第6話 誕生!特命機装遊撃隊 後編

 潜入偵察支援作戦から戻った一日は、いつものように自由休養日となった。熱いシャワーを浴びた機装兵たちは、用意された遅い朝食を胃に詰め込むと、また泥のように眠った。

 機装兵たちが目覚めたのは夕方前である。

 目覚めると、所長デーメーンス技術少佐主催の祝賀夕食会が待っていた。

 全員、戦闘作業服ではなく、カーキ色詰襟の制服に腰ベルトと肩ベルト、ブーツと言う正装である。わずかな略章もつける。

 六人の機装兵に加えて フィーデンティア大尉とフォルティス少尉、そして所長の希望で整備担当のレフェクティオー軍曹やオベーサ伍長も参加した。

 食事はいつもの炊事係ではなく、町の食堂から運ばせた。一種の技術馬鹿で政治的交渉力に乏しい技術少佐が、珍しく興奮していた。

 今回の快挙に対し、なんと参謀総長のスンムス元帥直々に祝福の電話をかけてきて、感状を与えると明言したのだ。

 負傷した偵察軍曹は昇進し、勲章が与えられると言う。

 アウダークス中尉の勇敢な行為も全軍から賞賛されていたが、無謀な指揮で若者を一人死なせてしまったことで、相当落ち込んでいるらしい。

 祝賀会はかつての室内競技室だった、広めの部屋で行われた。長いテーブルに白布が敷かれ、制服の一堂がそれを挟んだ。

 発泡酒や醸造酒も用意され、少し涙ぐんだデーメーンス少佐が、祝福の電報を読み上げてからはじまった。

 いつも無口冷静なアギリス先任曹長も、めったに見せない笑顔でセウス曹長と談笑している。文学青年スクリープトル伍長は、なぜか無学で朴訥としたコローヌスと最近仲がいいらしい。

