリプ』の参加者ならそれぐらい考えられるだろう」
「……」
「公衆の面前でなければならなかった点があったととすれば。野次馬だらけの街角で、相手へ決定的な挫折を与える。メンツというものに丁寧に泥を塗った。くわえてこちらはあくまで言いがかりをつけられた被害者……。警察沙汰になっても軽い処分で終わる。相手は良くて前科持ちに持って行ける。今後はうかつに手を出せずに終わる……これらが君の思惑だと思った。何のためにそう動いたのかまでは分からないがね」
ちらり、と有原の瞳が大護の『インデコ』に視線をよこす。それも一瞬、すぐさまフロントの向こうへと視線を戻した。
「話しにくいことかな? まあ、気の進まない話を無理にしても仕方ないか。なら本題へ入ろう」
交差点の信号に引っかかり、車は一次停止する。
「学校では部活動として公式に認定された『オケリプ』の部活がある。君をスカウトにしにきた。今日はこのために和尚に譲ってもらったのさ」
「え……僕が、静仁の『オケリプ』に……!?」
さぞ間の抜けた顔をしているだろうと、自分の顔ながら分かった。一方『インデコ』の中ではだんまりを決め込んでいたリリアンが脳に声を送る。
(何だ、意外なことなのか?)
(意外も意外、先生が来た以上に意外だよ!)
さすがに助手席の中で声を出すわけにはいかなかった。大護は思わず心から飛び出しそうな言葉が出ないよう、口まで塞いだ。
「知っての通り、だと思うがうちの『オケリプ』部はそれなりの成績を持っていてね」
(そうなのか?)
(そりゃ強豪校だし毎回大会の優勝候補だよ! 去年は決勝で負けちゃったけど、それまでほぼ無敗。僕もそれに憧れて進路をこの学校に選んだんだもん!)
(そ、そうなのか……貴様が入りたい部活があってよかったな……)
大護の声はだんだんとボルテージを上げていた。一方リリアンはピンとこない様子で小首をかしげたような声だった。
「もしよければ、君も……」
「はい! はい! 入ります! 入れさせてください! 今すぐ入部届書くので!」
「……ざ、残念ながら書類までは持ってきてないな……それは学校についてからでいい」
瞳を輝かせ、シートベルトの許す次第ぐいっと有原に顔を寄せた。有原は困惑しながらもなんとか一次停止を保っていた。
「と、とにかく。入ってもらえるなら助かる。が」
こほんと古風な息の整え方をした後、有原は落ち着いた様子に戻り静かに話を切り出す。信号が青に代わり、緩やかな速度で車輪が回り、車体が流れていく。
「
「え……?」
「ここからが、俺の本題になる」
一本道の四車線に並んだ車は、追い越し車線へとフロントを向け、指示器を点滅させた。
「ああいった……岸下少年らのような存在をどう思う?」
「どうって……」
「ああした『オケリプ』でのトラブルは絶えない。何せ「力」が金で買える時代だからな。試合で心が躍り、規則をはみ出すものも少なくない。いや、増える一方だ」
「……」
大護が行った今朝の試合も違法なものだ。警察からも何かしらの指導を受けると覚悟してのことだったが、もちろんリリアンを守るためだった。引くことは考えていない。だがルールがある以上、今日ほどの抵抗が限界である。
そう、限界。個人の力ではこれ以上の防衛は難しい。理屈ではなく、社会としての問題だ。気がつけば、指先が白くなるまで拳を握りしめていた。手のひらに、爪痕が赤く残る。
「……」
「そこで、だ。静仁の『オケリプ』にはちょっとした別仕事があってな」
車は駅前にさしかかる。並木道から流れてくる桜の花びらが太陽を横切った。つい窓の外へと顔を向けた大護は、まぶしい春の太陽に目を細めた。
「……『オーケストラ・リプレイ公式管轄下外掃討班』……通称『オケリプGメン』。聞いたことぐらいはあるだろあう」
流れる桜の川が、視野の中で停止する。
「代々静仁高校には限られた生徒のみ、非合法な活動に対して協力を求めることがあった。大会に出場出来る唯一の存在だからな。しかし危険なことだ。おいそれと持ちかけるものではない。だが今朝の動きを見て、俺が適材適所だろうと判断した」
テレビ画面が乱れるように、わずかな間視界全てに砂嵐が走る。
笑みだった。いつも見守ってくれていた、忘れられない温もりが、穏やかな春の気温と混じり合う。フロントガラスから差し込む日差しが、包まれるような温もりを与えた。
