03:Take it easy
「カバーコネクトよし……と。リリアン、やってみて」
殺風景な自室にて、腕時計型の『インデコ』のタッチパネルを触りながら、そこからつながるケーブルをリリアンに持たせる。リリアンはこくりとうなずくと瞳を閉じ、静かに息を整え、吐いてはゆっくりと吐き出す。
タッチパネルには『preparation OK』の文字の表示が点滅し、ケーブル……外部入力のためのコードを持つリリアンの体に薄い光が生まれ、それが10センチもない体を包み込むと、一瞬でフェードアウトした。
同時に『インデコ』のタッチパネルには『stigmata on space』と表示され、大護はふう、と一つ息をついた。
「データ化はできるみたいだ。しかし器用だよね。実体化出来る『スティグマ』なんて。聞いたことないや」
『今更それだけで済ます貴様の鈍感さも聞き及びないぞ』
『インデコ』から声が漏れる。不満そうなリリアンが口を尖らせている姿が目に浮かんだ。
『本来我々『スティグマ』はこうして『インデコ』の中に拠点を持ち、貴様ら人間の指示で「スキル」を出すだけだ。普通ならこんな世間話などせんぞ』
「でも僕はラッキーに思うな。リリアンとおしゃべり出来て楽しいし嬉しいしさ」
『な……ななな、何を言うか貴様!』
「あれ? 急に『インデコ』から熱が……熱暴走かな? リリアン、ちょっと出てきてくれる? もしかして『インデコ』に不具合が出たかも」
『で、出られるか! それに温度が上がったのはそのあのなんだ……仕様だ!』
『スティグマ』は『インデコ』にいる限り、コミュニケーションはとれるが簡単なイエスかノーか、元々組み込まれたプログラムであるか、それ以上の対応は今の技術では不可能とされている。
これが自発的に動いた、という事例は聞いたことがなかった。
「そんなもんかな……」
『とにかく! この方が一般的なのだ。それに実体化した我がうろうろしていたら目立つだけではすまんだろう』
通常の『スティグマ』のように『インデコ』にインストールされた状態でいたい、そう言い出したのはリリアンだった。
セッティングする手順は実にシンプルで、インデコのパネルに市販されている『スティグマ』……その姿を模した小さなフィギアに『インデコ』のコードをつなぎ、あとは『インデコ』のナビが進めるまま設定していけばそれで作業完了、すぐさまバトルへと参加可能になる。要するに『インデコ』に『スティグマ』のデータをインストールするのだ。
中にはフィギアを持たずインストールカードのみでの販売や、フィギアの造形では収まらない規模のようなものはデータ入力のみ、と形は様々だ。
一般的にはフィギア付きの方が愛着を覚えることもあり、その方が好まれている。
が、ここでそのフィギアのような物体が動き回るというのは、奇妙というレベルを超えている。常識ではあり得ないことだ。
『何故実体化できるか、だと?』
『インデコ』の中にいるリリアンが、大護の作業中に世間話を返してくれる。
『ふむ……実は我にもあまりつかめてないのだ』
「つかめていない?」
『情けないことだが……自我、というべきか。物心というものもあるが……気がつけば我は岸下の用意したかごの中にいた』
「記憶にない……ってことかな」
『しかし体は『スティグマ』としての機能を覚えておる。こうしてデータ化することにも何ら抵抗はない。むしろこうしている方が体力を使わずにすむと感じる』
本来なら『スティグマ』は表に出ることすらないのだ。リリアンが『インデコ』内部にいる方が自然といえた。
「じゃあその……リリアンのしゃべり方とか、えっと……」
『何だ? ハッキリ申せ』
「その、貴族的な? 我、とかいう話し方は何でそうなったのかなって思って」
『……ふむ、そこも我にもハッキリせん。先ほども言ったように「気がつけば」である』
その言葉にはリリアンも首をひねっている様子だった。もしかしたらこれがデフォルトで設定された性格なのかもしれない。となれば、制作側に意図があることとなる。
しかし、リリアンの様子から見てそこまで記憶を遡ることは難しいだろう。
だがそれも何故、という疑問が生まれる。
自我を持ち自在に飛び回れる『スティグマ』となれば、特別枠として存在できることそのものに由来が必ずあるはずだ。
通常の、市販されている『スティグマ』が動かず話さないように、リリアンが言葉を口にし、『インデコ』の外に出られるにはそれだけの理由がなければならない。