 ベテランの整備軍曹も目が赤い。隣で小さくなっているやや肥えたオベーサ伍長は、しきりに斜め向かいの美しいミーマを観察している。

 遠慮なく熱心に食べているカルネアの横で、ミーマは例によってどこか面白くなさそうに、静かにグラスを傾けていた。

「お嬢様、あまり食べないんすね」

「……別に大したことしたわけじゃないのに、またこの騒ぎ。

 わたしはもっと、国運をかけた大作戦をやりたいのに。わたしにふさわしい」

「まあまあ、一歩づつです。おいしいですよ、冷めないうちに」

 二人の会話を聞いていた整備伍長は、少し笑った。珍しく薄く化粧したフィーデンティア大尉が立ち上がった。野性的美人だが、いつも視線が鋭い。

「諸君。この研究所へ来てまだ二か月と少し。しかし本当によくやってくれたわ。 特にミーマ曹長たちのこのたびの快挙は、全軍に伝わった」

 機装兵たちは拍手した。しかし当の「お嬢様」はきょとんとしている。

「あの……いつも申しますけど、名門の美女が普通の人間より活躍し、貢献するのって当然の義務と思いますけど。そんな大したことしてませんわ」

「……ふふ。さすがね。まあいいわ。あなたは今回も殊勲者だしね。

 ともかくあの勉強だけは出来て頭の固い作戦部の連中も、これで少しは考えなおすわよ、きっと」

「しかし大尉殿」

 と声をあげたのは、勇敢だが熱くなりすぎるフォルティス少尉だった。

「これでますます、イマニムの侵略的傾向はあきらかになりましたし、電波探知機などの最新科学力の存在もほぼ確かめられました。噂は本当でしたよ。

 あの宗教王国は二年以上前の革命以来、確かに別の国に生まれ変わった。正直言って我が国の科学技術では、とても太刀打ちできないかもしれない」

 技術少佐以下の面々は真剣な表情になる。所長は丸い眼鏡をあげた。

「少尉の言うとおりだ。我々技術屋は早くから、イマニムの異常な科学的発展については警鐘を鳴らしつづけた。

 しかしどうも参謀本部の若い連中は精神主義に走り過ぎで、技術力と情報を軽視するが。特に学校成績のいい連中ほど、頑なすぎる。

 今度こそ、考えをあらためてくれるといいがなあ」


 同じころ、オタ・メイ首都ラティパック郊外にある中央衛戍病院の個室に、情報部の重鎮フォッサ少佐はいた。

「確かに電波探知機だな。我が国でも研究はしているが、イマニムはすでに実用レベルに達しているのか。夜間でも、そんなに正確に撃ってくるとは驚いたな」

 ベッドで上半身をおこしたアウダークス騎兵中尉は、軍曹の手術が成功したことでやや落ち着いていた。今は出来るだけ正確に情報を伝えようとしている。

「はい。それに無線通信機も小型で高性能です。一角牛騎兵が無線で砲撃を誘導していました。我々の物より遥かにすすんでいます」

「……ケン・イン領内の広大な基地か。いよいよ我が国に危機がせまっている」

「情報少佐殿、我が国はあのイマニムを防げるのでしょうか」

「正直自信はない。唯一の可能性があるとすれば、パルチザンだな」

「はい?」

「二年以上前、人民光輝党『ルーメン』が、突如革命をおこし王権を倒したね。

 王族の多くは自ら戦って死んだか処刑された。しかし王女か誰かが生き残っている、と言う噂もある。そして反革命パルチザンを率いているってね。

 噂に過ぎないが、反革命勢力はある。彼らに援助して、内部攪乱しかないな」

「なかなか確実性は低いですね。あいかわらず騎兵中心に正面突撃戦法ですし」

「国境地帯の地下要塞化をとなえていた作戦部の鬼才、例のヤーラ大佐は、ついに地方へ左遷された。ウキリ・アットとの北部国境へな。優秀な人材を、中央から遠ざけたわけだ。そして今や決戦派のコムピトゥム少佐たちの天下だ。

 このままではわがオタ・メイは……」


 翌朝、講義にも使うこぶりな講堂には大きなテーブルが置かれ、やはり大きな地図が広げられていた。機装兵六人に対し、フォルティス少尉は説明を続ける。

「つまり夜間機動、襲撃訓練の補助砲撃だ。あのプライドの高い騎兵隊が参加を許してくれたのも、君たちの活躍の成果だよ。

 画期的なことだ、光栄に思っていい」

 立って机を囲んでいた機装兵の中から、ミーマが真っ先に声をあげた。

「なんで今更時代遅れの騎兵なんかと、訓練しなくちゃなんないんですの」

「まあそう言うな。イマニムをのぞけば今でも世界的に、主戦力は騎兵だ。また将校たるもの、馬の乗れることが求められる。

 フィーデンティア大尉もフォッサ少佐も騎兵科出身だ」

「なら騎兵一個大隊と吾ら機装自行砲三機で、対決したらいいのです。

 騎兵大隊なんか、三機で蹴散らしてやりましてよ」

「……また過激なことを言う。おいおい、みんなも笑うんじゃない。騎兵部隊の訓練に参加するために、所長や大尉がどんだけ苦労したことか。名誉だぞ。

 ともかく耳馬の牽く機動野戦砲よりも融通がきき、荒天にも強いことを証明する。騎兵部隊が機装砲の有用性を認められれば、いやでも全軍が認めるぞ」

「頭の固い騎兵よりも、賢い耳馬のほうが先に認めますわよ」

 みんなはまた笑いだした。少尉もつられて笑ってしまった。


 二日後の日没後、三機の機装自行砲は、内燃トレーラーに運ばれて南東部山岳地帯の演習地へと着いた。すでに騎兵挺進中隊約百騎と、補助兵力七十人、繋駕けいが騎兵砲十門が準備を進めている。