「もし君が承諾してくれるなら、手助けを頼みたい。もちろん断って通常の部活動としてだけでも構わない。このことの公言を控えてくれると助かるが、それも持ちかけた俺の責任だ。どう処理しようと君の判断を優先して……」
「それに記入する書類は、ありますか?」
駅前からの坂道、通学路となった坂道を登っていく。桜の花びらが窓に張り付き、ゆったりとした車の運転に流され、はがれていった。
「急くもの……だったかな」
「……いえ、失礼しました」
思わず伸びかけていた手を戻し、大護は助手席のシートに深く背中を預けた。戻した手のひらにはまだ、爪痕が残っていた。
「誘いを持ってきて何だが、一度落ち着いてから改めて考えてみてほしい。左文字和尚に相談するのもいいだろう。今の君は……」
開きかけていた有原の口が閉ざされる。やがて車は静仁高校の裏門をくぐって駐車場へと進んでいった。奇妙な沈黙を保ったまま、車は白枠に区切られた駐車スペースに収まった。
「入学式は終わってしまったが、この一件について考えるがてら校内を見て回るのもいいだろう。『オケリプ』の施設は第二体育館にある。判断材料にしてほしい」
車を降り、有原は裏口から校舎の中へと入っていく。大護は駐車場から出て校庭へと足を運んだ。
すでに
(……おい、大丈夫か?)
校庭を目にし、風を浴びていた大護は脳内に浮かんだ声に「そうだね」と口を開いて返した。
「リリアンはどう思う? 『オケリプGメン』のこと」
(……。我からの言葉はない。だが、貴様の心は今不安定になっていると感じる)
「そうだね。……まあ、穏やかな話じゃなかったからかな」
(とはいえ)
リリアンは言葉を句切り、何故かこちらに向けている視線を別方向にと飛ばすイメージを脳内に残し、わざとらしい咳払いで続けた。
(今日の
徐々に尻つぼみになっていくリリアンは、大護の意識の中で視線をそらした。
「うん、心配してくれてありがとう」
桜の木は駐車スペースの外堀に沿って植えられていた。風にそよぎ、花びらが波のように揺らぎ、青空へと飛翔していった。
(べ、別に心配してなど……立場をわきまえろ大護! 貴様は我に仕える身であろう!)
「あはは、そうだった……ん?」
ふと顔を上げ、大護は口元をほころばせて言う。
「今大護って、名前で呼んでくれた」
(……。あ、あわ、わ、わ……)
脳裏に浮かんでいるリリアンが頬に熱を集めた。リリアンは顔を両手で覆い、こちらにまで熱が伝わりそうな蒸気を噴き出していた。
「やっと認めてもらえたなあ……」
(ち、違うこれはその言葉の綾というか別に関係が一段階アップしたみたいなものではなく……)
リリアンは沸騰した頭を抱え込み、言葉を重ねようとするが、そのたびにじりじりと後退していく。それに大護は苦笑して「ありがとう」と言って、背筋を伸ばして青空を見上げた。
「ちょっと気になることがあっただけだよ。有原先生が言ってた『オケリプGメン』ってのに」
(そ、そうか。しかし心の波は確かにあったぞ。我がお前の中にいるのだ、間違いはない)
「そうだね……まあ、そうかな」
(……無理強いはせん。だが、いつか話せ。いいな)
仏頂面のリリアンは、ぶつ切りの言葉を残してふんぞり返っていた。リリアンの姿はあくまでイメージ像なのだが、感情が表に出て分かりやすい。それは、どれだけ自分の言葉が重さを持っているかを映し出す鏡のようでもあった。
「……『オケリプGメン』……先生がいた場所、か」
ああいった……岸下少年らのような存在をどう思う?
「……まあ、どこにでもいますよね。あの手のクチは」
『オケリプ』でのトラブルは絶えない。何せ「力」が金で買える時代だからな。試合で心が躍り、規則をはみ出すものも少なくない。いや、増える一方だ
「……。だから先生も……いや、考えすぎだな、それは」
それ以上理屈をこねても仕方ない。もう、終わったことなのだ。
大護は校内見学のため裏口から校舎に入った。事前にもらっていた学校のパンフレットには第二体育館についても記述してあった。『オケリプ』のリングもあるという。
それを見てみるか、と大護はアニメソングの口笛を鳴らしながら歩き出した。
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