2.恋の予感…?

2‐1 

 八百万の神様たちが住む小さな国がある。大なり小なり問題はあったとしても、概ね穏やかな平和な国である。

 けれど小さな国ゆえに、時々、傍迷惑な神様に遭遇してしまう事も──あるのだ。



「俺の名前を教えてやる!」

「聞きたくないわっ!!」


 高飛車な申し出を場外ホームラン並に打ち返し、踵を返した城戸奈津美きどなつみに、


「気が強い女は嫌いじゃない。俺と夫婦めおとになれ!」

 更なる高飛車な追い打ちが…。


「消え失せろっ、疫病神!!」


 獰猛な野獣でも尻尾を巻いて逃げ出しそうな一喝に、態度のデカイ神様は居直った。


「正しく俺は疫病神だ。」


 ───……。


 そう、出来れば遭遇したくないと誰もが思う神様も、世の中にはいらっしゃるのだ。


 なぜ、こんなヤツに付き纏わられる羽目になったのかと、奈津美は歯噛みする。


 あの日、飲み会の二次会後に、最近調子が悪いという女友達と二人で、やけ酒三次会へと繰り出した。

 大ボヤキ大会に盛り上がって終電を完全に逃し、ヤケクソ気味に深夜のホームで過ごしている所に、この訳の分からない男が現れたのだ。


 男は自分を疫病神だと名乗った。

 イカレた野郎には用はないと、やりあっていた奈津美に、


「あのぉ…すみません、何を一人で騒いでるんですか?」

 駅員が恐々と声を掛けてきたのだ。


 一人で、騒いでる?

 そのフレーズで、奈津美は目の前の不遜な男が、自分にしか見えていないと気づいたのだ。


 さぞかし、イカレた女に見えたことだろう。

 そう思うと尚更腹が立ち、奈津美は怒りを全て、疫病神とやらにぶちまけていたのである。


 そして、現在に至る。


 何を気に入ったのか、疫病神は奈津美に付き纏っている。

 ただでさえ絶不調で苛立っていた奈津美にとって、疫病神など傍迷惑を通り越し、捻り殺してやりたい存在だ。


 それなのに疫病神は毎日懲りもせず、名前を教えてやるだの嫁になれだのと、奈津美の怒りの火に油を注ぐ血迷いごとを言うのだ。


 絶対、祓ってやる!!


 煮えくり返った腹の底で、奈津美は決意するのだった。



 友達の友達の更に友達に、神社の娘が居ると聞きつけた奈津美は、なりふり構わず紹介してくれと頼み込み、その娘の神社いえに行く約束を取りつけた。


「何処に行くんだ?」


 懲りない疫病神がついてくる。

 奈津美は完全に無視をして、約束した神社へと向かった。

 道中、奈津美が向かう先に大きな鳥居が見えてきたとたん、


「引き返せ、おいっ!聞いてるのか!?」


 疫病神が不愉快そうな声を上げ始めたが、奈津美は徹底的に無視をした。そうして鳥居を潜った時、


「珍しい神を連れてるな。」


 頭上から声が降ってきた。

 驚いて仰ぎ見た奈津美は、鳥居の上に小さな小鳥を見つけた。


「え…?」

 小鳥が喋った?唖然とする奈津美の背に、

「いらっしゃい、奈津美さんですよね?」


 ハキハキとした感じの、明るい声が掛かる。すると鳥居の上の小鳥がふわりと舞い降り、奈津美に声を掛けてきた女性の肩へちょこんと乗った。

 それは、小鳥ではなく小さな翼のある少年だった。


「はじめまして、静流です。奈津美さんは見えるのね。」


 クスクスと笑う静流にハッと我に返り、奈津美は慌てて深々と頭を下げた。


「はじめまして奈津美です。すみません、図々しいお願いをして。その、あの…やっぱり、肩に乗って、ますよね?」


 恐る恐る尋ねる奈津美に、静流はにっこり笑った。


「私の夫です。」

「え───…っ!?」


 ……絶句。

 そのまま言葉にならず、あんぐりと口を開けている奈津美に、静流は苦笑した。


「どうぞ、こちらへ。」

 奈津美を中へと促し、静流が歩き出す。その背に、疫病神がチッと舌打ちした。


「厄介なトコに来やがって…。」


 疫病神の心底嫌そうな呟きに、奈津美は腹の中でアッカンベーと舌を出した。


 静流は奈津美を、自分の部屋へと招き入れた。

 てっきり本宮で話をするものだと思い込んでいた奈津美は、静流の部屋の落ち着いた雰囲気のお陰で、少し緊張が解けホッとする。


「急に押し掛けて、本当にすみません。」

 改めて謝る奈津美に、


「大丈夫ですよ。奈津美さんの事情は、なんとなく察します。」

 静流はなんとも言えない、複雑な表情で答える。


 奈津美は気づいた。

 静流には見えているのだ。

 自分が静流の夫だと言う神様を見ているように、静流は奈津美の後ろに居る疫病神を見ている。

 そう気づいたとたん、奈津美の肩の力が抜けた。


「はぁぁぁ…。」


 唐突に大きな息を吐き出した奈津美を見て、静流は苦笑した。


「見えてるのが自分だけだと、誰にも言えないから大変よね。」

「そうなんですよ!私は、自分がおかしくなったんじゃないかって…っ。」


 不意に、涙が溢れた。

 自分がこんなにも張り詰めていたのだと、思っていなかった。

 見えないものを当然のように見ている静流の存在に、奈津美は自分はおかしい訳ではないと安堵したのだ。

 ひとしきり泣いて落ち着いた様子の奈津美に、静流は躊躇いがちに尋ねた。


「奈津美さんは、その神様が受け入れられないんだね。」

 問われて奈津美は顔を挙げる。

「受け入れるなんて、無理ですよ!だって、疫病神じゃないですかっ!」


 そんな神様なんて要らない。

 奈津美の剣幕に、静流は少し悲しそうな顔をした。


「うーん…、どこから何を話せばいいのかなぁ…。」

 困ったように呟いて、静流は奈津美を見つめる。

 奈津美の後ろでは、話す必要なんか無いと言わんばかりの疫病神が、ブスッとしている。


 疫病神と、自分で名乗ったのだろうなぁ、と静流は悲しくなった。

 その気持ちのまま隣に座る神様を見つめると、同じ気持ちだったのだろう、神様も悲しそうにしていた。


「疫病神など、最初から居る訳じゃない。」

 少し怒ったような声音で、神様がぶっきらぼうに呟く。


 奈津美が目を丸くする。

 意味が分からない奈津美に、静流は静かに話し始めた。


「疫病神やいさかいの神様ってね、最初から固定されてるものでもないの。」


 もちろん長年争っているような国では、生まれ出でる最初の時から、諍いの神として世に顕れる場合もある。

 だが、そんな場合でも素を辿れば、神様の大素となる気や力が、争いによって歪められてしまっているだけ、ということが大半なのだ。


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