 先行していたレフェクティオー軍曹と助手のオベーサ伍長が指揮して、工兵隊によって大小の天幕が貼られた。

 騎兵たちは従卒と共に耳馬の手入れに忙しい。雨季も終わり天気はよく、夜を迎えた森の中のあちこちでたき火がたかれている。

 夜通しの演習なので、ミーマたち六人は到着後仮眠をとった。夜間状況開始前に、比較的豪華な夕食が出た。演習中はほとんど食事も出来ない。

 研究所長の差し入れで、この地方の名産である果実酒も少し飲めた。

 フィーデンティア大尉も、少しいい気分になっていた。時々若い騎兵将校だった頃を思い出す。

「今は騎兵砲の補助のような形だが、近い将来、機装砲が花形になる時がかならず来る。そして主戦場で過酷な戦いを繰り広げる時が……」

 野営地を守る歩兵部隊派遣の兵士が、小銃を捧げて直立不動になる。

「上官っ!」

 騎兵隊の中佐がやってくる。赤いラインのはいったズボンに拍車のついた長いブーツ、肩章も赤と金で派手である。各国とも騎兵の軍服は派手なものだった。

 テーブルを囲んでいた大尉と少尉、六人の機装砲下士官は立ち上がった。答礼した騎兵中佐はやや小柄で、鍛え上げられた細身の体だった。

 顔立ちはやや女性的である。騎兵は耳馬の負担を考え、体重の軽いことが求められる。大男には不向きだった。

「訓練中隊長のトルピドゥス中佐だ。君が情報部のフィーデンティア大尉だね」

 大尉とフォルティス少尉は自己紹介する。

「あれがどこまで運用できるかは君たち次第だ。しかし騎兵はあの種の兵器を嫌がっている。新兵器はいつも受け入れられるまで時間がかかるが、ともかく頑張って欲しい。解散、分かれ!」

 そう言うと、足早に去って行く。なかなかの堅物との噂だった。しかし頭は固くないらしい。


 状況開始時刻になった。山すその森の中は静まりかえっている。雨季後数日この地方にはほぼ雨がふらず、落ち葉は乾ききっていた。夜風が少しある。

 しかし漆黒の闇の中にも耳馬の呼吸音と、拍車やサーベルの鳴る音がする。

 遠くで訓練状況開始をつげるラッパが鳴り響くと、三隊にわかれた騎兵集団は森の中を前進しはじめる。まだ声も出ない。

 やがて「敵」に想定した森の手前にある小さな丘から、サーチライトが照らされる。後方に布陣していた騎兵砲が照明弾を打ち上げると、攻撃開始である。

 騎兵たちがいっせいに鞍のホルスターから騎兵銃を抜いて、両手で構える。

 騎兵銃はまだ珍しい半自動式だった。先頭のトルピドゥス中佐だけはサーベルを抜く。「敵陣」から空砲が発射されだした。

 その様子を高台から双眼鏡で観察していたフォルティス少尉が信号弾を打ちあげると、砲塔上のアギリス、ミーマ、セウスの三曹長はハッチを閉めた。

「カネネア、発進ですわよ。アギリス先任曹長に続いて」

 後方の騎兵砲は、実弾がわりの照明弾を打ち続ける。森の中はかなり明るい。

 三機は騎兵のあとを車輪走行し、主戦場である森の中の開豁地手前で歩行状態になり、丘上の敵陣に突入する騎兵部隊を援護して敵火点を叩くのである。

「しかし古式ゆかしい訓練よね。騎兵が突進してくるのに小銃だけで反撃なんて、いつの時代の状況かしら。今は速射機関砲も増えているのに」

「騎兵科は花形、地主階級も多いですし、難しいですね。もうすぐ立ちますよ」

 森が途切れるあたりでアギリス機が静止し、操典通りに立ち上がった。ミーマも砲塔から顔をだして、双眼鏡を使う。軍支給ではない高価な外国製である。

 小煙幕弾が炸裂する丘を、三方から騎兵がのぼっている。その後ろに完全武装の歩兵集団が続く。歩兵たちは軍旗を先頭に、一斉に吶喊とっかんした。歩兵たち鬨の声が、合図だった。アギリス先任曹長は手を振って砲撃を命じた。

 森のはずれで佇立する三機装砲は、六十ミリ砲から次々と無炸薬曳光えいこう弾を撃つ。赤い光の弾は、丘を吶喊とっかんして登って行く騎兵や歩兵の頭上を照らし、丘の向こうへと消える。

