神様の住む小さな国

涼月

1.熱烈プロポーズ

1‐1 

 八百万やおよろずの神様たちが住む、小さな国がある。

 争いごとも起きる事はあるが、概ね穏やかで平和な国。

 神様も動物も人も、それぞれがそれぞれの領分で暮らしている国である。

 けれど小さな国ゆえに、神様に遭遇してしまう事も稀に…いや、かなり頻繁に起きるのだ。



 神社の境内を掃き清め、大きな伸びをした音川静流おとかわしずるは、ふと目の端に何かを捉えて振り向いた。

 仰ぎ見た鳥居の上に小鳥が止まっている。と、思い掛けて違和感に目を凝らす。

 小鳥ではない。


「今朝もお勤めか、静流。」


 クスクスと笑っている。小鳥なら喋ったり笑ったりはしない。

 静流は大きなため息をついた。


「毎日、飽きないね、神様。」


 神様、と呼ばれた小鳥モドキが舞い降りてくる。それは、静流の肩にちょこんと座った。

 よく見ると整った顔立ちをした、唐衣姿の少年である。その背に小さな翼が在るため、小鳥と見間違うのだ。


 普通なら見えない、小さな神様。


 見えてしまうのは、神主の血筋のせいかと思っていたが、どうやら違うらしく。


「飽きるはずがないだろう?俺は静流を愛してるからな!」


 これまた聞き飽きた返事を、胸を張って偉そうに言われて、静流はぐったりする。

 そう何を血迷ったのか、この小さな神様は、静流を嫁にすると口説きに通っているのだ。



 いくら八百万の神様と暮らす国だからと言っても、神様と人のラブロマンスなんて…と、静流は思っている。

 実際、神様と人のラブロマンスは思ったより意外と、いや結構ザラにあったりするのだが。

 とにもかくにも静流は、まさか自分が神様に言い寄られるとは考えていなかったし、考えたくもなかったのだ。


 なぜなら静流は、人の世界が大好きだから。

 大好きな祖父母、大好きな両親、大好きな兄弟、大好きな友達…。そんな大好きな人達と違う世界の住人には、なりたくない。


 神様に嫁入りするということは、静流が人の世界から神の世界へ入る、ということだ。そうなれば静流は、人とは違う時間の流れの中で、生きなければならない。


 大好きな人達と共に、同じ時間の流れの中で生きることが出来ないのは、静流にとって悲しいことなのだ。

 だから神様が口説きに通っても、静流には返事が出来なかった。


 じゃあ、断ってしまえばいいのに…と思ってはいけない。

 困ったことに、静流は神様が嫌いではないのだ。

 むしろ好きなのである。

 好きだけど、嫁入りはしたくないというジレンマに、静流は一人もやもやと悩んでいた。

 そんなもやもやを抱えたまま高校から帰った静流を、神様が待っていた。


「静流、遅かったな。父上と呑んで待っていたぞ!」

「はぁっ!?」


 神様の言葉に驚いて居間に飛び込んだ静流は、信じられない光景に唖然とした。

 あろうことか神職姿の父親と神様が、食卓を囲んで酒を酌み交わしていたのだ。

 唖然とする静流に、父親がニコニコと笑い掛ける。


「静流、神様が静流を嫁に貰ってくださるそうだよ。いやぁ、良かったなぁ。」

「───と、父さん、まさか…。」


 狼狽える静流に、父親が止めの一言を放った。


「有り難く御請けしなさい。」



 神職の父親にとって、娘が神様に見初められたことは、誉れなのかもしれない。けれど、あまりにあっさりと承諾しろと言われ、しかも本人を蔑ろにして、勝手に話を進めようとしていることに静流は激怒した。

 思わず父親と神様に向かって、


「バカッ!!」

 と、叫んで飛び出してしまった静流は、お腹を空かせたまま公園のベンチにへたり込んでいた。


 父親が神様を認めて、祝ってくれるなら嬉しい。けれど、そうなれば静流はもう一緒に暮らせない。


「父さんの、バカ…。」


 寂しくて悲しくて、小さく呟いた時だった。


「静流…、静流、父上が心配しているぞ、帰ろう。」


 神様がベンチの縁に遠慮がちに降り立ち、申し訳無さそうに静流に声を掛けてきた。

 無視をする静流に、


「すまない…、父上が酒に誘ってくれたのが嬉しくて、つい余計なことを言うてしまった。」


 神様が更に小さくなる。


「分かっていたのだ。静流が人の世から離れとうないこと、分かっていたのに…。」


 すまぬ、と呟いた神様の声は涙声だった。

 静流はハッと神様を振り返った。

 神様は、静流の気持ちを分かっていたのだ。

 静流が人として寿命を全うしたい、と思っていることを、分かっていたから無理強いをしなかったのだと気づく。


「神様…。」

 ごめんなさい、と言い掛けた時だった。


「こんな所で何してるの?」


 不意に声を掛けられ、静流はギクッと固まる。目の前に見るからに悪そうな男が二人、ニヤニヤと笑いながら立っていた。


 男達には小さな神様の姿は見えていない。獲物を見つけたケダモノのような目付きで、静流を値踏みするように見ている。


「行くとこ無いんなら、俺達と遊ぼうよ。」


 下心見え見えな言葉に、静流はベンチから立ち上がった。


「生憎、家に帰りますから。」


 そのまま立ち去ろうとした静流の腕を、男が掴んだ。


「帰す訳ないだろ!」

「離してっ!!」

 静流が悲鳴を上げた瞬間、


 パンッ!!


 腕を掴んだ男の目の前の空気が、破裂音を立てて焔を上げた。


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