投げられた石
霧灯ゾク(盗賊)
第1話
あまりに物が多かったので、まずは貴重品とそれ以外とを分けることにした。実家にある品々はどれも懐かしく、何を形見とすれば良いかも分からなかった。
それだけ母の訃報は突然のことだったのだ。
俺と弟が中学生だった頃に交通事故で父が亡くなり、母は女手一つで俺たち兄弟を育てた。不幸中の幸いと表現するのも不謹慎だが、父は死亡事故特約の保険に入っていたため、父の死が原因で大きく生活に困ることにはならなかった。
息子二人を社会に送りだしての一人暮らしは、やはり寂しかったのだろうか。
ふと手を止めて考えてみたが、すぐに作業を再開した。
少し考えればわかることだった。寂しかったはずはない、俺は、いや、俺たち息子は、それだけ親不孝だったのだから。
最初に盗みを働いたのは俺が中学二年生の時だった。今思えば父の死が原因だったのだろう。半ば自暴自棄になっていた俺は、不良の仲間とつるんでタバコを吸い、ファミレスにたむろしていた。当然のことではあるが、毎日のようにタバコを吸い、ファミレスに通えばそれなりに金はかかる。
当時うちの家計には、いくら保険金があったとはいえ、お小遣いを十分に出せるだけの余裕が無かった。
しかし当時の俺は、保険金というものが豊かに暮らせるほど巨額なものだと勘違いしていたのだ。
遊ぶ金が足りなくなるたびに、夜中や母親のいない時間を見計らって、こっそりと金を盗んでいた。金のあるところはいくつか把握していたため、盗むことは容易かった。母は金を保管するとき、決まって茶封筒に入れ、残額や日付を表面に記録するのだった。今思えばすぐにバレるような、姑息なやり方だったのだが、俺は金を盗むときはいつも別な封筒を用意し、封筒に記載されている記録を微妙に書き換えて書き写すと、差額分の金を抜き取って新しい封筒に差し替えていた。
罪悪感は感じなかった。当時の俺は保険金がもっと巨額だと思っていたし、さらに母はそれを少額だと偽って自分のために金を貯めているのだと思っていたからだ。
それに盗みを働いていたのは俺だけではなかった。弟は俺ほどではないが、ときどき母のサイフから金を盗んでいたのだ。そのことがあったためか、弟は俺の盗みに気づいていても、口を出すことはなかった。罪人は罪人を裁けないのである。
昔のことを思い出しているうちにリビングの遺品整理が終わった。
同時に、弟も母の部屋を片付け終わったらしい。
俺は弟にゴミ出しを頼むと、足早に母の部屋に向かった。
母の部屋には、弟が知らない金の隠し場所がある。頻繁に盗んでいた俺と母にしかわからない場所だろう。もしかしたらまだ金が残っているかもしれない。生前金を盗んだことは反省しているが、死後に金を取ったところで恨まれることはないだろう。そう思って隠し場所を探すと、案の定茶封筒があった。茶封筒の表面にはいつものように金の出し入れが記録されていた。
1/20 アニ セイフク 4680エン.......,.5/28 オトウト キュウショクヒ 3942エン......
こうしたものは本来子供が見るものではないのだが、俺にとっては懐かしさがあった。
しかし、何か様子がおかしい。
7/23 アニ ヌスム 1052エン....8/15アニ ヌスム 703エン
俺は目を丸くした。茶封筒には過去に俺が盗んだ記録までされていたのだ。
俺の盗みに気づいていた母が、それをどこかに記録して、茶封筒に書いたのだろうか。しかしそんなことをする理由が思いつかない。戸惑っていると、封筒の中に紙が入っているのに気づいた。俺はおもむろにそれを広げ、読む。
「お父さんが死んであなたが荒れているのを見て、少しでも気晴らしになればいいと思い、家族旅行のために茶封筒にお金を貯めていました。しかし、無駄な気遣いになってしまったようです。あなたがこの文章を読むまでに、みんなでの家族旅行が実現していることを願います。長男へ、母より」
全て読み終えるころには、手紙がぐしゃぐしゃになっていた。頬をつたう熱いものが何か、しばらく理解できなかった。
せめて生前に一度、旅行に連れて行ってやれば良かった。金なんて盗まなければ良かった。自責の念が俺を襲った。
ゴミ出しから戻ると、涙こそもう流れてないものの、明らかに目が腫れている兄の姿があった。どうやら上手くいったらしい。
兄は、知らないと思っていたようだが、僕は母の金の隠し場所を知っていた。
そのため遺品整理のため家に帰ったとき、僕は真っ先に隠し場所から金を取った。しかし同様に隠し場所を知る兄が気付けば、僕が疑われることになるかもしれない。そこで手を打ったのだ。僕も封筒の書き換えをやっていたため、母の書体を真似るのは容易かった。これで金は僕のものになるだろう。
キリストは、「過去に罪のない者だけが罪人を裁いてよい」と言ったらしいが、僕は逆だと思う。人の罪を本当に理解できるのは同じ罪を犯したことがある人間だけであり、罪人を裁けるのは罪人だけなのである。
投げられた石 霧灯ゾク(盗賊) @TouzokuXYZ
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