「さてカルネア。もう少し前進。まったく馬鹿げてるわ。騎兵が勝つように訓練状況が設定されている。ただ若い騎兵に自信つけさせるだけのお遊びよ」


 夜半までこのような夜襲訓練が続いた。やがて大休止となって各天幕で飲料が出たが、風が強くなっていた。ミーマは砲の中で寝てしまう。

 朝を待って参加兵士か集まり、訓練指揮官の講評などがあって、帰営するのである。カルネアは朝食を楽しみにしていた。騎兵の食事はうまいと言う。

 突如突風が森をかけぬき、休んで馬草をはんでいた耳馬たちが驚いていななく。小さなテントも一つ飛ばされていた。

 森の片隅、「敵陣」のさらに奥に張られた炊事テントで、事件は起きていた。

 小川に近いその場所は訓練本部や「敵側」休息所に近く、便利だった。石などで竃が作ってあり、炊事班は枯れ木で火を焚いて朝食の下ごしらえをしていた。

 演習もいつも通り無事に終わり、みな気がゆるんでいた。

 オタ・メイは緯度的に年中すごしやすいが、季節によっては風が強かったり、夜が冷え込んだりする。

 雨季が終わると暫く空気は乾燥する。この夜も空気が乾燥し、風が強かった。

 突如、黒い空からつむじ風が吹き降りた。炊事班が食材置き場として使っていた小さな天幕が突風にあおられ、飛んでしまった。

 とんだ天幕はその後方にあった炊事部のテントに飛び込んで、湯を沸かすなどしていた大鍋をひっくりかえしてしまう。

 炊事班員がわめく中、天幕に火が燃え移ってしまった。班長はあわてて水をかけさせたが、乾燥していた下草や周囲の木々の小枝に、燃え広がって行く。


「起きて、起きて下さい!」

 機装砲の操縦席で眠っていたミーマは、「母様、うれしいですわ」などと寝言を言っていた。カルネアに起こされてやや不機嫌そうに出てきて、驚いた。

 北のほうの森が明るくなっている。火事らしい。

「敵陣地の丘の向こう、北の森で火災のようです。さっき非常呼集と、消火急げのラッパが鳴り響いていましたから。これは演習じゃありません」

 やがて小隊本部天幕からフォルティス少尉が出てきて、状況を説明した。

「炊事班にけがはないが、乾燥した森の中で火事が広がっている。

 騎兵の小隊か消火に出動しているので、我々も応援にかけつける。全員搭乗」

 消火と言っても、ポンプ車は川や池の近くでしか使えない。せいぜい濡らした木の枝で、火を叩き消すぐらいである。幸い、一帯に人家は全くない。

 走行モードで、三機は森を抜け草原を走る。北の森の火災はかなり広がっているらしい。ミーマは測距照準器で見つめている。

「森が丸焼けになるわね。小鳥たち大丈夫かしら」

 炎は夜風にあおられ南へと飛び火していた。人家こそないが貴重な森である。

 機装砲三機が小高い丘を越えて森のはずれに達したとき、すでに騎兵部隊と補助兵力が集まって、騒動になっていた。

 耳馬で先行していたフォルティス少尉が戻ってきて、三砲術長と三操脚兵に状況を説明した。森の木を爆破して、防火帯を作った。

 しかし強い夜風で炎が北東にむかい、燃え広がりつつあるらしい。

「訓練中隊長のトルピドゥス騎兵中佐が二十騎ほどを率いて炎を回り込み、奥地の池に内燃機関つきポンプ車二台を設置しに行ったらしい」

 今までは消防ポンプも手動がほとんどだった。アルコール・エンジンを搭載した新式ポンプ車は、相当遠くまで水を飛ばすことが出来る。

 突如燃え盛る森のむこうから、赤い信号弾が夜空に登って行く。赤は危険、または救助要請の緊急信号だった。トルピドゥス中佐たちだろう。

「行きましょう。耳馬は火を怖がるけど、機装砲は平気ですわ」

 ミーマに他の機装砲兵たちも同意した。少尉は三機に「無理をせず」騎兵たちを支援すべく、森の中へと進行することを許可した。

 火災の広がる森へと真っ先に飛び込んだのは、例によってミーマたちだった。アギリス機とセウス機が続く。


 森の中の小池では騎兵数機につきそった工兵が、二台のポンプ車の準備を終え、水の巨大なアーチを作っていた。

 しかし木を倒して新たな防火帯をつくろうとしていたトルピドゥス中佐と十数騎が、飛び火した炎に囲まれて孤立していた。

 中佐はなんとか北へ、小池方面へと脱出しようとするが、耳馬は怯えて言うことをきかない。危険には敏感な賢い動物だった。

 自分一騎だけなら火を飛び越えて脱出は出来るかもしれない。しかし半数はまだベテランとは言えない若者だった。火の粉が盛んに降ってくる。

「中佐殿~!」「馬が……暴れる」「火の粉が!」

 部下に泣き叫ばれても、トルピドゥス中佐にもどうしようもなかった。


 先頭を走っていたミーマ機がとまった。燃え盛る火の壁が、立ちはだかる。アギリス機とセウス機もとまり、二人の曹長がハッチから顔を出した。

「だめだミーマ、これ以上は進めない」

「アギリス曹長、馬のいななき、いや悲鳴が聞こえるわ。近いです」

「しかし……炎につっこむのか」

「なに言ってるんですの。友軍が孤立しているのですわ。

 耳馬は頭がいいだけに臆病です。さあ、つっこみましょう。あなたたちが嫌なら私たちだけでもやります。御許可を!

