1‐2
「うわっ!?」
驚いた男が手を離す。
次の瞬間、静流は背後からふわりと抱き締められていた。
「俺の嫁に手を出すとは、焼き祓われても文句は云えんぞ!」
「ひいっ!?」
怒気を含んだ声に男達が逃げ出す。
静流は自分を抱き締める逞しい腕に、背中を包む大きな温もりに言葉を失ったまま、恐る恐る振り向いた。
「…神、…さ、ま?」
信じられない。
いつも小さな小鳥サイズだった神様が、凛々しく逞しい青年の姿になっている。
背中の翼は燃えるような緋色をして、焔を纏っているようだった。その姿に、静流は覚えがあった。
この姿を知っている。
自分は、この姿の神様と一度逢っている…───。
*
静流がまだ小さな頃。確か3、4歳ほどの幼い頃。
本宮が火事になった。
火事の原因は連続放火魔の付け火だったのだが、その被害に遭った時、静流は運悪く本宮の中に居たのだ。
古い木造建築の本宮は、火の手が上がると一気に燃え広がり、静流の逃げ道はあっという間に無くなったのである。
小さな静流には、どうしようもなかった。
悲鳴や怒号が燃え盛る焔の向こうで響いていた。消防のサイレン、焼け落ち始める壁や天井…。その時、静流を抱き上げてくれた腕があった。
誰ひとり入っては来れない焔の中、泣いていた静流を抱き上げ、
「もう大丈夫。」
そう告げて微笑んでくれた人。
あれは、あの人は…───。
「神様、だったの?」
静流の問い掛けに、神様は困ったような顔をした。
「憶えていたのか。」
静流の記憶に微かに残る、焔を纏った鳳凰が、目の前で微笑んでいる。
言葉を失う静流に、神様は真剣な表情を浮かべた。
「あの時、おまえの涙があまりに美しくて。このまま拐ってしまいたいと思ったのだが。幼いおまえを奪っては、親御に申し訳ないと…、おまえの成長を待つことにしたのだ。」
ずっとずっと待っていたのだと、神様は切なく囁く。
「静流、俺では駄目か?」
俺の嫁には、なっては貰えぬか。
切なく掻き口説かれ、静流の心は震えた。
自分を助けてずっと見守っていてくれた神様に、押し殺そうとしていた想いが溢れる。
「私で、いいの?」
もっと神様に相応しい女性がいるだろうと、静流は思う。それでも、求められる甘い心地好さを手離せない。
「静流がいいんだ。」
「神様…。」
「
静流の耳許で神様が囁く。
「俺の名は、火烙だ。」
それは魂の
特別な者にしか渡さない、真実の名だ。
「俺の名を呼んでくれ、静流。」
静流は甘く、小さな声で囁いた。
「火烙…。」
私の神様。
私だけの鳳凰…───。
*
神社の境内を綺麗に掃き清め背伸びをした静流に、いつもの声が掛かる。
「終わったか、静流。」
鳥居の上にちょこんと座っている神様に、静流も同じ言葉を返す。
「飽きないね、神様。」
神様は鳥居から舞い降りると、美しい青年へと変化して、静流をそっと抱き締めた。
「飽きないぞ。静流は俺の嫁だからな。」
まだ学生の静流に配慮して、神様はもう暫く待つことにしたのだ。
静流が卒業したら、晴れて
「私で、本当にいいの?」
不安げに問う静流に神様は笑う。
「俺の真名を握ったのに、何を怖がるんだ?」
俺はもう逃げられないのだぞ、と悪戯っ子のように囁く神様を、静流はギュッと抱き締め返した。
神様は静流の為に、夫婦になっても人の世で生きようと言ってくれたのだ。
静流が人として寿命を全うし、神様を遺して逝ってしまうことになっても良いと。静流が生きたいように生きて良いと、言ってくれた。
遺される悲しみを甘んじて受け留めると誓った神様の、深い深い愛情に静流は泣きながら感謝したのだ。
こんな人には、二度と出逢えないと静流は思う。
もう、手離せない。
この愛情を。
「火烙、愛してる。」
囁く静流に、神様は満面の笑顔を浮かべた。
今日も。
八百万の神様の住む国は
つつがなく平穏である。
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