神様の住む小さな国
涼月
1.熱烈プロポーズ
1‐1
争いごとも起きる事はあるが、概ね穏やかで平和な国。
神様も動物も人も、それぞれがそれぞれの領分で暮らしている国である。
けれど小さな国ゆえに、神様に遭遇してしまう事も稀に…いや、かなり頻繁に起きるのだ。
*
神社の境内を掃き清め、大きな伸びをした
仰ぎ見た鳥居の上に小鳥が止まっている。と、思い掛けて違和感に目を凝らす。
小鳥ではない。
「今朝もお勤めか、静流。」
クスクスと笑っている。小鳥なら喋ったり笑ったりはしない。
静流は大きなため息をついた。
「毎日、飽きないね、神様。」
神様、と呼ばれた小鳥モドキが舞い降りてくる。それは、静流の肩にちょこんと座った。
よく見ると整った顔立ちをした、唐衣姿の少年である。その背に小さな翼が在るため、小鳥と見間違うのだ。
普通なら見えない、小さな神様。
見えてしまうのは、神主の血筋のせいかと思っていたが、どうやら違うらしく。
「飽きるはずがないだろう?俺は静流を愛してるからな!」
これまた聞き飽きた返事を、胸を張って偉そうに言われて、静流はぐったりする。
そう何を血迷ったのか、この小さな神様は、静流を嫁にすると口説きに通っているのだ。
*
いくら八百万の神様と暮らす国だからと言っても、神様と人のラブロマンスなんて…と、静流は思っている。
実際、神様と人のラブロマンスは思ったより意外と、いや結構ザラにあったりするのだが。
とにもかくにも静流は、まさか自分が神様に言い寄られるとは考えていなかったし、考えたくもなかったのだ。
なぜなら静流は、人の世界が大好きだから。
大好きな祖父母、大好きな両親、大好きな兄弟、大好きな友達…。そんな大好きな人達と違う世界の住人には、なりたくない。
神様に嫁入りするということは、静流が人の世界から神の世界へ入る、ということだ。そうなれば静流は、人とは違う時間の流れの中で、生きなければならない。
大好きな人達と共に、同じ時間の流れの中で生きることが出来ないのは、静流にとって悲しいことなのだ。
だから神様が口説きに通っても、静流には返事が出来なかった。
じゃあ、断ってしまえばいいのに…と思ってはいけない。
困ったことに、静流は神様が嫌いではないのだ。
むしろ好きなのである。
好きだけど、嫁入りはしたくないというジレンマに、静流は一人もやもやと悩んでいた。
そんなもやもやを抱えたまま高校から帰った静流を、神様が待っていた。
「静流、遅かったな。父上と呑んで待っていたぞ!」
「はぁっ!?」
神様の言葉に驚いて居間に飛び込んだ静流は、信じられない光景に唖然とした。
あろうことか神職姿の父親と神様が、食卓を囲んで酒を酌み交わしていたのだ。
唖然とする静流に、父親がニコニコと笑い掛ける。
「静流、神様が静流を嫁に貰ってくださるそうだよ。いやぁ、良かったなぁ。」
「───と、父さん、まさか…。」
狼狽える静流に、父親が止めの一言を放った。
「有り難く御請けしなさい。」
*
神職の父親にとって、娘が神様に見初められたことは、誉れなのかもしれない。けれど、あまりにあっさりと承諾しろと言われ、しかも本人を蔑ろにして、勝手に話を進めようとしていることに静流は激怒した。
思わず父親と神様に向かって、
「バカッ!!」
と、叫んで飛び出してしまった静流は、お腹を空かせたまま公園のベンチにへたり込んでいた。
父親が神様を認めて、祝ってくれるなら嬉しい。けれど、そうなれば静流はもう一緒に暮らせない。
「父さんの、バカ…。」
寂しくて悲しくて、小さく呟いた時だった。
「静流…、静流、父上が心配しているぞ、帰ろう。」
神様がベンチの縁に遠慮がちに降り立ち、申し訳無さそうに静流に声を掛けてきた。
無視をする静流に、
「すまない…、父上が酒に誘ってくれたのが嬉しくて、つい余計なことを言うてしまった。」
神様が更に小さくなる。
「分かっていたのだ。静流が人の世から離れとうないこと、分かっていたのに…。」
すまぬ、と呟いた神様の声は涙声だった。
静流はハッと神様を振り返った。
神様は、静流の気持ちを分かっていたのだ。
静流が人として寿命を全うしたい、と思っていることを、分かっていたから無理強いをしなかったのだと気づく。
「神様…。」
ごめんなさい、と言い掛けた時だった。
「こんな所で何してるの?」
不意に声を掛けられ、静流はギクッと固まる。目の前に見るからに悪そうな男が二人、ニヤニヤと笑いながら立っていた。
男達には小さな神様の姿は見えていない。獲物を見つけたケダモノのような目付きで、静流を値踏みするように見ている。
「行くとこ無いんなら、俺達と遊ぼうよ。」
下心見え見えな言葉に、静流はベンチから立ち上がった。
「生憎、家に帰りますから。」
そのまま立ち去ろうとした静流の腕を、男が掴んだ。
「帰す訳ないだろ!」
「離してっ!!」
静流が悲鳴を上げた瞬間、
パンッ!!
腕を掴んだ男の目の前の空気が、破裂音を立てて焔を上げた。
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