2.恋の予感…?
2‐1
八百万の神様たちが住む小さな国がある。大なり小なり問題はあったとしても、概ね穏やかな平和な国である。
けれど小さな国ゆえに、時々、傍迷惑な神様に遭遇してしまう事も──あるのだ。
*
「俺の名前を教えてやる!」
「聞きたくないわっ!!」
高飛車な申し出を場外ホームラン並に打ち返し、踵を返した
「気が強い女は嫌いじゃない。俺と
更なる高飛車な追い打ちが…。
「消え失せろっ、疫病神!!」
獰猛な野獣でも尻尾を巻いて逃げ出しそうな一喝に、態度のデカイ神様は居直った。
「正しく俺は疫病神だ。」
───……。
そう、出来れば遭遇したくないと誰もが思う神様も、世の中にはいらっしゃるのだ。
なぜ、こんなヤツに付き纏わられる羽目になったのかと、奈津美は歯噛みする。
あの日、飲み会の二次会後に、最近調子が悪いという女友達と二人で、やけ酒三次会へと繰り出した。
大ボヤキ大会に盛り上がって終電を完全に逃し、ヤケクソ気味に深夜のホームで過ごしている所に、この訳の分からない男が現れたのだ。
男は自分を疫病神だと名乗った。
イカレた野郎には用はないと、やりあっていた奈津美に、
「あのぉ…すみません、何を一人で騒いでるんですか?」
駅員が恐々と声を掛けてきたのだ。
一人で、騒いでる?
そのフレーズで、奈津美は目の前の不遜な男が、自分にしか見えていないと気づいたのだ。
さぞかし、イカレた女に見えたことだろう。
そう思うと尚更腹が立ち、奈津美は怒りを全て、疫病神とやらにぶちまけていたのである。
そして、現在に至る。
何を気に入ったのか、疫病神は奈津美に付き纏っている。
ただでさえ絶不調で苛立っていた奈津美にとって、疫病神など傍迷惑を通り越し、捻り殺してやりたい存在だ。
それなのに疫病神は毎日懲りもせず、名前を教えてやるだの嫁になれだのと、奈津美の怒りの火に油を注ぐ血迷いごとを言うのだ。
絶対、祓ってやる!!
煮えくり返った腹の底で、奈津美は決意するのだった。
*
友達の友達の更に友達に、神社の娘が居ると聞きつけた奈津美は、なりふり構わず紹介してくれと頼み込み、その娘の
「何処に行くんだ?」
懲りない疫病神がついてくる。
奈津美は完全に無視をして、約束した神社へと向かった。
道中、奈津美が向かう先に大きな鳥居が見えてきたとたん、
「引き返せ、おいっ!聞いてるのか!?」
疫病神が不愉快そうな声を上げ始めたが、奈津美は徹底的に無視をした。そうして鳥居を潜った時、
「珍しい神を連れてるな。」
頭上から声が降ってきた。
驚いて仰ぎ見た奈津美は、鳥居の上に小さな小鳥を見つけた。
「え…?」
小鳥が喋った?唖然とする奈津美の背に、
「いらっしゃい、奈津美さんですよね?」
ハキハキとした感じの、明るい声が掛かる。すると鳥居の上の小鳥がふわりと舞い降り、奈津美に声を掛けてきた女性の肩へちょこんと乗った。
それは、小鳥ではなく小さな翼のある少年だった。
「はじめまして、静流です。奈津美さんは見えるのね。」
クスクスと笑う静流にハッと我に返り、奈津美は慌てて深々と頭を下げた。
「はじめまして奈津美です。すみません、図々しいお願いをして。その、あの…やっぱり、肩に乗って、ますよね?」
恐る恐る尋ねる奈津美に、静流はにっこり笑った。
「私の夫です。」
「え───…っ!?」
……絶句。
そのまま言葉にならず、あんぐりと口を開けている奈津美に、静流は苦笑した。
「どうぞ、こちらへ。」
奈津美を中へと促し、静流が歩き出す。その背に、疫病神がチッと舌打ちした。
「厄介なトコに来やがって…。」
疫病神の心底嫌そうな呟きに、奈津美は腹の中でアッカンベーと舌を出した。
静流は奈津美を、自分の部屋へと招き入れた。
てっきり本宮で話をするものだと思い込んでいた奈津美は、静流の部屋の落ち着いた雰囲気のお陰で、少し緊張が解けホッとする。
「急に押し掛けて、本当にすみません。」
改めて謝る奈津美に、
「大丈夫ですよ。奈津美さんの事情は、なんとなく察します。」
静流はなんとも言えない、複雑な表情で答える。
奈津美は気づいた。
静流には見えているのだ。
自分が静流の夫だと言う神様を見ているように、静流は奈津美の後ろに居る疫病神を見ている。
そう気づいたとたん、奈津美の肩の力が抜けた。
「はぁぁぁ…。」
唐突に大きな息を吐き出した奈津美を見て、静流は苦笑した。
「見えてるのが自分だけだと、誰にも言えないから大変よね。」
「そうなんですよ!私は、自分がおかしくなったんじゃないかって…っ。」
不意に、涙が溢れた。
自分がこんなにも張り詰めていたのだと、思っていなかった。
見えないものを当然のように見ている静流の存在に、奈津美は自分はおかしい訳ではないと安堵したのだ。
ひとしきり泣いて落ち着いた様子の奈津美に、静流は躊躇いがちに尋ねた。
「奈津美さんは、その神様が受け入れられないんだね。」
問われて奈津美は顔を挙げる。
「受け入れるなんて、無理ですよ!だって、疫病神じゃないですかっ!」
そんな神様なんて要らない。
奈津美の剣幕に、静流は少し悲しそうな顔をした。
「うーん…、どこから何を話せばいいのかなぁ…。」
困ったように呟いて、静流は奈津美を見つめる。
奈津美の後ろでは、話す必要なんか無いと言わんばかりの疫病神が、ブスッとしている。
疫病神と、自分で名乗ったのだろうなぁ、と静流は悲しくなった。
その気持ちのまま隣に座る神様を見つめると、同じ気持ちだったのだろう、神様も悲しそうにしていた。
「疫病神など、最初から居る訳じゃない。」
少し怒ったような声音で、神様がぶっきらぼうに呟く。
奈津美が目を丸くする。
意味が分からない奈津美に、静流は静かに話し始めた。
「疫病神や
もちろん長年争っているような国では、生まれ出でる最初の時から、諍いの神として世に顕れる場合もある。
だが、そんな場合でも素を辿れば、神様の大素となる気や力が、争いによって歪められてしまっているだけ、ということが大半なのだ。
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