この世の中にあふれる「常識」というものは、一体どれだけの「真実」を孕んでいるのだろう?
冠婚葬祭然り、マナー然り、世にあるマニュアル的な、それこそ辞典やwikiに至る英知ですら「真実」を表してるとは言い難い。
とまあ、お堅い言い方をしてしまいましたが、格言や知識人の言葉を素直に聞けず、穿った解釈をする自分の琴線に触れたということを言いたかったのです。
いろいろな事象はさまざまなフィルタを通して伝えられる。
その真実を探求する好奇心を失いたくないな、とあらためて痛感しました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。嬉しいお言葉をいただき感激しております。
個人的なことですが、この小説を書いていた時期は、身の回りの物事に対して、なんとか別な考え方ができないかと常に腐心していました。
「常識」という言葉は「常に」という文字を含むものの、本当は常に成立するものなどではなく、一定の蓋然性に裏付けられた通例に過ぎないと考えています。
そして常識が成立する前提さえ見つけてしまえば、その前提を欠く、常識の通用しない場面が山ほど見つかるはずです。そうした例外を常識の枠内に入れてしまおうという無意識が、案外フィルタの正体である場合も多いんじゃないかなと思っています。
面白かったです!!母との思い出からの兄の後悔。ほっこり系かと思いきや…「罪のないものだけが石を投げてよい」といいますが、罪のある弟が容赦なく石を投げてるのが恐いです。
作者からの返信
ありがとうございます!!!!!容赦ないですよね。人間、他人の罪悪感をつつこうとしている間は自分の悪さなんて簡単に棚に上げてしまえるのだと思います。