 それが高貴なる者、美しき者のつとめよ!」

 ハッチをしめて走り出そうとする。アギリスも決意を固めた。「脚」が聞く。

「……高貴でも美人でもない自分も、お供するんでしょうね」

「わたしより大きくて許せないおっぱい保持者なんだし、つきあいなさい。

 まずは燃えてる木を吹き飛ばすわ。瞬発信管、連射用意!」

 停止していたミーマ機から、通常弾二発が発射された。目の前の炎の壁が吹き飛んで、燃え盛る木々が倒れてしまう。また爆風が部分的に炎を吹き消した。

「よしカルネア。鋼脚歩行モード。倒れた木々を乗り越えて!」

 立ち上がった機装砲は、折れて倒れた燃える木々を乗り越えて進んでいく。アギリス機とセウス機も立ち上がり、ミーマに続く。

 しかし三機が通り過ぎると、また炎が激しくなる。

「お嬢様。もしものための実弾は僅かです。慎重に使ってください」


 燃える炎の中の突然の爆発で、パニックになりかけていた十数頭の耳馬は、驚いて爆音の方へと首をめぐらす。騎兵中佐は双眼鏡をのぞいた。

 ほどなく渦巻く白煙の中、炎の壁を背後に鋼鉄の「象」が一機、鋼脚の音を響かせて騎兵たちの前に出現したのである。つづいて一機、さらに一機。三機の「鋼鉄の象」が並ぶ。炎に照らされて赤い。

「き、機装自行砲っ?」

 驚く中佐のすぐ前で、砲塔のハッチからミーマが顔を出した。

「熱い……もう、日焼け止めの薬草軟膏、もってくりゃよかったですわ」

「き、君はえっと……」

「ミーマ曹長です。中佐、血路を切り開きますから、あとに続いてください。

 小池へむかって逃げます。水があったら、騎兵たちにかけてあげてください」

 消火のためいくつか水の樽を持ってきていた。中佐は部下に、その水を馬とともに急ぎかぶるように命じた。そして残った水をたっぷり飲ませた。

 ハッチから顔をだした二人の曹長に、ミーマは言う。

「わたしが先行します。お二人は北東の池にむかって凸型に、少し後ろで両側固めて。歩行モードで炎を踏みつぶし、実弾で木々を薙ぎ払うわ」

 アギリス先任曹長もセウス曹長も、お互い頷き合った。

 三機が態勢を整えると、歩行モードのまま実弾を放った。手前で燃えている木々が吹き飛び、倒れる。その倒木を鋼脚で蹴散らして、退路をひらいていく。

 荘園主貴族のトルピドゥス騎兵中佐は若い部下十数騎を二列縦隊にして、三機のあとを負わせた。みずからは最後尾で、耳馬たちを叱咤する。

「炎を恐れて立ち止まれば、置いて行かれて焼け死ぬぞ!」

 火を恐れる馬たちも、前方の熱気を機装砲がある程度防いでくれるので、いななきながらも前進していく。

「目標正面の大木、通常榴弾発射、撃てぇぇぇぇぇ!」

 ミーマの放った砲弾は、手前の燃える木を吹き飛ばした。火の粉が機装砲に降り注ぐが、爆風で周囲の炎が一瞬弱まる。

 爆発のたびに耳馬は怯えるが、なんとか進んでいく。そのあいだに三機が凸隊形で炎を踏み進み、騎兵部隊を導いていく。

 それでも乾いた下草も燃え、火の粉が降り注ぐ。騎兵たちは服に燃え移った火を鞭ではたきつつ、お互いに励ましあって前進する。

 三機は予備に積んであった実弾を撃ち尽くした。あとは空砲と煙幕弾である。

「お嬢様、水のアーチが見えだした!