『ま、我はスペシャルなのだろうな。この美しい翼、美麗な容姿……人を惑わす妖精そのものではないか。我はなんと罪作りな『スティグマ』であろうか』
『インデコ』内部で自己陶酔しているリリアンには、特に問題はないらしい。
いざ落ち着いて見れば多数見受けられる疑問点。はてさてそれをどう考える前に動いてしまったのは大護である。
リリアン。この存在にはとても深い理由がある。リリアン自身、吹っ切ったと思われる前には、披露と戸惑い、不安と焦りで顔を曇らせていた。
しかし。
『うむ、いざとなって『スティグマ』であると
「……ま、いいか」
当人がご満悦の様子である。ならばこれ以上考えても仕方ない。事実は事実、現実は現実。必要になった時はまた、認識を改めればいいだけだ。
今こうして、雨の中を抜け落ち拾われ、不安を抱えていた小さな妖精が自我を……自らの心を包み隠さずさらけ出してくれたことこそが、大事ではないかと。
『スティグマ』との絆。あの人が残した言葉を心に宿しやっていくだけだ。
大護は鼻歌交じりに『インデコ』とリリアンの調整作業に戻った。
『ん? それは何の歌であるか?』
「とあるアニメソングだよ。好きなんだ、アニメとか漫画とか、ラノベとか」
『ほほう、それは世間で言う「オタク」というものか?』
「面白いよ~。今度一緒にアニメみようか。DVDなら別室にあるし」
『うむ、楽しみにしておいてやるぞ!』
□□□
「で、おとなしく救急車に運ばれて、おめおめと俺の前に出てきたか」
言葉は落ち着いたものでも、雰囲気が充分に前中の腹をつきさしていた。正座し、かおもあげられない。
「いや、いいんだ。お前を責めてるわけじゃねえ。手がかりは作ってくれたみたいだしな」
「あ、あの……岸下さん、俺……」
と、前中は顔を上げ、ソファーに深く腰掛ける少年の顔を仰いだ。
髪は金色に染め上げ、額に垂らした前髪には赤いメッシュ。左右の耳にはピアスをつけた少年は、特に感情らしいものを浮かべていなかった。体格は大きく、肥満ととれるがそれ以上に迫力のある太い腕、厳つい拳など、手や指は太く分厚く、挟んだ煙草が爪楊枝にめいた。
岸下は前中を視野にいれず、ただ淡々と腕時計型の『インデコ』のディスプイレを磨きながらつぶやいた。
「あの寺……名前は忘れたがでけえ坊主がいたか。そいつには会わなかったのか?」
「い、いえ……『オケリプ』最中にも出てこなかったっす……」
「ふうん……」
『インデコ』を、室内の暗いライトに照らし、磨き残しがないようにチェックする岸下。その『インデコ』は限定モデルで今ならネットオークションにでもだせば10万円からスタートするようなレアものであった。
他、今前中が正座をしている部屋には黒の気品がある絨毯に部屋を囲むように敷かれたソファは全て本革で張られたインテリアで、紫色の壁紙には無数のアクセサリーがつるされていた。
全て岸下が発注したオーダーメイドのものである。
「……んー……。いまいち磨き込みが足りねえなあ」
岸下は立ち上がると天井に浮かぶライトの明かりに『インデコ』を照らし合わせmながら、おどおどとしている前中の顎を固いブーツのつま先で蹴り上げた。
「ごお!?」
「悪りぃ悪りぃ。つい力が入っちまった。ちょっと磨きが足りなてイラッときたもんだかからよ……八つ当たりだ、勘弁してくれや」
前中は顎を打ち上げられただけではなく、顔面を靴底で陥没させ、大量の鼻血を漏らしカーペットの上に横たわり、もんどりをうつ。
「……っち。またカーペット買い換えかよ。前中……お前責任取れよ?」
そこで初めて岸下は感情らしきものを見せた。
「仮にもお前が『オケリプ』で負けを食らったやつ、か……藤崎大護とかいうんだっけ?」
蛇の口が裂けたような、餌を前にした、歓喜の表情だった。
「はは。俺が遊んでやるよ。カーペット買い換えとけよ前中」
「ひ、ひでも……俺、そんな金……」
岸下の目だけが前中に向けられた。
「は、はい! な、なんとかします!」
血で顔をドロドロにしながら、前中は走って部屋から出て行く。その足音が遠ざかるのを聞きながら、岸下はディスプレイに映った自分の顔を見てほくそ笑む。
「まあ、その藤崎大護くんにはお気の毒な目にあってもらうか。流れで事故が起こっても、まあ……仕方ねえよなぁ?」
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