2‐2
疫病神も同じように素を辿れば、最初から疫病神ではない場合の方が多い。
結ぶべき
疫病神だ、諍いの神だ…と忌み嫌われる神様ではなく、崇め奉られる神様に戻れるのだ。
「名のある神様の場合、の話だけどね…。」
「名のある…?」
問い返す奈津美に、静流は続けて話し始めた。
八百万の神様みなが、個々に名前を持っている訳ではないこと。
力のある、名前を持つ神様はごく一部であり、大半は名も無い、力の弱い、崇め奉られることなどもない神様なのだということ。
そういう格下の神様は、生まれ出でる時からの疫病神であり諍いの神である、ということ。
けれどそれら小さき神々は、大きな影響力がある訳ではないということ。
そうして…───。
奈津美に憑いている神は、小さき存在の神ではない、ということ。
「力のある神様はね、突然顕れて夫婦になれ、なんて言わないの。だから奈津美さんとこの神様には、深い繋がりがあるはずなのよ。」
静流がキッパリ言い切ると、疫病神が低く威嚇するように唸った。
「それ以上、余計なことを言うなよ。」
黙って聞いているのは限界だったのだろう。しかし静流は気にもせず、
「もちろん、これ以上はあなた方の領分だわ。私は静観するしかないのよ。」
凛とした声で言い返す。その真っ直ぐな強い眼差しに、疫病神は更に唸った。
「チッ…、さすが、貴様が選んだだけある。キツイ女だな、
烙と呼ばれた神様は、静流の隣でニヤリと笑った。
「静流は、俺の妻だからな。」
誇らしげな言葉。
そのやり取りを見て、何故か奈津美の胸がチクリと痛んだ。
*
泊まっていけという静流の言葉に、奈津美は甘えることにした。
疫病神が静流の神様と話をしていて、自分に付き纏わないのが嬉しかったせいもあるが、奈津美はもっと静流に聞きたい事があったのだ。
「さっき、疫病神が静流さんの神様を“らく”と呼んでたけど、名前ですか?」
並べて敷いた布団に寝転がって、奈津美は尋ねた。
「そう。正式な真名ではなくて通り名と言うかニックネームと言うか…。」
「真名って、何ですか?」
「奈津美さん、神様に興味が出たの?」
畳み掛けるように問う奈津美に、静流はクスクスと笑った。
「すみません。…でも、訳分からないまま疎ましがったり、邪険にするのは…、間違ってるなって、静流さんを見ていて思ったんですよね。」
奈津美の答えに、静流は嬉しそうに微笑んだ。
「…ありがとう。奈津美さんはやっぱり、神様に選ばれた人、なんだね。」
選ばれた人…。
そんな風に考えていなかった奈津美は、ドキッとした。
なんだか自分が、とても特別な存在になったような錯覚をしてしまいそうになる。
戸惑っている奈津美に、静流はゆっくりと語る。
神様には、真名がある。
それは神様の魂、存在そのものを顕している特別な名前だ。
神様が真名を与える相手は、夫婦や
ちなみに当然であるが、同等格の神様同士も、互いの真名は知っている。そうでなければ、互いを呼び合えない為、会話がややこしくなってしまう。
ただ、真名は相手を縛ってしまう力を秘めている為、おいそれと口には出来ない。
通常は、真名の一部などを呼び名として使うのだ。
だから疫病神は静流の伴侶の神様を、真名の一部である「烙」と呼んだのだ。
つまり、烙の呼び名を口にした疫病神は、同等格もしくはそれ以上の、力のある神様だということになる。
静流は、神様が何らかの問題で奈津美との縁をきちんと結べず、疫病神になってしまったのではないかと考えていた。
だから奈津美が神様を受け入れられれば、疫病神から戻れるのではと思うのだ。
もちろん確信はないのだが。
「真名って、なんだか怖いですね。」
「怖い?」
「だって、存在のすべてを縛っているんですよね?私達、人の名前にはそこまで影響する力が無いから、簡単に呼んでるじゃないですか。」
名前を呼ぶだけでも、大変な責任が有るのだと思うと怖いと、奈津美は呟く。
その真摯な眼差しに静流は、きっとこの二人なら乗り越えて行けるだろうと思うのだった。
*
結局、疫病神を祓うことは出来なかったのだが、静流に出逢えたことは、奈津美にとって大変意義深いものとなった。
全く知らなかった神様のことを少しでも知ったことで、無闇に苛立つことも少なくなったし、何より、奈津美は疫病神と向き合おうと思えるようになっていた。
疫病神は、相変わらずではあったのだが。
今日も今日とて疫病神は、不遜で高飛車な態度で奈津美を口説く。
「俺の名前を聞く気になったか?」
いい加減にしろ、と呆れながらも奈津美は、疫病神を真っ直ぐに見つめる。
「あのねぇ、そんな大事な名前を、私みたいな女に、簡単に教える気になっちゃ駄目よ。」
真名は命そのもの。
そんな大事なものを簡単に渡さないで欲しいと、奈津美は思う。
「おまえだから教える、と言ってるんだ。」
憮然とする疫病神に、奈津美は困ったように笑った。
自分は、そんな特別な人ではない。
我儘で短気で、まだまだ大人げない半端者だ。
静流のように神様を受け留め、その命ごと愛しきれる自信なんて、これっぽっちもない。
だけど…──。
たとえ疫病神だとしても、こんな自分を選んでくれたのだ。
奈津美は思う。
本当ならとっくに名前を明かしてしまえばいいのに、こうやって毎日気持ちを確かめる疫病神は、もしかしなくても奈津美の成長を待っているのかもしれないと。
「俺の嫁にしてやるぞ、奈津美。」
「…祓うぞ。」
上から目線の疫病神に威しを掛けても、笑い飛ばされるだけなのだが。
「その気の強さが最高だな。」
疫病神の眼差しの奥にある、限りない慈しみの色に気づかないふりをして、焦らすのも楽しいかもしれない、と腹黒く思ってみたりする奈津美は、確実に変わろうとしている自分に、まだ気づいていない。
とどのつまり、意地っ張りな似た者同士なのである。
そんな二人の恋は、これからちゃんと育っていくのか、はてまた…。
今日も。
八百万の神様の住む国は
つつがなく平穏である。
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