 あと少しだけど、低木が並んで燃えています」

 人の高さの倍ほどはある炎の壁が出来ていた。ここで立ち止まれば、後ろから追ってくる炎に巻き込まれる。

「よし、そのまま走行モード転換! 壁を破るわよ」

 驚いたカルネアだが、言われたとおりに鋼脚を折りたたんで走行輪を出し、「座り込んだ」形になった。両脇のアギリス機とセウス機も、意図を察して走行モードになる。そして三機は凸隊形で、炎の壁に突進していく。

「お譲さま、中の温度が上がってる」

「熱いけどまだ平気よ。止まったら最後よ。

 もう実弾なしか。ともかくすすもう! 天は美しき者に味方するわ!」

 走行モードになった三機は、ほぼ全速で燃え盛る木々にぶつかり、へし折って跳ね飛ばし、車輪で踏みにじって行く。火の粉と燃える葉が降り注ぐ。

 そうして啓開された脱出路を、耳馬たちは熱さと火の粉に耐え、炎を飛び越えて進んでいく。

 最後尾のトルピドゥス中佐は、マントにうつった火を手で払いつつ部下たちを叱咤して、誰も脱落しないように見張っている。


 小池に二本のホースをさしこみ、四角く赤い内燃ポンプで炎にむかって水のアーチを作っているのは、数人の工兵隊だった。騎兵たちも馬から降り、手を離すとうねり出すホースを必死で構えている。小池の水は半分ほどになっていた。

「あれを見ろっ!」

 と若い准尉が指をさした。炎の壁の前に白煙と灰色の煙が渦巻いている。

 その中から鋼鉄の塊が一つ、続いて二つ姿を現した。燃える低木を踏みにじり、脱出路を開きつつ放水の中に身をさらし、全体から湯気をたてている。

 そのすぐ後ろに、水を浴びて嬉しそうにいななく耳馬たちが立てる、長い耳が何本も見えだした。

 ホースを握る工兵と騎兵たちは、涙を流しつつ歓声をあげた。

 こうして三機と十数騎は、小池はたの防火拠点まで脱出できたのである。

 やがて応援部隊もかけつけ、朝までに山火事はなんとか鎮火した。かなりの範囲が焼けたが、人的被害はほぼなかった。

 騎兵の数人が軽いやけどをおっただけだった。


 訓練地の森はずれにある野営地に、天幕の臨時野戦包帯所がある。鎮火後、元の野営地に戻ったミーマたちは、一応包帯所で簡単な検査を受けた。

 そのあと水をがぶのみして、簡易ベッドなどで眠りこけた。部下の様子を確認したトルピドゥス中佐が朝になってお礼に来たが、眠っている機装砲兵を起こす気にはなれなかった。黙って長く敬礼していた。少し涙ぐんでいたと言う。

 翌日お昼過ぎ、三機装砲と機装砲兵たちは研究所へと戻って行った。

 ミーマらが若い騎兵たちを炎の中から救出したことは、午前中にほぼ全軍十七万人余に伝わっていた。しかし機装自行砲と言う新しい兵器を知っていた軍関係者は、まだ三割ほどだった。

 軍事技術開発研究所に問い合わせが殺到し、昼前には機装砲運用研究所にまた激励と感謝の電話、電報が殺到した。

 所長デーメーンス技術少佐は対応に苦労していた。機装兵達と今夕でも一席儲けたい、会いたいなどとの無茶な申し出も少なくない。

「今夕以降、機密任務に入ります。内容は申せません」

 などと言ってことわるために、冷や汗をかいた。そのうちに先行して、フィーデンティア大尉か耳馬を馳せて戻って来た。

 その一時間後、内燃走行車の牽くトレーラーで三機装砲が戻って来た。

 報告は、寝なくても元気なフォルティス少尉が行い、ミーマたちにはさらに休息をとらせた。少佐は特別に食事を提供するように、炊事部に命じておいた。

 カルネアはさっそく食堂に飛び込んだが、ほかの下士官たちはまずシャワーだった。裸になると、ところどころら軽いやけどが見つかった。

 カルネアは一人たっぷり胃につめこむとシャワーを浴び、シャツと下着だけでベッドに倒れ込んだ。いつのまにかカルネアのベッドにミーマが潜り込み、胸に顔をうずめていても起きなかった。


 翌朝、日常が戻って来た。ミーマたちは起床ラッパで起き、体操と点呼ののちにいつもの朝食となった。しかし午前中は課業も訓練もない。

 かわって火災事故の件の、詳しい聞き取りが行われた。現場にいたフィーデンティア大尉があらましを報告していたので、所長少佐はその詳細を報告書にまとめて、機装砲の有用性を認めさせなくてはならない。

「今回の、機装砲で火災を吹き飛ばし突進すると言う無茶なアイデアも、またミーマ曹長の発案で間違いないね」

「そうです。わたし意外に誰もそんな無茶を考えませんわ。わたしは天から祝福された身の上、多少の無茶でも平気です。だから自信がありました」

「……まあ、そうかも知れんな。ダムで川をせき止めることも君の発案だった。 ともかく騎兵総監のホノル上級大将は、また感状を出す勲章を申請すると、直接電話してきた。本当によくやってくれたよ」

 アギリス以下の機装兵は喜んだが、ミーマだけはまたも当惑した顔を見せた。

 「女戦士」フィーデンティア大尉がいつもの皮肉な笑みを浮かべて聞いた。なにか不満か、と。

「また美しき名門として、しごく当然の義務を果たしただけです。褒められてもさほど嬉しくないですよ。前も申しましたが」

 その答えを期待していた機装兵達も、笑い出した。


 事実上の世襲準貴族である荘園領主子弟の多い騎兵たちも、見下していた「鋼鉄の象」が火を恐れないと言う事実に、嫌でも気付いた。

 騎兵戦ではしばし、耳馬や一角牛が恐れる火が防衛手段として使われる。

 アルコールの入った火炎瓶などで、炎の壁を作るのである。その突破に機装砲をつかえそうだ、との声が広がる。あくまで自分たち主力部隊の補助として。

 しかし参謀本部の近く、憲兵本部棟二階に間借りしている中央情報本部では、まったく別の運用方法を考案中だった。副本部長ヘルバ中佐は、部下であり同志でもあるフォッサ少佐を執務室に呼んで、機装砲の「活躍」について分析した。

 まだ昼下がりだが、ヘルバ中佐はとっておきの蒸留酒を、フォッサ少佐に振る舞った。よほど機嫌がよかったらしい。

「……フィーデンティア大尉の、この着想はおもしろいですね」

「もともとは機装砲術長の若い女性曹長の発案らしいがね。つまり機装砲をどこかの主力部隊に随伴させず、数機一班として自由に活動させるわけだ」

「隠密偵察、威力偵察から敵斥候討伐……主力部隊の戦況に応じた後方攪乱かくらんと……そう、遊撃戦ですか。

 確かにアルコール燃料さえあれば、かなり遠くまで独立して行動出来ます。

 最近機械力を飛躍的に伸ばしつつあるイマニムの機動野戦砲兵にも、うまく使えば対応できるかも知れません」

 立ち上がったフォッサ少佐は、壁にかかっている壁の前に立った。

「イマニムが我が国に侵攻するとなると、必ずこの東部の草原地帯、南部の山岳地帯をその機械力で越えて来るでしょう。あのヤーラ大佐もそう断言してます。

 しかし草原地帯は騎兵と砲兵で防げても、鬱蒼たる木々に覆われた山岳部では、苦戦します。また耳馬の活動も、かなり制限されます」

「あらかじめ拠点に燃料と弾薬を隠しておけば、機装砲で迎撃できるかね」

「主力としては難しいものの、敵の意表をついた遊撃戦なら、勝機はあります」

「……機装砲遊撃隊か」

「騎兵や歩兵などの補助ではなく、参謀本部の特命によって各部隊から独立し、あくまで作戦中枢の指示で臨機応変に運用できる『きりふだ』としてね」

「中央特命による遊撃隊か。うん、おもしろい」

 情報職人少佐を見つめ、頭が薄くなり少し肥えたヘルバ中佐は、言った。

「よろしい、是非君の部下に指導して、結成したまえ。

 特命機装遊撃隊を!」


 機装砲運用研究所が開設して、約三ヶ月になる。

 下士官たちの入所歴は少し短い。この研究所と新兵器について、アヴォン・オタ・メイ国軍でも話題になりつつある。試験的に開設された当研究所は、開発研究所の一支所から離れ、参謀総長に属する特別任務機関となった。そして参謀総長裁可により、ミーマの准尉昇格とカルネアたちの軍曹昇格が決定した。

 この晴れ当たった朝、制服に制帽の研究所長少佐の前に、ミーマ准尉、アギリス特務曹長、セウス特務曹長が並ぶ。それぞれの後ろにカルネア軍曹、スクリープトル軍曹とコローヌス伍長か直立不動で立っている。

 少し変人の技術少佐が低い演壇から降りると、感動した面持ちのフォルティス少尉が「敬礼」と叫ぶ。

 続いて演壇に、フィーデンティア大尉が現れた。

「ミーマ准尉、前へ。軍務局命令によって、現在機装自行砲のみによる機動偵察小隊の設置が検討されている。諸手続きでもう数日はかかるが」

 居並ぶ機装兵は静かに驚き、喜ぶ。新任女性准尉が言った。

「つまり私が言っていた、機装砲による偵察、遊撃部隊でしょうか」

「そうよ。特命機装遊撃隊ってところかしら。そしてその小隊長には……発案者でもあるあなたになってもらう。いいわね」

 さすがにミーマも嬉しそうな顔を見せ、ニヤリとした。軍立幼年学校を二年で卒業して半年もたたない、国軍史上最年少の将校である。

「みんな、異存はないな」

「ありません!」と叫んだ声の中に、ミーマ自身のものもあった。

 ミーマは回れ右して戦友達のほうを見た。アギリスが声を張り上げる。

「注目! 特命機装遊撃隊長ミーマ准尉に対し敬礼! かしらぁ中っ!」

 五人はミーマの眼をみつめ、敬礼した。隊長は誇らしげな笑顔で、答礼した。

 なじみの顔を見回し、カルネアが少し涙を流しているのを発見すると、はじめて自分の目頭が熱くなるのを感じていた。


 東西に広がる密林の国、イマニム。南の海に面してその小島はあった。古くは王族の保養地だったが、今は要塞化されている。

 その要塞の奥、厳重に守られた塔の中に豪華な幽閉所があった。閉じ込められているのは三十前の、長身の女性である。髪の毛は珍しい金髪で、目は青い。

 もう二年以上も裕福そうな幽閉生活が続いている。金髪の女性は小さな窓から時折海を見つめ、悲しげにこうつぶやくのだった。

「Warum würde das geschehen?(どうしてこんなことになったの?)」

                           

                                  


                   特命機装遊撃隊   完



 主要登場人物


 ミーマ 十六歳。英雄的大佐の娘、文武両道に秀でた自己中心的美女。

 カルネア 十七歳。大柄で冷静な操脚兵。義理堅くミーマに頭が上がらない。

 フィーデンティア大尉 二十七歳。情報部から出向している女性教官。

 フオルティス少尉 二十三歳。運用研究所の教官。

 アギリス 十八歳。イマニムの血が混じる無口な機装砲兵。

 セウス 十九歳。砲兵出身の機装砲兵。

 スクリープトル 十八歳。文学青年あがりの操脚兵。

 コローヌス 十九歳。田舎出の大柄な操脚兵。

 マギステル大佐 四十五歳。軍立幼年学校長。

 プロブス予備役大佐 五十歳。ミーマの父で、軍の良識派。

 オプティオー軍曹 五十四歳。機甲教導学校最古参の整備工兵。生き字引。

 ミーティス大佐 四十六歳。軍立機甲教導学校長の官僚的人物。

 オヌス大尉 三十七歳。軍立幼年学校教官の苦労人。

 レフェクティオー軍曹 三十三歳。機装砲運用研究所の整備主任。

 オベーサ伍長 十九歳。肥満気味の女性整備兵。

 ラウキタース 十六歳。幼年学校生徒。ミーマを崇敬している。

 アウダークス中尉 二十六歳。勇敢だが無謀すぎる偵察将校。

 フーマーヌス 四十歳。人のいい下士官で、術科学校生徒のまとめやく。

 トルピドゥス中佐 三十八歳。騎兵部隊のエリート将校、堅物だが聡明。

 ヒラリス軍曹 三十五歳。人のいい偵察部隊下士官。

 ヘルバ中佐 四十二歳。中央情報部副部長。イマニムの脅威に警鐘を鳴らす。

 フォッサ少佐 三十七歳。「情報職人」、ヘルバの同志で部下。



 用語解説

〇降臨~百二十年前、地球の亜光速調査船がこの星に不時着した事件。進んだ地球文明によって産業革命がおき、「文明開化」した。そしてこの星の住人が、一万数千年前に超文明によって保護され、この星で守られたネアンデルタール人の子孫であることを知る。

〇パンゲア~惑星唯一の大陸。表面積の三割を占める。地軸の傾きがほぼないため、四季はほぼない。

〇イマニム~低緯度地方から赤道まで広がる敬虔な農業国家だった。三年前に地球からのウォープ探査艇が不時着、その超科学力で急速に発展し、世界大陸パンゲアの統一を目論む。

〇アヴォン・オタ・メイ~ミーマたちの暮らす古い国家。立憲執政制をとる。人口三千万余。「執政」を国家元首にいただく先進国。




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特命機装遊撃隊 小松多聞 @gefreiter

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